63. 戦勝祭と凶報
ファルハナ中の飲食店や雑貨屋、アクセサリーショップに服飾店、よくぞここまで集まったと言えただろう。南大門と領主館をつなぐ大通り、幅十五ミノル、長さ四ノルほどの道には所狭しと臨時の屋台が連なった。
飲食屋台はたぶん店から苦労して持ってきたのだろう、テーブルや椅子まで道に広げて飲食スペースを作っている。
町中の人たちが屋台での買い食いやショッピングを楽しむ中、流しの楽団や踊り子、歌い手がお互いの音が干渉しあわないギリギリの場所に陣取って、それらを中心に人だかりが出来ていた。
ファルハナの人口は〈政変〉前には五万人と言われていた。正確な記録はないものの、今はその半分以下と言われている。
それでも多くの人が大通りに集まった。
この宴の準備には二週間、十四日かかった。
最初、ジンとマイルズは宴の準備とはいかなるものになるのかよくわかっていなかったが、ふたを開けてみれば、それはまさしく政治であった。
大通りへの出店希望者を募った当初、全然集まらなかった。
それで、木工・木材ギルドと相談して、屋台用のユニット木枠を大量に作ってもらって、出店希望者にはそれを三〇〇ルーンで貸し出す、と発表したとたん今度は希望者が殺到して、その数のユニット木枠の数が足りなくなった。
これだけに関わっていられないジンとマイルズは、もう木工・木材ギルドにユニット木枠の貸し出しの抽選や増産を丸投げしてしまった。
木工・木材ギルドにとっても降って湧いたような木枠特需でギルドに属する木工業者、木材業者、仲買い商人たちはてんやわんやする中、宴の日まで昼夜なく働いた。
屋台だけでは宴の雰囲気が出ない。ファルハナに出入りする行商人や商人たちに依頼して、近隣の街から楽団や踊り子が来てもらえるように手配した。ただ、ここは辺境だ。近隣と言っても一番近い小さな街でも歩いて二日かかる。
出入りの商人たちにも宴と言う商機を逃してなるものかとばかりにすぐに自分の街に戻って準備する必要があったため、意外と早くファルハナの〈戦勝祭〉の話は辺境で同じように野盗に苦しむ街に広まり、そこから歌い手や踊り子たちも来てくれた。
近隣の街の商人たちも出店を希望したが、貸し出せるユニット木枠はファルハナの商店分すら用意できるかどうかギリギリだったので、自力で出店が出来る商人たちには許可をした。大通り中ほどにファルハナ以外の商人用の出店スペースを縄張りして、そこに出店させた。
宴の準備期間中、食品や資材の品不足が顕在化して、価格がじりじりと上がりだした。
ジンとマイルズは大店の商店に護衛を無料でつけて、近隣の街から物資の買い付けをさせた。ファルハナでモノの値段が高くなりやすい根本的な理由の一つに護衛の人件費があったので、そこを編成中の新生ファルハナ防衛軍に担わせたのだ。
こうして宴は無事開催された。
今日のジンは宴の開催者側で、ニケやツツと一緒になって出店を回ったりするわけにはいかなかった。ニケはジン抜きでツツと一緒に出店の料理や踊り子の踊りを楽しんでいた。
この戦いでニケは有名人になっていた。
ニケが薬莢やポーションが多くの人々を救った、という話は獣人と言う希少性も相まって、すぐに街の人々の間に広まっていたからだ。
そんなわけで、この街に来る前に気を病んでいた獣人に対する差別はほとんど感じなかった。もちろん、差別的な感情を持つ人々もいただろうけれど、ニケにとって、そういう人たちと接点さえなければ、問題ではないのだ。
昼後二つには領主館前で戦死者の弔いと今後のファルハナの体制についての演説がある。
もちろん演台に立つのは街の人からの人気も高く、今回の防衛戦の総責任者であるラオ男爵だ。
昼後二つの鐘が鳴ると、大通りで買い食いやショッピング、それに音楽などを楽しんでいた街の人たちがぞろぞろと、そしてざわざわと会話しながら、領主館前に向かって歩き始めた。
昼後二つを少し回ったところで、弔いの鐘が一つ鳴ると、「騎士ウーハン」とラオ男爵が高らかに戦死者の名前を呼んだ。
弔いが始まったことを知った人々は静まった。まだ領主館に向かって歩いている人たちの足音だけが聞こえる。
最後の最後まで、大通りの中ほどで音楽を鳴らしていた踊り子一座の音楽が最後に静かになった通りに響いて、ほどなくして止んだ。
また一つ鐘がなり「冒険者ビッグスことビッグビー」
領主館の前の人垣が大きくなってきた。
「衛兵コートニーことコニー」
群衆の一角で数人がすすり泣く声が静かになった人々にも聞こえた。家族か縁者、あるいは冒険のパーティメンバーなのかもしれない。
十四人の戦死者の名前を読み上げた後、ラオ男爵は群衆に目を向けた。
みなを見渡してから、短く群衆に告げた。
「この者たちの冥福を皆で祈ろう」
人々は合掌すると、目をつぶり、首を垂れた。そんな静寂が一ミティックほど続いた。
すると、演台の壇上に立つラオ男爵に、南大門で衛兵の担当だったバルタザールが無言で、しかし、速足で近づくとラオ男爵に耳打ちした。
ラオ男爵は思わず声を漏らした。
「それは誠か!?」
「いえ、分かりません。今しがた到着した商隊によると、アンダロス王国の南部は大混乱らしいです。商人自身もよくわかっていないらしいのですが、彼はこれを真実ととらえているのは確かです」
街の人々も弔いの祈りを終えると演台でひそひそと話すラオ男爵とバルタザールを怪訝に感じ始めたのか、ざわざわし始めた。
ラオ男爵は頭をフル回転させていた。
(今、ここでどう対応すべきか。いや、こんな情報ひとつで宴を中止すれば街の人々は不安に陥るだろう。ならば、ここはこのまま宴を続けよう。確かなことは何もわからないのだ)
「ファルハナの諸君! 皆の力で街は守られた。ファルハナは二度と無法に屈しない。その意思を皆で形にしていこうではないか。すべきことは山ほどあるが、今日は思う存分、宴を楽しんでほしい!」
ラオ男爵が声を上げると、街の皆もそろって声を上げた。
しかし、先ほどのラオ男爵とバルタザールの様子から、ジンは何かが起こっていると感じていた。