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170. ウォデル奪還作戦―2

 四軍連合軍は朝五つに、ウォデル西門からニノルほど西に離れた〈芋の道〉上の陣を出た。


 進む連合軍の将兵の目に、ウォデルの西正面の城壁が間近に迫って来た。


 フエンテス将軍麾下の新アンダロス王国軍の鉄砲隊二千が城壁から三〇〇ミノルのポイントで進軍を停止して、射撃体勢に入った。


「当たるかよ!」


 その様子を見ていたバルタザールの銃騎兵隊の一兵卒が呟いた。


「まあ、お手並み拝見と行こうじゃないか。向こうは銃身の長い旧式だ。命中率は俺たちの鉄砲よりいいらしいしな」


「ふん! 三〇〇も離れて、しかも鋸壁(きょへき)に隠れた弓兵を一人でもやれたら俺は驚くね!」


 銃騎兵の二人がそんな会話をする中、フエンテス将軍麾下の鉄砲大隊長の号令が響いた。


「構え! ()~~~~!!」


 煙を上げて、二千丁の旧式ミニエー銃が火を噴いた。


 しかし、敵弓兵たちは鋸壁の凸部に隠れて、そもそも姿を現していない。それは当たり前の行動だった。弓矢の射程は二〇〇ミノル。敵軍、つまりフエンテス将軍麾下の鉄砲隊が三〇〇も離れているのに、自分の身を晒すわけがないのだ。


「やめさせよ、フエンテス将軍! 弾薬の無駄だ!」


 馬上のリヨン伯爵はその様子を見て、怒気を込めてそう言った。


「はい、伯爵、これは挨拶代わりです」


 苦し紛れにフエンテス将軍はそう応えた。


「そうとでも言えば聞こえが良いが、私には弾薬の無駄にしか見えない! 二〇〇ミノルに迫るまで弓兵は隠れて出てこないだろう。二〇〇に迫った時に、弓兵が鋸壁の凹部に出てくるだろう。そのタイミングでどれだけ倒せるかが鉄砲隊の腕の見せどころじゃないのか!?」


「は、はい、伯爵のおっしゃる通りです。伝令! 弾を装填して、全軍と共に城門まで二〇〇ミノルに進出!! 敵、弓兵が鋸壁凹部に出てきたところを各自自由射撃で捉えよ!」


「「「はっ!」」」


 馬上の将軍や伯爵たちが集まる指揮系統の中心から、伝令が新アンダロス王国軍鉄砲隊二千人の大隊長に向けて走り始めた。



 ◇



 かくして、連合軍がウォデル西門から二〇〇ミノルに達したあたりで、弓矢と弾丸の交換が始まった。


 矢と弾丸のスピードには差がある。


 矢が届く前に、弾丸は敵兵を捉える。


 それでも、お互い、射程範囲にいる。鉄砲隊は遮蔽物がない点で不利だった。威力に勝る鉄砲だが、矢も当たれば負傷したり、悪くすると死ぬ。


「フエンテス将軍には悪いですが、この瞬間と言うのは我ら銃騎兵隊にとって大チャンスなのではないでしょうか?」


 バルタザールが小声でリヨン伯爵にささやいた。


「ん? どういうことだ、将軍?」


「ええ。奴らは銃騎兵隊の存在を知らない可能性があります。我らが今、騎馬突撃を行えば、フエンテス将軍の鉄砲隊との打ち合いに熱中している敵は我ら銃騎兵隊の速射に対応できない気がするのです」


「ただ、向こうも将軍の隊に矢を放ち始めるぞ?」


「当たるもんですか。我らは神速を旨とする騎兵ですぞ。しかも、今なら奴らはフエンテス将軍の鉄砲隊との打ち合いに精一杯です。高速で動く我々に矢を当てられるとは思えません。その上、今なら、鋸壁の凹部にかなりの数の弓兵が頭を出しているはずです。最低でも一撃だけでも食らわせれれば、かなりの弓兵を倒せます」


「なるほど……将軍、頼んでよいか?」


「ええ。そのための銃騎兵隊です」



 ◇



「ゴ、ゴブリン!」


 バルタザールは、西門近くにまで突撃しながら、城壁上にいる弓兵が見えるようになってくると、驚愕の声を上げた。


 人間しかいないと思っていた弓兵の中にはゴブリンもいた。


(記憶や経験すら共有されると聞いていたが、こんなことまでできるとはな。あ奴らをイスタニアから追い出さねば、本当に未来はないな)


 バルタザールはそう思った。下等な魔物であるゴブリンが矢を放っているのだ。


『全にして個、個にして全』


 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


「くそっ! 白虫どもを皆殺しにしろ!」


 よくよく考えると帝国の魔導騎士というのは強力な存在だな、とバルタザールは突撃しながら思った。彼は今、それが欲しいと思った。魔導士が馬で高速に敵の間合いに入り込んで、電撃魔法の一撃を放てば、鋸壁など何の役にも立たない。凸部に隠れていようが、逃れようのない魔法が白線虫を瞬殺するはずだ。


(ないものねだりというやつか。俺は自分の兵力でこいつらを倒すしかない。なんたって現状イスタニアの最強兵力だからな!)


 この一万、いや半分は北部穀倉地帯に彷徨う浸透した魔物の索敵殲滅に当てたため、半分の五千だが、それでも、現状のイスタニアにあって、モレノ式突撃銃で訓練された大隊規模の騎兵など、どの勢力も今は持っていなかった。まさにイスタニア最強兵力なのだ。


「突撃、のち散開、城門より三〇〇ミノル離れた街道上で再度集合、再突撃、これを繰り返すぞ! 決して近寄りすぎるな!」



 ◇



 バルタザールの銃騎兵の波状攻撃で、城壁からの敵弓兵の圧力はかなり下がって来た。


「城門破壊部隊、前に!」


 フエンテス将軍の号令に、十二人の盾持ちと魔導士一人がウォデル西門に対して歩き始めた。


 かなり圧力が減ったとはいえ、まだ健在の敵弓兵からの矢が盾持ちの盾に刺さる。


「あと、二〇〇ミノル以上進まないと、門に氷柱はぶつけられんぞ!」


 かつて、フィンドレイ将軍がファルハナを攻める際に用いたシュワバーと言う魔導士は一〇〇ミノル先から氷柱をファルハナの城壁にぶつけることに成功したが、今、盾持ちの防御のドームの中にいる男、レイエスはとてもではないがそんな遠距離から大質量の氷柱をぶつけることなどできなかった。


 彼が出来ると自信があった質量攻撃は、城門まで二十ミノルに近づき、上空、高度二十ミノルに巨大な氷柱を生成する。それを位置エネルギーと共に、斜め下にある城門に落とすことだった。


 シュワバーのように一〇〇ミノル先に氷柱を生み出し、それを自らの魔力で加速させるなどと言う芸当は出来ない。


「あと二〇〇ミノルも進むなんて無理です。敵の弓兵の鼻毛の数が見える距離ではないですか!」


 降りかかる矢を必死に盾で防ぐ盾持ちが愚痴た。


「だが、それが任務だ。心配するな。奴らが我々に矢を射かけようと思えば、鉄砲の的になる。我々が近付くにつれて、奴らも数を減らすはずだ。進むぞ!」


 レイエスは決して強力な魔導士ではない。ここで大きな手柄を立てて、新アンダロス王国の王宮内での立場を確固たるものにしたかった。それに彼が言っていることは正しい。彼らが進む間にも、後方にいる鉄砲隊は射撃を続けていた。


 しかし、盾のドーム内にいる彼らにとって、遠くで聞こえる銃撃音よりも、盾に突き刺さる敵の矢の音が大きい。


 タン、タン


 こうやって盾のドーム内で会話している間にも、城壁から放たれる矢が盾にどんどん突き刺さっている。


「し、しかし、敵の攻撃が止むような気配がありません」


「我々は今、非常に良いおとりになっておるのだ。我々を倒すために敵弓兵が鋸壁より顔を出す。そこを狙って鉄砲隊が奮戦しておる。今しばらく、耐えよ!」


 レイエスは盾持ちたちを励ます任務など背負った覚えはなかったが、今や、彼らの勇気は自分の命、それに、成功した時に得られる名声に大きな影響を与えるのだ。励ましながらでも進むしかなかった。


 タン


 また、矢が盾に刺さった。しかし、先刻よりはその頻度が減っているようだ。銃声が断続的に聞こえる。銃声で、鉄砲隊が城壁の弓兵たちに射撃を加えていることは知ることが出来たが、その銃声がする頻度も減ってきている。


「敵弓兵はほぼ沈黙しているようだぞ! あと三〇ミノル! 進むぞ」


 レイエスの声に盾持ちたちも応えた。


「「「お、おおー!」」」


 彼らはついに、それこそ敵弓兵の鼻毛の数が数えられる位置にまでやって来た。城壁から三〇ミノル。当然、実際には鼻毛は数えられないが、盾のドームを解いて、城壁を見ると、弓兵はもはや誰も立っていなかった。


(よし!)


 レイエスは気合を入れると、氷魔法を発動する詠唱を始めた。準備詠唱を終えて、発動の詠唱を声高に行った。


「グラキィエース・アパーレ!」


 レイエスの頭上、二十ミノル。

 周囲の大気中の水分を急速に集めながら、氷柱が育っていく。


 レイエスの額に汗が浮かぶ。必死に魔力を集中させている。


 フィンドレイ将軍一味のシュワバーの能力とは似ても似つかない。シュワバーはほんの一瞬で氷柱を空中に生成したが、レイエスは必死に魔力をひねり出し、時間をかけてそれを行っている。


 それでも太さ一ミノル半、長さ五ミノルほどの巨大な氷柱が空中に出現した。


「イーテ、デレンデ!」


 レイエスがそう叫ぶと、氷柱は位置エネルギーも借りて、急速に加速した。


「「おおお!」」


 盾持ちたちが感嘆の声を上げた。レイエスは、魔導士としての力はシュワバーに及びもつかないが、盾持ちたちにとってそんなことは分かりようもない。


 魔法は見る者に脅威に映る。


 氷柱は城門に命中した。


 無数の氷片が周囲に飛び散り、城門の木材や補強材の鉄の梁の破片なども盾持ちの近くにまで飛んできた。城門は破壊されたことは明らかだったが、土煙が上がっていて、城門の向こうの様子は見えなかった。


「破ったな! よし、突撃だ!」


 城門より二〇〇ミノル後方で鉄砲隊の督戦をしていたフエンテス将軍が叫んだ。


 その時、土煙のもやの向こう、破った城門の向こうで、禍々しい炎の塊が、ポッと現れた。


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