19. 金欠と即決
「ニケ、冒険者ギルドに行くぞ」
翌朝、朝七つまでにちゃんと食堂に来て朝食を終えた二人だったが、ジンがそう言うとニケの反応は芳しくなかった。
「わたし、いいよ。ツツと一緒に宿で待ってる」
「そうか……」
昨日のことがあったので、すぐに察したジンだったが、それ以上何も言わないことにした。
「じゃ、俺は仕事を見つけてくるよ」
「うん。私はポーションを調合できるようにいろいろ揃えておくよ。ジンの仕事にポーションが役立つかもしれないしね」
「そうか、ニケのポーションは天下一品だからな。それに、ツツも頼んだぞ」
言い残して、ジンは宿を出た。残されたニケはギルドには行きたくないが、かといって本気でツツとずっと宿にいる気もなかった。
ニケはとりあえず厩舎に行って、ツツの御機嫌をうかがってみた。
宿に入ってから――と言ってもまだ一泊だが――ツツと離れて生活するのはニケにとって寂しいことだった。
ツツはニケが現れると寂しかったのか、ブンブン尻尾を振って喜びを表した。
「ツツ、独りにしてごめんね。今日は一緒に出掛ける?」
ツツは嬉しそうにさらに尻尾を大きく振った。
「ツツ、ふかふかの寝床、上手に作ったね。でも、寝てばかりもいられないよね。行こっか!?」
ニケは自分自身も奮い立たせるかのように元気にツツを促した。
ニケにしても、昨日のギルドでのことは、どこでも起こりうることだと分かっていた。
ポーションの調合に必要な道具はほとんど持ってきていたので、少し足りないものを買い足す程度だが、そんな店に行けば当然昨日のようなことは起こるのだろう。だけど、これはもう慣れていくしかないと思った。
厩舎を出るニケとツツ。朝日はまだ低く、宿が面する大通りの大部分が陰になっていた。ニケはそんな大通りをツツと歩きながら、目当ての物が買えそうな店を探した。
人はまばら、というよりも片手で数えられる程すらもいなかった。街から活気はまるで感じられなかった。ニケのふるさとであるアスカの村の方がよっぽど人が多いのではないかとすらニケは思った。
◇
ニケがツツと出かけたころ、ジンはすでにギルドにいて、マリアムに話しかけていた。
掲示板が読めないのだ。当てにしていたニケはついてきてくれなかったので、マリアムに訊くしかなかった。
「マリアム、ニケの調子が悪くてな。どうせ護衛の仕事しかないとか言ってただろう。その手の仕事でまったく構わない。何かないか?」
幸いにして、というより、もしかするとこれがこのギルドの常態なのかもしれないが、相変わらずドアの両側にいる昨日も見た衛兵を勤める冒険者のほか誰も居らず、暇にしているマリアムがカウンター越しに立っているだけだった。
「あるわよ。というか、全く足りてないのがこの街の状態なの。あなたたちがこの街に入ってきたとき、街の門に誰かいた?」
「いや、だれもいなかった。検問が機能してないので驚いたくらいだったぞ」
「でしょ?商業ギルドがずっと募集しているんだけど、なかなか集まらないのよ。とにかくこの街の治安を守るための南大門の検問が必要なのよ」
どうやら街に入る際に通った門は南大門と呼ばれているらしい。
「では、俺がその南大門の検問を引き受ける。事情があって六日以内に報酬を得ないと俺たちはこの街にいられないんだ」
事情なんて何もない。単に金がないだけだ。
「……あ、ごめんなさい。やっぱり、それダメです。だってジンさん、字の読み書きができないじゃない。どうやって検問をやるのよ。名前、出身、目的などの聞き取りや滞在期間なんかの記録をしていくのよ。単に衛兵をやるだけの仕事じゃないのよ」
「なら、このギルドの前に立っている二人。あいつらはそんな記録をしていないじゃないか。あの仕事ならどうだ?」
ジンはとにかく仕事が必要だった。でないと数日しかこの街に、厳密に言うと宿にいられないのだ。そんな短期間で〈役目〉の情報が集まることは期待薄に思えた。
すると、突然、ドアの向こうから声がギルドの受付に響いた。
「あのな、俺らも字の読み書きができないんだよ!」
ドアの前に立って衛兵の仕事をしている、昨日、短槍でドアを塞いだ男がどうやらジンとマリアムの会話を開け放たれたドア越しに聞いていただった。
彼はドアの外から顔だけ中に突き出して言ってきたのだ。
「そうなのよ。アメリアとバーレットも字の読み書きができないの。だからギルドの衛兵の仕事をずっと引き受けているのよ」
マリアムが補足した。
「ならば俺とニケの二人でなら南大門の仕事を受けられないか?」
ジンはどうしても前のめりにならざるを得なかった。お金がないのだ。
「あの獣人の子? それは無理よ。あの子は冒険者登録をしてないじゃない。それに、二人でやっても一人分の仕事だから一人分しか報酬が出ないわよ」
「そ、そうなのか? ならニケにも登録させる。それで二人分の報酬は出るのか?」
「そういうことじゃなくって、この仕事は衛兵、兼、入街管理よ。本来一人でどちらもできる人向けの仕事なのよ」
ジンはしばらく絶句して、その間、頭の中に毎日減っていく三五〇ルーンが駆け巡った。
「なんだか要り様のようね。ちょっと待ってくださいね」
マリアムはそんな様子のジンを見て、カウンターの奥にある机の引き出しから一枚の書類を引き出した。
「これ、明日から掲示板に張り出す予定だった仕事だけど、そんなに条件も良くないから特別にジンさんに先にお見せします」
「ちょっと待ってほしい。衛兵の仕事は足りてないんだろう? だったら何も条件の悪いものを俺に紹介しなくてもいいじゃないか?」
「ジンさん、六日以内に報酬がいるんでしょう? 掲示板に貼られている仕事はどれも最短でも七日のお仕事の後やっと報酬がもらえる形です。日払いじゃないとやっていけないんでしょう?」
「……それは、そうだ」
「じゃ、改めてこの仕事。いい? 報酬は一日三〇〇ルーン、日払い、警らの仕事よ。この街は門があの通りで、街周辺の悪党たちは出入り自由。治安は悪化する一方。その治安を少しでもましにするのがこの仕事よ」
ミリアムは街の事情も含めて簡単に説明した。
(三〇〇ルーン……それでは働いていても資金は五〇ルーンずつ減っていくわけか……でも、ずっといる必要はない街だ。これでひと月程度は滞在できるわけだし、警らの仕事は情報集めに向いているかもしれない)
自分たちがおかれている事情を考えれば、悪くない仕事に思えてきた。
ジンは即決した。
「引き受けた!」