43. 脅迫
「おおお、ラオ男爵! 今日はいつにもましてお美しい!」
執務室に入ってくるなり、大げさにラオ男爵の容姿をほめるその男、背の丈は二ミノル弱の巨漢だ。背丈が大きいだけではなく、腹、胸、尻、あらゆるところに贅肉がぶら下がっている。唯一、腕、脚だけほっそりとしており、そのバランスの悪さを際立たせていた。
でっぷりと膨らみ垂れた頬はどす黒くくすみ、彼をして欲望の権化であると周りの者に知らしめていた。
フィンドレイ将軍が挨拶しているその最中にぞろぞろと八人の青甲冑の護衛たちが入室してきた。
「ようこそ、将軍。して、本日の用向きをお聞かせください」
将軍の容姿をほめる言葉など全く意に介さないとばかりに、ラオ男爵は極めて直截的に要件を問うた。
「ああ、男爵。そのように怖い顔をしておるとせっかくの美貌が台無しになってしまうぞ?」
将軍はその下卑た顔にひきつった笑顔を浮かべて、さらに男爵の容姿について言い募った。
「将軍、先日の徴税では労働力の供出とのことで、二十人ほどの婦女子が将軍の元に伺っていると聞きます。彼女たちはいかが過ごしておりますか?」
「おお、今日はまさしくその話をしに参ったのだ。たしかに二十人ほどの供出を受けた。だが、本来二十五人を予定しておったのだ。街の各所で不埒な連中の抵抗を受けたとのことでな。二十五人は揃えられなかった。これはファルハナを守る者にとっては誠に遺憾なことであった。ラオ男爵におかれては何か聞き及んではいまいか?」
「寡聞にてそのようなことは聞いてはおりませんが、私としてはすでに将軍の元に赴いた二十名の現状を聞いているのですが?」
フィンドレイ将軍は子爵である。一応目上に対する言葉遣いをラオ男爵としてはせざるを得ない。
「男爵。こちらが甘い顔をしているとつけ上がるのではないぞ」
フィンドレイ将軍は貼り付けたような笑顔を唐突に捨て去り、残忍な真顔になって声を低くした。
ラオ男爵は決して臆病な女ではないが、依然若い女であって、自分に比べて三倍はあろうかと思える体重の巨漢が急に態度を変えるその恐ろしさに思わずひるんでしまった。
すると将軍はまた取り繕った笑顔をまた顔に張り付けなおした。
「男爵、私たちは共にファルハナを守る王国の騎士ではないか? そうであろ?
なにも牽制しあったりする必要はない。私が要求しているのは、このファルハナを守るに必要なだけの労働力や物資だ。
ノオルズ公爵閣下の手がこの辺境にまで届かない中、この街の周辺には怪しげな連中が悪事の機会を求めてうろうろしておる。そやつらを退治するのは我々の仕事だろう?
私が求めているのは何ら邪魔されることのない徴税権だよ」
「邪魔が発生したのはこちらの至らぬところです。お詫び申し上げまする」
男爵は歯噛みしながら、忸怩たる思いでそう応えた。
すると、まるでその謝罪を寛大にも受け入れるとばかりに、張り付いた笑顔をさらに崩して将軍は続けた。
「なに、私は男爵を責めておるのではないぞ。
明後日、再度徴税に来る。前回足りなかった五名を、と言いたいところだが、先日隣のターク子爵領から大挙して野盗の類が押し寄せてな。その防戦に多くの将兵たちが傷ついた。傷んだ武器、防具を修復するのに多くの人手が必要になってしまってな。
これも街を守る使命を帯びたわれらの宿命だ。
ついては二十人ほどの手先が器用な人足が必要になった。幸いにして兵には被害がなかったので男は不要だ。女子二十名ほどを供出してもらうつもりにしておるが……」
ここまで例の取り繕った笑顔で話した後、フィンドレイ将軍は突然その笑顔の仮面を取り去って、低い声で「問題はないだろうな」と訊いた。
「……明後日、ですね」
覚悟を決めた男爵は怖気ずくことなく、呟くようにそう復唱した。
「ああ、明後日で間違いない。では、明後日に」
笑顔を戻してからそう言うと、フィンドレイ将軍は席を立つ。
彼の手勢たちもまだ座っている男爵に見下すような視線を送りながら、将軍に続き退室していく。
フィンドレイ将軍とその手勢たちが去った執務室に静寂が戻った。
「明後日」
ラオ男爵は呟いた。
「ええ、それまでにどうにか抗う手段を持たなければ、また二十人の婦女子が連れ去られます。
またそんなことが起これば、もう民衆はラオ様を支持しなくなるでしょう。
支持されないリーダーになってしまっては街を守ることは不可能になります」
ゆっくりと言葉を選びながらも、低く小さな声でドゥアルテは男爵に現実を告げた。
「ああ、そうだな。私はもうすでにリーダーとして失格だ。二十人もすでに連れ去られて、その上、諾々とあの下衆の言うことに頷いているんだからな」
「ラオ様、自分を卑下するのは終わった後になさいませ。明後日です。今日、明日中に何らかの対策を講じるしかありません」
そう言うドゥアルテ自身、どうすればいいのかわからない。
なのに、この年下の女性貴族に全ての責任をゆだねておいて「何らかの対策を講じるしかありません」などと宣う自分を呪ってやりたいとドゥアルテは思うのだった。