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176. ファルハナ防衛戦―2

 硝煙が立ち込め、休むことなく銃撃音が鳴り続ける城壁に向かって、異形の軍団は走る。


 先頭にトロルを立てて、向かってくる二万を超える大軍は、城壁から見て、まるで押し寄せる津波のように見えた。


「撃てー! 撃ちまくれ!」


 シャヒードはただそう叫び続けていた。鉄砲隊の指揮はシャヒード、大型の兵器はドゥアルテが指揮と役目が分かれていた。


 押し寄せる魔物たちの津波。その先頭に立つトロルがカバーできない範囲を進むオーガやゴブリン、それに人間がバタバタと倒れていく。距離は既に三〇〇ミノルにまで迫っていた。ついに鉄砲の射程距離だ。


「大鉄砲、よーい!」


 ドゥアルテの声が銃撃音のはざまに聞こえると、砲手が着火の用意を始めた。弾と火薬はすでに装填してある。大鉄砲の射程は二〇〇ミノル。射程と言うより、おおざっぱに打ち込んで、二〇〇ミノル先で大爆発を起こすのがこの兵器だ。日本にあった大筒とは趣が異なる。


 倒れた魔物や人間を全く意に介さずに、ただひたすら城壁に向かって駆けてくる二万以上の異形の軍団。これほど恐ろしいものはない。


 モレノの弟子の一人が、鉄砲を手放し立ち上がって後退りした。


「おい、コーヴィン、どこに行くってんだ。ここを破られれば逃げ場のないファルハナだぞ。分かってるのか。とにかく、鉄砲を撃て。休むな!」


 モレノは怒鳴った。しかし、三〇〇人ばかりがいかに鉄砲をうまく当てようとも、最大で三〇〇体しか倒せない。実際のところ、一斉射当たり一〇〇体も倒せれば上出来だ。そして、敵は二万以上もいるのだ。城壁の上の兵や民間人たちに漂う絶望感はいかんともしがたかった。


 敵までの距離が二〇〇ミノルに達した、その時、ドゥアルテが右手を上げた。


「大鉄砲、撃ーーー!」


 ジンの故郷での重さの単位で四斤。イスタニアの単位で五テラグ弱もある球体が高速に射出された。射出の直後、轟音が響き渡った。


 弾は椎の実弾ではなく球形だ。三台から同時に撃たれたその一つが、向かってくる敵の最前列、トロルの真ん前の地面に突き刺さった。


 曲射弾道。水平に撃つのではなく、角度をつけて空に打ち上げるのだ。そうして、到達した弾丸は空から落ちてくる形になる。


 この大鉄砲の弾は魔道具だ。衝撃の伝達を遅延させる複雑な魔法が施されている。発射の衝撃から、弾丸の中に封じ込まれた大量の火焔石紛は爆発したくてしたくてたまらない状態になるが、これを遅らせる魔法が施されていたのだ。


 そして、地面に突き刺さって間もなくして、大爆発を起こした。


 もう二発もほんの一瞬遅れて爆発した。


 土煙が舞い、ぐしゃぐしゃになった大勢の魔物や人間たちが散らばる中、何ら躊躇することなくそれらを踏み越えて、後続の敵軍はさらに接近してきた。


 見た感じにはなるが、大鉄砲一発で三〇体ほど葬れたように見えたが、二万以上の敵には微々たる損害とも言えた。


「大鉄砲隊、再装填急げ! 仰角、下げ! スコーピオン隊、撃てー!」


 ドゥアルテが命じると、鏃に火焔玉を付けた巨大な矢が放たれた。


 スコーピオンの射程は一五〇ミノル程だ。すでに魔物の大軍はそこにまで迫ってきていた。


 鉄砲隊に対してはもはや命令するまでもない。装填しては撃つ、装填しては撃つ、の繰り返しだ。


 ここで一つシャヒードは大きなミスを犯してしまった。


 一五〇ミノルにまで迫る敵の先頭集団が巻き起こす土煙で気が付かなかったのだが、敵の人間の兵士の一部は城壁から二百ミノルのポイントで進撃を止め、膝立ちになって、鉄砲を構えていたのだ。


 その一斉射が城壁上のファルハナ兵を襲った。


 六名。その内四名が民間人。彼らが犠牲となった。鋸壁の凹部から顔を出して射撃していたのが仇となった。


「コーヴィン!!!」


 ヤダフが悲鳴のような声を上げた。


「ヤダフ! 後にしろ!! 鉄砲隊は電撃弾を用意。トロルを一掃せよ!」


 シャヒードは重い責任を感じながらも非情な言葉を発した。


 ヤダフもまた迫る魔物軍に向きなおし、射撃を開始した。


 電撃弾が発砲されると、前列の弾避けの役目を果たしていたトロルたちがいっせいに倒れた。



 ◇



 トロルは倒したが、敵の数は依然圧倒的だ。


 敵軍の先頭集団がついに城壁に取り付いた。なんの攻城兵器も持たない彼らは、城壁の石の隙間に指をかけてよじ登ろうとする。それしか方法がないのだが、城壁を守るファルハナ兵にとってはこれ以上恐ろしい光景はなかった。彼らは鋸壁の凹部から身を乗り出して、真下に射撃を始めた。


 そのとき、敵軍後方から突然二百体ほどのガーゴイルが舞い上がった。


「……上と下から、ってわけか」


 ラオ男爵、ガネッシュが呟いた。


「大鉄砲隊とスコーピオン隊は水平射撃に変更!敵の密集地帯を撃ち続けろ!」


 ドゥアルテが声の限り命じた。これまで曲射弾道。つまり放物線を描いて、出来るだけ遠くの敵に届くようにしていたのを、水平射撃に変更したのだ。


「鉄砲隊、目標をガーゴイルに変更! 剣に覚えのある者は抜剣して這い上がって来た敵を倒せ!」


 シャヒードもそう命ずると、自ら抜剣して、城壁まで上がって来たオーガの首を刎ねた。


 鉄砲隊の目標が二〇〇ミノルほど先で上空に上がったガーゴイルに集中すると、瞬く間に城壁に取り付く魔物たちが増えた。魔物たちは味方を踏み台にして、城壁を這いあがって来ている。


 まるで蝙蝠のように左右に揺れながら飛んで向かってくるガーゴイルに対する射撃は今のところ功を奏していない。


「止むを得ん……標的を城壁に上がってくる魔物に!」


 シャヒードがそう命じる前にも、すでに人々は真下に迫る魔物に対して発砲していた。


 その向こうの後続の魔物に対して撃たれる大鉄砲やスコーピオンは大きな戦果を挙げていた。水平射撃で撃たれた砲弾は、ひしめく様に迫る魔物や同化された兵士たちをぐしゃぐしゃにしながら転がり、そして大爆発を起こすのだ。一撃で数十体を葬っている。


 しかし、足元の状況は決して良くない。真下に向かって射撃を続ける鉄砲隊が仕留めた、負傷したり、死んだりした魔物や同化された人間が積み重なりつつある。


 まるで、死体の坂道が出来つつあった。その坂の最上部から鋸壁の凹部まで、すでにたったの二ミノルにまでなっていた。


 二ミノルと言えば、オーガなどが銃撃を逃れてその坂道の最上部までたどり着けたなら、ヒョイと城壁に上がってこれるほどしかない。


 ファルハナは圧倒的に強力な兵器を持ちながら、敵の物量にまさに押しつぶされようとしていた。



 ◇



「油だ! 油を使え!」


 ヤダフが突然叫んだ。


 工房では超高熱を生むときにだけ油を使うことがある。ヤダフは城壁に積み上がる敵の死体を油で燃やすことにより、敵が坂を上ってこれない状況を作るべきだと考えたのだ。


 しかし、敵も鉄砲を持っているという事前情報の為、可燃物の最たるものである油は城壁に用意していなかった。


「油など、ここにはない!」


 シャヒードが怒鳴った。


「バイスコーン、三人ほど連れて工房に走れ!」


 ヤダフは一番弟子であるドワーフのバイスコーンにそう言った。


「親方、どれくらい持ってきますか!?」


「この、あほう! あるだけ、もてるだけ、だ! 行け!」


 バイスコーンは力持ちの弟弟子三人に声をかけて、連れだってバタバタと南大門の階段を下って行ったが、南大門からヤダフの工房まではそこそこの距離がある。このままでは、油を持ってきたときにはすでに魔物に押し切られている可能性が高い。


「ヤダフ、油はいい考えだがな……しかし、間に合わんぞ、これは」


 ドゥアルテは南大門からヤダフの工房までの距離、それにこのドワーフの職人たちが馬に乗れないことを知っていた。


 すでに何体かのオーガが実際に城壁の上まで上がってきており、シャヒードが剣でそれを倒していた。もう猶予は全くないと言ってよかった。


 大鉄砲とスコーピオン、そして、三分の一は素人だが、三〇〇人の鉄砲兵は敵の半分をすでに倒していた。だが、まだ一万以上の敵が雪崩を打って、城壁上部に迫ってきていた。城壁前に出来上がった死体の山を足掛かりにして……。


 ファルハナ陥落は目の前に迫っていた。


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