24. 悪夢
「雪子様、死んではなりません!」
ジンは目の前にいる雪子に必死に訴えた。
ジンと雪子はどこかのお寺の本堂だろうか、畳が敷かれた部屋の中央に座っていた。
部屋は障子で囲まれており、その外は縁側だった。そこを新政府軍の制服を着た兵士が槍を持って警護していた。
「速之助、合口を持ってたもれ」
正座で座っている雪子の傍らには速之助と呼ばれた新政府軍の制服を着た青年が立っていた。
「雪子殿、修理殿の後を追われるとは誠に殊勝ではありますが、今、拙者が雪子殿の解放を嘆願しておりますれば、早まってはなりませぬ」
速之助と呼ばれた男は雪子の自害を止めようとしていた。
「雪子様! ダメです!」
ジンが再度叫ぶがその声は雪子にも速之助にも届いていないようだった。
まるで、その場にいるのに雪子にも速之助にも自分が見えても聞こえてもいないかのようだった。
「もう、よい。修理も逝った。会津も終わりじゃ。何の未練もない」
雪子は俯いて、そう小さく呟くと、キッとして速之助を見上げた。
「合口を持ってたもれ。速之助!」
速之助は逡巡の後、眉間にしわを寄せて、合口ではなく自分の打刀(脇差と共に武士が腰に差す短刀)を雪子に与えた。
「雪子様! なりませぬ!」
ジンは必死の形相でそう叫んだ。
打刀を奪うべく、手を伸ばすが掴めない。
(!)
自分の手が透けている。実体がない。
打刀を掴もうとしたジンの右手はそれを素通りして、空をつかむ。
雪子は俯き、打刀を自分の首筋の頸動脈に添わせる。打刀が鈍く煌めく。
「やめろーーーー!」
力の限りジンは叫んだ。
「ジン! ジン! ねぇ、ジンってば!」
ニケはジンの突然の大声に目を醒まし、何事かとジンの寝床まで来ていた。
ジンの額からは汗が玉のように吹き出し、右手を毛布から跳ね上げ、空をつかもうとしていた。
ニケはその様子に驚いて、彼を起こそうとしていた。
「ジン!」
ジンはその声にようやく目が醒めた。
「夢、か……」
ジンは日本語で呟いた。
「ジン、どうしちゃったの?」
寝言ぐらいさほど大した話ではないが、それでもジンの様子はニケを心配させるに十分すぎた。
「……ああ、ニケ、すまない。起こしてしまったか?」
「それはいいよ。……大丈夫? ジン、あっちの世界の言葉で叫んでたよ?」
「ああ、郷の夢を見ていた」
「ジン……」
「心配するな。明日も警らだ。ニケは薬剤店に行くのだろう。まだ朝までずいぶん時間がある。もう少し、寝よう」
ジンはそう言うとまた床に横になった。
習慣とは恐るべきものだ。ジンの頭は重く、寝覚めは悪かったにもかかわらず、時刻になれば自然と目が醒めた。
そして、夜中のことを思い出した。
(ニケは寝かしておいてやろう。朝ご飯を食堂からこっそり部屋に持ってきておこう)
そんなことをジンは考えながら身支度をしていると、ニケが起きてきた。
「おお、ニケ、おはよう」
「うん。おはよう」
「飯だな」
「朝ご飯だね」
そんな会話にもならないような会話をしてから、二人は簡単に身支度を終え、食堂に向かった。
食堂の照明用の魔道具が昨晩割ってしまったままになっていたが、朝で明るさには問題がなかった。
「そこいらはお前さんが夕べ壊した魔道具の破片が飛び散っているから、こっちで食べとくれ」
宿の老婆は昨晩の〈惨事〉を蒸し返しつつ、いつものテーブルではないテーブルで朝食を食べるように促すのだった。
皆さま、良い週末を!