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173. ウォデル奪還作戦―5

 陰湿な戦い。


 一言で表すなら、ウォデルの街中でエルロッドの民が展開した戦いはそう呼べるだろう。


 入街した兵たちに助けを求め、街の人気(ひとけ)のないところに誘い込み、取り囲んで殺す。エルロッドの民の特性上、こう言う戦いは得意中の得意だった。黒い魔力に覆われているウォデルにおいて、彼らは同じ意志のなかで行動できるのだ。これを連携と呼ぶのも、それは違う。連携どころか、彼らは同一意志で動いているのだ。


 しかし、四軍連合軍には圧倒的な戦力があった。少なくない被害を出しながらも、ついに抵抗する元住民たちを退けて、天守閣の入り口にまでやって来た。



 ◇



「我ら、エルロッドの民の目的はお前たちとの共存だ。決して敵対しようとしているのではない。なぜ、お前たちは我らに敵対するのだ」


 天守閣への入り口が開き、出てきた〈元〉ウォデル兵が言った。


「共存、とな。聞こえはいいが、同化ではないのか?」


 四軍連合軍の兵たちが槍や剣を構えて、エルロッドの民の声を届けに来た衛兵を警戒する中、進み出たリヨン伯爵は低い声色で冷静にそう問うた。


「同化? その意味はもちろん分かっているが、それのどこがお前たちの問題になるのだ? お前たちは自らの身体の形を保ち、意志を保ち、平和裏にこの招かれざる土地で生きて行けるのだぞ。それは恩恵や寛容であって決して敵対の理由にはならぬはずだ」


 まるで意味の分からぬ言葉にリヨン伯爵は返答が出来ずにいた。その間が空いたとき、マイルズはたまらず口を開いた。


「おいおいおいおい、何を言ってるんだよ、まったく。人の頭ん中を勝手に引っ搔き回しておいて、恩恵? 寛容? アホなこと言ってんじゃねぇよ!」


 マイルズはまくしたてた。


「お主の頭の中には入っていないはずだがな」


 衛兵はマイルズの高圧的な言い方をなんら気に留めることもなく、そう言い放った。


「俺自身の話をしてんじゃねぇ! お前も白虫に頭ん中無茶苦茶にされたんだろう? それで昔のお前にはもう戻れなくなってるんだろう? 俺はその話をしてるんだ」


「なるほど」


 衛兵はそう言った後、一瞬目を瞑った。


 そして、フッとそれを改めて見開いたときには、全としてではなく、個として話し始めていた。


「マイルズ将軍、お初にお目にかかります。俺はアジールと言います。将軍の勇名は聞いております! 一度、剣技の指導でも……」


 マイルズはいたたまれなくなって、衛兵の話を遮った。


「やめろやめろ! 猿芝居はいらん! ……伯爵。奴らに飲まれないでくれ。こうやって、乗っ取られた前の人格がまだ残っていることを主張しようとしてるんだよ、こいつら」


「……マイルズ、だが、私はこの者……アジールをよく知っておる。そして、アジールは剣技を真摯に追及する真面目で熱心な男だった。マイルズ、正直に言って、私はこの者が、まだアジールであるように思えてならぬ」


 ミルザ伯爵のその言葉に、アジールと名乗った、意志の代弁者は勢いづいた。


「ガラルド様! どうか、エルロッドの民と敵対しないでほしいのです。ガラルド様もエルロッドの民になればこの気持ちがきっとわかっていただけると思うのです」


 マイルズはミルザ伯爵を取り込もうとするこのセリフに対して、なんら影響されなかった。


「アジールとか言ったか? 伯爵が白虫に侵されることは、俺が伯爵を守っている限りありえない。いいか? 俺たちは敵対したくてしているんじゃない。お前らが街を攻めて、街の人々を同化したからこんなことになっているんじゃないのか? 侵略者を許さないのはこのウォデルだけじゃない。イスタニアの全ての人々がそうだ!」


「……侵略者、とな」


 マイルズの話への返答をしようとするアジールだったが、突然、彼はアジールであることを止めた。そして、意志の代弁者、いや意志の一部になった。それは彼の口調の変化で明瞭だった。


「侵略者の定義を聞きたいところだ」


 意志は侵略者という言葉に何か思うところがあるのだろうか。


「定義!? 定義なら言ってやるよ。お前は今アジールじゃなくて白虫の代表なんだろ? なら、聞け。侵略者とはお前たちのことだよ」


 マイルズは断定的にそう言った。


「面白い定義だ。なにがどうあれ、前後の関係などなく、我らエルロッドの民が侵略者と規定しているわけだな?」


 元、真面目な衛兵、アジールだった男は、本来の彼に似付かわしくない言い方でマイルズの物言いに抗議した。


「そうではないのか? 望まぬ人々にあの忌まわしい虫を飲み込ませ、脳を乗っ取る。それを侵略者と言わずして何と呼ぶ?」


 だが、その言い方に反応したのはミルザ伯爵だった。街とそこに住む多くの人々を奪われた彼も言わずにはおれない。


「丁度良い機会だ。こうも平和裏にお前たちと話せる機会があるとは思ってもいなかった。最初にはっきり言っておく。この星は元から我らの住処だった。お前たちが次元のはざまを通ってやって来たのだ。最初に獣人共が。そしてお前たちイスタニア人が後になってやって来た……」


「な、何のでたらめだ!?」


 マイルズが今は意志の代弁者となっているアジールの言葉を遮った。


「マイルズ、止せ。聞こうじゃないか」


 ミルザ伯爵はアジールに続けるように促した。


「貴公はこの男と違って聞く耳を持っているようだ。いいだろう。この広大な大陸、エルロッド大陸を縦断する森林地帯、お前たちが言うところの〈魔の森〉のことだ。我々はそこに住む先住民と共に悠久の時を過ごしてきた。お前たちがこの大陸にやってきてからは、イスタニアの各街にも昔から数人のエルロッドの民はいた。お前たちの情報を得るため、そして共存の道を探るためでもあった。だが、それが難しくなった」


「どうして難しくなったのだ? それに先住民とはなんだ? お前たちにとってイスタニア人も獣人も後から来た侵略者なんだろう」


「お前たちが〈魔物〉と呼んでおるのが先住民たちだ。彼らには食料がいる。大きな体を維持するためにはかなりの量の食料が必要だ。端的に言えば、それが難しくなった原因だ」


「流星落下か……」


「そうだ。魔の森を南北に貫く川がある。お前たちもその存在ぐらいは聞いたことがあるだろうが、名もつけることがない程、お前たちには縁のない川だ。魔の森はその川に沿って繫栄したが、今回の流星落下ではこの川が森に牙を剥いた。森は今、壊滅状態だ。元からいた野生動物も、次元のはざまからやって来て、魔の森で繁殖した動物たちも数がほとんどいなくなってしまった」


「それで我々を襲うわけか」


「そう決めつけるのではない。だからお前たちを殺さずに、我らの一部にしようとしているのだ。それをお前たちは拒み、我らの一部、エルロッドの民となった者を電撃魔法や新兵器で次々に葬っている」


「嘘を言うな。魔物たちが先に襲ってきて、人々を食いだしたのが始まりじゃないか!」


 マイルズはジンたちと共に生き残って来た道中を脳裏に浮かべた。それはこの意志を代弁するアジールの話とは全く異なる現実だった。


「ああ、それは分かっている。それは魔物たちの個としての行動だ。腹が減ればお前たちも食うだろう。それにこの土地はそもそも我らの物だ。そこにある食料を食べることを咎められることはないはずだ」


 さっきまでアジールだったそのエルロッドの民は、表情ひとつ、変えることなくそう述べた。


「そういうことか。つまり人は食料兼宿主だってことだな。どっちが侵略者であるかなど、もはやどうでも良い。人々を食料とみなす存在を俺は認めるわけには行かない。そんな連中に頭を乗っ取られるなんざ、まっぴらだ。伯爵、相互理解なんて甘いことを考えてるんじゃないだろうな? 自分たちの都合に合わせて乗っ取ったり食ったりする連中だぞ。戦うしかないじゃないか!?」


「マイルズ……」


 ミルザ伯爵はマイルズのようにすぐに白黒をつけられないでいた。意志となったアジールはさらに続けた。


「ミルザ伯爵、聞いてほしい。我らエルロッドの民は弱い。これ以上、苛めないでほしいのだ。〈全〉としての意志が保てさえすれば、我らはお前たちと敵対する理由はない。伯爵が共存の道を選ぶのであれば、今行っている穀倉地帯でのサボタージュもやめよう。これもイスタニア人の形を取った我らにとっては自分たちで自分たちの首を絞めるようなものだ」


「……少し、時間が欲しい」


「そうしてくれ。城内にいるイスタニア人の形を取った者たちの食料はお前たちの食料と同じだ。なにもお前たちを取って食ったりはしない。城内の我らは一切の戦闘行為を二日間中止する。その間に互いにとって良い結論を出してほしい」



 ◇



 ウォデルの天守閣を取り囲む四軍連合軍に指示が出された。


 ひとつ、一時停戦。ひとつ、四軍連合軍は街の中の空き家をキャンプとする。ひとつ、ウォデル住民との接触は厳に禁ずる。


 一度矛を収めることになった四軍連合軍だったが、天守閣は占拠されたままである。ウォデルの領主として、ミルザ伯爵はこれをそのままにする気は毛頭なかったが、この停戦が終戦となって、天守閣が返還された後、エルロッドの民と、まだ人間である街の人々と隔離したうえで、生活を行うことが可能かどうかを考えていた。


 魔物の形を取るエルロッドの民はすでに西に退却していた。問題となるのは、人でなくなった元住人たちだ。どの程度の街の人がエルロッドの民になっただろうか。


「まあ、そうじゃのう。ざっと見た感じ、三人に一人は人ではなくなっておるな」


 イクバルと名乗った魔力の見える(めし)いの老人はキャンプとなった空き家の二階の窓から通りを歩く人々を見ながら言った。


「そんなにか……」


 リヨン伯爵は驚きを隠せない。


「それに、停戦は本当の様です」


 エルロッドの民の声を聞くことが出来る中年の冒険者、フサインは、後ろ手に手を縛られながらそう言った。


「今、声が聞こえるのか?」


「はい。『一切の戦闘を二日間起こさない』そう言っています」


「ふむ。……ミルザ伯爵は共存の道を取りたいのか?」


 リヨン伯爵は隣に立ち、窓の外を眺める青年期に入り始めたばかりの年若いミルザ伯爵の意志を確認した。


「はい。リヨン伯爵は彼らの話を聞きましたか? あれが本当なら、共存の道を取らねば、この地獄はいつまでも続きます。私が知りたいのは、彼らが我々イスタニア人全てをエルロッドの民に変えようとするか、そうでないか、の一点です。全ての人々をエルロッドの民に変えるつもりでないのならば、人間の体を持ったエルロッドの民とは共存できるはずなのです」


「して、その意思をどう確認する?」


「私はフサインを信用しようと思います。フサインを傍に付けて、彼らと相対(あいたい)しようと思います」


「奴らが嘘を言えばわかる、というわけか」


「ええ」


 ミルザ伯爵は期待して、そう応えたが、それに対してフサインが口を開いた。


「ミルザ伯爵、それは無理だと思います」


「無理、なのか?」


「意志の考えていることと声になる指示は異なります。私には彼らの考えていることは分かりません。意志共同体の一部ではない、という事だと思うのですが」


「ただ、例えば、会見の場で私を殺そうとする場合、フサインには意志の指示が声となって聞こえるのだろう?」


「ええ、伯爵、それは間違いありません」


「なら、それだけでも十分だ。フサイン、頼んだぞ。それにマイルズは会見の場での護衛を頼む」


「くそっ! 伯爵、なんでそんな考えに至ったんだ!? 俺は伯爵の家来だから、伯爵が決めたことには従う。だが、言っておくぞ。絶対に後悔することになるぞ!」


 マイルズは悔しさをにじませた表情でミルザ伯爵にそう告げた。


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