47. 初の実射
さほどの時間は要しなかった。二人は領主館の門に騎馬で近づくと、バルタザールがマイルズに近づいてきた。
「バルタザール、馬を頼めるか? すぐにラオ様に会いたい」
マイルズが自分の後任に要件を伝えた。
「ああ、お前たちは行け。馬は厩舎につないでおくからな」
バルタザールもフィンドレイ将軍の一行が来たかと思えば、入れ替わりでラオ夫妻がやってきて、そして今度は街中の移動に用いるのを禁じられている騎馬でやってきたマイルズやジンを見て、ただ事ではないと感じていた。自分のやれることは迅速に物事が進むように協力するだけだ。そんな柔軟性をバルタザールは持っている。
「ありがたい。頼む」
ジンも軽く会釈し、門の中、領主館へと進んだ。肩には麻袋がかかっていた。
「マイルズとジンです」
執務室の前で少しだけ声を張り上げるマイルズ。以前「声が大きい」と怒られたことを覚えていたのだ。だが返事はなかった。
「マイルズとジンです」
マイルズは、もう一度、もう少しだけ大きめの声を張り上げた。
すると、扉の向こうではなく、二人が立っている廊下の奥の方から「声が大きいと申しておろう。マイルズ」とラオ男爵の声がした。
「「ラオ様」」
二人はそろって返事した。マイルズは少し悔しそうだった。
「父上と母上が来られたのでな。昼食を共にしておった。して、状況は?」
ジンはラオ男爵の後ろに立つ、ご両親と言ったか? に聞かせてもよいのかとしばらく沈黙していると「よい。あらかた話してある」とラオ男爵が言った。
「ああ、君がジンだね。私はガネッシュだ。それに妻のシェイラだ」
「お初にお目にかかり誠に光栄の至りです。ジンと申します」
ジンの脊髄反射だ。高貴な人となればこう話すしかできない。
「ははは。肩の力を抜きなさい。ジン。それに大方訊いておる。その肩にぶら下がっているのが、それかい?」
「はい。テッポウ、という新しい武器です。ただ、これは強度試験用です」
ガネッシュに応えてから、ジンはラオ男爵の方に向き直った。
「ラオ様、フィンドレイ将軍はもういないと聞きました。さっそく強度試験を行いたいのですが」
「私もそれを待っていたのだ。あのモックを使ってな、木枠や的の設置は終わっておる。早速やろうじゃないか」
ラオ男爵も待ちきれない様子だった。
裏庭には、すでに設えた実験設備、というよりただ銃を固定する木枠、それに対して二〇〇ミノルほど離れた場所にマス目を振った大きな木の板が立ててある、以前、話していた通りの用意が出来てあった。
フィンドレイ将軍がもし仮にこれを見たとしても、何の用意か全く理解できなかっただろう。
そうして、ラオ男爵、ラオ夫妻、ジン、そしてマイルズの一行が裏庭に着いたとき、向こうからバルタザールが走ってきた。
「ラオ男爵、モレノという男が、強度試験に立ち会うとのことで門に来ていますが、いかがいたしましょう?」
「モレノ? ああ、これの制作者ではないか。そうだなジン?」
「はい、来る途中にモレノも立ち会うように伝言をしてきましたので。鍛冶屋のヤダフも来たがっていたのですが、なにぶん、急いで弾丸の増産を行わなければならないため、工房に籠って必死に弾丸を作っております」
「そうか、いろいろと先んじて気を回してくれたのだな。助かったぞ、ジン、それにマイルズ。バルタザール、通してやってくれ」
「はい。ラオ男爵。ではここに連れてまいります」
バルタザールがまた門の方に駆けて行った。
「マイルズが町中を走り回っていろいろと調整してくれましたから」
ジンはこのスピードでこの早さでここまで漕ぎつけられたのはマイルズの力が大きかったと感じていたので、それをラオ男爵に伝えたかったのだ。
「よせよ、ジン。……ラオ様、時間がもったいないです。さっさと実験を始めましょう」
「ああ、そうだな。マイルズ。父上、母上、あくまでこれは試験ですから、うまくいかないこともありますし、それに暴発、と言ったかな? そう、爆発の威力に構造が耐えられなくなって鉄砲自体が爆発する恐れもありますので、これより前には絶対に出ないでください」
「ああ、ノーラ、分かったよ。シェイラと一緒にここで見ていよう」
ラオ男爵が説明するうちにバルタザールがモレノを伴って裏庭にやってきた。
「ラオ男爵、お初にお目にかかります。私はモレノという細工師です。仕掛け部分は私が担当しましたので、その評価試験に立ち会わさせていただきます」
「モレノ、この度の働き、感謝する」
ラオ男爵は深々と頭を下げた。モレノは驚いてしまった。
「男爵、どうか頭をお上げになってください。私のような者にもったいないです。」
面倒くさいのが大嫌いなはずのモレノもさすがにお貴族様に頭を下げられて、大いに焦ってしまっていた。
「ノーラ、モレノが困ってしまっているよ。その辺にしたらどうだ。それに時間があまりないのだろう?」
モレノの様子を見かねて、ガネッシュが口をはさんだ。
ジンも強引に説明を始めることで、モレノを救い出した。
「では強度一、一番火薬が少ない薬莢を込めます。こうやって、筒の先から、弾丸が筒の先の方になるように薬莢を入れます。そうしてから、このロッドという長い棒で筒の先から薬莢を軽く押し込みます」
みんな集中してその作業を見ている。
「で、こうして、構える。照準器と呼ばれるこの凸と凹が一致する先に弾が飛んでいきます。発射はこの引き金を引きます。では引き金を引きますよ」
「おい、ジン! ちょっと待て!」
ラオ男爵が怒鳴った。
「強度試験ではこの木枠を使って、ひもで引き金を引くのだろう?」
「ラオ様、大丈夫です。強度一、最小量の火薬ですから、もはやこれで雷管を覆う鉄にひびが入ったりするようだと、もう最初からこの話はおしまいです。時間短縮のため、様子を見ながら、木枠を使う様にしますから」
「そうか、ならよいが無茶をするのではないぞ」
ラオ男爵もトーンダウンした。
「では、撃ちます」
ポシュ
火薬は爆発したが、それはニケの安全第一の気持ちがこもった本当の少量だった。
弾が射出され、二ミノルほど飛んで、地面に落ちた。
「「「「……」」」」
そこにいる全員が絶句するのだった。
◇
「あは、はははは、これはまた」
ジンは思わず笑いながら、ほんの二ミノル先に落ちた弾丸を拾い上げ、警らの制服のポケットに入れた。
「まあ、強度一だからな。ニケちゃんの安全第一の気持ちが伝わる結果だよ」
マイルズもそう言って、みんなの不安を和らげようとした。
「ああ、強度一だからな。もう二は飛ばして三でいいだろう。なあ、ジン?」
ラオ男爵も唖然としている両親に聞こえるようにそう言った。
「では、次は強度三で行きます。まだ、構えての射撃で大丈夫のはずです」
そう言いながら、弾を装填する。
「うむ」
「撃ちます」
パン!さっきより大きめの音で、しかも砲の筒先から炎がほとばしった。
「おお、どうだ?」
ガネッシュがすこし興奮気味に訊いた。
「ええ、少し衝撃がありました」
「弾はどこに飛んだんだ?」
と、言いながらマイルズが弾を探し出す。銃の射線上をまっすぐに歩いて行くと三〇ミノルほど先に弾丸が落ちていた。
「あった!」
そう言って、マイルズが拾い上げた。
「これ、また使えるんだよな?」
「ああ、俺が預かって、ニケに渡しておくよ」
ジンは弾丸を受け取った。
「見せてみろ」
モレノがそう言って、銃を受け取り、雷管周りの金属を用意していた小さなハンマーでたたきながら、耳をあてた。
「うん。大丈夫だ。全く影響ない」
反響する音で、亀裂などが入っていたらわかるのだろうか。
「では、また一飛ばして、強度五で行きます」
ジンが宣言した。
「大丈夫か、ジン?」
ラオ男爵は心配そうだ。
「五の薬量は三に比べて少し多い程度です。大丈夫かと思います。雷管にひびが入ることはあっても、私の手が吹き飛ぶようなことはないはずです。では、装填します」
五の強度の薬莢を装填し、的を狙って構えるジン。
「では、撃ちます」
バン!!
(キーン)耳鳴りがする。かなり大きな砲撃音だった。
誰も何も言っていないのに、早速射線上の地面に目を配りながら、先へ先へと的に向かって歩いて行くマイルズ。
「ないなぁ。ない」
そう呟きながら、マイルズはついに的まで来てしまった。
そして、的の木製の板の一番下にめり込むように止まっていた弾を見つけた。
「ありました!的の板にあたっています!」
マイルズが二〇〇ミノル先でそう叫ぶと、ドッとみんなが的に向かって駆けだした。ラオ男爵の母親、シェイラまで相変わらずの笑顔を顔に浮かべながら、ガネッシュと共に駆けていた。
皆が的の木板にたどり着くと、マイルズが「これです!」と言って、木板の一番下、地面すれすれのところに突き刺さる弾丸を指さした。
「おお、刺さっておるではないか!」
ラオ男爵が感嘆の声を上げる。
モレノが「どれ」とジンに銃をよこせ、と手を差し伸ばす。ジンが手渡すと、また耳をあてて……「あちっ!」と悲鳴を上げた。
「ああ、結構過熱してるな」
ジンはこともなげに言った。
「それを先に言わんか!」
モレノは少し立腹しつつ、恐る恐る指で触って、熱が冷めるを確かめてから、ひびが入ってないかのチェックをした。
「うむ。大丈夫そうだな」
そう言って、ジンに銃を返した。
マイルズはぐりぐりと弾を的の木板から抜き取り、「なあ、ジン、これもまた使えるんだよな」と訊いた。
「ああ、使えるはずだ。かしてみろ。……いや、もうだめだな。センジョウコンが付いている」
ヤダフが砲内に施した螺旋はしっかり旋状痕として弾丸に残っていた。こんな弾はもう再利用できない。
マイルズが不思議そうな顔をして、訊きなおした。
「センジョウコン?」
「ああ、よく見ろ。この痕だ。これが付いているってことは砲内に施した螺旋状の溝がちゃんと働いて、弾丸をこう回転させているってことさ」
手首をぐりぐりねじるような動きをして弾丸の様子を説明するジン。
そんな話をしていると後ろから突然ラオ男爵に声をかけられた。
「ジン、もうだめだ。射撃は木枠から行う。いいな、これは命令だ」
「ええ。承知しました。それに、ここからは1段階ずつ試していきます」
そうして、強度六、七と試すうちに、射線の放物線が、これはもちろん視認できるわけではないが、上へ上へと上がっていき、ついに8になった時、的の木板を貫通した。木板は厚さ二テノルほどのしっかりした木材だ。
これを見て、全員が納得した。これはアンダロス王国を、いや、イスタニアをひっくり返す可能性のある武器だ、と。
強度九の射撃では、木枠に銃を設置する際に照準器を覗いて、まっすぐ飛んだならば、このマスにあたるというマスにマイルズが目印をつけておいた。
そして、弾丸はそのマスを見事に打ち抜いたのだった。