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177. ファルハナ防衛戦―3

 ファルハナの城壁は全て南を向いている。街の北西はファルハナ川、北東はキノ山。ファルハナ側を軍船で渡ってきて攻められる以外、ファルハナにとって敵は常に南側から攻めてくるのだ。


 今回の敵は魔物。いや、人間も混じっていることを考えると、エルロッドの民、あるいは〈白虫ども〉と呼ぶのが相応しい。


 そして、その白虫どもは自らの死体を城壁前に積み上げ、ついに〈死体のスロープ〉とも呼べるものを作り上げてしまった。


 そのスロープを這い上がり、ついにオーガやゴブリンが城壁の上に上がりつつあった。


 上空からはガーゴイルが矢や鉄砲の弾を放ってくる。


「鉄砲隊! 全員、抜剣!」


 弾を込め、撃つ。すでにこの一連のプロトコルが這い上がってくる敵の数に対応できなくなってきていた。


 鉄砲隊。彼らは鉄砲の訓練を受けてきたのであって、剣術はからっきしの者も多い。ましてや、三分の一を占める民間人は剣など振るったこともない。


 しかし、戦に際して、全員一応、鉄剣を携えていた。


 魔物たちとの斬りあいに、上空のガーゴイルからの弓や鉄砲による攻撃に次々と鉄砲隊の隊員たちが倒れていく。ファニングスはここまでガネッシュ・ラオ男爵の傍で指揮の助言を行っていたが、ここに至っては自身も剣を振るい始めた。


 ドゥアルテ、シャヒード、それにファニングスの騎士たちは白兵戦では魔物たちを寄せ付けない。しかし、主だった兵力である鉄砲隊は見る間に倒されていく。そうやって鉄砲の射撃が止むと、敵はどんどん城壁の上に上がってきていた。


 もはや、彼我の兵力差は三十対一。城壁の上でも十対一に及んでいた。


「鉄砲が使えねぇんじゃ、儂らは全くの役立たずじゃないか、モレノ」


「ヤダフ、お前の言うとおりだ。だが、せめて自分の身は守らんとな」


 二人の職人も鉄砲を下ろして、剣に手を掛けた。


「お二人ともやめてください!」


 敵の攻撃をなんとかかわしながら、ポーションや弾薬を配ったり、負傷者を引きずって退避させていたアラムが悲鳴のような声で言った。


「アラム?」


 モレノはそもそも戦いたくて戦っているのではない。もはや逃げ場もなく、鉄砲もあまり役に立たない中で、仕方なく剣を手にしたに過ぎない。


「あなた方が死ねばファルハナはもう本当に終わりです。あなた方がファルハナなのです! いいから、領主館に向かって逃げてください!」


 そう大声で言ったアラムの背後で、死体のスロープを上がり切ったオーガがアラムに向かってこん棒を振り上げた。


「「アラム!!」」


 ヤダフとモレノが彼の名を口にしたとき、襲い掛かるオーガは眉間に穴を穿たれて、仰向けざまに倒れた。


 絶句する三人。そこにバーレット、冒険者ギルドの衛兵だった男が現れた。


「民間人は下がれ!」


 バーレットは大声でそう言うと、モレノ式鉄砲をもう一射して次に上がって来たオーガを倒して抜剣した。


 もうその時には至る所で同時に何体ものオーガやゴブリンが城壁上部に上がってきており、ファルハナの人々はそれを阻止することが出来なくなってきていた。



 ◇



「撤収ーーーーっ!!!!」


 南大門上部、見晴台に立っていたガネッシュの声が響いたその時、バイスコーンとドワーフとしては比較的大柄な三人が巨大な壺をそれぞれ一つずつ抱えて城壁に上がって来た。


「油、か?」


 ヤダフは上空から飛んできた矢が自分のさっきまで立っていたところに突き刺さるのを見て、肝を冷やしながら、バイスコーンに歩み寄って確認した。


「へい、親方、油です!」


「ガネッシュ様! 油が届きました!」


 南大門の上、見晴らし台に立つガネッシュから二〇ミノルほど離れたところからヤダフが叫んだ。


 撤収の指示を出したばかりのガネッシュが逡巡するその間、意を決したバイスコーンはガネッシュの命令を待つまでもなく、魔物でひしめく城壁の上を走りながら、城壁の外、〈死体のスロープ〉の上に油をぶちまけ始めた。


 彼の弟弟子たちも同じように、油を撒くべく走り始めた。


「おい! 撤収の指示は変わらない!」


 ガネッシュがそう叫んだ時、火矢が見晴台から放たれた。


 撃ったのはバーレットだった。


 火は一瞬で〈死体のスロープ〉に燃え広がった。


 バーレットは今度は南大門の東側にも一射、火矢を放った。


「燃えろー! 燃えろー!」


 バイスコーンは城壁の、一番西の端まで駆け抜けた後、そう叫んだ。城壁の上部にはもうその先はない。その先は下に落ちるか、ファルハナ川に飛び込むかのいずれかだ。


 油を撒きながら走るバイスコーンと彼の弟弟子は城壁の終点で、空の壺を抱えていた。


「お前らなんか、燃えちまえ!」


 追いかけてきた無数の魔物たちに、終点に追い込まれたバイスコーンの弟弟子がそう叫んでから、空の壺を投げつけた。


「おい、川に飛び込むぞ」


 バイスコーンはまだあきらめてはいなかった。


「兄貴、これはちょっと高すぎです」


「白虫を食わされるか、刺されて死ぬか、死ぬかもしれんが生き延びる可能性がある三十ミノルの高さからの飛び込み。どれが一番いい?」


 そう、ここ西の終点では城壁の上部から、水面まで三十ミノルもの高さがあった。


「ど、どれも嫌です!」


「馬鹿野郎、俺も嫌だ! 来やがったぞ、時間がない!」


「兄貴から先に!」


「馬鹿野郎、俺が飛び降りた後じゃお前は飛び込まねぇじゃねぇか!」


 バイスコーンはそういうと、城壁から弟弟子を蹴り落した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ……」


 弟弟子の声は遠ざかりながら、最後に水に落ちる音がして途絶えた。


「生きてろよ……」


 バイスコーンはそう言うと、自分も城壁の上からはるか下にある水面に向かって、城壁の縁を蹴った。



 ◇



 肉の焼けるいいにおいがする。


 そう思ってしまったあと、アラムは身震いした。これは〈死体のスロープ〉に積み重なった魔物や人間の焼ける匂いだ。


 油を着火剤に火はついに魔物や人間の遺骸を燃やし始めた。こうなると、基本的に脂肪という燃料を蓄えた死骸は薪に等しい。激しくはないが、ずっと炎を上げ続けている。そして、それに従って、何とも言えない食欲をそそる肉の焼ける匂いが町中に漂っているのだ。


 戦局は芳しくない。何しろ相手は死を恐れない〈意識集合体〉なのだ。自分の身体に火が着こうがお構いなしに城壁の上に上がって来る。


 ただ、少なくとも火がその数を限定してくれているのは確かだ。


「痛いときは個になるようだな」


 撤収の命令は出したものの、まだ戦局を見定めるべく見晴台にいるガネッシュが呟いた。


 実際、〈死体のスロープ〉はものすごい勢いで燃え盛っている。その中に突入するのには躊躇のない白虫どもも、一旦、火が体中に回ると、踊るようにして苦しんでから、倒れて、燃料の一部となる。


 体に火を纏いながらも城壁の上に上がって来るのは屈強なオーガたちだ。それでも半分やけただれた彼らは強くない。


 それでも、ファルハナ側の数の不利は依然そのままだった。


 焼けただれつつも、城壁に上がってきて、こん棒や斧を振るうオーガたち。上空には無傷のガーゴイルたちが矢を放ってくる。弾薬切れなのか、鉄砲の弾が飛んでこないのは救いだった。


 それにしてもファルハナ側はたったの三〇〇人なのだ。いや、もはや三〇〇人もいない。この城壁を支えるのは騎士たちと元アジィスの兵たち、百人以下になっていた。


「シャヒード殿、もう限界です!」


 元、アジィスの兵、ジンたちを地下牢に案内したエイフォルドという名の兵が叫んだ。


「エイフォルド! ここが堪え時だ!」


 シャヒードも本当のところ、エイフォルドに賛成だった。もう限界だ。所詮数が違い過ぎる。


 が、引いてどうなるというのだ。領主館に立てこもり、そこを一万近くのエルロッドの民に囲まれる。これしか考えうる未来はないではないか。


「し、しかし!」


「エイフォルド、また領主館に立て籠って食い物の心配をするのがお前の望みか!?」


 元々敵対していたシャヒードとエイフォルド。シャヒードは反乱軍。エイフォルドはアジィスに従う兵だった。だが、ここにそんな禍根はもう残っていない。ただ、シャヒードは領主館に立てこもったところで、未来はないと言いたかったのだ。


「くそーっ! なんだってこんなことに!」


 エイフォルドは剣を振るい、炎を身にまとい、焼けただれつつも城壁に上がって来たばかりのオーガの首を刎ねた。


「エイフォルド、冷静になれ!」


 シャヒードは今や自分の部下になっているエイフォルドが自暴自棄になることを恐れた。


「俺は、俺は、民を守るカッコいい騎士になりたかったんだ。それなのに……」


 エイフォルドはそう言いながらまた這い上がって来たゴブリンの腹を一突きに貫いた。


「それなのに、守るべき民が津波で死んだ。挙句の果てには死に体のファルハナ攻めだ。アジィスの野郎に従ったのが俺の一生の汚点だ!」


「それはもう言うな!」


 シャヒードはそう言いながら、這い上がって来たオーガの首を突きで貫いた。返り血がシャヒードの顔を真っ赤に染めた。


 その時だった。


 南側が明るいオレンジ色の閃光に包まれた。


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