59. 死戦―後編
ジンの読みは当たった。当たっていたが、魔導士が二人いた、という点で大きく外れていた。そしてそれはファルハナの街を大きな危機に陥れつつあった。
エディスやセプルベダの元にも破片が襲い掛かってきたが、彼らがいたのは見晴台の上だったので、破片は当たっても致命傷になりえない程度だった。
破片の飛散・落下が収まると、エディスはセプルベダの方を向いた。セプルベダも破片から身を守れるようにして自分の頭を抱えてしゃがみ込んでいたが、破片の落下が収まると、エディスを見た。
エディスの放った一撃は魔導士に当たりはしたが、致命傷にはならず、氷柱は城壁に衝突してしまった。エディスに少し遅れて装弾を完了していたはずのセプルベダは今すぐでも撃てるはずだ。
「セプルベダ! 魔導士を!」
眼前の土煙のもやが晴れてくると、セプルベダに魔導士が見えた。
(次弾の詠唱を行ってやがる!)
シュワバーはもう一撃……さっきの大氷柱はもう無理だろうが、門の上に群がる連中に直接ぶつけられれば……あいつらがこの連中の指揮系統の最上位だろう、こいつらをやる……そう心に決めて、額から汗をにじみ出させつつ、少なくなった魔力をひねり出していた。
魔法の発動準備である詠唱を行っていた。
「させるかっ!」
セプルベダは照準合わせにさほどの時間もかけず、一〇〇ミノル先に無防備に棒立ちしているシュワバーの眉間に向けて一撃を放った。
詠唱に集中しながら、目を薄くしか開いていなかったシュワバーの目がまっすぐに自分の眉間に向かってくる何かを目を見開いて一瞬見た、そしてそれが彼の最後の記憶になった。
シュワバーが仰向けざまに倒れると、残った盾持ちたちは口々に「引くぞ!」「下がるぞ!」など言いあいながら盾を城壁側に向けながら、後ずさりしていった。
後ずさる盾持ちの後ろから、三十騎ほどからなる騎馬隊が城壁に出来た大穴に向かって突撃してきていた。
城壁に大穴が開いたことで、フィンドレイ将軍が突撃の命を出したのだ。
エディスとセプルベダは次弾の装填を終えて、鋸壁の凹から顔を出したとき、その騎馬隊の突撃が見えた。
ラオ男爵も飛散する破片から自分を守ろうして、右腕を自分の顔に巻くようにしていたが、破片がさほど危険なものでないと悟ると、敵方に目を向け、騎馬隊の突撃に気が付いた。
「騎馬突撃が来るぞー! 広場の皆は手近にある建物に入れ! 戦闘員は抜刀! 弓隊は撃て! 撃って撃って撃ちまくれー!」
騎馬隊を率いていたのは副長ヤザン。
たった二〇〇ミノルは騎馬隊にとって一瞬でたどり着く距離だ。
ただ、ヤザンの誤算は大穴にある城壁の瓦礫、氷の破片だった。
山のようにあって、騎馬でそれを抜けるのには無理があった。
「総員下馬! 突入する!」
弓兵がいる城壁の真ん前で無防備に下馬をするのは、愚かなことだとヤザンは分かっていた。
分かっていたが、ここまで来たら引き返すわけにもいかない。騎馬隊の命である機動力は活かせなくなってしまうが、背に腹は代えられなかったのだ。
今突入しなければ、敵は氷柱の衝突が起こした混乱から立ち直って、迎撃態勢を整えるに違いないのだ。
大穴の前で下馬をしている騎馬隊の頭上に、ようやく城壁崩壊の衝撃から立ち直りつつあった弓兵たちが矢を射かけ始めた。
こいつらが大穴を抜けて、広場で混戦状態になれば、矢は射かけられない。チャンスは今しかないとばかりに撃ちまくる。およそ半分ほどの下馬した騎馬兵を弓矢で倒したころ、後ろから五十人を超える歩兵が大声を上げながら突撃してきた。
フィンドレイ将軍の主力部隊だ。
そのころ、南大門前の広場では恐慌を起こしながら、非戦闘員のボランティアたちが広場に面した建物に避難していた。
アラムは救護担当として残っていた。
「ニケさん、大丈夫かい?」
「うん! アラムさん、急ごう!」
ツツもニケたち非戦闘員と一緒にいて、何かあれば彼女たちを守ろうとしていた。
◇
十五人のボランティア戦闘員たちは、広場で剣を構えて襲撃に備えていたが、そこにジン、マイルズ、五人の騎士が見晴台より降りて来て合流した。
ドゥアルテが告げた。
「この大穴の前が最終防衛ラインだ。ここを抜けられれば、領主館はもぬけの殻だからな。領主館を占領されれば、この街はフィンドレイ将軍の手に落ちる。ここで、支える!」
ジンは抜刀した。
「必ずや!」
マイルズは片手で持っていた槍を両手に構えた。
「新着の槍が間にあわなかったな……」
◇
ラオ男爵はまだ見晴台の上にいて、全体の指揮を執っており、フィンドレイ将軍の主力の歩兵たちに矢を射かけさせていた。
ドゥアルテは城壁の大穴の前にいて、ジン、マイルズ、それに騎士たちの白兵戦部隊の指揮を執っていた。
「皆、いいな、俺たちが前に陣取る。十五人は戦闘経験があると言っても普段はただの街の人たちだ」
ナッシュマンが頷いた。
「ああ、任せろ!」
騎士ウートンも剣を構えた。
「やってやりましょう!」
他の騎士たち、それにジンとマイルズも大きく頷いた。
ドゥアルテは後方の広場にいる十五人の方を向いた。
「皆は俺たちが打ち漏らした敵を取り囲んで打て! いいな! 皆が本当の最終防衛線だ!」
「「「「おおーー!!」」」」
剣や槍を突き上げて男たちが呼応した。
◇
攻め側のフィンドレイ軍の兵士たちは、なんだかよくわからないうちに自分の命を賭けさせられている、という感覚になってしまっている。
当初、一二〇対三〇、約四倍の兵力、それに強力な魔導士が二人もいたのだ。
多少の犠牲は出るかもしれないが、けが人が出れば後送してポーションで治療、そのうち向こうが降伏して、ぐらいの感覚だった。
それが始まるや否や、魔導士が二人とも戦死して、フィンドレイ将軍までもが負傷。魔導士の命を犠牲にしてやっとできた突破口である壁の大穴に突撃せよ、となってきて、初めてこれはもはや総力戦であることをハシムは理解した。
ハシムは元々、ファルハナの住人で、バーケル辺境伯が街を治めていたころは辺境伯直属の軍で突撃部隊に属していた。
政変が起こる前はノオルズ公爵の軍勢と決着をつけるつもりで、訓練に励んでいた。
でもそんな戦は起こらず、バーケル辺境伯は失脚し、領地を失い、自分は仕事を失っただけだった。
そんな中、バーケル辺境伯配下であったフィンドレイ将軍が旗揚げをした。自分の働き場所がまた出来たと思って喜んだ。
それが今、もともと自分の街だったファルハナに攻め込んでいるのだ。
いや、なんとなれば、今、この瞬間、逃げ出したい。
しかし、自分が壁の大穴に向かって走る後ろから後ろからどんどん仲間も突っ込んでくるのだ。
ここで、自分だけ「もうやだー!」と言って踵を返すわけにはいかないのだ。
押されるように前に出ていくと、二十名ほどからなるファルハナ側の弓兵の矢が雨のように飛んでくる。
屈んだり、剣で払いのけたりしながら、必死に進んでいく間にも、仲間たちが致命傷を受けて脱落していくのだ。
弓矢に加えて、パンと乾いた音がすると、誰かが急に倒れるという不思議なことも起こっている。突撃兵たちはどんどん数を減らしていく。
ようやく、大穴にたどり着いたが、そこには瓦礫が山積しており、これを超えなければ街の中に突入できない。
それでも、周りを見渡せば三十人ほどの槍兵、工作兵、それに自分が属する突撃兵が矢の雨をくぐって何とか大穴までたどり着いていた。
「突撃ー! 突撃ー!」
誰かが叫んでいる。
皆、気が狂ったように剣や槍を掲げながら、瓦礫を超えていく。瓦礫に躓いて、盛大にこけている奴もいる。
「うぉーーーーー!!!!」
そうして、超えた先には敵兵がいるのか、剣戟の音、そして、時折、パン! という爆発音も聞こえる。
自分もこの瓦礫を超えなければならない。
瓦礫を超えたところで、敵兵の姿が見えた。ほんの二十名ほどしかいない。
何とか切り抜けられるか、と思った時、女性の冒険者と思しき兵が持つ何か筒のような物が火を噴いた。
それがハシムの最後の記憶だった。
◇
城壁の大穴にある瓦礫が不思議な防御線になっていた。
それらを馬は踏破できないし、徒歩になっても乗り越えるのに時間がかかってしまう、攻め側にとってやっかいな障害物だった。
しかも、大穴の幅は七ミノルほどしかなく、突撃する兵の全員が一度になだれ込むというわけにはいかなかった。
矢の雨を潜り抜け、壁の大穴にたどり着き、瓦礫の山に登る。
そして登り切ったそこがモレノが最後に引き渡した三丁の滑空砲版ミニエー銃のキルポイントになっていた。
その三丁を持つ弓兵たちはすでに南大門前の広場に下りてきており、ジンたちに交じって、接近戦に備えていたのだ。
それでも、騎馬兵の残りを含めると五十人ほどが最終的には瓦礫にとりつき、ようやく組織立って瓦礫を超えて街の中になだれ込み始めると、それまでの守備側圧倒的有利の様相が変わってきた。
攻撃側から見れば、大穴前の守備側的戦力は二十人ほどと思われたが、実際は十人で、残りの十五人ほどは単にそこにいるだけで、攻撃側がなだれ込むのを阻止しようとしていなかった。
瓦礫の山を下りたところにいる十人、攻撃側にとってはこれが当面の敵だ。
フィンドレイ軍の副長ヤザンは、瓦礫の手前、街の中から見れば瓦礫の向こうにいて、兵に突入の指示を出していたが、一向に突破して街中になだれ込んでいる様子がないことに業を煮やして、自身が瓦礫の上に上った。
そこには負傷して先頭不能になったり、すでに事切れていたりする味方の兵が累々としていた。
「どうなっている!」
瓦礫の上に立ち、味方の動きを見ると、原因は一目瞭然だった。
瓦礫に上ってきては、一人ずつ瓦礫から駆け下りて、十人の敵に気勢を上げながら絶望的に突撃して行っていたのだ。
(これでは各個撃破ではないか!)
「瓦礫に上ったら、側面の城壁からの矢に警戒しつつ、一時待機だ!いいな、勝手に突撃するんじゃない!」
ヤザンは怒号が飛び交う中、声を張り上げて味方に指示を出した。
ヤザンは残った四人の盾持ちたちに側面の城壁から射られる矢を受けさせつつ、瓦礫の上に味方が集まるのをひたすら待った。
待っている間に太ももに矢を受けたり、弾丸を側頭部に受けて即死した兵もいたが、登ってすぐに駆け降りるよりはよっぽど生存率は高いはずだ。
おおよそ三十人の兵が登り切って、八人が矢と弾丸に倒されてしまったが、二十三人が生き残っていた。
ヤザンは号令をかけた。
「そこの十人を踏みつぶせ!」
二十三人の突撃兵たちが、同時に瓦礫の山から飛び降りて、ジンたちに襲い掛かった。
◇
(こいつら、馬鹿なのか?)
ジンは実際、そんな感想をもっていた。
必死の形相で瓦礫の山をよじ登り、その上にたどり着くと達成感からか無防備に立ち上がり、その瞬間に真横にある崩れていない城壁の上から矢を射られたり、滑空砲版(低射程距離)ミニエー銃であっさり撃ち殺されたりしているのだ。
弓矢や鉄砲を逃れて、瓦礫の山を下ってきて突撃する兵もいるが、その攻撃は散発的で、ジンたちにとっては容易にそれらをかたずけていくだけだった。
しかし、上官らしき男が瓦礫の上で兵をまとめだすと、様子が変わってきた。
瓦礫の上で矢や銃弾をなんとかやり過ごしつつ、兵が一定の数になるまで、ひたすら耐えているようだった。
そうこうするうちに銃撃隊の弾薬が尽きた。
一夜漬けの弾薬準備の限界が来た、と言ってもよいだろう。
しかも、ジンたちはたった十人だ。しかも内三人は鉄砲の弾切れを起こした弓兵だ。もちろん後方には十五人いるが、訓練もしていない即席兵士たちだ。全面的に頼りになる味方ではないのだ。
(これはまずいことになってきた)
ジンは相手の意図に気が付いて、戦慄した。人数をまとめてから、突撃を図る気だ。
こっちは十人、向こうは二十人以上だ。城壁の上にいる弓隊に期待しようにも一度混戦になってしまえば、簡単には打てないだろう。
ジンは状況のまずさに顔をしかめた。
◇
「そこの十人を踏みつぶせ!」
そして、ついにヤザンの号令で、二十三人の兵士たちが剣や槍を掲げて突撃してきた。
守るファルハナ側はたった十名だ。
一人で二人以上を相手にしなければならない計算だ。
ジンは必死に会津兼定を振るう。相手の打ち込みに合わせて右斜めに踏み込み、低い姿勢に体を落として、跳ね上がりつつ下から右斜め上に刀を撥ね上げて、敵の両腕を一刀両断にする。ジンが得意の戦法だ。
「あが、あ、あああああ!」
一瞬で両腕を失った敵兵が絶叫した。
それを見たナッシュマン。
「ジン、やるではないか! 儂も負けてはおれん……な」
「な」で大上段からの一撃で敵兵の兜ごと頭をかち割った。
マイルズも冒険者としてブランクがある割には動きは悪くない。
槍持ちは相手にせず、出来るだけ剣を武器にしている敵を狙い撃ちにしている。うまい動きだ。
ジン、マイルズ、それに騎士たちの動きは決して悪くなかったが、やはり数が足りない。
徐々に後方に押され出した。
後方に待機する十五人のボランティア剣士たちも参戦するべく剣を構えていたが、騎士シャヒードが一喝した。
「手出し無用! 当初の作戦通り、我らが撃ち漏らした者に集中せよ!」
シャヒードは敵兵の連度が明らかにボランティア剣士たちより上なのを見抜いていた。無用な犠牲は避けたかったのだ。
南大門の上ではラオ男爵が城壁の外から駆けてくる敵兵に対しての弓矢や鉄砲の射撃の指揮をしていたが、ついに城壁の外には遠く五〇〇ミノル先にまで後退したフィンドレイ将軍と少数の護衛しかいなくなると、城壁の内側に注意を向けた。
そして、南大門前の広場で圧倒的不利な状況に陥っているジンたちに気づいた。
「しまった!」
(外から入ってくる兵を減らすことにこだわり過ぎた!)
実際、侵入出来た敵兵が二十人ほどで済んだのは、大穴に突撃してくる敵兵にずっと射撃を加え続けたからなので、彼女の判断は責められたものではないだろう。しかし、彼女自身はもっと早くに弓兵に近距離用の武器を持たせて広場で起こっている混戦に差し向けるべきだったと悔やんだ。
(だが今は悔やんでいる場合ではない!)
「弓兵! 剣か槍を持て! 広場の騎士たちを助けるのだ!」
弓矢では混戦になっている広場の敵に撃ち掛けられない。味方に当たってしまう可能性があるのだ。
自身も抜剣し、南大門の見晴台から階段を使って駆け降りた。
これはかなり功を奏した。南大門に出ると、騎士たち七人と今や近接戦闘用の武器で武装した弓兵たちが二十人を割り込んだ敵兵を挟み撃ちにする形になったのだ。
形勢は完全に逆転した。
フィンドレイ将軍の兵たちの個としての接近戦能力は、弓兵のそれより若干勝っているようだったが、数と挟み撃ちという状況によって、次々と倒されていった。
(これで、フィンドレイの手勢はお終いだ!)
ラオ男爵がそう思った時、ヤザンの剣が騎士ウートンの喉を鋭い突きで貫いた。
「ウートン!!」
ラオ男爵が叫んだ。
ヤザンはウートンの返り血を浴びながら、鬼の形相で立っている。
「もはやフィンドレイなど知ったことか。これは俺の戦だ。かかって来やがれ」
ヤザンの返り血で真っ赤に染まった顔には微笑すら浮かんでいる。
ほぼすべての自分の兵を失って、ついに彼は狂気に支配されていた。
フィンドレイ将軍の兵はヤザンを除いてまだ十名ほど残っていたが、絶望的な戦いを強いられていた。