表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異空の侍 ~転移した会津侍の異世界冒険譚「絶対に会津に帰る!」~  作者: 大倉小次郎
ファルハナの街-決戦編
54/177

54. 鶴ヶ城

 昼後九つごろ、弓の訓練を終えたジンは宿への帰路にあった。


 ここに来て無数の不安が頭をよぎっていた。 


 ファルハナに深入りしすぎて、ニケを危険にさらしてしまっているのではないか。それに〈役目〉とは大きく離れて行って、会津へ帰る日が遠のいてしまっているのではないか。


 かと言って、ここまで信頼されて、自由にジンの思う通りにミニエー銃の計画を進めさせてくれたラオ男爵をどうにかして助けたい。その気持ちに偽りはない。


 仲間といっていいマイルズやヤダフ、それにモレノ達の期待も裏切りたくない。


 だが、この行きつく先は本当に会津への帰り道なのだろうか?

 いや、会津に帰ったとて、俺に何ができるのだろうか?



 ◇



 宿の部屋に着くと、ニケから事情を聞いたカーラが食事を部屋に用意してくれていた。実のところ、ジンは食事のことなど完全に忘れていた。


 ニケは昼後六つにはしっかり食堂で食事をとってから、薬莢づくりを再開していた。ポーリーンという薬剤師が薬莢づくりに協力してくれていたらしい。


 モレノのところからも職人見習いたちが来て、ニラの木の樹液周りの薬莢づくりを手伝ってくれたり、ヤダフのところからも椎の実弾が十個出来るたびに職人見習いたちが運んできてくれていたらしい。


 部屋は昼後の間、完全に薬莢工場になっていた。


 ジンは食事をしながらそんな話をニケから聞くともなしに聞いていた。


「ニケ、お前もそこそこにして寝るんだよ」


 ジンは疲れていたらしい。十一の鐘が鳴る前に寝床に入ると、あっというまに眠りに落ちていた。



 ◇



(あれは鶴ヶ城(つるがじょう)じゃないか!?)


 甚兵衛はまるで磐梯山(ばんだいさん)の頂上から眺めるようにして、遠くに見える鶴ヶ城を見ていた。


 浮遊する霊魂になったかのように、磐梯山からスーッと滑るようにして鶴ヶ城に近づいている。


 真下を見下ろすと、無数の大砲がその漆黒の砲身を天守閣に向けている。

 そして、それら砲身が轟音と共に火を噴いた。


(やめろー!)


 甚兵衛は叫ぶ。何度も何度も叫ぶ。


 甚兵衛の叫びは何らなすことがなく、砲弾が雨あられのように鶴ヶ城天守閣の周りに降り注いだ。


 甚兵衛は上空を滑るようにさらに天守閣に近づいて行く。


 天守閣に手が届くと思えるほどに近づくと、砲弾の一つが天守閣の最上階に命中した。轟音を立てながら、壁が崩れ、(はり)が折れ、土煙を上げた。


 その一撃に続いて、砲弾は何度も何度も命中する。その度に土煙を上げて天守閣がその形を失っていった。


(やめてくれー! お願いだ。頼む。もう、やめてくれ……)


 崩れた壁の向こうに女子供たちが逃げ惑う姿が甚兵衛にも見えた。


「ジーン! ジーン! どこにいるのー!」


(ニケ! なんでそんなところにいるんだ!)


 鶴ヶ城の天守閣はいつの間にか領主館に変貌していた。


 領主館にはフィンドレイ将軍に率いられた青甲冑たちが踏み込んできている。

 通りざまに領主館に避難している民間人を剣で横殴りに殺して回っている。


 ジンはいつの間にか領主館の執務室にいた。


「ジン。最後まで私に付き合ってくれて、ありがとう。街を守り切れなかった。情けないものだな。こうなってしまえば、私は自死の道を選ぶしかない。フィンドレイなどに凌辱されるわけにはいかないからな」


 最期にジンの手を両手で包み、涙を流しているラオ男爵が目の前にいた。

 青甲冑たちが走り迫ってきている物音に、ラオ男爵は突然その手を離した。


「ああ。時が来た。あっけないものだ。……お前は生き延びろ。〈役目〉があるのだろ?」


「ラオ様?……いや、雪子様?」


 目の前にいたはずのラオ男爵は雪子だった。

 打刀を両手に持ちながら、死を覚悟した表情で甚兵衛を見た。


「甚兵衛。そちは生き延びろ。わらわは修理の元に参る」


「雪子様! なりませぬ!」


 ジンは必死の形相でそう叫んだ。

 打刀を奪うべく、手を伸ばすが掴めない。


(!)


 自分の手が透けている。実体がない。

 打刀を掴もうとしたジンの右手はそれを素通りして、空をつかむ。


 雪子は俯き、打刀を自分の首筋の頸動脈に添わせる。打刀が鈍く煌めく。


「やめろーーーー!」力の限りジンは叫んだ。



「ジン! ジン! ねぇ、ジンってば!」


 ニケはジンの突然の大声に目を醒まし、何事かとジンの寝床まで来ていた。


 ジンの額からは汗が玉のように吹き出し、右手を毛布から跳ね上げ、空をつかもうとしていた。

 ニケはその様子に驚いて、彼を起こそうとしていた。


「ジン!」


 ジンはその声にようやく目が醒めた。


「夢、か……」


 ジンは日本語で呟いた。


 ニケは心配そうな顔でジンの顔を真上からのぞき込んでいた。


「前にもこんなことあったよね、ジン」


 ジンはまだ仰向けに寝たままの姿勢だった。


「ああ、あったな」


 ジンは上半身を起こした。


「ニケ。すまなかった。俺はどうかしていた。〈役目〉だなんだとほざきながら、明日を控えて、どうにかしてしまっていたんだ。目の前のことをするしかないのにな」


「ん?」


 ニケはまだ心配そうな目でジンを見ていた。


「ああ、問題ない。ニケもラオ様もこの街のみんなも大丈夫だ。俺がいるだろう」


「ジン!」


 ニケの顔がパッと明るくなるのだった。


明日、所要にて夕方の更新が出来なさそうです。

朝は更新します。夕方の分、少し進めておきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ