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166. 森の中の戦い―2

 エノクが下に下りると、すでに壁守(かべもり)たちがファウラーとツツを取り囲んで、ポーションで治療をしていた。


 アスカのポーションはイスタニアの物より圧倒的に性能が良い。


 それでも全身を強打して、その上、十ミノルの高さから落下したファウラーとツツは目を醒まさないでいた。


「どいて!」


 エノクはコモン語でそう言うと、オカリトの街でジンたちと別れた時にニケから渡されたポーションを腰のポーチから取り出した。


「ファウラーさん、飲んで!」


 意識のないファウラーの首、抱きかかえて、仰け反らせると、喉を強制的に開放させた。そこにポーション注ぎ込むのだ。


 エノクはアンプル一本分をファウラーの喉に注ぎ込むと、すぐにツツを抱き上げた。


「ツツ、頼む、死ぬな! リアが泣く!」


 ツツはぐったりして動かない。マズルの外にだらりと飛び出した舌が、地面について、土が付着している。


 エノクはそんなツツの首を抱き上げると、ポーションのアンプルごと、手首をツツの喉に突っ込んだ。


「ファウラーさん、ツツ、頼む!!」


 願いが通じたかのように、ファウラーが軽く(むせ)て、意識を取り戻した。


「ファウラーさん!」


「……今回こそ死んだかと思ったがな」


 ファウラーは弱弱しくそう言ったが、体は起こせそうにもなかった。ツツはファウラー以上に深刻な状況だった。


 ポーションは決して生き返りの薬ではない。死んだ生物には効かない。ツツの心臓はすでに動きを止めていた。


「どけっ!」


 そんな様子を見ていた狼の獣人の壁守が、ニケのポーションをツツに注ぎ終わったエノクを突き飛ばした。


 狼の獣人はツツの心臓の辺りをリズミカルに押し始めた。


「な、なにを!」


 突き飛ばされたエノクが狼の獣人に食ってかかった。


「うるさい! 黙ってみてろ!」


 獣人は幸いにしてコモンが出来るようだった。


「兄弟! 死ぬんじゃねぇ!」


 そう言いながら、ツツの胸の辺りを何度も何度も押している。


「ツツ! 帰ってきて!」


 エノクが叫んだそのとき、ツツは横たわった体勢で痙攣すると、ググっと背中を逸らせ、両前脚を突っ張った。


「ツツ!」


 ツツは目を開くと、弱弱しく立ち上がって、ブルブル、と一度体を震わせた。



 ◇



 壁の上の戦況が落ち着いてきたようだった。


 エノクが最大の脅威であるトロルたちを倒したことで、残りの敵戦力はオーガやゴブリンたちのみになったのが大きかった。


 パートゥ・ロアは強固だ。いくら数をそろえようとも、トロルのように大きくなければ、あるいは攻城兵器でもなければ易々と破れる物ではない。


 魔物軍を操る者―そんな者がいると仮定して、の話だが―からすれば、予想外の鉄砲の出現だっただろう。イスタニアでは鉄砲の戦力と散々対峙してきたが、まさかアスカで鉄砲を持った敵が現れるとは思ってもなかったはずだ。


 エノクの持っていた、たった一丁の旧式ミニエー銃が戦況を完全に変えたと言っても言い過ぎではない。


「よくやってくれた」


 壁守の狼の獣人がエノクに言った。


「いえ、ただ、必死だっただけです」


「俺はカノだ。お前は?」


「エノク、と言います」


「エノク、お前たちはなんでこんなところまで来た?」


「それは……南に行きたいからです」


「南? ウィドナか? 向こうは魔物の国だぞ?」


「知っています。でも魔物だけではないはずです。まだ魔物と戦っている人々もいるはずだし、それに、問題を完全に解決するにはウィドナに行かないとダメなんです」


「そうか。お前たちならばあるいは……」


「行かせてくれるんですか?」


「いや、俺の一存では無理だ。壁の向こうからも、向こうへも、誰も通してはならんと総長ははっきりと命じている。それは俺たち壁守にとっては絶対の命令だ。……だが、しかし」


「しかし?」


「うん。お前たちが総長に会う手はずぐらいは取ってやれんこともない」


「いいのですか?」


「南に行けるかどうかの約束は出来んぞ? だが、この戦いの報告に俺が総長府に行くことになる。その際に総長に訊いてみることだけは約束しよう」


「ありがとうございます!」



 ◇



 ファウラーとツツの体調は完全とは程遠い状態だった。そのため、魔物の攻撃のあった付近の壁守の家で、ファウラーとツツを休ませて、ロッティとスィニードはその世話に当たることにした。


 エノクは一人、狼の獣人、カノについて総長府に出向くことになった。会えるかどうかは分からないが、会えることになったときに総長に南へ行く目的を説明できる者がいなければならない。エノクがその役目を背負うことになったのだ。


 総長府へはパートゥ・ロアの上を歩いて行けばいい。来るときは森の中を歩いて時間がかなりかかったが、通路を歩くカノとエノクの二人は、一日もかからずしてオカリトに戻って来た。


(ジンさんたちはどこにいるんだろうか……)


 オカリトに戻って来たエノクは、ジンの所在が知りたかった。


 もし、まだ壁の向こうに行けていないのなら、ここ、オカリトの街にいるはずなのだ。


「エノク、この詰所で待っておれ。俺は総長に報告に行く。お前たちのことも総長に訊いてみるからな」


「はい、お願いします!」


 エノクが待つように指示された詰所はパートゥ・ロアがオカリトの街に繋がるポイントに建っていた。建っている、というより、パートゥ・ロアとオカリトの街の城壁の連結ポイントがこの詰所だ。


 詰所は決して広いわけではないが、この巨大な防衛施設の重要なポイントという事もあって、兵の出入りが非常に活発だった。


 詰所の壁には無数の槍や剣が立てかけてあり、兵たちはその武器を取って行ったり、預けたりしている。そんな兵の詰所の片隅にある丸テーブルにエノクは独り、座っていた。


 エノクがここで待ち始めて二ティックは経過しただろうか。彼は出たり入ったりする獣人の兵士たちを眺めているうちに、強い睡魔に襲われた。これは仕方のない事といえる。長い旅の挙句、戦闘に参加して、たった一日休んだだけで、とんぼ返りで、また長い距離を歩いてまた街に戻って来たのだ。戦いの緊張感が解け、疲労が一挙に襲ってきたとして、若いエノクにとっては自然なことだった。


 睡魔に半分身を任せつつ、出入りをする獣人の兵たちをぼーっと眺めていたエノクだったが、兵たちの中に見慣れた姿を見つけて、眠気は一瞬でなくなった。


「ジンさん! リア!」


「エ、エノク? なんであんたがこんなところに!?」


 エノクはジンとリアの名だけ呼んだが、そこにいたのはジン、ニケ、ノーラ、マルティナ、ナッシュマン、カルデナス、チャゴ、それにリアの八人全員だった。


 ジンたち八人が同時にエノクに訊いた。


「「「他のみんなは!?」」」


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