62. 新しいファルハナのかたち
領主館を辞したのはまだ昼前だったので、宿に戻って昼食をニケと取ることにした。
昼食を摂りながら、ニケに今朝の話を相談すればいいだろう。
何と言ってもニケはジンにとってパートナーであるだけではなく、この世界における〈役目〉を分かち合う存在なのだ。
そう考えると、ジンにとってニケは不思議な存在だ。パートナーでありイスタニアで生活する上での師匠であり、保護の対象、妹チズに近い存在でもある。
そんな彼女の反応は意外なものだった。
「ジン、よかったじゃない! これで日雇い労働者から脱却できるよ」
「いや、ニケ、『よかったじゃない!』じゃないだろ?〈役目〉はどうするんだ?」
「ジン、私、何度も言ってるよ。〈役目〉はジンの前にどんなタイミングでどんな顔で現れるかわからないんだから。ジンからそれを求めていく必要はないんだって」
「では、俺は寝ててもいいわけか? 自分から求めないのなら、動く理由がなくなるではないか?」
「寝てたら、食べていけないじゃない」
ニケの言うことはもっともだ。
「ジン。動く必要はなくても、働く必要はあると思うよ」
ジンもそれには納得するしかなかったが、まだいろいろと引っかかる感じはしていた。
「まあ、それはそうだが。ニケ、ファルハナは辺境の小さな町だ。こんなところより大きな街に行った方が何か待ち受けているような気もするんだがな」
「その、『何か』がなんなのかが分からないんだから、今やれることをやる方がいいと思うよ」
ジンはなんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。ニケの話はもっともだ。〈役目〉を気にしても何が〈役目〉なのか分からないのだから、今何をすべきかに正解などないのだ。
「そうだな。確かにまずは目の前のことをやっていくしかなさそうだ。鉄砲を何丁か作りはしたが、それだけだしな。やりかけと言っていいほどだ」
「そうだよ。明日はね、私も領主館に行こうと思っているんだけど、行っていい?」
ニケはこの弾薬製造工場になってしまった宿の部屋をどうにかしたかったのだ。ラオ男爵に相談して、領主館の周りにある領主館付属の建物をそれに使えないかラオ男爵に相談する気でいた。
ジンはこの後、ヤダフやモレノに会いに行って、ミニエー銃の量産化の可能性を相談しに行く気でいた。まだ、今日に関しては特別報酬をもらっているのだ。やれることをやっておこうと思っていた。
◇
翌朝、ジンはニケを伴って領主館の執務室を訪れた。ラオ男爵の提案への回答、それにニケは弾薬製造工場の話があったのだ。
「ジン、それは良かった! それにニケの話はむしろこちらから言おうと思っていたことだ。今回の戦いでも結局、最中に弾薬が尽きて、一時は危機に陥った。弾薬の数は力になる。鉄砲と弾薬の量産はジンが差配を振るえ」
「はい! 微力を尽くします」
「ファニングス、徴税の仕組みづくり、ギルド代表の参与など、話は進んでおるか?」
「はい。冒険者ギルドが兵に取られると冒険者の数が減ってしまう、と難色を示しておりますが、理解はしているはずですから、近々まとまるかと思います」
「ジン、この街に軍政を引く。軍の代表はラオ男爵家だ。
もう王国はここを守る意思がないと私は考えている。そんな王国から叙された男爵位など意味はないが、纏め上げるのに名前が必要だとしたら、これを利用するのはやぶさかではない。
騎士の代表にドゥアルテ、それに各ギルドの代表が評定に加わって、この街の運営を決めていく。
ただし、あくまで軍政だ。まだこの街の危機が完全に去ったわけではない。いかなる勢力が鉱山と鍛冶屋街を狙って押し寄せたとしても不思議ではないからな」
この政体のかたちはジンに聞き覚えのあるものだった。慶喜公が大政奉還をした後に狙っていたのが、この合議体への移行だった。
事実上の幕府延命策と取られてしまったが、列藩の藩主による合議体の中で徳川が軍の実権を握り続ける、という案だった。
鳥羽伏見の戦いの中にあって、いったいなぜ戦争が始まってしまったのか、訳も分からぬまま、その中に身を投じてしまったジンだったが、今になって考えてみると、延命策を取ろうとする徳川に対する列藩の反感が鳥羽伏見での軍事衝突につながったということなのだろう。
しかし、ここファルハナでは随分と背景が違う。
ノオルズ公爵はダロス周辺の支配に持てる力をすべて集中しており、ここ辺境にあってはアンダロス王国はもう存在しないといっても過言ではないほどなのだから。
いずれにしても、ジンにはラオ男爵の目指すところは十分に理解できた。
「ラオ様、改めてお伺いしますが、それで、拙者は何をすべきなのでしょうか?」
「まずはドゥアルテと共に軍の編成を考えてほしい。それに掛かる予算についてはファニングスと相談すればよい。
しかし、それはさておいて、マイルズに協力してもらって街の人々も参加できる戦勝祝いの宴を用意してほしいのだ。
今回の戦いは誰のための戦いでもない、街の皆のための戦いであった、と皆が感じられる宴に、そして戦いで命を失った者を弔い、彼らに感謝をささげる宴にしてほしいのだ」