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異空の侍 ~転移した会津侍の異世界冒険譚「絶対に会津に帰る!」~  作者: 大倉小次郎
ファルハナの街-青甲冑の脅威編
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31. ジンの思い付き

 ジンはただ聞いていた。警ら隊の仲間の声、ラオ男爵の言葉。


 ジンは自分には多くのことが分かっていないことが分かっていた。それは考えてみれば当然のことだった。ジンはこの世界のことを何も知らない。先日会ったドワーフ、その種族の存在すら知らなかったぐらいだ。


 森を出て、グプタ村で戦って、この街に来て、警らの仕事に就いた。その範囲のことしかジンが知らなかったとして誰も責める者はいないだろう。


 ただ、ジンは戊辰戦争の一端を知っていた。薩長同盟と幕府それに会津藩、庄内藩などとの戦い。


 あれは大きな意味で民衆の戦力化だった。武士対武士の戦いは鉄砲や大砲の普及により形を変えた。いや、そんな変化は戦国時代からとっくに起きていた。徳川幕府開闢以降、その強大な力で戦を封じてしまったため、その変化が顕在化しなかっただけだ。


 民衆は剣や刀を振るえないが、槍や銃なら扱える。槍のアウトレンジ攻撃の有効性はそれこそジン自身がグプタ村で証明したではないか。


 さらに遠いアウトレンジ攻撃である銃器。街の有志を募って、銃撃隊を編成できれば一〇〇人程度の軍勢なら全く問題なく相手に出来るはずだ。


 ジンは考える。鍛冶屋街。火薬。精巧な鉄の筒。発火装置。そこまで考えて、まず、火薬がどうにもならないことに気づく。銃器の構造は雷管式(パーカッションロック式)であれば完全にわかる。分解してまた組み立てるということは何度もやったことがあるからだった。


 しかし、ジンが構造を理解していることと、ドワーフたち鍛冶屋が鉄でそれを再現できる、というのは別のことだ。


 実際の戦争をジンはこの世界に来る直前まで経験することはなかった。そのため、銃器に対して興味をさほど持つことなく育ち、剣術に青春をかけてきた。


 しかし、この世界に飛ばされるきっかけとなった鳥羽伏見の戦いで、両軍の主力は雷管式、施条式(ライフリング:砲身内に施された螺旋状の溝。弾丸を回転させ、飛距離命中精度ともに向上させる)のミニエー銃だったのをジンは目の当たりにした。


 この世界でのアウトレンジ攻撃と言えば、魔法らしい。なんでも火の玉や氷の矢などを飛ばせるらしい。ただ、魔法使いは本当に数が少なく、雇い入れるのに大きな金がかかるので、現状頼りにならない。やはり、街の人を戦力化する銃器が必要だ。


 ジンはそこまで考えて、ふと如意槍を思い出してしまった。


 とてつもなく馬鹿馬鹿しい武器だったが、筒が筒を内包し、それがスライドすることで伸び縮みする。これに用いられた冶金・鋳造・鍛冶技術。もしかすると、あのドワーフたち職人の持つ技術はジンが元居た日本の鋳造技術とさほど変わらないのかもしれない。


 ジンが初めてこの場で口を開いた。


「ラオ様、少し、よろしいでしょうか」


「ん? なんだ申してみよ。ジン」


「ええ、本日の警ら、免除していただけないでしょうか? 拙者、少し調べたいことが出てまいりました。当然の給金は不要にてご容赦いただけないでしょうか?」


 最近はニケのポーションで少し売れたことで、一日くらい警らを休んでもすぐに宿代が足りなくなるということもなくなっていた。


「どうした、ジンらしくもない。それはいま必要なことなのか?」


 ラオ男爵は訝しがった。ジンはこれまで、正確には街に着いた初日以外、一度も警らを休んだことがなかった。


「ええ、今だからこそ、です。まだ、どうなるかわかりませんので、なんとも申せませんが、うまくいけば突破口になるやも知れません」


 まだ、出来るとは言い切れない。火薬の問題もあるし、ライフリング、着火機構の細工の製造など不安なことは山ほどあるが、ジンには少なからず確信があった。


 如意槍の機構の精巧さだ。それをあんな馬鹿馬鹿しい武器にしかできなかったのはなんとも情けない限りだが、それでもあの精巧に作られた鉄製の筒は銃砲の製造のかなめである。


 それに、火薬を考えたとき、ジンにはニケがいる。ニケはジンから見て、凄腕の薬剤師だ。なにか出来そうな気がする。


 そんな可能性を確かめることに時間を使うことは、今日行う警らより重要なことだとジンは考えた。


「なら、給金はもらっておけ。お前もそんなに裕福ではないのだろう。それに、それは公務みたいなものではないか」


 ラオ男爵にとっては何か直観のようなものだったが、この異国の男が何かしてくれそうな気がしたのだ。


「ラオ様、ですが、これがモノになるかどうかの確信はまだありません。全くの無駄になるのかもしれません。なので……」


 ジンがそこまで言いかけたとき、それを遮ってラオ男爵が言う。


「ああ、構わない。期待せずに待っておく。給金はちゃんともらっておくのだぞ。そして、明日の朝一はこの遁所に来て、その調べものとやらの報告をするのだ。私もこれからしばらくは朝一は必ず遁所に来る。いいか、わかったな」


「はい。では、ありがたくいただくことにいたします。それでは、行ってまいります」


 ジンは遁所を出て、まず、〈レディカーラの瀟洒な別荘〉ことジンとニケの定宿に帰るのだった。


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