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異空の侍 ~転移した会津侍の異世界冒険譚「絶対に会津に帰る!」~  作者: 大倉小次郎
ファルハナの街-青甲冑の脅威編
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27. 新しい取引

 アラムの声が開け放たれたストックルーム内に響いた。


「ここです。ま、見て回ってください」


 フィンドレイ将軍の兵は目ざとく木箱を見つけた。


「そこにポーション瓶の木箱があるではないか」


 アラムは木箱を開けて男に見せた。


「ああ、これは空瓶ですよ」


「なんだ、空か」


「ええ、空瓶もなければポーションを作っても詰められませんからね」


 すると兵は棚に収められている鉱石や薬草に目を付けた。


「そこの鉱石や薬草はなんだ?」


「ポーションやほかの薬剤の材料になります」


「ここは製剤もするのか?」


「いいえ、当店と取引のある薬剤師さんたちが製剤するにあたって、材料が不足した時などにすぐに供給できるように用意しているだけです」


 兵もさすがに原材料まで〈徴税〉する気は起きず、納得するしかなかった。


「うむ。わかった」


 毛皮と毛皮の間に挟まりながら、すぐそばでなされるそんな会話がニケにも聞こえていた。


「そろそろよろしいでしょうか?」


 アラムはもう全部見たでしょう、さっさと帰れ、とばかりに切り上げようとしていた。


「……ああ、まあ、そうだな」


 しつこく物色するような目でストックルーム内をもう一度見渡した後、男はそう言いながら、アラムと共にストックルームを後にした。


(ふーっ。ドキドキしたよ)


 ニケは念のため、もう少しここに挟まっていることにした。それにしても、暑い。ニケは夏の最中にモフモフとした毛皮に挟まって隠れていたのだ。


 しばらくすると、兵たち二人が店を出たのだろう、アラムがストックルームに戻ってきた。


「ニケさん、もう大丈夫ですよ。……暑かったでしょう」


「うん。毛皮が汗だらけになっちゃったかもです。ごめんなさい」


 ニケは毛皮の間から抜け出しながら、アラムに謝った。


「あはは。それはまた私が手入れしておきますよ。さ、お茶でも召し上がりなさい」


「ありがとう。アラムさん」


 ストックルームを出て、店内に戻りながら、アラムは商談用のソファと長椅子がある一角にニケを誘った。


「お茶を用意してくるから、ちょっとそこで待っててくださいね」


 アラムはそう言い残し、カウンターの奥に入っていく。


(フィンドレイ将軍って何者なんだろう?なんであんなに簡単に高価なポーションを奪っていけたりするんだろうか。それも二〇本!)


 ニケはアラムが戻ってくるのを待ちながらそんなことを考えていた。


 しばらくすると、きれいなガラスのコップに冷やされたエメラルド色のお茶を2つ持ってアラムが戻ってきてくれた。


「魔道具で冷やしてあるよ。さ、お飲みなさい」


 ニケは大汗を掻いて、のどが渇いていたので、一気に飲み干した。


「はは、おいしいかい?」


「うん。冷たくする魔道具ってすごいね」


「ああ、最近手が届く値段にまで下がってきてね。それで政変前に買ったんだけど魔力の消費が……おっと、こんな話はよかったですね。それより、ニケさん、三〇〇ルーンは受け取ってもらえましたか?」


「うん。ありがとう」


「最初三〇〇ルーン、追加で三〇〇ルーンだったでしょう。ポーションは効能の強さで全然値段が違うんだよ。まだ効能が分からないうちは三〇〇ルーンしか渡せなかったのはそういうことなんだよ」


「アラムさん、ということは、私の作ったポーションは人間の薬剤師さんたちが作ったのと比べても十分な品質ってこと?」


「ええ。それは私が太鼓判を押しますよ。それどころか、あれを試しに使ってもらった冒険者の方がもっとニケさんのポーションが欲しい、と言っていてね」


 お金に困っていたニケやジンにとって思わぬ朗報だ。だが、たくさん作ろうにもニケが持ってきたポーションの材料はもうあと数本分作る程度しか残っていなかった。


「うれしい。……でも、もうそんなに材料が残ってないの」


 一瞬嬉しそうな表情をしたニケだったが、アラムにそう告げざるをえなかった。


「ニケさん、さっき毛皮に挟まりながら私の話を聞いていたでしょう。材料はこっちで持ちます。それに瓶だって」


(そうか!)ニケの表情が明るくなった。


「材料、確認させてもらっていいですか? 私が使う材料があるかどうか……」


「ああ、そうしましょう。目で見る方が早いですからね」


 そう言いながら、二人はストックルームに戻っていった。


 二人がストックルーム入ると、アラムが魔道具である懐中魔灯を取り出し、明かりを壁面の棚に向けた。


(ああ、これがあればあんなに熱い思いをしなくてもよかったのに!)


 そんなことを一瞬考えてから、ニケは一つ一つ材料を確認した。


 そして、「ないです。一つだけ足りないです」と呟いた。


「おや、ポーションの材料はこれだけのはずですけどね」


「私は緑岩鉱石を砕いて使うの」


 本当ならニケはレシピをこうも易々と明かすべきではないのだろう。けれど、このアラムと言う商人をすっかり信頼してしまっていたニケはアスカ秘伝のレシピの一部を言ってしまった。


 もっとも、このイスタニアでもアスカでもどこにでも生えているニラの木の樹皮を煎じて濃縮して加える、という作業もあって、ニラの木の樹皮がこのストックルームにないことから、この手順も人間たちが作るポーションにはないことが分かった。ニラの木の樹皮は自分で入手可能なので、これはアラムに秘匿することにした。


「緑岩鉱石! ニケさんのポーションには緑岩鉱石が入っていたんですね。ちょっと待ってください」


 そう言いながら、パタパタとカウンターに戻り、帳簿をめくり始めた。


「ええ、ありました。政変前ですけれど、緑岩鉱石の取引。ああ、シモンズさんのところですね。うん。大丈夫。ちゃんと仕入れられます」


 アラムは視線を帳簿からニケに戻した。


「ニケさん、材料はすべてこちらで持ちますので、一本三〇〇ルーン……ん、これだとすこし取り過ぎか、三五〇ルーン、これでどうでしょうか?」


 価格交渉をする前から勝手に五〇ルーン、アラムの方から引き上げてくれて、ニケは心理的にこれ以上吊り上げるのが難しくなってしまい、即答した。


「うん。それでいいです」


 もっとも、これが価格交渉を封じる商人としてのアラムの腕なのかもしれなかったが、いずれにしても三五〇ルーン、頑張れば一日三本は作れるのだから十分と言えた。


(命がけでグプタ村を守った二十二日で一五〇〇ルーン。私が一日ポーションづくりを励めばおよそ千ルーン。なんだかお金って不思議だなあ)


「それでは、決まりですね。後で材料を届けます。宿泊は〈レディカーラの瀟洒な別荘〉でしたよね」


 ああ、そういえばあの婆さんの宿、本当はそんな名前だった。ニケはそんなことを考えながら、「うん。そうだよ」と頷いた。


「この富が互いのものであらんことを」


 セリフは前にこの店に来た時と同じだったが、今回はそれと共に、アラムは右手を差し出した。


「ん?」


「ああ、ニケさん、商人の習慣でね。長い取引が決まったら、パートナーになるという意味を込めてね、こうやって右手同士をつなぐ、〈握手〉をするんだよ」


「うん」


 ニケもそう言って、小さな右手を差し出した。


 そこでアラムはニケの右手の平に火傷があることに気づいた。

 ストックルームで火を消すときに出来た火傷だった。


「おお、かわいそうに。火傷しているじゃないか。ちょっと待つんだよ」


 そう言ってカウンターの下から小瓶を取り出すと、ニケの右手に振りかけた。


「ああ、アラムさん、もったいない! こんな火傷すぐ直るのに!」


 ニケは高価なポーションが惜しげもなくアラムによって自分に使用されて驚いた。


「いやいや、ニケさん、これはね、ニケさんが作るものなどと比べ物にならない低級ポーションなんだよ。軽い傷や火傷程度にしか使えない。あの連中に渡した二〇本もこれと同じ商品だよ」


 低級ポーションとはいえ、ニケの右手の火傷は見る間に消えていった。


「ありがとう。アラムさん」


「どういたしまして。さ、握手のやり直しだ」


 二人は握手し、言った。


「「この富が互いのものであらんことを」」


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