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異空の侍 ~転移した会津侍の異世界冒険譚「絶対に会津に帰る!」~  作者: 大倉小次郎
ファルハナの街-新しい兵器の可能性編
35/177

35. 細工師モレノ

「なんだ結局〈宵闇の鹿〉に行くんじゃないか」


 ジンは思わずこぼした。さっきヤダフの工房に〈宵闇の鹿〉から来た道を戻ってきているだけだったからだ。


「細工師のことだがな。名をモレノという。こいつが一筋縄ではいかん」


 ヤダフはジンの愚痴には取り合わずに、細工師の話をし始めた。


「お前、俺にテッポウの説明をするとき、サラサラと適当に絵を描いていただろう」


「ああ、俺は字が書けないからな。ああするのが一番考えが伝わると思ってな」


 ヤダフはそれにうんと頷いて、続けた。


「俺にはあれでいい。モレノにはあれではダメだ。仕様書ってわかるか?」


「いや、なんだそれは?」


 もし日本語で聞いていたとするなら、仕様書がなんであるかはジンにもわかっただろう。物事が専門的になればなるほど、ジンのコモンのボキャブラリーは怪しくなってくる。


「うん。これは難航するな。けど要点を抑えていけば何とかなるはずだ。ここからは俺の戦法に従ってくれるか?」


 仕様書の言葉を説明する代わりに、ジンにモレノを引き込むための方策について自分のやり方に従えと言った。


「ああ、俺はそのモレノとかいう人に会ったこともないしな。ヤダフはそいつとの付き合いは長いのか?」


「ああ、長いな。鍛冶屋と細工屋は今回のように少し複雑なものを作るとなると共同で作業することがある。俺はそんなときはモレノと仕事をしてきた。面倒くさいやつだが、仕事は出来る」


「では任せる」


 そんな会話をしながら歩く二人はもう〈宵闇の鹿〉の入り口にまで来ていた。


「中に入れば作戦が始まるぞ。いいか、お前は絶対にテッポウの仕組みの話をするな。テッポウという言葉も使うな。ただ、新しい武器と呼べ。そしてそれがどれほどすごいかだけを話すんだ。いいな」


「ん? なんだかよくわからないが、なぜ〈宵闇の鹿〉に入るのにそんな準備がいるんだ?」


「そのモレノがここにいるからさ。俺は昼に入り浸っているが、奴は夜に入り浸っているからな。じゃ、はいるぞ」


 二人は〈宵闇の鹿〉の入り口をくぐった。


「いらっしゃいませ!」


 ビーティかと思えば、別のウェイトレスが元気な声で二人を迎えてくれた。


「あれ、ヤダフさん、こんな時間に珍しいわね。それにお連れさんも一緒だなんて。あっちのテーブルが開いてるわよ」


「いや、今晩はな『あいつ』にこのジンを紹介しようと思ってな」


 あいつと言いながら、昼間はいつもヤダフの専用席になっている奥のカウンター席を陣取るモレノを指さした。


 モレノはヤダフが入ってきたことに気が付き、何を言うわけでもなくじっとヤダフとその見知らぬ同行者を見つめていた。


 モレノは見た感じ四十代後半くらいの長身で細身、腹だけ少し出ている男性だった。上半身は白い、いや、元々は白かったはずの汚れてよれよれのシャツに紺色の作業ズボン、何のしゃれっ気もない、いかにも職人然とした男だった。


 そんなモレノがこっちに気が付いたことを見て、ヤダフが右手を上げてから、仕草で「そっちに行っていいか?」と示すと、面倒くさそうに「来い」と手招きするモレノ。


「カウンター席にするよ。あいつの横に二人分席を用意してくれ」


 ヤダフはウェイトレスにそう告げ、モレノがいる奥のカウンター席にジンを連れて行った。


「ようモレノ。こいつはジンって男だ。ちょっと興味深い新しい武器の話で知り合ってな」


 ヤダフはモレノの横に座る前にジンと共に立ったまま簡単にジンを紹介した。


 モレノはカウンター席から半身だけ後ろを向いて「ああ、モレノだ」とこれまたこれ以上ないほど簡単な自己紹介をした。


「拙者、ジンと申す冒険者で……」


 ジンが自己紹介を始めるとヤダフがそれを遮った。


「ああ、ジン、その拙者はやめてくれ、こいつも職人だからな、ざっくばらんでいい」


 ヤダフが早速突っ込みを入れた。


「ああ、面倒くさいのは嫌いだ。普通に話してくれればいい」


 モレノもそう言った。


 モレノの隣にヤダフが座り、ヤダフをはさんでジンが座った。ちょうどそのタイミングでウェイトレスがオーダーを取りに来たので、また鹿肉のステーキを頼もうと口を開いた瞬間、「ジン、今日は任せてくれ」とヤダフがジンを遮った。


「おい、俺はそんなに金はないぞ!?」


 ジンは抗議する視線をヤダフに送った。


 するとヤダフは少し胸を反り返して、得意げな顔になった。


「任せろ、とはすべて任せろ、という意味だ。俺が全部払う。モレノの分もだ」


「おい、ヤダフ、どういう風の吹き回しだ? いつも渋ちんのお前がか!?」


 モレノも訝しがった。


「ああ、この新しい武器が出来れば、俺は金輪際面白くない仕事はしなくて済むし金にも困らなくなる。それぐらいの武器だ。これはなぁ、イスタニアがひっくり返るほどの武器だ」


「お前ひとりで興奮していてもさっぱりわからん。どういうことだ? その、ジン、とか言ったか? お前も関係があるのか?」


「ああ、関係がある。というよりこの話は俺が持ち込んだんだ」


 ざっくばらんにしろと言われたので、ジンはヤダフに対する口調と同じようにモレノにも話すことにした。


「モレノ、だったな。最近の戦では長槍や弓矢が主流になってきているのは分かるか?」


 ジンはどこから話そうかと考えた挙句、グプタ村での攻防を思い出した。


 実際にイスタニアでそんな戦の潮流があるかは知らなかったが、きっとそのはずだ、と。


「ああ、間合いの長い武器がどんどん製造されているからな。それはわかるぞ」


 ジンの予感は正しかった。やはりこの世界でもアウトレンジ攻撃が主流になってきている。


「うん。この武器は五〇〇ミノル先の敵も倒せる」


「嘘をつくな。魔力を付与した魔弓でも五〇〇ミノル飛べばいいところだ。命中させるとなると凄腕の射手でも四〇〇ミノルが限界だ」


 モレノはそんなわけはない、と断言する。


「嘘などつかん。なぜならこれは弓ではないからだ」


 ジンは嘘はついていないが、五〇〇ミノル先の敵を倒す精度は異世界での急造ミニエー銃に持たせられるか確信はなかった。それでもまずそこで「ああ、それなら弓でいいではないか」と言われてしまえば、話は終わりになってしまう。


 ここはあえて話を盛ったのだ。モレノは乗ってきた。


「なに? 弓ではない、というのか?」


「ああ、弓じゃない。全く新しい武器だ」


 ジンはさらに誘った。


「いったいどんな武器だ?」


「それはな……」


 ジンが言いかけたとき、ジンとモレノの間に挟まって座っていたヤダフが割って入った。


「モレノ、これ以上の話はお前が俺たちの仲間になるって約束してくれなければできない。ジン、話はここまでだ」


「……ふん。そんな与太話に釣られてたまるか」


 モレノは本当は興味津々だったが、そう簡単に全面協力をするという言質を与えるわけにはいかない。これでも一流の細工師なのだ。


「おお、そうか、別に俺はそれでもかまわんがな。モレノ、サイクスだったっけな? お前のところを飛び出して独立した細工師、あいつ、最近どうしてる?」


 ヤダフは意外と策士だった。


「あんなやつ知るもんか。サイクス程度のへたくそ細工師に出来る仕事なら、お前はそもそも俺のところに話を持ってきていないはずだ。そうだろ? ヤダフ?」


「いや、そうでもないぞ。この武器の細工部分はそこまで複雑な機構じゃない。別に他の細工師に頼んでも出来るかもしれない」


 ヤダフがさらに追い打ちをかけた。


「ああああ、もう、わかった! 全面協力する。だから教えろ、どんな武器でどんな細工だ?」


「いいのか、ヤダフ?」


〈宵闇の鹿〉に入る前にヤダフにテッポウと言う言葉や仕組みの説明を封じられていた。それを「全面協力する」という言質をモレノから取っただけで明かしていいものか、モレノに会ったばかりのジンにとって、彼をその言葉だけで信用していいのかどうか分からなかったのだ。


「ああ、ジン、説明してやれ」


 ここは〈宵闇の鹿〉だ。ここには図面用紙も筆記用具もない。ただ、言葉と身振り手振りだけで仕組みを伝えていった。これこそがヤダフの狙いだった。


〈宵闇の鹿〉でモレノを捕まえて、この環境でジンに概念だけを説明させる。


 そうすれば、細かい寸法合わせや強度計算、仕様書を後回しに出来る。後で職人同士でそれらは決めていけばいいだけだ。


 ここでジンを主体、あるいは発注主と言う形にしてしまうと、モレノはジンにいつもの彼がするように細かな寸法や仕様を聞き出そうとするだろう。


 そんなものは現時点では存在しないのだから、当然モレノは「なんだ、こんないい加減なもの作れるか!」となってしまっていただろう。


「それは恐ろしい武器だな」


 ジンの説明を聞いて、モレノは呟いた。


「ああ、本当に恐ろしい武器さ。だけど、これは今のファルハナに必要なものだ。作れなければ近々フィンドレイ将軍にこの街は蹂躙される」


 モレノへの信頼を厚くしたジンは、彼にもこの危機感を共有してほしくなった。


「もうそこまで来ているか? まあ、そうだろうな。俺は何ならあいつらは鉱山だけ狙っていると踏んでいたのだがな」


 モレノももちろん状況は認識しているが、切迫感は感じていなかった。


「ああ、来ているな。ん? 鉱山?」


 ジンにとっては新しいキーワードだ。


「そうさ、鉱山さ」


 さも当たり前とでも言わんばかりにモレノが頷いた。


「この街に鉱山なんてあったのか?」


「お前、本当に知らなかったのか? まあ、いい。鉱山があるからこの街は鍛冶屋が集まってきて発展したんだよ。さっきの話に戻るなら、フィンドレイのやつはそれを目当てにしていると思っていたのだがな。まさか街全体の支配とはな。まあ、それだってお前の勘だろ?」


 モレノはこのジンという男に不思議な感覚を覚えていた。


 多くのことに優れた洞察力を示すかと思えば、子供でも知っていそうな常識がなかったりする。それに、若いにもかかわらず決して侮れないという感覚をもってしまう。


「まあ、飲め」


 モレノが空になったジンのグラスにワインを注いだ。


「ああ、いただこう」


 酒は嫌いではないが、ワインはあまり好まない。それにそんなに酒に強くないジンだったが、この集いがもしかすると近い将来この街を救うことになるかもしれないと思えば、杯を受けることにするジンだった。


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