49. 新兵器
モレノは無事、領主館に着いた。ついてきてくれた職人二人に、これでなんか食ってこい、と小遣いをやると、彼らは嬉しそうに大通りを東に折れて、鍛冶屋街の方に向かって行った。
門番に立っていたバルタザールにラオ男爵に戻ったことを伝えてほしいと依頼すると、バルタザールも十分に状況をわきまえていた。
「モレノ殿、ラオ男爵も待っております。裏庭にここから直接行ってください。自分は男爵を呼びに行きます」
とのことで、手筈、段取り、そして連絡がちゃんと整っていることに、さすがはラオ男爵だ。と嬉しく思った。モレノは完全な男爵のファンになっていた。
門から裏庭に直接行き、しばらく待つと速足でラオ男爵とドゥアルテ、ラオ夫妻、それにバルタザールが懐中魔灯を持って道を照らしながらやってきた。
「待たせたな、モレノ」
「いいえ、私も今着いたところです。これが雷管を交換済みの鉄砲です」
ドゥアルテは驚いた。
「こんなに早く出来るとはな。モレノ殿の技術には驚かされますな」
「では、さっき使わなかった、強度二で一度だけ試験をさせてください。これは人が構えても全く問題がありません。部品を変えたものですから、その親和性の確認だけですので」
モレノがそう言うと、「では私が」と言いつつドゥアルテが銃を受け取ろうとする。
「待て、ドゥアルテ、お前は一度も構えたことがないだろう。私は何度か構えておるからな。私がやろう」
ラオ男爵はそう言うと、横からミニエー銃を奪い取ってしまった。
「しかし、ラオ様、ラオ様に騎士として危険なことはさせられません!」
ドゥアルテも引き下がらないが、そこにモレノが横槍を入れた。
「ドゥアルテ殿、さっきの強度試験でもお分かりのように、強度二では危険は全くありません。大丈夫です」
「しかし……」
ドゥアルテが何かを言い募ろうとしている間にも、ラオ男爵は強度二の薬莢を装填していく。
「こうやって装填するのだったな。よし、時間がもったいない。撃つぞ」
そう言い終わるや否や、男爵は引き金を引いた。
ボシュ
強度一とさほど変わりのない音がして、弾が飛び出した。
もう完全に暗い中、バルタザールの懐中魔灯に照らされた弾丸は、その弾道まで完全に視認できた。放物線を描き、十ミノルほど先で落下した。
「のお、モレノ、今思ったのだが、お前はこの雷管と呼ばれる部分を分厚くしてきたのだろう。軽くする必要があることは、人が撃つのが前提だから、と理解はしておる。しかし、もし、人が撃たずに……そうだな、そこの木枠のようにこの鉄砲を固定して設置するのなら、いくらでも重くしても問題なかろう?」
「そ、それは、おっしゃる通りです!」
モレノも気が付いてしまった。
「で、あれば、もっと丈夫な雷管を持った大きな鉄砲だって作れるというわけだ」
ラオ男爵は自覚のないままに気づいてしまった。大砲の可能性に。
「わが娘ながら恐ろしいことを考えるね。シェイラ」
聞いていたガネッシュが隣に立つシェイラにだけ聞こえるようにつぶやき、同意を求めた。シェイラはただ笑顔を浮かべていたが、眉間を少しだけ険しくしたのにはガネッシュすら気が付かなかった。
「ノーラ、早く! その強度十の試験を行うのだろう?」
ガネッシュが少し離れたところにいるラオ男爵に聞こえるように大きめの声で呼びかけた。
「お父様、ただいま!」
そう告げると、たった今強度二の弾丸の発射に成功したラオ男爵が、強度十の弾丸を装填し、木枠に銃を設置する。
紐を引き金にかけてから、ラオ男爵は十分距離を空けた。
「では、発射する」
男爵は紐をゆっくり引いた。
すでに暗くなった裏庭で轟音を立て、砲からは大きな火球が現れた。
発射音とほぼ同時に的の木板に何かが衝突する音が聞こえた。
強度九の弾丸が貫通した穴に比べ、ほんの三テノルほど上に穴が開いており、弾道はほぼ同じであることが分かった。
しかし、この領主館の裏庭の試験場ではこれ以上の射程距離の試験は不可能だった。それほどの大きさがないのだ。
もし、裏庭がもっと大きければ、それに二〇〇ミノル先に標的がなければ、どこまで飛んでいけたのだろうか?
バルタザールとラオ夫妻を除く、全員が思い出したジンの言葉がある。
『五〇〇ミノル先の敵を倒す』
そして、ラオ男爵が呟いた。
「五〇〇ミノル先の敵を倒す……」