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67. 送別会

「おお、今日はよろしく頼む」


 ジンは〈宵闇の鹿〉に入るなり、ビーティじゃない夜担当のウェイトレスにはあいさつした。

 ニケも目を輝かせながら、ジンに続いて中に入った。


「ジンさん! なんだかお久しぶりじゃないですか? 最近お見えにならないんで、心配してました……って、この子が噂の猫ちゃんですか!?」


 ジンは(猫ちゃんはないだろう)と思ったが、ひとまず成り行きを見た。


「ニケです。こんばんは」


 ニケは悪意のない〈差別〉には鷹揚(おうよう)だ。ジンは(俺なら『猫扱いか!』と怒ってしまうかもしれない)と一瞬考えたが、ウェイトレスの単純かつ純粋な感動に、ニケは何も下に見下されたような感情は覚えなかったのだろう。


「あ、ニケちゃん、なのね。可愛い! 私、プライヤ、っていうの。街のヒーロー、っていうかヒロイン? に出会えてうれしい。しかもニケちゃん、超美少女、可愛い!」


 差別的云々を一瞬でも考えてしまったジンはアホらしくなってしまった。


「プライヤ、というのだな。プライヤ、今日はな、俺とニケ、すぐにあと三人来る。席はそんな感じで用意してもらえるか?」


 と、そんな会話が厨房まで聞こえていたのだろう、ビーティの父親である〈宵闇の鹿〉のオーナーシェフが入り口付近まで出て来た。


「ジンさんじゃないですか! ずっとお待ちしておりましたよ。今日は三人? ああ、五人ですか。あちらの席でどうぞ。腕によりをかけた料理をお持ちしますので」



 ◇



 ジンは席が決まると、ツツのことを思い出した。


「プライヤ、お前もビーティのように犬、じゃなく狼か、……その、苦手か?」


「いえ、もふもふはどちらかと言えば好物です」


「もふもふ? まあ、いい、嫌いじゃない、ってことだな。じゃあ、すまないが、出たところにいるツツ……うちの狼に生の鹿肉をやってくれないか?」


 すると、プライヤは頷いて、厨房のオーナーの元に行って、何かを話している様子だった。


 と、そんなタイミングで、入り口のドアが開いた。

 ヤダフとモレノが到着した。


「ヤダフ! モレノ!」


 ジンが声にして二人を呼んだ。


「ジン、それにニケちゃん」


 ヤダフは可愛がっているニケがいてうれしい様子だった。

 続いて入ってきたモレノが少し真剣な顔をして、ジンを向いた。


「ジン、聞いたぞ、南に行くんだってな」


「ああ、こんな場で言うのは無粋だが、うん、沿岸域地方は大変なことになってるようだ」


 モレノは不安そうな顔になった。


「ジン、それにニケ、お前ら、ファルハナに帰って来るよな?」


「ああ、もちろんさ。というか、ニケは行かないぞ。俺とマイルズ、それにシャヒード殿が行くだけだ」


「なら、よかった。気をつけて行けよ」


「もちろんだ」


 モレノとジンがそんな話をしていると、マイルズが到着した。


「マイルズさん!」


 ニケが喜んだことは言うまでもない。

 マイルズはその人懐っこい顔に笑顔を浮かべて、ニケを見た。


「ああ、ニケちゃん、みんな、楽しくやってるかい?」


 ニケも満面の笑みで答えた。


「うん!」


「実はな、今日は俺だけじゃない」 


 マイルズがそう言っているうちに〈宵闇の鹿〉のドアが開いて、見慣れた顔が入ってきた。


 ラオ男爵とシャヒードだった。


「ジン、ニケ、モレノ、それにヤダフ、招かれもしないのにすまんな」


「ノーラさん!」


 驚いたことにニケが一番ラオ男爵の参加に喜んでいるようだった。

 もちろん、目立たぬようにではあるが、それよりも喜んでいたのはモレノだったことは言うまでもない。


 ラオ男爵は嬉しそうに笑顔を綻ばせるニケにすぐ気が付いた。


「ニケ、こんばんは。なんだかご機嫌じゃないか?」


「うん! 最近、あんまり街でいいことがなかったんだけど、こうやって、みんなでご飯が食べれるのは嬉しいもん」


 実際はフィンドレイどころではないほどの窮地にこの街は陥っている可能性があるのだが、こんなに楽しそうにしている幼いニケにそれを今言う必要なんてあろうはずがない。


「ああ、そうだな」


 ラオ男爵は屈託のない笑顔をニケに向けてから、急に真顔になった。


「ニケ、すまない。ジンを長い間、街の外の任務に出さなければならないようになった」


 ニケは首を振った。


「大丈夫だよ。ジンも私も、それにツツも……」


 ニケがそう言いかけたとき、プライヤがツツを連れて、店内に入ってきた。

 心配したのはジンだった。


「お、おい、大丈夫なのか?」


 プライヤは満面の笑みを浮かべた。


「ジンさん、何を言っているんですが。戦っていた皆さんは知らないかもしれませんが、ツツは治療ボランティアの人たちのヒーロー、いや、ヒロインですよ。広場に出て、ポーションを運ぶ度にツツは一緒に来てくれて、護衛してくれてたんですから。この街でツツを怖がる人はビーティくらいですよ」


「よかったな、ツツ、お前も今日は宴会メンバーだ」


 ジンはこんなに仲間と一緒にいられて楽しいと思えるのは会津にいたころ以来初めてだった。そう考えた後、ふと思った。


 それ以前の問題だ、と。みんなを自然に仲間だと思える自分がここにいる。それこそがジンにとって一番うれしいことだった。





「俺もいるんだがな」


 シャヒードが小さく呟いた。


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