44. ジンの考え
ジンとマイルズはフィンドレイ将軍に鉢合わせにならないようにしながら、うまく裏通りを通って、宿に戻ってきていた。
宿への道中、フィンドレイ将軍が今何を考えているかをずっと考えていた。
フィンドレイ将軍の目的はこの旧バーケル辺境伯領の完全支配に違いない。
現状、この旧辺境伯領は無法地帯で権力の空洞地帯になっている。公にはノオルズ公爵の支配地ということにはなっているが、実際問題として公爵の影響力はほとんどというよりまったく見られない。
しかも、鉱山と鍛冶屋街というものは軍事力と直接結びついている。本来ならノオルズ公爵は真っ先にここを支配して、鉱山と鍛冶屋街を抑えるべきなのだろうが、ここは王都ダロスから遠く離れた辺境。ノオルズ公爵もここにまで手が届かないのだろう。
それを見越して、一帯の支配をもくろむフィンドレイ将軍はなかなかの切れ者なのかもしれない。
フィンドレイ将軍なら、まず、ここファルハナを抑えて、それから辺境全域を支配。そして、南下して小さい港街を支配、あるいは財力があれば新たに港を作る、などをもくろむだろう。
フィンドレイ将軍が旧辺境伯領全域支配の足掛かりに領都ファルハナを狙うとき、民衆の支持が高いラオ男爵は最初に取り除くべき敵になるはずだ。
全面戦争も可能だし、やればフィンドレイ将軍が勝つだろう。しかし、現状、ラオ男爵側は恭順の姿勢を示しているし、無理に戦をすれば、民衆はラオ男爵に着いて徹底抗戦するはずだ。そうなれば、フィンドレイ将軍といえども手勢を多く失うことになる。
フィンドレイ将軍が自分の手勢の被害を抑えつつ、この街を支配しようと思うのなら、彼女の人気を失墜させるのが一番上策だ。そのためには無理にでも横暴を働いて、それに抗えない彼女を民衆に知らしめるのが手っ取り早い。
労働力供出の名目で行われた人さらいはその手始めなのだろう。
そうして彼女をこの街から引きはがして後、街を乗っ取る。街の生産力を利用して軍事力と経済力を蓄え、新たな国を王国の中に作る。
いや、もしかするといくらなんでもこれは穿った見方に過ぎるかもしれない。
しかし、そこまでの野望をフィンドレイ将軍が持っていたとしても不思議ではないとジンには思えた。
だだ、その支配は絶対に許せない。あのやりよう……略奪や人身略取を考えると、支配される地域の民は地獄を見るだろうことは想像に難くない。
ジンはこのファルハナの街にもう一月近く過ごしている。知り合いとなった人もまだ数えるほどだが、いるにはいる。街自体にも愛着も沸いてきている。この街の行く末はジンにとって、もう他人事ではなくなってしまっていた。
ジンがこの世界に来る直前、日本でも慶長以来二六〇余年続いた徳川幕府が大政を朝廷に奉還し、権力の空洞化が各地で起こっていた。
それに付け込む輩たちが京都におわす天皇の威光を利用し私権のほしいままに政治を動かしていると聞いていた。
しかし、伏見の戦いの最中でこの世界に飛ばされてしまったジンはそのあとの日本を見ていない。ただ、容保公がアンダロス王国におけるリーズ皇太子と同様、負け側勢力になりつつあった徳川将軍家に与してしまったことがジンに会津の行く末を案じさせていた。
アンダロス王国でも政変の後、多くの貴族が没落したため、ノオルズ公爵は王都ダロス周辺の安定を優先的に図り、権力の空洞化が著しいこの辺境やダロスから離れた没落貴族の領地は放置されたままになっている。
それに付け込んでフィンドレイ将軍のような輩がファルハナ周辺だけでなく王国各地で湧いて出ていたとしても不思議はない。このままいけば、アンダロス王国は戦国の世のようになっていくのかもしれない。
であるなら、街の人々は自分たちで自分たちを守っていかなければならない。それを可能にするのがミニエー銃だ。
ただもう時間がない。
隣をマイルズが歩いているにもかかわらず、ジンは終始無言でこんなことを考えていた。そうするうちに、宿に到着した二人が、ジンとニケの部屋に入ると、ニケはニラの木の樹脂に何かの粉を加えながら煮たてていた。
ニラの木の不思議な匂いが部屋中に充満している。
「よう、ニケちゃん、元気か?」
マイルズはこんな時でも平常運転だ。
「ニケ、もう時間がない。強度実験を今やるしかなくなった」
ジンはマイルズとは違って、現状をニケに伝えなければいけない。
ニケは不安そうな顔をジンに向けた。
「どうしたの? でも、強度実験って。領主館でやるはずだったんでしょ?」
「ニケちゃん、それは出来そうもない。あいつが今領主館にいるし、あいつが帰ったとしても多分それどころじゃない」
マイルズは今の領主館の状況をニケに伝えた。
「俺の勘では完成版の鉄砲を作る時間はもうないと思う。こんな鉄砲一丁で何ができるかわからないけど、とりあえずこれを使える形にするしかない。ニケ、薬莢はどうなっている?」
「一応火薬の量を十段階に分けて、数字を振ったものがもうここにあるよ。場所さえあればこれで実験はできるけど。火薬の量の安全性だけじゃなく、的への命中の実験も考えないとだから、そうなると領主館の裏庭みたいに広い場所がいるんだよ」
「マイルズ、悪いが領主館に行って、門番の手伝いをやってほしい。そうすれば、奴らが出てきたらすぐにわかるからな。奴らが領主館を去ったらすぐにこの宿まで走って俺とニケに連絡してほしいんだ。そして、ニケ、強度六と八、あと十の火薬の入った薬莢を十発ずつ作れるか?」
ジンはそれぞれに依頼を伝えた。
「うん。でも、弾がもうないの」
この実証試験版ミニエー銃は、日本のミニエー銃とほぼ同様の口径十五ピノになった。直径十四・八ピノの椎の弾丸をヤダフは十五個用意してくれていたが、すでに十個が強度実験用に十段階の火薬量を入れた薬莢に使われていた。ニケの手元にはあと五発しかないのだ。
「ニケちゃん、ちょっと遠回りになるけど、領主館に行く道すがら、俺がヤダフのおっさんのところに走って行って、作れるだけ作るように頼んでくるよ。なに、馬で行けばそう時間もかからないしな。ジン、馬を借りるけど、いいな?」
馬を街中の移動に使うのは禁止されている。
しかし、少しでも時間を稼ぐ必要がある現状にあっては、そんなことを気にしてはいられない。
「ああ、頼む。ニケ、ニケは今ある弾丸五発は火薬強度八で薬莢を作っておいてくれ。マイルズ、フィンドレイ将軍たちが領主館を辞したらすぐにヤダフのところに行って、出来ただけの弾を取って、ここに届けてくれるんだよな?」
「ああ、そのつもりだ。ニケちゃん、待っててな。じゃ、俺は出るぞ」
「ああ、頼んだ」
ジンはマイルズを目で見送り、ニケに目線を戻した。
「なあ、ニケ、俺はここに待機ということだ。領主館からどんな連絡があるかわからないからな。何か手伝えることはあるか?」
「ジン、じゃあニラの木の樹液の面倒を見てやってくれる? こうやって混ぜながら、ううん、大丈夫、魔力とかこれは関係ないから。ただ混ぜて底が焦げ付ないようにしながら、水を飛ばすだけだから……」
ジンはニケの助手を勤めながら、この後の展開に頭を巡らせるのであった。