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異空の侍 ~転移した会津侍の異世界冒険譚「絶対に会津に帰る!」~  作者: 大倉小次郎
ファルハナの街-新しいお仕事編
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17. ファルハナの街

 街道は街の門に通じている。街道に沿って丘を下って行くと、街の門がいよいよ目前に迫って来た。


 ニケは少し昂りつつ、門の方向を指差しながらジンを振り向いた。


「ジン、街だよ!」


「ああ、そうだな!」


 ジンも会津若松の城下町を思い出して少し気持ちが昂ってきていた。


 一行は門に差し掛かると、門扉は開いたままだったので、ただ、それをくぐっていった。

 ジンやニケは門番や衛兵がいて、何やらチェックを行うんだろうと漠然と想像していたが、誰もいないのだ。


「なんだ、検問とか何かを予想していたんだがな」


「だね。こうあっさり通れると逆に何かあるんじゃないかって考えちゃうよ」


 ニケも不審そうな顔をしながらあたりを見渡してみたが、特に何もなかった。


 そんな微妙な不信感を持ちながらも、門をくぐると、そこは広場になっていて、広場からは幅の広い大通りがずっと鐘楼まで続いている。

 大通りの道幅は一五ミノルほどもあり、これがこの街の目抜き通りのようだった。


 にしては、人が極端に少ない。五万人も住む都市の目抜き通りにしては、見る限り数人しかいないのだ。


「なんだか寂れているようだな。……かと言ってこうしていても仕方がない。ニケ、とりあえず、宿を探すか?」


 もちろんジンはこの街の異常を察知していたが、少なくとも人がいることで宿は確保できるだろうと踏んでいた。


「そうね。あ、ジン、あそこ! 宿みたいだよ!」


 ニケは大通りの少し先にベッドを意匠にしたブラケット看板を見つけた。


【ブラケット看板:商店の入り口ドアの上に突き出た金属棒に吊り下げる形の看板】


「ベッドの絵だから、宿屋だよね?」


「ああ、そのはずだ。行ってみよう」


 ジンは馬とツツをどうするべきか、少し考えていたが、考えるより行ってみた方が早いと思い直し、大通りに面するその宿の扉を開けた。


 ドアについていた呼び鈴がカランコロンとなった。きっとこれで宿の係りの者が出てきてくれるはずだ、と思いながら、扉を抜けたところでジンはじっと待っていた。


 ニケは馬二頭をとどめておかないといけないので、入り口の外でツツと待っている状態だった。


 待っても待ってもいっこうに誰も来る気配がなかったので、ジンは少し声を張り上げた。


「誰かおられるか? 宿に泊まりたいのだが」


 すると、ギィと音がして、カウンターの奥にあるドアが開き、カウンタートップからおよそ頭一つ分だけ背が高い、言い換えればカウンタートップに顔だけが飛び出るくらいの背丈の老婆が、面倒くさそうに出てきた。


「客かい?」


「ああ、宿を探していてな」


「一人一泊一〇〇ルーンだよ」


 老婆は無愛想に告げた。


「え? 高くないか?」


 ジンは驚いた。手持ちは二二〇〇ルーンしかない。ニケと二人だと十一日しか泊まれないではないか。


「飯つきだからね。今、誰も泊まっていないから、お前たちのためだけに儂が飯を用意せんといけん。面倒くさい。値段が気に食わないなら他に行っとくれ」


「他は一〇〇ルーンより安かったりするのか?」


 ジンはそう訊ねた後、なんとも間抜けな質問をしたものだと自分でも思ってしまった。


「は! それを儂に訊くかね!? ……安いかもしれんし、高いかもしれん。

 辺境伯がいなくなってしまってから、この街は見ての通りすっからかんさ。

 商人もこんな危ないところにめったに来ないもんだから、物がない。

 来る商人は危険を冒してまで来てるもんだから、決して安くは卸してくれないのさ。

 物の仕入れ値がいやんなるほど高いのさ。一泊一〇〇ルーンでも飯付きだと大して儲からないんだ。面倒くさい方が先に立つね」


 老婆はそう告げると、気に入らないならさっさとほかに行ってしまえ、と言わんばかりに手を振ると、カウンターの奥の扉の向こうに戻るべく歩き始めた。


「いや、すまない。旅の者で街の状況がよくわからんもんでな。さっき、危険、と言ったが、この街は危険なのか?」


 老婆は戻りかけた歩みを止めて、ジンを振り返った。


「そうさね。野盗や匪賊の類は街の周りにゃうろうろしてるよ。街の中でも自警団を持たんものは財産や商品を略奪され放題さ」


「おかみはそうは見えんが。ご老体一人で宿をやっているのだろう? 自警団の姿なぞ見えんが」


 ジンがそう言うと、老婆は少し笑みを浮かべた。


「儂はもういつ死んでもええからの。野盗なんぞ怖くもない。それにここには何もないからのう。誰も襲ってはこんのよ。ひひひ」


「おかみ、俺と獣人の併せて二人、それに狼と馬二頭。泊めてくれんか? 厩舎はあるか?」


 ジンはそのあたりの事情はもうこれ以上聞いても仕方がないことを悟り、必要なことを訊いたのだ。


「お前さんと獣人は二人じゃ。あと、ケモノたちは一頭あたり一泊五〇ルーン。

 それでも良ければ、今、厩舎にはほかの馬はおらん。適当に使ってくれたらええ」


 ジンは頭の中でそろばんをはじいた。けもの三匹で一泊一五〇ルーン、人間や獣人は一泊で一〇〇ルーンなので、ジンとニケで二〇〇ルーン。併せて一泊三五〇ルーン。


 六泊でいっぱい、七泊でお金が足りなくなる。しばらく沈黙して後、ジンは切り出した。


「おかみ、あいにく手持ちが少なくてな。だが、こういっては何だが俺はなかなか強い剣士だ。なにか仕事はないか?」


「お前さん、儂はさっき言ったじゃろうが。儂はいつ死んでもええ。だから用心棒の類はいらんのじゃ」


 老婆はそういったものの、この真面目な異国風の男にだんだん興味が沸いてきていたので、思わず助言してしまった。


「じゃがのう、この表通りから離れて四半ノルほど西に行ったところに冒険者ギルドがまだやっておる。そこに行けば武辺者の仕事があるやもしれん。五〇〇ルーン程度だと一日の仕事で賄えるかもしれんよ」


「おお、それはありがたい。ひとまず、一泊三五〇ルーンの三泊分、一〇五〇ルーンを支払おう。仕事がうまくいかないこともあるだろうから、そのときの路銀も少し残しておきたい。とりあえず、三泊分ということにしておいてくれ」


 ジンはそういって、麻袋からじゃりじゃりと小銭を取り出し、カウンターに置いた。


「ついてきな」


 相変わらず面倒くさそうではあるが、老婆は案内し始めてくれた。


 ジンが老婆について外に出るとニケとツツ、それに馬たちが合流して厩舎に向かった。厩舎は馬が十頭ほどもつないでおけるほどの規模があり、この宿は辺境伯が治めていたころにはそれなりの賑わいがあったことを偲ばせた。


「ツツ、悪いがここがお前の宿だ」


 ジンはツツにそう言うと、ツツはそれになんとも思わないかのように藁が一番多い馬房に入っていくと前足で藁を掻いて集め始めた。


(寝床の整備、ってわけか)


 ジンはツツの理解力が人間の子供などはるかに超えるのを改めて思い知った。

 老婆もそんな様子を見ていた。


「けものたちはこれでいいかい?」


 そして、来た道を戻り、宿の玄関に戻ってきた。ジンとニケも黙ってそれに続いた。

 ジンたちは階段を登って最初の部屋に案内された。他に誰も宿泊客がいないことで、一番カウンターからアクセスのいい部屋を割り当てられた形だ。


「ここがお前たちの部屋さ」


 ジンとニケは老女に続いて、入っていった。

 部屋にはベッドが二つあり、二つのベッドの間には出窓があった。出窓には魔道具と思しき時計がおかれていて、ちゃんと今の時を刻んでいた。

 それに、床もそこそこ清潔に保たれていた。


「おお、なかなかいい部屋ではないか、おかみ」


 ジンは素直に喜びながら老婆に言った。


「ああ、ちゃんとした部屋さ。飯はここで食べずに下の食堂に来るんだよ。朝食は朝七つ(午前七時)、昼は昼後一つ(午後一時)まで。夜は昼後七つ(午後七時過ぎ)までに来る。わかったね。来ないと飯抜きだ」


「ああ、わかった」


 ジンは森の中やグプタ村ではまったく時間を気にする生活をしていなかったが、会津若松や伏見にいたころの時間で行動が決まる生活には慣れていたので、特に違和感はなかった。


 が、ニケは少し不満そうにしている。ニケはアスカにいたときも森にいたときもそんな生活などしたことがなかった。それで、少し不満げな顔をしていた。


「どうした、ニケ?」


 ジンは小声だ。


「時間になってもおなかがすいてないときはどうするの?」


 ニケも小声で返した。


 老婆はそれをしっかり聞いていて「おなかがすいてないんなら食わなきゃいいじゃろ!?」と愛想もへったくれもなかった。


 ニケはぶすーっとしながらも従うしかなかった。森の生活とは勝手が違うのだ。

 そんなニケにジンは話題を変えてみた。


「ニケ、荷物を置いて、冒険者ギルドとやらに行こう。な?」


「うん」


 ニケは短く返すだけだった。

 ニケにとって期待して入ってきた初めての人間の街はなんともがっかりさせるものだったのだ。


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