22. アラムのお店
そのころ、ニケとツツは大通りから一本西に入った通りを宿から北に歩いていた。
ニケが探していたのはポーションやらの薬剤を入れるガラス瓶だった。
これは再利用もできるが、人にあげたり売ったりするともちろん瓶に入ったまま渡してしまうので事実上の消耗品だった。
そして、これは森にいたころからずっと不足している品の一つだった。
ブラケット看板にポーション瓶の絵がある店が二十ミノルほど先に見えてきたので、ニケはそこに入ることにした。
「ツツ、ちょっとそこで待っててね」
森を出て、グプタ村や街に来てから間もないツツは自分がニケやジンといっしょに入れない場所があることを学び始めていた。店の入り口のそばにさっとお座りした。
「うん。そこでいいよ。ごめんね。すぐ戻ってくるから」
ニケはそう言うと薬剤店らしき店に入って行った。
店主はカウンターにいて、何か作業をしていたが、ドアが開くのを見て顔を上げた。そこにいるのは獣人のニケだ。
一瞬、間があってから「ああ、いらっしゃい。何をお求めかな?」と店主はニケに呼び掛けた。
ニケは昨日のことがあって、少し敏感になっていたが、この街で獣人が珍しい、それどころかニケは自分以外の獣人をこの街でまだ見たことがなかった。店主はそれほどの珍しさに一瞬止まっただけだろう、と、気にしないようにした。
それに店主は五十代くらいの男性で白い口髭を蓄え、アスカにいる自分の父親に似てないこともなかった。ちょっと親近感がわいたのだ。
「うん。ポーションとかの液状の薬剤を入れるガラス瓶が欲しいの。小さめなのと、中くらい…これくらいの瓶」
そう言いながら手のひらでサイズを示す。
「中身はいらないのかい?」
この店はあくまで薬剤店で、瓶だけの販売はやっていなかった。
「中身は自分で調合するの」
「おお!お嬢さんは薬剤師なのかい?」
店主は目の前にいる、まだ幼い猫の獣人を驚きをもって見た。
「うん。でも、人間の世界の薬剤師と会ったことがないから、私がどの程度に達しているのか、よくわからないの」
「ああ、そうなんだね。アスカから出てきたとこなのかい?」
「うん」
実際はアスカから出てきたのはずいぶんと前のことだが、出てきても深い森の中にずっといたわけだから、さほど変わりはない。ニケは説明するのも面倒くさいので、ただ頷いた。
「……そうそう、瓶だよね。瓶はね、本当は売り物じゃないんだよ。でもちょっと在庫があるから分けてあげてもいい」
店主はカウンターから出てくると、会釈をしてからニケを見て、首をくいっと店の奥の方向に傾け、ついてくるようにニケに促した。
ニケが店主に付いて行った先には【立入厳禁】と書かれた扉があり、中に入るとそこはストックルームだった。
店主はいろんな薬や材料の在庫が所狭しと並んでいる中から、木箱に入ったガラス瓶の在庫を確かめた。
「うん。小さい方の瓶が四つ、中くらいのは二つ融通できそうだよ」
「いくらですか?」
ニケはお金に余裕がないことは十分にわかっていたので、まず値段を聞かないことには、じゃ買います、とは言えなかった。
店主はニケの表情からお金に余裕がないことをすぐに見抜いてしまった。商人なら当たり前の能力なのかもしれない。
「お嬢さん、良かったらお嬢さんが作ったポーションを一つ買い取らせてもらえないかい?」
「いくらですか?」
くしくもニケは全く同じセリフをもう一度言ったが、さっき言ったのは払う金額、今度のは受け取る金額だ。トーンはずいぶんと違った。
「三〇〇ルーン。効能がよかったらあとから追加で三〇〇ルーン。あ、それにもちろん、小さい方の瓶四つ、中くらいのを二つ、これは売ってくれればお礼として、お嬢さんにさしあげよう」
ニケの手持ちポーションはあと三つだ。だけど小さい瓶が四つ手に入ればまた四つ調合すればいい。
「わかった。はい、これ」
三つあるポーションの内、一つを店主に手渡した。渡しつつ、旅の途中で護衛をした商人、ラーキンとか言ってたっけ、その商人に大いにぼられたことにニケは初めて気づいたのだった。
「自己紹介がまだだったね。取引するんだから、ちゃんとお互いのことを知らなきゃね。お嬢さんは薬剤師、そして私は商人だ。私はアラム。お嬢さんは?」
店主アラムはそう言いながら、カウンターの向こうに戻り、金庫をいじり始めた。
「私はニケ。アラムさん、よろしくです」
アラムは金庫から銀貨三枚を取り出し、ニケに渡して、それから呟いた。
「この富が互いのものであらんことを」
「ん? なに? それ」
ニケは首を傾げた。
「ああ、気にしないで。取引のおまじないみたいなもんだよ。お嬢さん、じゃなく、ニケさん、また来るんだよ」
アラムはそう告げるとほほ笑むのだった。