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異空の侍 ~転移した会津侍の異世界冒険譚「絶対に会津に帰る!」~  作者: 大倉小次郎
ファルハナの街-新しいお仕事編
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23. 間抜けな野盗

 ジンの警らの仕事が始まって、十日が経とうとしていた。


 ニケが売ったポーションの代金を合わせても最初に持ってきた二二〇〇ルーンは千ルーンとちょっとにまで目減りしていたが、何とかまだ宿に滞在できていた。


 まだ〈役目〉に関する〈世の中の歪み〉や日本への帰り方などの情報は全く得られないでいた。


 すでにこの世界に来てから二年以上が経っていた。妹チズ、容保公に仕える兄、会津の国、いや日本がどうなってしまっているのかに、ジンは思いを馳せていた。

 焦っても仕方がないとはわかっているのだが、どうしても考えてしまうのだ。


 警らの仕事にはずいぶん慣れてきた。警ら隊には制服が支給されていた。上下の洋装で紺色、前ボタン。革製のソードベルトに会津から持ってきた〈会津兼定〉を差した。


 先日ドゥアルテがジンの刀に興味を持ち、振るわせてほしいと頼まれた。何も勿体ぶることもないので、振らせてみた。


 やはり、剣と刀では振るい方が違うようだ。剣筋は美しく、鋭いのだが、刀特有の引き斬るという動きはそこにはなかった。


 ドゥアルテは必要なこと以外ほぼ一切しゃべらない無口な男だが、誠実で信頼に足ることはすぐにわかった。


 三日ほど前、ドゥアルテはニケがポーションを売った商人から三〇〇ルーンを預かったとかで、ジンにそっくりその金額を渡してきた。


 なんでも、ニケという獣人の女の子が調合したポーションの出来が素晴らしく、また買いたいのだけど、どこにいるのかわからないので警らならあるいは知っているかも、と相談してきたらしい。ああ、それならうちのジンの連れが獣人の女の子で、とドゥアルテが説明すると三〇〇ルーンを言付かったらしい。それにニケにお店に来てほしい。とのことだった。


 ちょろまかそうと思えば、三〇〇ルーンを取ってしまって、言付けもせずに放っておくことだってできただろう。だが、ドゥアルテはジンが見たままの男だった。


 夕食時にジンがその話をニケにして、銀貨三枚を懐から出した。


「あ、それ、アラムさんだね。明日にでも行ってくるよ。あと、そのお金、ジンが持っててよ。どうせ宿代にしか使わないわけだし。私は一〇〇ルーンもあればポーションの材料とか揃うしね」


「そうか、じゃ俺が預かっておこう」


 確かにニケもジンも自由にお金を使えるほど余裕がなく、ただひたすら宿屋に支払うだけだったので、どっちが持っていても影響がなかった。


 宿屋で一日三食食べられるので、特に困ることもないし、どうせ外食をしようにも今のこの街で営業しているお店を二人とも知らなかった。


 と、その時だった。


「おい、誰か居らんのか?」


 鎖帷子の鎖があらゆる場所で錆びたりほどけたりして、もはや鎖帷子としての用を足さないのではないかと思われるほど、劣化した鎖帷子を着込んだ男が宿に入ってきた。


 手には槍を持っている。


 宿の食堂は一階にあって、接客カウンターが見える位置にあったので、その様子が見て取れた。


 カウンターの奥にある扉が開いて、名もまだ知らない宿の主である老婆が出てきた。


「なんじゃ、客か?」


「おお、ここのおかみか?」


「そうじゃ。で、お前は客かい?」


「ああ、客だ。とりあえず、ここにある金、全部持ってこい」


 男は槍を老婆に向け、凄んだ。


「……は? そういうのを客とは呼ばないよ。金はあるけどお前に渡す金はないね。」


 老婆はまるで男の脅しを意に介さないかのごとく、平然と言ってのけた。


「なんだと? この槍の一突きでお前の惜しくもない命はおしまいだ。いいから、金を持ってこい」


 ジンは立ち上がったが、ニケは無言で(やめて、こんなのに巻き込まれる必要はない)と言わんばかりにジンを睨んで首を振った。


「いや、ニケ、俺は警らだからな。無法者は取り締まらんとな」


 そうニケに言ってから、その無法者に対して大声で呼ばわった。


「おい、そこの!」


 突然視界に入っていなかった食堂、一階フロアの奥から大声で呼ばわれて、男がジンの方を向いた。


「なんだ、お前」


 男は驚くでもなく、ジンを見て、低く言った。


「それはこっちのセリフだな。こんな無法が通ると思っているのか?」


「はっ! 無法、と来たもんだ。無法地帯の街にあって、無法はむしろ筋が通ってんじゃないか?」


 ジンは〈会津兼定〉を抜いた。


「俺は警らだ。お前を捕縛する」


 男は表情には焦りが浮かんだが、依然強がっていた。


「捕縛と言う割にはなんだか恐ろしい感じじゃねえか、あ?」


「いや、お前を斬るつもりはない。大人しくしてくれれば領主館まで連行するだけだ」


 そこに宿の主である老婆が割って入った。


「やめとくれよ! こんなところで暴れるのは。私を斬って、金でも何でも持っていきゃあいい。それか大人しく帰っとくれ。わたしゃ面倒くさいのが一番嫌なのさ。お前たち二人が暴れれば、ここはめちゃくちゃになるだろう!」


「おかみもそう言ってるぜ。お前さえ見逃せばみんな丸く収まるんじゃないのか? へへ」


「おかみ、そうもいかない。俺は警らだからな」


 カウンターにいる老婆にジンは断固と言い放った。


「それにお前、おかみが死んだら、俺たちが泊まるところがなくなるし、うまい飯も食えなくなる。大人しく俺に従って……」


 ジンが言い終わる前に男はそれを遮った。


「ああ、もう、面倒くせえ、おまえらみんなぶっ殺して全部かっさらって行きゃあいいんだろ」


 男はジンに槍を向け、食堂にいるジンに向かって槍を突き出したまま、突進していった。


 ジンは皮ベルトのソードホルダーから〈会津兼定〉を抜いて、居合のように男の槍を跳ね上げた。跳ね上げられた槍が天井からつるされていた照明用の魔道具に当たって割れた。


「ああああ! いわんこっちゃない! やめとくれよ!」


 老婆は悲鳴を上げた。

 それを全く意に介さず、男は槍を構えなおし、ジンに突きを入れた。


 ジンは槍の間合いから逃れるために素早く後ろに跳躍した。

 後ろに跳躍し、槍の間合いから外れたはずだった。


 しかし、槍の穂先はジンの腹に突き刺さっている。


(なに!?)


 ジンは驚いた。


「ジンッ!」


 ニケも自らの口を両手で押さえながら叫んだ。


 しかし幸いなことに槍の穂先はジンの強靭な腹筋を突き破れず、お腹の皮膚を軽く破ったに過ぎなかった。


 その結果に驚き、ジンが男の方を見た。すると、男は得意げにその特殊な槍を親切にも紹介してくれた。


「如意槍を思い知ったか! この槍はな、伸びるんだぞ」


 ジンは自分の腹に突き刺さる槍を冷めた目で見下ろした。


 会津でも最近出回りだした伸縮自在の釣り竿と同じ仕組みだ。ただ、スライドして伸びるだけだから、当然伸びた先の間合いでは押し込む力は皆無だった。


 それで皮膚を破るのが精いっぱいというわけだ。


「お前、笑わせようとしているんじゃないだろうな?」


 ジンは震える声で男に問うた。本来、無法者が槍で攻撃してきているのだ。緊張すべき場面であって、吹き出すことはないはずだ。


 けれどもジンはもう吹き出しそうになって、傷つけられたはずの腹筋が別の理由で震えてしまっていた。


「何が可笑しい! 如意槍を思い知れ!」


 男は遮二無二槍を突き出してきた。


「はーーーーーっ!!」


 裂ぱくの気合を入れながら、高速に、連続に、槍が突き出された。


 引っ込めて、突き出す、引っ込めて、突き出す、そのたびにカシャカシャと音がなった。スライド式なので、槍が伸びたり縮んだりするときにその音がしてしまうのだ。


(だめだ、もう、これは、殺される……)


 ジンは内心で悲鳴を上げた。笑いを堪えるというのは意外と難事なのだ。


「ああ、もう、お前、この辺にしてくれ」


 ジンはそう呟き、さっと槍の間合いの内側に入って、峰打ちで男の側頭部を加減して叩き、意識を刈り取った。


「おかみ、すまない、その壊れた魔道具、いくらだ?」


「ああ、もう面倒くさい。使ってない部屋から照明を持ってくるからもういいよ」


「そ、そうか、かたじけない……ニケ、悪いがこいつを領主館までしょっ引いてくる」


「う、うん。気を付けてね」


 ニケはジンが何を笑いそうになっていたのか全く分からなかったが、ジンがいまだに笑いをかみ殺している様子を見て、なんだか拍子が抜けてしまっていた。


 ジンは男を外に引きずり出し、武器を取り上げたあと、宿の老婆に頼んで桶に水を張ってもらった。


 それを男の頭からざーっとぶっかけ、男に意識を取り戻させる。夏なので、風邪もひかないだろう。起こしたのは意識のない男を領主館まで引っ張っていくのはさすがに勘弁してもらいたかったからだ。


 念のため、厩舎に寄って、ツツにもついてきてもらうことにした。

 ツツはジンが来てくれて大喜びだった。なになに? なんか楽しいこと? おいしいこと? のように期待させてしまった。


「すまんなツツ、こいつを領主館に連れて行くのを手伝ってほしいだけだ。飯は後でなんか持ってくるよ」


 ジンがそう言うとツツは喜んでジンに従うのだった。


 そして男には、妙な真似をすればツツは簡単に男の喉笛を噛み切ってしまうだろう。と説明した……だから、おとなしくついてくるんだぞ、と。


 首根っこをつかんで、領主館に引きずっていくことにした。

 そうしながらも、ジンはこの間抜けな強盗の動機に興味を持ってしまった。


「なあ、お前、なんであんな馬鹿なことしたんだ」


 ジンの腹筋の痙攣はすでに収まっていた。


「知るかっ!」


「金に困っていた。ってことでいいのか?」


 男は今のところツツに対する恐怖感からか素直に従っていた。


「ああ、そうだよ!この街に来れば無法地帯だから取り放題だって。……そう聞いたから来たのによう……」


「お前、本当にクズだよな」


 ジンは取り付く島もなかった。男は返す言葉を考えているようだったが、武器もなく、ツツも怖いし、ジンの膂力に抗えそうにもない。


「で、この如意槍とやらはどうしたんだ?」


 男から奪った槍を見せながら、ジンは話題を変えた。そしてジンはまた笑いがこみあげそうになって、ふぅ、と息を吐いて、それを抑え込んだ。


「お前、知らないのか? このファルハナは鍛冶屋の街だ。街がこんなになってもまだ腕のいい鍛冶屋がいて、いろんな新しい武器を世に出しているんだぞ」


「で、その中からお前が選んだのがこれか?」


 ああ、もうだめだ、こいつは天才かもしれない。ジンはまたふぅと息を吐いて笑いを殺すしかできなかった。


 夜なのでマイルズもドゥアルテはいなかったが、別の衛兵がいたので引き渡して帰途に就いた。


 ツツと共に宿に帰ってきたら、ニケももう食堂にはいなくて、食べかけのジンの食事はもうとっくに片付けられていた。


 そんなわけで、ツツにあげると約束していた飯も都合できなかった。


「すまん、ツツ」


 ジンが呟くと、ツツは仕方なさそうに厩舎に戻った。

 ジンもなにかツツに悪いことをしたなぁ、と思いつつ、部屋に上がっていくのだった。


短いのが多い&明日は更新の予定がないので、多めに投稿しました。

なんだかいいかげんでごめんなさい。

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