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68. 出発とジンの言質

 出発の朝が来た。


 南大門前の広場にラオ男爵、ドゥアルテ、ナッシュマン、それにファニングスも送りに来た。


 すでに馬上のジン、マイルズ、それにシャヒードは馬から降りて、皆にあいさつをしようとしたが、ラオ男爵が「そのままでよい、いや、むしろ降りるな」と、それを固辞した。


「聞け。この街は、いや、この国は未曽有の危機にあると言っていいだろう。私はもはや国全体を気にする王国貴族の立場ではない。私が心配するのはファルハナのことだけだ。皆の意識も私と同じであると信じている。守るべきはファルハナなのだ。それを理解したうえで任務を遂行してほしい。あらゆる情報が足りないのだ。頼んだぞ!」


 シャヒードが馬上で騎士らしく礼をした。


「必ずやラオ様の判断材料になる情報を持って帰ります」


 ジンはラオ男爵が少しでも安心できる言葉はないかと頭を巡らせたが、なにも出てこなかった。それで、ただ、目礼を返すにとどまった。


 すると、マイルズがジンに気を回したのでは、とも思えるようなことを自然に見送りの一行に告げた。


「ニケちゃんをよろしくお願いします」


 ナッシュマンが大きく頷いて、そう頼んだマイルズにではなく、ジンを見ながら言った。


「ああ、心配するな。二言はない。命に代えてでも猫のお嬢ちゃんは守って見せる。小僧も、いや、ジン、お嬢様の命を果たせ」


 ジンもこの老騎士の言葉には信頼を寄せている。


「ナッシュマン殿、お頼み申す」


 ジンはそうとだけナッシュマンに言うと、馬を南に、はるか彼方の被災地から北に向かってきているであろう避難民に向けて、巡らせた。

 マイルズとシャヒードも続く。


 マイルズが最後に見送りの一行に対して口を開いた。


「じゃ、ちょっくら行ってまいります」



 ◇



 長閑な田園風景が続く中、ジン、マイルズ、シャヒードの三人が馬を走らせている。


 常歩(なみあし)で進みんでいたが、馬を休ませるために三人は馬から降りて、自分の脚でもしばらく進んで、少しでも距離稼ごうとしていた。


【常歩:馬がトコトコ歩くスピード。常歩だとかなりの長時間にわたって馬は進めるが、休ませることでさらに距離は伸びる】


 シャンテレの村が近付いて来て、村そのものには恨みはないが、どうしてもいやな感情が沸き起こってしまうジンだった。


 シャンテレを通り過ぎ、しばらく行ったところでマイルズが二人に言った。


「そろそろ昼にしませんか?」


 シャヒードはどうしても早く結果が欲しくてたまらなかった。


「もう少し進もうではないか、マイルズ」


 マイルズはシャヒードのそんな気持ちも理解出来た。


「分かりました。速歩(はやあし)で半ティックほど進んで、距離を稼ぎましょう。昼休みの間に馬も休められるでしょうし」


【速歩:馬がたったったと軽く走る感じ。一時間ほどしか継続できない】


「うむ。少しでも距離を稼ぎたいからな」


 そんな二人の会話をジンは一切口を挟まずに見ていた。結局のところ二人とも早く状況を理解できるところまで馬を進めたいところでは一致しているのだから、馬のエキスパートでもないジンが口を挟んだところで意味がないと思ったからだ。


 速歩で半ティックも進まないうちに、ノーラ――マイルズお気に入りのジンの雌馬の口角に泡が見られるようになったところで、マイルズが音を上げた。


「シャヒード殿、ノーラは限界だ。この辺りしましょうや」


「うむ、そうだな。馬をつぶしてしまってはどうにもならんからな」


 シャヒードはマイルズの馬の命名に思うところもあったが、ひとまず同意した。


 南向きの街道はずっとダロス大河の支流であるチョプラ川沿いを南に進んでいたので、水を補給するには事欠かなかった。


「シャヒード殿、ジン、あの辺りで馬に水を飲ませられる場所がいいんじゃないか?」


「ああ、そうだな」

「うむ、それがいいな」


 一行は馬に水を飲ませつつ、自分たちは干し肉をかじり始めた。

 この辺りのチョプラ川の川幅は二十ミノルほどで、せせらぎ、と言っていいほどだ。そんなせせらぎの土手に三人は腰を掛けている。馬が川から水を飲む光景を眺めながら。


 高くなってきた初秋の澄んだ日光が水面にきらきら反射している。

 この長閑さからは七〇〇ノル南で起こった惨劇は想像すらできなかった。


「なあ、ジン、俺はなんだか物凄い大ウソに巻き込まれて、こんなピクニックを演じている気分になって来たよ」


「マイルズ、言っていることは分かるぞ。ただ、情報には間違いはないと思うがな」


 ジンではなく、シャヒードがマイルズの素朴な感想に応えた。


「俺の故郷はダロスから一〇〇ノルほど北にあるラウフと言う街でな。ここからは六〇〇ノルほども南になる。この話を聞いたとき、正直、自分の故郷のことが頭によぎった。もっともラウフまで遠く南に行くことはないだろうから、決して、私的な理由でラオ様に献策したわけではないぞ。ただ、分かってほしいのはこの長閑さと南の悲惨な状況には一切の関連性はない、ということだ。なにより、俺たちはまだまだ五〇ノルも進んでないからな」



 ◇



 一行はかなりのハイペースで七十ノルほど南に進んで、その日の野営とした。

 初秋の夜はさすがに冷える。慣れた手順でジンと元冒険者マイルズは火を作り、焚火にした。いや、マイルズに聞けば、現冒険者と言うだろうが、彼が実際の冒険者家業から離れて随分と時間が経つ。それでも身についた野営の準備の素早さはシャヒードにはまねができなかった。


 焚火の明かりにシャヒードの顔が赤々と浮かぶ。


「ジン、フィンドレイとの戦、どう思った?」


 突然の問いにジンはどう答えたらよいか迷ってしまった。

 ジンは侍ではあるが、いかにも日本人としての特質を備えていた。つまり思うところを述べる前に、そうすることで相手がどう思うかを考えてしまうのだ。


「どう、とは? フィンドレイの意図は見え透きます。街を救うという点からいえば、ラオ様は最良の選択をされたと思いますが」


「ふむ。まず、お前はその余所行きの言葉遣いは俺に要らん。言ったと思うが、おれは平民だ。歳は見たところお前より少し上だとは思うが、ただ夜寝た回数が多い程度のことだ。俺が言いたいのは、街に入って来る者どもをすべて排除するのはどう思っているのか? ということだ」


 ジンはラオ男爵の騎士に対しては一定の敬意を払いつつ、丁寧に言葉を選んでいた。ましてやコモン語はジンの母国語ではない。そのなかで、丁寧さの度合いを調整するのは難しい。言い換えればジンには超丁寧か超ざっくばらんしかモードがないのだ。


「では、シャヒード、言わせてもらう。ファルハナは攻められた。それを守った。これに正しいか間違っているか、などという問題はないはずだ」


「その通りだ。ならば、ファルハナを囲む集団がフィンドレイであろうが、難民であろうが……はたまた王族であろうが、ファルハナを守る。これでいいというわけだな」


 ジンは言葉に詰まってしまった。

 ファルハナを守る、その民を守る、それはそうだ。だからと言ってファルハナ以外の民はどうでも良い、とはならないはずだ。それでも、受け入れられる人の数には限界がある。優先順位の問題にならざるを得ない。


 ジンは逡巡の後、口を開いた。


「……救える民は救いたい。シャヒード、これではだめなのか?」


 シャヒードは全く間を置かずにジンの問いにかぶせる様に問いかけた。


「どうやって救える民かそうでないかを選ぶ?」


 じっと聞いていたマイルズが口を開いた。


「シャヒード殿、まだ俺たちは状況が分からないんだぜ。ここでファルハナが取るべき態度を決めたところで意味がないと思うんだけどな。それに俺たちは調査隊であって、情報を持ち帰るだけだ。その情報から判断をするのはラオ男爵だ」


「マイルズ、確かにそうだな。だが、俺はジンの考えを聞きたかったんだ」


 ジンは正直なところ分からない。

 米国の圧力が日本にのしかかる中で、国の行方についての考え方が違うという理由で同じ日本人同士殺し合いを始めていた。ジンとてその集団に属していた武士だった。会津の外、他の街、そこに住む人々を救いたい、殺したくない、など考えたこともなかった。ただ自分が属する会津の行く末を案じて、行動していただけだった。ファルハナの人々がファルハナのみの行く末を案じて行動を決めたとてジンにはそれについて(とが)め立てする気も権利もなかった。


 ただ、ジンはファルハナに、いやアンダロス王国においてはよそ者だ。よそ者は全体を俯瞰(ふかん)してしまう。俯瞰して今のアンダロス王国を見たとき、今から北部辺境に押し寄せるかもしれない避難民たちは救うべき存在に見える。これは戦争じゃない、災害なんだ、と。


「俺の考えは『救える限り救う』というラオ様に従うべきだ、ということしかない。今はそれ以上のことを考えるには情報も足りない」


 ジンはそう言った後、自分の言葉に対して自ら思ってしまった。


(俺は逃げた。決められない。考えられない。考えをラオ男爵と同じにする、と言ってしまった)


 シャヒードはそれを聞いて、フッと笑顔になった。


「うむ。そうだろうな。だが、ジン、分かってほしいのは、ラオ様がその判断をする、ということだ。彼女にとっては苦渋の判断になるだろう。お前はそれに従うと言った。……言ったな」


「ああ、言った」


「うむ。それだけだ。俺が聞きたかったのは」


 二人の会話を聞いていたマイルズは考えていた。


(シャヒード殿はジンの言質を取ろうとしたんだと思うけど、いったい何のためだろうか? シャヒード殿はジンがラオ様に及ぼす影響力を考えたのかな? もしもジンが『全員救う』などと言った場合を考えたのだろうか?)


 いろいろと考えたマイルズだったが、結局のところシャヒードの意図は見えなかった。


「おい、二人とも、明日も強行軍だぜ。いい加減にして寝ようぜ」


 シャヒードは聞くべきことは聞いたとばかりに、マイルズがいいタイミングで切り出してくれたと思った。


「ああ、そうだな。この辺は魔物もいないし、野盗はフィンドレイがまとめてくれていたおかげでほぼ全員葬れたしな」


 ジンは言葉少なにマイルズに同調した。


「うん。そうするか」



 ◇



 野営は何ら異常なく、一行は朝から南行を再開した。

 途中、リーチェの街で補給して、一行はさらに進んでいった。


 どの街や村に着いても特に変わった様子は見られなかった。リーチェを後にしてからはめぼしい街はなく、主に小さな村で補給しつつ、進んだ。


 それから、三泊野営を繰り返し、ファルハナの南二〇〇ノルに達すると、一行の右手、西側に〈魔の森に繋がる森〉が迫って来た。


 ジンが元々いた〈魔の森のほとりの森〉はずっと北の方だが、魔の森に沿ってこの森も南北を貫いている。


 ジンは小腹が減ってきていたが、まだ日は高く、もう少し進んでから昼食を、と考えていた。


 一行が馬を進めるこの辺りは、その森が街道と崖を隔てて、すぐ近くまで張り出している。森が見えてくると、ジンはほんの三月(みつき)ほど前までニケと住んでいた森の家を思い出した。そんなタイミングで、突然マイルズが叫んだ。


「おい、ジン、シャヒード殿、あそこ!」


 マイルズはそう言いつつ、〈魔の森のほとりの森〉が切れるところで人型の魔物らしき集団と数人の人々が戦闘状態になっているのを遠くから認めて、指をさしてジンとシャヒードに示した。


明朝、仕事に出る時間がいつもより早めなので、明朝分を投稿しておきます。

おやすみなさい。

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