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異空の侍 ~転移した会津侍の異世界冒険譚「絶対に会津に帰る!」~  作者: 大倉小次郎
ファルハナの街-新しい兵器の可能性編
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33. ヤダフとの再会

「ニケ!」


 ジンは部屋に戻るなり、ポーションを調合中のニケに呼びかけた。


「は? もう帰ってきたの?」


 ジンはたった今忙しく出ていったところだった。


「いや、忘れものだ」


 ジンはそう言いながら、(くだん)の如意槍を掴んだ。


「それ、どうするの?」


 ニケは怪訝な顔だ。


「いや、これは使うんじゃなくてだな。これを作ったやつを探すんだ」


「ああ、そういうこと!」


 ニケはさっきジンが書いたテッポウの図を思い出した。長い鉄の筒。


「じゃ、そういうわけで行ってくる」


 言い終わらないうちにジンはもう部屋の出入り口ドアを開けていた。


「もう忘れ物ないー?」


 ニケが遠ざかっていくジンに大声で言った。


(なんかどんどんチズに似てくるな)

 ジンは会津に残してきた妹を思い出してしまった。


 いつもは西地区を警らするジンだが、今日は東地区に向かっていた。目的地はもちろん鍛冶屋街だ。


 ファルハナは内陸部にあって、決して夏が特別暑いという土地ではないが、それでも真夏の昼間の日光はなかなかに厳しい。


(ああ、昼飯時だな。なんだ、もう少し宿にいてニケと昼飯を食ってから出ればよかったな)


 そんなことを考えながら鍛冶屋街に向かうジンだったが、一昨日昼食を摂った〈宵闇の鹿〉が見えてきた。


(宿に戻れば飯はタダだが、それもなんだし、ここで食っていくか)


 ジンの金遣いはニケのポーションが高値で売れるという話を聞いて明らかに少しルーズになっていた。


「いらっしゃいませ!」


 今日もビーティの元気な声が響いた。


「おお、ビーティ、今日も元気だな。一昨日のと同じでいい」


 ジンにとってメニューを読んだりしなくていいのは助かる。


「ああ、ジンさん、一昨日は本当にありがとう」


 一昨日泣いていたビーティはもうどこにもいない。


「ああ。まあ、俺は何もしてないけどな」


 実際、ジンは第一声を上げた以外何もしなかった。


 奥の厨房にいたビーティの父親は、ビーティの声でジンの来店に気が付いて、奥の厨房からホールまで出てきた。


「ジンさん! 一昨日は本当にありがとうございました。この通り娘が無事なのはジンさんのおかげです」


「ご主人、そんなことはない。俺はただ、その、警ら隊員としてあの青甲冑どもに注意しただけだからな」


 ジンは真正面から感謝されるとどうも照れてしまう。


「そんなことはありません。あの時、ジンさんが最初に注意してくれていなければ……本当に、今になっても考えるだけで震えがくるほどです。あのまま引きずられて、外に出てしまっていれば、きっともう私は娘を……」


 目に涙をにじませながらジンに対する感謝と青甲冑に対する恐怖を述べる宵闇の鹿の主人。


「ああ、ジンさん、今日は店のサービスです。どうかしっかり食べていってください」


 ビーティの父親、〈宵闇の鹿〉の主人はまだ目には涙を浮かべながらも笑顔でジンにそう告げた。


「ご主人、それではありがたくいただいて行くよ」


 ジンはテーブルに着くと、店の奥にあるカウンター席ではヤダフが「うんうん」と頷きながらこちらのやり取りを見ているのが目に入った。


 ジンは気安くこのドワーフに声をかけた。


「ああ、ヤダフ、一昨日ぶりだな」


(毎日同じ席で昼から飲んでいるのか、この男は)

 ジンは内心苦笑する。


「おお、ジン、飯代が浮いたな」


 そう言いながら、自分のカウンター席を立ってジンに近づいてくる。


「今日はどうした?」


 ヤダフがジンに訊く。


「いや、ちょっと鍛冶屋街に野暮用があってね」


 と、ジンがそう答える間、ヤダフは目を真ん丸にして、ジンがテーブルに立てかけた件の如意槍を見ていた。


「おい、お前、いや、ジン、これどうした?」


「ん? 何がだ?」


「いや、その槍だよ」


「なんだ、ヤダフ、この槍について何か知っているのか?」


 ジンがそうヤダフに訊いた時、ビーティがテーブルに戻ってきて、鹿肉のステーキと何かのスープ、それに丸パン、野菜の付け合わせ等々、前回よりは微妙に豪華になった昼食を持ってきてくれたが、そこにヤダフがいることに気が付いて、咎めた。


「あ、ヤダフさん! またジンさんに絡んでるんじゃないでしょうね!?」


「いや、ビーティ、良いんだ。俺がこのテーブルに呼んだんだ。ちょっと葡萄酒か何かヤダフにも持ってきてやってくれ」


 ジンはヤダフが槍のことを知っていると聞いて、これは詳しく聞かなければと思い、ジンと同じテーブルにヤダフを招待した。


「ああ、そうなのね。ヤダフさん、ワインでいい?」


「ああ、ワイン、中サイズのデキャンタでな」


 ここぞとばかりに量を頼むヤダフ。大デキャンタでなかったのは、ヤダフの中にかろうじて残っていた遠慮という概念の残滓だろうか。


「で、ヤダフ、この槍について何を知っている?」


 ジンが改めて訊きなおした。


「知りたいか?」


 ここに来て、妙にもったいぶるヤダフ。


「ああ、そういうのはもういい。で、何を知っている」


「知っているも何も、それを作ったのは俺だよ」


「うは、うははははははは! こんな役立たずの槍を、こんなにすごい技術を使って作ったのがお前だってのか!?」


 ジンはもう遠慮せずに大笑いしてしまった。


 大笑いされてヤダフは心外だとばかりにぶすーっとしている。ジンはそれに気が付き「ああ、すまない、失礼した」と咳払いしてから軽く謝った。そしてまた少し笑ってしまう。


「しかしなんだ、ジン、それは俺をけなしているのか褒めているのか?」


 ヤダフにもただ単に笑われたわけでなく、「すごい技術」と言ったジンのセリフはしっかり耳に入っていた。


「ああ、褒めているんだよ。ヤダフ。この後、時間があるか?」


 ジンは1日でこんなに物事が進むとは思ってもいなかったので気分はかなり高揚してしまっていた。


「俺は見ての通り、ここで飲んでいるだけだ。何はなくとも時間だけはある」


「そうか、ヤダフ、お前は工房持ちなのか?」


「ああ、工房では職人たちがしょうもないもんを今も一生懸命作っているだろうさ。俺はもうあんなのには何の興味もない」


「いや、それでも仕事だろう。ちゃんと仕事したらどうなんだ」


「説教はご免だぜ! とにかくだ、なにか面白い仕事を持ってきたのなら、俺にそれを聞かせろ」


「ああ、ちょっとこの昼飯だけ食わせてくれ。食ったら、お前の工房に寄らせてくれ」


 急いで鹿のステーキを掻きこみながら、ジンには一連の出会いと物事の組み合わせに因果と言うものがこの世には存在し、それがどうにかこうにか働いて今自分がここにいるような気がしていた。


 そして、その因果が自分を〈役目〉に導いていくことを確信するのだった。


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