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70. 消えたダロスの街

明日の朝も早朝から仕事で、投稿できるタイミングがあるかどうか自信がないので、連続投下しておきます。

津波に襲われた街の描写があります。お気を付けください。

「カルデナスさん、みんなは?」


「みんな、は助からなかったな。六人、そこの、ここからは見えないかもしれないが、崩れた建物の中にいるよ」


「六人しか助からなかったの?」


「いや、分からん。この横転した船をこの暗い中で出来るだけ探しては見たが、お前以外には六人しか見つけられなかった。しかも連中、動けないほどの怪我だ」


「船長は?」


「分からん。生きてたら出てくると思うんだがな。朝になったら船長室を確認しに行こう。こう真っ暗だと何も見えないからな」


 あんなに光を放っていたダロスの街は津波に襲われてから、全くの暗闇に包まれていた。


 まだ、陸地に上がった海水が引いている最中で、場所によっては強い流れで引いているようだった。あたりに存在する音と言えば、ざあざあと水の流れる音、それに交じって時折どこかからうめき声のような声も聞こえる。


 まだ、多くの人が生き残っているようだった。


 しかし、暗闇の中で二人に出来ることは何もない。


 チャゴは足元に気を付けながら、おぼつかない足取りで、カルデナスに着いて行くと、崩れた建物の一角で、焚火(たきび)の周りに生き残りの六人が横たわっていた。


 カルデナスがチャゴに振り向いたのが、逆光だが焚火の明かりで見えた。


「ここだ、チャゴ。……あいつら、明日まで持てばいいがな」


 焚火の周りに転がっている、負傷した商船の乗組員たちを見遣ってから、カルデナスはチャゴにそう言った。



 ◇



 翌朝、明るくなって周りの様子が見え始めると、家族や友人を探しているのだろう、必死に瓦礫を持ち上げたり、陸の土や砂を巻き込んで、どろどろになった海水に潜ったりしている人々の姿があちこちで見られた。


 チャゴとカルデナスも生存者と物資を探しに横転した船に入って行った。


 もうダロスの荷受け商人に荷物を渡している場合ではないだろう。

 生きているかすらわからないのだ。


 横転した船に入ると平衡感覚がおかしくなった。

 普段歩いていた廊下の床が垂直に立っていて、二人は廊下の壁を這うように進んでいた。


 船長室まで確認しに行く必要はなかった。

 船長室のドアが開いて、そこから廊下の壁に落下して、息絶えている船長がそこにいた。


 三ミノルほどの高さから落ちたようだった。元は幅だったものが、横転した船の中では高さになっていた。


 カルデナスは船長の遺体を見つけてもそれにあまり反応せずに、全く別の話をした。


「とりあえず、みんな食わなきゃな。普通なら今頃ダロスの街で飲み食いをみんなで楽しんでたはずなんだがな。こんなんなってしまって、店なんかやってるわけねぇからな」


「これ、長距離船だから食料はいっぱいあるんでしょ?」


「まあ、ダメになってなきゃ、お前と俺、それにあと六人ならひと月は食えるな」


 チャゴはそれに返事をせずに内心思った。


(こんな横転した船に、しかも津波でめちゃくちゃになった街にひと月もいたら気が狂っちゃうよ)


 船長の遺体の横を這いながら、先に進みつつ、カルデナスはチャゴを振り返った。


「ま、とりあえず、倉庫と荷室、見に行こう」


 二人は荷室の前まで来た。

 カルデナスは荷室のドアを開ける前にチャゴに警告した。


「荷室だ。気をつけろ。荷崩れを起こしているはずだから、押しつぶされんなよ」


「カルデナスさんもね」


「ふん。いっちょ前の口を利くじゃねぇか。今、開けるから、下がっとけ」


 ドアは二人の真上にあった。


 ドアを開けたが、幸い何も落ちてこなかった。

 カルデナスはドアの向こう、荷室の中に頭を突き出した。


「なるほどな。こうなったか。これは都合がいい」


 チャゴも中を見たくなった。


「え、え、僕にも見せてよ」


 開いたドアの下から人間一人と獣人一人が顔を突き出している。二人の目に映るのは、破損した船殻から差し込む朝日に照らされて、アスカで船積みしてきた商品だ。もう渡す相手もいない食料の山だ。


 目を引いたのが、魔物の肉の干し肉。アスカの特産品だ。

 その他、日持ちする芋、その芋から精製する砂糖で作った飴などの加工食品、とにかく食品は芋関連と干物だ。


 あとはポーション。ほとんど割れてしまっているが、まだ割れていないものも見える。


 全てが壁側に落ちてきていて、床、いや壁には芋が大量に転がっている状態だ。


「芋はそこの壁に張り付いている、いや、落ちている麻袋に詰めて、ドアから落とせ。多少無駄になるだろうが、なに、こんなに大量にあるんだ。構やしねぇさ」


「カルデナスさん、そっちのポーション、手が届かないんですが、カルデナスさんなら届きますか?」


「おう! 干し肉は出来るだけ多く集めるんだ」


 二人は八人が数日食べるのに困らない程度の食料を集めると、何度か往復して、へとへとになって二人で運び出した。四つん這いで荷物を引きずったり、持ち上げたり、と、横転した船の中の移動は大変だった。


 二人は船を出ると、まだどろどろの地面に大の字になって、ぜいぜいあえいだ。


 横になったまま、カルデナスはチャゴに顔を向けた。


「もう倉庫はいいな。荷室だけでこんなにたくさん食糧が手に入った。これ以上は八人でも持てないからな……」


 ポーションを使って、怪我をしている六人を治療した。

 幸い、まだ怪我の固定化は起こっておらず、元通りに治った。


 八人はまだ水の引かない建物の中にいて、今後どうするかを相談した。


 八人中、ちょうど半分、四人が獣人だった。


 彼らはチャゴを除いて皆アスカへ帰ることを望んだ。


 四人の人間、彼らはカルデナスを除いて今はどうなっているかもわからないアンダロス王国内の故郷の街や村に帰ることを望んだ。


 言い方を変えればチャゴとカルデナス以外、全員が故郷に帰ることを望んだのだ。


 チャゴはやっと人間世界に来たばかりだ。こんな廃墟を見に来たのではない。なにかここで新しい人生が始まると信じていた。

 カルデナスにとって帰る場所と言えば海以外にない。陸には家族も恋人もいない。


「チャゴ、行くか?」


「カルデナスさん、行きますか?」


「じゃ、お前ら、達者でな。ここに俺とチャゴで必死になって取ってきた食料とポーション、置いて行くからな。足りないと思ったら、船にはまだいくらでも転がっている。適当に取ってきたらいい。ただ、船は横になっているからな。中に入ると、なんていうのかな、なんか気持ちが悪くなるから、気を付けなよ」


 生き残った船員の一人があまりにあっさりとしているカルデナスを訝しがった。


「カルデナスさん、カルデナスさんは故郷が気にならないんですか?」


「ああ、ならないと言えばウソになるが、俺は故郷が無事であろうがなかろうが、あんまり何もできないんでな。帰っても迷惑がられるのが関の山さ。アンダロスの沿岸域は津波でこうなっちまったが、北に上がればそうでもないんじゃないか?」


 別の船員も二人を心配した。


「北だって無事とは言い切れねぇよ、カルデナスさん」


「まあ、そうだろうな。それでもここに居続けるとか、故郷に帰るよりは、北に行く方がましだ」


 二人の意志が固いと見て、また別の船員が礼を言った。


「カルデナスさん、チャゴ、いろいろありがとうな。俺らは故郷に帰るけど、お前らも死ぬんじゃねぇぞ」


「ああ、お前らもな」


「うん。大丈夫だよ!」


 カルデナスとチャゴがそれぞれ答えて立ち上がった。


「悪いけど、これだけは持っていかせてもらうぜ」


 麻袋いっぱいの食料、物資を抱えたカルデナスが故郷に帰る六人の船員たちにきっぱりと告げた。


「ああ、カルデナスさんたちが取ってきたものだしな。じゃ、本当に無事で!」

「カルデナスさん、またいつか一緒に海に出たいです」

「チャゴ、アスカに帰ったら、お前は無事だってちゃんと伝えておくからな」


 口々に別れを言う船員たちを後にして、まだ瓦礫とぬかるみに覆われたダロスの街、いや、街だった場所を二人は北に向かって歩き始めた。


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