51. 帰り道とミニエー銃の披露
ジンの顔のすぐ下にはニケの大きな耳があった。
ジンとニケはタンデムで馬にまたがっていた。領主館と宿はせいぜい三ノル弱、大通りをまっすぐ帰るだけだ。
ただ、ニケは疲れたのか、馬上にあって舟を漕いでいた。無理もない。朝からずーっと薬莢づくり、そしてそのあとは忙しなく宿を出て突然の晩さん会に招待され、緊張の連続だったのだから。
ジンはニケが馬から落ちてしまわないよう、片手で手綱を持ち、もう一方の腕でニケを抱いていた。馬はゆっくりと人が全くいなくなった夜の大通りを進んでいた。
「ニケ、ニケ、着いたよ」
馬を厩舎の馬房の中まで乗り入れてから、ジンはニケを起こした。
「ああ、私寝ちゃってた」
ニケが眠い目をこすりながら、一応の覚醒をした。
「仕方がない。疲れてたんだ。ニケ、そのまま、馬に乗ってろ」
ジンはそう言って、まず自分が馬から降りる。そして、地面に立ってから右手を馬上のニケに差し出して、降りるように促した。
ニケはジンの右手を持って、馬から飛び降りる。猫の獣人だけあって、しなやかな身のこなしだ。
ツツは馬が厩舎に近づいているときから、とっくにその気配とジンやニケの匂いを察知して、起き上がって二人と一匹の帰りを喜んでいた。
「ああ、ツツ、ただいま」
ニケが眠い目をこすりながら、ツツの前に立つ。
ツツはニケの頬をペロッとひと舐めする。
「あはは!ツツ!」
「さ、ニケ、もう寝よう」
「うん!」
◇
翌朝、ジンが領主館に到着すると、門でバルタザールに指示され、今日は執務室ではなく、警ら隊遁所に行くように、とのことだった。
警ら隊遁所にはラオ男爵やドゥアルテの顔もあった。
「おい、みんな、ちょっと注目してほしい」
ざわざわとしている警ら隊員たちにドゥアルテが注意を促した。
「皆、揃ったな」
ラオ男爵が皆に声が届くように少し声を張った。
「昨日、フィンドレイ将軍が来訪したことは知っているな?」
頷く隊員たち。フィンドレイ将軍が南大門を通る前からその動向を逐一執務室にいるラオ男爵に伝えていたのは彼らだ。
「来訪の理由は明日の徴税についてだった」
ざわっ、と警ら隊員たちがしたが、何かを言い出したりはしない。ラオ男爵の話に注目していた。
「追加で二十名の婦女子、それに様々な物資を要求された」
「追加? また人さらいするってのか!?」
「ラオ様、もう許せません!」
「俺は死んでもあいつだけは許さん!」
警ら隊員たちが口々に声を上げた。
警ら隊員たちの声を受けて、ラオ男爵も宣言した。
「ああ、もう諾々とそれに従うことはない。男爵家から四人の騎士、五人の冒険者が本日中に到着する。こちらの兵力は二十五人ほどになるはずだ」
「男爵、でもフィンドレイ将軍は百人以上の兵力ですよね?」
「ラオ様、二十五人で対抗できるのですか?」
「ラオ様、街の有志を募りましょう! 少しは力になるはずです!」
あれほど徹底抗戦を訴えていたはずの警ら隊員たちだが、彼我の戦力差を認識すると、自信がなくなるようだ。
「冒険者ギルドに頼んで、即戦力になる冒険者を募っている。ドゥアルテ、それはもう動いておるな?」
男爵の傍らに控えているドゥアルテが返答した。
「はい、ラオ様、この後何人か面接することになっております」
その返答に頷いてから、男爵はまた警ら隊員たちに向き直った。
「うん。あと数人はそれで確保できるだろう。皆、聞け。明日に関しては徴税が奴の目的だ。
奴の持つ兵力すべてを連れてくるわけではあるまい。いつもの通りなら五十人ほど連れてくるに過ぎない。
ならばこちらが三十人もいれば、明日は門前払いができるだろう」
警ら隊員たちの反応を見渡してから、ラオ男爵が明日の方策について続けた。
「いいか。明日のいつに彼らがやってくるかは定かではない。
今は使っていない南大門の検問所に明日朝八つに集合だ。その時刻をもって南大門を閉鎖。検問所を復活させる。
バルタザール、それに今はここにいないが、マイルズを臨時検問所の担当とする。商人の出入り、物資の搬入などには柔軟に対応し、フィンドレイ将軍の手の者かと怪しまれる場合はその者を止めおいて、すぐにドゥアルテに報告するのだ。
次に、実際にフィンドレイ将軍たちが門に迫ってきたときの対応だ。検問所に詰める二十名はすぐに南大門両翼の城壁に弓を持って展開せよ。二十人の選抜、付け焼刃ではあるがその訓練を今から行う」
ちょうどその時、「遅くなりました!」と言ってマイルズが入室してきた。
マイルズの後ろにはヤダフ、モレノ、そして驚いたことにニケも続いた。
マイルズは遁所の中にジンを見つけると、歩み寄ってきて、小声でジンに呟いた。
「すまない、ジン、ノーラを勝手に借りたぜ?」
「ノーラ?? 何の話だ?」
ジンは突然ラオ男爵の名がマイルズの口から出てきたのだから、驚いた。
「お前の馬だよ」
マイルズが悪戯っぽく笑い、小声で言った。
「なっ! お前なぁ!」
ジンは思わず声を大きくしてしまった。
マイルズはラオ男爵から頼まれて、ミニエー銃製作者たちを集めて回っていたのだ。まず、宿に行き、ノーラと勝手に名付けられたジンの雌馬に乗って、ニケを拾い、それからヤダフ、モレノを呼び行って、一緒に歩いてきたようだった。
「そこ! 何を話している!」
ラオ男爵がジンを指さし、注意した。もちろん本気で怒っているようではない。ただ、何か自分の名が口にされたような気はしていたが、今はそれどころではない。
「「失礼しました!」」
と、ジンとマイルズは姿勢を正した。
「ちょうどそろったようだな。皆にこれを見せよう」
ラオ男爵がそう言い、背後の壁に立てかけてあった、麻袋を手に取った。
そして、遁所の入り口付近に立つモレノにも声をかけた。
「モレノ、お前も持ってきているのであろう?」
「はい、ラオ男爵、今朝、組み立ててまいりました」
ラオ男爵は麻袋からミニエー銃を取り出た。
何度も見ていたバルタザールですら、至近で見ることはなかったので、興味深い目線を送っている。いわんや他の隊員たちは口々に「なんだなんだ?」「これは武器か?」「いや、魔道具だろう」などと話しながら、目線は男爵の持つミニエー銃にくぎ付けだ。
「説明より、その目で見るのが一番だろう。皆、裏庭までついてこい」
そう言うや否や、ラオ男爵は遁所を出て裏庭に歩き出した。
付いてくる皆。警ら隊員や衛兵、それに唯一の騎士、ドゥアルテ。これがファルハナのほぼ全兵力だ。
裏庭に出ると、すでに銃を固定する木枠や、昨日まで使っていた的の木板は取り払われており、全身プレートアーマーの銀色甲冑が着せられた鎧立てが百ミノルほど先に立てられていた。だだっ広い裏庭にぽつんと立つ案山子の騎士だ。
ジンはそれを見て思わずあの日の西洋甲冑を思い出してしまった。
「ニケ、弾を持て」
ラオ男爵はニケに命じた。
「はい、ラオ様」
小さい猫の獣人がちょこちょことラオに歩み寄り、何か小さい筒のようなものを手渡した。
警ら隊員や衛兵はニケを何度か見たことがあるし、見たことのない隊員でもジンの連れ合いが獣人だということを知っていたのでことさら驚くことはなかった。
ラオ男爵はニケから薬莢を受け取ると装填した。実際、この装填作業は日本で使われていたミニエー銃よりも早い。ニケが開発したニラの木樹脂の薬莢のおかげだ。
ラオ男爵がミニエー銃を構える。
「いいか、見ていろ!」
ニケが自分の猫耳を塞ぎながら「みんな耳を塞いでね!」と警告が終わらないうちにラオ男爵が引き金を引いた。
強度十、完成版の薬莢だ。
バーン!!
轟音が裏庭にとどろき、立ててあった鎧立ての騎士があおむけに倒れた。
唖然とする警ら隊員や門番たち。
無言のまま、倒れた案山子の騎士に向かって歩き出すラオ。それに続く皆。
弾丸は見事に胸の真ん中のプレートを貫き、鎧立ての木の支柱にめり込んで止まっていた。きっとそのせいで、鎧立てごと倒れたのだろうが、これは誠に良い演出になった。
「男爵!? これはいったい?」
そのうち、門番の一人、最近バルタザールとペアで領主館の衛兵をやっているエディスという女の冒険者がようやく口を開いた。
ラオ男爵は得意そうに説明した。
「これはな、新兵器だ。私のような魔導士でもない、弓使いでもない女が、今朝早くに十発ほど撃って練習すれば、この通り、甲冑騎士を一撃で倒せるようになった。もっとも生きている甲冑騎士は動き回るのでな。こうも簡単に行かんだろうがな」
「自分にも扱えるのですか?」
「ああ、問題ない。ただ、今はこれ一つ、それに、ほれ、モレノ、持ってこい」
「はい。男爵、こちらに」
モレノが新造の二丁目をラオに渡した。
「と、これ、二丁目の鉄砲だ。これら二丁しかイスタニアには存在しない」
「私も練習していいのですか?」
「俺も訓練を受けたいのですが!」
「俺も俺も!」
口々に言う。
「言ったであろう、二丁しかない。それに弾もそこのヤダフという凄腕鍛冶屋……」
と、言いながらヤダフを指さす。突然衆目を集めるヤダフ。しかも『凄腕』という誉め言葉つきだったものだから、大いに得意そうな表情を浮かべた。
「それに、このニケ。天才薬剤師だ。この二人で今一生懸命に作っておる。無駄にできる弾は一つもないのだ」
小さいニケの肩に手を置くラオ男爵。
照れるニケ。それを見てジンとマイルズは思わずほほ笑んだ。
「というわけで、一発ずつだ。皆に撃たせてやろう。甲冑騎士の頭を打ち抜いた者に本日鉄砲訓練を受けてもらう。分かったら順番に並べ。指導は私が行う」
ラオ男爵がそう皆に伝えると、しれーっとドゥアルテが行列に並んでいた。
「ドゥアルテ!お前は今から冒険者の面接、それにニケの助手を探すのだろう。何を並んでおるのだ!?」
「し、しかし……」
何かを言い募ろうとして、すぐに諦めた。残念そうにドゥアルテは列を離れ、裏庭から出ていく。その後ろ姿に漂う哀愁を感じたのはジンだけではなかったはずだ。
「ジン、鉄砲訓練を外れた者は弓の訓練に回ってもらう。お前が指導できるな?」
「はい、ラオ様。しかし、私のはどちらかと言えば森で得物を狩る、狩りの弓矢ですが、それでも良いのなら喜んで」
「ああ、全く問題ない。頼んだぞ!」