53. 裏切り
フィンドレイ将軍はシャンテレ村に急造した屋敷の執務室で青甲冑の兵士からの報告を受けていた。
「買収した女中が今しがた商隊と共にシャンテレに到着しました」
「それで、その女はなんと?」
「向こうはテッポウという新しい武器が出来て、次の徴税には応じない、と意気を上げている、とのことです」
「まあ少なくない報酬で情報を流させているんだ。ようやく少しは役に立った、ということではないか。で、なんだ、そのテッポウというのは?」
「女の説明が今一つ釈然としないのですが、魔導士でなくとも使える魔道具のようなもので、二〇〇ミノル先の兵士を倒せる、とか申しています」
兵士の説明にフィンドレイ将軍は少しイライラしてきていた。
「よくわからんな。魔道具ならば魔導士でなくとも使えて当たり前ではないか。弓矢であっても二〇〇ミノル先の兵士は倒せるぞ。それのどこが新しい武器というのだ?」
「はい、私もそう思い何度も聞き直したのですが、やはりその辺は女中だからでしょうか。いまいち要領を得ないというか……音がどうだ、火の魔法がどうだ、とか言っておりまして、私もよく理解できないのです」
フィンドレイ将軍はこの新しい武器に関する情報はこれ以上得られないだろうとあきらめた。所詮悪あがきだろう、と理解することにした。
「まあ、良い。重要なのは向こうは徹底抗戦、ということだ。そこに間違いはないな?」
「はい。それは女中もはっきりと言っておりました。街の門を閉ざすそうです」
「なんとも面倒くさい展開になってきたではないか。まあよい。で、向こうの兵力は?」
「これはもう将軍もおおよその数はご存じかと思いますが、少なくて二十名、多くとも三十名といったところで間違いありません。女中は二十五名だとかなり絞った情報を出してきておりますので、これはまあ正確かと思っています」
「ふん。二十名も三十名もさほど変わるまい。遊びはお終いだ。明日は全軍で踏みつぶすとする」
「は。了解しました!」
兵は敬礼して、退出した。
フィンドレイ将軍は彼の後ろに立つ青甲冑――しかし、他の兵の甲冑が薄い青なのに対して、彼の甲冑は深い青をしている――に対して、顔もむけずに話し始めた。
「のお、ヤザン、どうしたものかの?」
ヤザンと呼ばれた男が口を開いた。
「将軍。私に一計があります」
「申してみよ」
「シュワバーに一〇〇ミノルほどまで接近させて、強烈な氷魔法の一撃を先制させましょう。シュワバーの矢避けに盾持ちを同行させます。あの薄い城門になら間違いなく大穴を開けましょう。そこに一二〇名の兵を突入させ、大通りを一直線に走らせて、領主館を一挙に占領します。こうすれば当方の被害はほとんど出ないはずです」
シュワバーは一日千ルーンという高給で雇われた氷魔法使いの高等魔導士だ。
「ふむ。うまくいくか?」
「一〇〇ミノルまで近づかないことには、残念ながらシュワバーの氷魔法は壁に届きません。なので相手の弓兵が問題になるのですが、ベリンダの、いや、内応させていた女中の話によると、今頃になって弓矢の練習をしている、との話です。さほどの脅威にはならないはずです」
「シュワバーのみに頼った作戦だな。もう一つなにか欲しいな。かと言って、兵を失うのは困る」
「……では、デュラハンも使いましょう。彼もシュワバーと共に一〇〇ミノルまで近寄り、火球魔法で弓兵たちを牽制します。一〇〇ミノルも離れていると、火球もかなり弱まりますが、なに、牽制さえできれば、弓兵は矢が撃てません」
デュラハンは火魔法の中等魔導士でシュワバーほど高い報酬をもらっているわけではないが、同時に火球を十個も打ち出せるのが強みの魔導士だった。
「ふむ。なかなかよくなってきたではないか。だが足りぬな。……先日連れてきた女どもを使え」
「は? 使う、とは、どのようにでございましょうか?」
ヤザンはフィンドレイ子爵家に仕える騎士だ。バーゲル辺境伯の失権に伴い、失権したフィンドレイ家に今も仕えている。
長年仕えてはきたが、フィンドレイ将軍が考える非道はさすがに思いつきもしなかった。
「お前はそんなことも考えられないのか? 磔にして最前線に立たせればよかろう。それで連中は矢が放てなくなるはずだ」
◇
シャンテレ村では至る所でかがり火が焚かれており、明日のファルハナ襲撃に備えて、夜になっても兵たちの動きは活発だった。
武具の整備や編成などに多くの兵が走り回っていた。
ベリンダは報告を終えて、兵舎に使われていた民家を出た。
そんな中、女たちの悲鳴が上がった。
訳も分からず連れ出されたファルハナの女たちが羽交い絞めにされて、十字に組まれた角材に無理やり手足を縛られつつあった。
「殺さないでー!」
「お願いします。どうかご容赦を!」
「なんでこんなことするのー! お願い、やめてー!」
女たちの悲鳴と嗚咽が、そして、馬の嘶き、兵たちの怒号、かがり火がパチパチとはぜる音、それらが混然一体となって辺りに響いていた。
ベリンダは顔をこわばらせた。見知った顔がその中にあったからだ。
よく行くレストランのウェイトレスだった。
「ミラ……」
ミラと呼ばれた、抵抗むなしく仰向けざまに磔になってしまった女は首を横にしてベリンダの方を向いた。
ミラの目からは涙が横に伝って流れ落ちていた。涙ににじむ視界にベリンダが入った。
「どうしてーっ! どうしてあんたがこんなところにいるのよ!!」
ベリンダは逃げるように兵舎に戻って行った。