41. 実証試験版ミニエー銃
モックをヤダフとモレノに渡してしまってからというもの、ジンとマイルズに手伝えることが全くなくなってしまった。そんなわけで、二人はニケと一緒になって薬莢の制作に取り掛かったいた。
銃の制作ばかり考えていて、肝心かなめの薬莢をここに至るまで何とかなるだろう、と高をくくっていたジンだったが、この薬莢づくりは難航した。
ヤダフからテスト用にすでに作ってあった内径十八ピノの鉄製の筒を預かり、ヤダフには十八ピノのテスト用の椎の実弾を三つ作ってもらい、それを使いながらテストにテストを繰り返していた。
口径と弾の直径を全く同じにすると、紙製薬莢に包まれたとき、少し太くなってしまい、薬莢が筒に入らないという事態に陥った。
ヤダフの手を煩わしたくなかったため、マイルズが椎の実弾の円周部分を均等に削り、何とか収まるようにした。
ヤダフにパイプに小さな穴をあけてもらい、そこにピンを差し込み、そのピンを少し離れたところから叩くという超原始的な銃が出来上がった。
雷管もない構造なので、テストでは火薬の量を極端に少なくして、18ピノ鉄パイプから弾がかろうじて飛び出す程度で実験した。
パンと小さな音を立てて、椎の実弾がパイプの口から落ちる。
最初、紙薬莢でテストしたが、少ない火薬のせいで燃焼温度が低すぎるためか、完全燃焼せず、紙のカスが筒の中にかなり残ってしまった。
これではいけないと燃焼しやすい薄い紙を用いると今度は円周を削って小さくしてしまった椎の実弾ではスカスカになってしまって、爆発の力がうまく伝わらない事態になってしまった。
この間、マイルズは椎の実弾を削ったり、紙を買いに走ったり、ヤダフやモレノのところに行って、ジンたちだけではできない加工の仕事をお願い事をしたり、八面六臂の活躍だった。
一方、ニケは紙ではない素材を探したり作りだしたりしていた。
この間、一番役に立たなかったのはジンだった。朝七つに領主館に報告に行く以外、特にすることもなく、ツツの散歩やツツの散歩、それにツツの散歩をしていた。
この間、ツツがとても幸せだったことは言うまでもない。
ニラの木という木がある。ニケがアスカ秘伝のポーションレシピでその樹皮を煎じた汁を使っている木だ。
驚いたことにニケはその樹液が非常に燃焼しやすく、燃えカスもほとんど残らない、なおかつ常温時に一定の硬さを保つ性質を見つけてしまった。正に薬莢としては最適の性質である。
ジンはニケのことを薬剤師を超えて、天才科学者なんじゃないかと思ってしまったのは決して身内贔屓なだけではないだろう。
モックを受け取ってからの職人二人も早かった。もちろん二人とも何人かの見習い職人を抱えている身だから、彼らにも作業面では手伝わせたのだろうが、実証試験版とでもいうべき異世界版ミニエー銃一号機がたったの七日でロールアウトした。
驚いたことに、口径内部には施条、つまりらせん状の溝がすでに施されていた。恐るべきはこの職人二人の技術である。
モックをヤダフのところに持ち込んでから八日目、朝六つにマイルズが〈レディカーラの瀟洒な別荘〉まで駆け込んできて、デカい声で「おい、ジン、できたぞ!」とフロント前でジンを呼ばわるものだから、ジンたちの朝食の配膳をしていたカーラが「何事だい!騒々しいったらありゃしない!」と怒るありさまだった。
この実証試験版の銃は当然だが、強度試験は行っていない。
五〇〇ミノル先の的まで弾を届かせるために必要な火薬の量を爆発させたときに、雷管を覆う金属の強度が足りなければ、銃が暴発して、射手の手や腕を吹き飛ばしてしまう。下手をすれば死んでしまうことだってありえないことではない。
だから、樹液製薬莢は超少量の火薬から少しずつ量を増やしていく十パターンをニケは用意した。
領主館の裏庭にこの実証試験版の銃と的を固定設置し、長いひもで遠くから引き金を引く。ラオ男爵やドゥアルテに相談した結果、そんな実証実験を行っていくことが決まった。