55. ラオの演説
朝八つの鐘が鳴った。
南大門を背にして、多くの人が見えるように二ミノルほどの高さのある演台が設置され、ラオ男爵はその上に立っていた。
ラオ男爵の前には彼女の騎士五人が等間隔に横並びして、彼女と同じ方向――聴衆である街の人々――を向いて立っている。
ナッシュマン、ウートン、シャヒード、ファニングス、それにドゥアルテ。
ドゥアルテを除いて、旧ラオ男爵代官領を守ってきた騎士たちだ。
彼らは両手持ちの剣を逆さに持ち、剣先を地面に、柄に両手を添えて、微動だにせず街の人々の方を向いて立っていた。
演台の背後にはさらに多くの元冒険者や現冒険者、元兵士に衛兵たち、ジン、マイルズ、バルタザール、エディス、セプルベダ、アメリア、バーレットたちが一列横隊で並んでいる。
総勢二十九人のファルハナ防衛隊が聴衆の前に立っていた。
昨日の間にガネッシュが手を回したおかげで、情報屋たちが街の人々に触れて回ったので、この街にこんなに多くの人がいたのかと驚くほどの聴衆が集まった。
聴衆を割って、一人のドワーフ、一人の獣人、一人の女、そして二人の男が進みでた。
うち、一人はアラムだった。
「ラオ男爵、当商店として、フィンドレイ将軍の支配は受け入れられません。私はそれをファルハナ防衛隊への寄付、という形で示したいと思います」
二箱の低級ポーション、四十本はあるだろう。それとニケがこれまでアラムに納品したおよそ半分にあたる十本のニケ製のハイポーションを運んできたのだ。
もう一人の男はモレノだ。
「ラオ男爵、ヤダフと共にもう三丁、鉄砲を作ってきました。強度四と強度六の弾丸が残っていましたので、組み立て後、一応のテストは終えています。ただ、この三丁にはライフリングは施していません。遠距離攻撃には使えません。射程距離五〇ミノルと思ってください。これを私からお納めします」
ドワーフはもちろんヤダフだ。大勢の筋肉達磨が十数個の木箱を抱えていて、彼と一緒に演台の近くまで進み出た。
「ラオ男爵、私は鍛冶屋街の代表としてまかり越しました。鍛冶屋街としてあの輩の支配は御免被りたい。これは鍛冶屋街の総意です」
木箱の中には防具、剣、槍、矢などが大量に入っていた。
次に進み出たのはこの街唯一の獣人、ニケだった。ポーリーンも一緒に進み出た。
「ラオ男爵。ポーリーンを連れてきてくれて、ありがとうございました。おかげで薬莢がたくさんできました。本当は薬莢じゃなく、ポーションをたくさん作りたかったのですが、この薬莢はその数だけのこの街の人を救うと信じて作ってきました。これが街の人たちの役に立つならうれしいです」
演台に立ちつつ、ずっと引き締まった顔をしていたラオ男爵だったが、ニケを見て思わず顔を緩ませた。ニケに続いて、ポーリーンも話し始めた。
「男爵、ニケと一緒に薬莢をたくさん作りました。ニケはすごい薬剤師で、勉強になりました。もっともっと彼女からいろいろ学びたいと思いました。だけど、この街があのスケベ将軍に……」
ここで聴衆からどっと笑いが起きた。
「……ごめんなさい。名前も言いたくない、あいつにこの街が奪われたら、そんな未来はなくなってしまいます。そう思って、ひとつひとつ薬莢をニケと一緒に作りました」
このセレモニー的な流れはもちろん仕組んだことだった。しかし、そこで語られた内容は真実だ。聴衆はそれらを分かったうえで、歓呼の声を上げた。
「ファルハナばんざーい!」
「スケベ将軍を倒すぞー!」
「ラオ男爵ー、愛してるぞー!」
聴衆は口々に思い思いの声を上げた。聴衆の声のボリュームが小さくなるのを待って、ラオ男爵が第一声を上げた。
「聴け! ファルハナの諸君」
聴衆はしんと静まり返った。
「これより、ファルハナは厳戒態勢に入る。マイルズ! バルタザール! 南大門を閉めよ。門を出入りする者たちに対する検問を厳となせ」
「「は!」」
マイルズとバルタザールは昨日やってきた演習の通り、敬礼をして、南大門の門扉に向かって走って行くと、間もなくして長い間開けっぱなしだった南大門の鉄の格子戸がごうという音を立てて、閉じられた。
「皆も聞き及んでいる通り、フィンドレイ一味は今日もまた徴税の名のもとに略奪と人さらいをしにこの街にやって来るそうだ」
聴衆から「そんなことはもうゆるさないぞー!」「まっぴらごめんだー!」などの声が上がった。
ラオ男爵はそれらが収まるのを待って、続けた。
「こと、ここに至って、我らは決断をした。無法を許してはならぬ、と。
門を閉ざして、断固としてそれに抗うことにした。しかし、我らは三十人に満たない兵力だ。奴らは百人を超え、魔導士も控えていると聞く。
我らには〈牙〉が必要だった。それがなければ、すでに連れ去られてしまった二十人の乙女たち同様、なすすべもなく凌辱されてしまうのだろう。
彼女たち二十人を助ける術は我らにはなかった。力がなかったのだ。だが、今、我らにはそれがある」
聴衆は黙って聞いている。
百人を超える兵力に三十人弱でどうやって立ち向かうというのか?
だがそれが可能な〈牙〉が今はあるとラオ男爵は言うのだ。
その内容を聴きたいのだ。
「ジン! 鉄砲を持て!」
「は!」
ジンが麻袋から装弾済みの鉄砲を持って、ラオ男爵に渡した。
「見よ!お前たちの後ろには憎き青甲冑がいる!」
三ミノルほど高く掲げられた甲冑の案山子。それが青く彩色されて、聴衆の後ろ、ラオ男爵の正面、約五〇ミノル先に掲げられていた。
当然、このデモンストレーションのために朝、日も登らぬうちからドゥアルテたちが準備したものだった。
聴衆の真ん前でラオ男爵がミニエー銃を構えた。
聴衆は何が起こるのかわからず、ただ固唾をのんで見守っていた。
「見るのは憎き青甲冑のほうだ。私の方ではない。では、鉄砲の力をその方たち見るがよい!」
ラオ男爵はそう言い終わるや否や、ミニエー銃を発砲した。
バーン!
聴衆の前で轟音が響き、青甲冑の案山子に見事命中すると、三ミノルの高さまで掲げていた支柱ごと、後ろに倒れた。
「うおーーーーーーー!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「勝てる!勝てるぞ!!」
聴衆は興奮と熱狂で満たされた。それほどまでに徴税という名の下に行われる略奪に街の人たちは苦しんでいたのだ。
この街の住民はもともと五万人もいたのだ。そして政変後そのほとんどが街を離れ、ノオルズ公爵の支配が行き届く王都や王都近くの街に移って行った。
今残っている街の人、この聴衆たちは街を愛しているがゆえに離れられない人々か、あるいは、何らかの理由でこの街でなければ生活をしていけない人々なのだ。略奪に苦しんでも、離れられなかった人々なのだ。
そんな人々が今起こったことに熱狂するのは致し方ないことと言える。
自由。未来。そういったことはここ最近、この街に残った人々の間で語られることはなかった。だが、今、それがはっきり目に見える形で示されたのだ。
「見たか。皆の者。これが鉄砲の力だ。フィンドレイを打ち払う力を我らは皆の前で示した。皆もその力を示してくれ!」
「おおおおおおおおお!」
「ラオ男爵ーーーーー!」
「俺も武器を持つぞ!!」
聴衆が口々に叫びながら、前に進み出る。
「兵役経験者、冒険者たちは前に! その他、力自慢たちも鍛冶屋たちが提供してくれた武器を持って、自分の家族、友人を各自で守れ。いいな、これは皆の戦いである!」
皆さま、良い週末の夜をお過ごしください。
明日の朝、1話か2話だけ更新します。夕方の更新は無しです。