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165. 森の中の戦い―1

「クアタエ、テ、ホアリリ!!」


「ホアリリ!」


 アスカ語の絶叫と、矢が唸る音が、ファウラーたちのすぐ真上で聞こえる。だが、全ては壁の上と向こうで起こっていることだ。一切状況は見えない。


「くそっ! 白虫どもが来てるってのに、俺たちは糞の役にも立たないってのか! 壁の向こうはいったいどうなっているんだ!?」


 ファウラーは口汚く罵った。


「どうやら、ここだけにかなりの数が押し寄せているようだな。オカリトの街を()くのではなく、ここを貫く気だ。こんな森の中の壁に、戦力を集中させているようだ」


 ナウブは声が聞こえるだけに分析が明瞭で冷静だ。


「こんな数の壁守(かべもり)だけでそれを支えるってのか、無理だろ!?」


 ファウラーはどう考えても五十ミノル置きに建てられた住居から壁の上に出撃した壁守たちだけで魔物たちを撃退するのは無理に思えた。


 低い、地鳴りのようなトロルの唸り声が聞こえた。


「くそっ! トロルもいるじゃねぇか!」


「ファウラー、うちらもやるよ!」


 ロッティが背中から弓を取ると、壁守の家に入って行った。スィニードも彼女に続いた。


「確かに。今は遠慮するときじゃねぇな。ナウブ殿、エノク、ツツ、行くぞ!」


 ファウラーがそう言って、スィニードに続くと、皆、壁守の家に入って行った。半球状の家の奥には、平らな壁がある。どの壁守の家も造りは似たり寄ったりだ。家の奥にある平らな壁はパートゥ・ロアの壁面だ。


 ファウラーがパートゥ・ロアの中に入ると、すぐに梯子が目に入った。すでにロッティたちが見当たらない。もう梯子で上に上がったのだろう。


 ファウラーも急いだ。梯子を上り切った彼に、壁の向こうの景色が広がった。


 見渡す限りの大森林。


 木々の間に頭一つ飛び出すトロルたちが見えた。


「エノク! 早く上がってこい!」


 エノクが一丁、旧式の先込め式の鉄砲を持っている。弾丸は六十発程度しか持ってきていないが、ジンたちと別れた時に狩猟用に持ってきていたのだ。


 すでにロッティとスィニードが鋸壁の凹の部分から木々の間に見えるオーガやゴブリンたちに射かけている。これまでの対魔物戦と異なるのは、敵の中に獣人たちが混じっていることだ。熊の獣人や狐の獣人、それに猫の獣人も見える。


「くそっ! やりにくいったらありゃしねぇ」


 魔物なら遠慮なく眉間を打ち抜くロッティだが、相手が獣人となるとさすがに気が引ける。だが、今や彼らは人であることを止めているのだ。そう言い聞かせながら、矢を次々に放っていく。


「助かる。お前たち、強い」


 このあたりの壁守の一人だろう、猫の獣人の若い女がそう言った。


 普段は五十ミノル置きに自分の担当範囲を持つ壁守たちも、ここ一点に魔物が集中していることを悟って、どんどん壁上部の通路を伝って集まり始めていた。


 この場所を魔物が集中攻撃ポイントに選んだ理由は明らかだ。ここだけ、壁北側の地面が盛り上がっていて、一番盛り上がった地面から、壁の一番上まで五ミノルほどしかない。トロルなら、その太い腕を振るいさえすれば、十分に壁の上にいる壁守たちを薙ぎ払える高さだ。


「トロルを近づけるな!」


 ファウラーがそう叫ぶと、エノクは額に汗しながら、トロルの額に狙いをつける。


 バーン!


 魔物の唸り声と、壁守たちのアスカ語の叫び声だけが響く静かな森の中で、鉄砲の発砲音が響き渡った。


 エノクの放った弾丸は見事に二十ミノルほど先にまで迫っていたトロルの眉間を貫いた。


 バリバリと木々を倒しながら、トロルの巨体が仰向けに倒れた。


「オオオオ!!!」


 壁守たちがどよめいた。


「エノク、弾込め、急げ!」


 スィニードが、命中して茫然としているエノクを我に帰した。


「あ、ああ! 分かってるさ!」


 エノクは必死に弾を込める。


「敵はこのポイントが目標だ!」


 ナウブには敵の指示がはっきりと聞こえる。壁の前で盛り上がる小さな丘。ここが敵の目標地点になっている。その目標地点になっている壁の上にファウラーたちは陣取っていた。壁守たちも集まってきて、弓矢を放っている。しかし、弓矢がトロルに無効なのはここアスカでも同じだ。


「マルティナを連れて来ておけばよかった!」


 ファウラーはそう愚痴たが、今更詮無きことだ。


「撃つよ!」


 次弾の装填を完了したエノクが鉄砲を構えた時、一番近い距離にいたトロルはすでに壁から五ミノルほどにまで迫っていた。


(頼む、エノク、外すなよ!)


 声に出して言いそうになったファウラーだったが、その言葉を飲み込み、ただ、祈った。声に出せば、エノクの集中力を削ぐだけだ。


 バーン!


 至近距離だ。外しようがないはずだったが、弾は眉間から逸れて、トロルの右目を貫いた。結果、弾丸はトロルの脳髄に到達したようで、そのトロルは前のめりに倒れた。


「急げ! 次弾装填だ!」


 ファウラーはそう言いつつも、鋸壁の凸部分に上って、剣を構えて、次に迫るトロルに対峙した。するとツツもファウラーの隣の凸部に上って、ワオーンと力強く遠吠えした。


「親友! やるぞ!」


 ファウラーはツツに一瞥をくれてから、一番近いトロルに剣を向けた。壁までの距離はもう五ミノルほどしかない。


「ファウラーさん、間にあわないよ!」


 次弾の装填を急ぐエノクが悲鳴を上げた。


「ロッティ、スィニード、頼む!」


 ファウラーのその言葉に返事を返すこともせずに、姉妹は鋸壁の凸部に片脚を上げて、弓を構えた。


 ヒュンヒュン!


 ほぼ同時に発射された矢はトロルの目に命中した。まるで申し合わせていたかのように、ロッティが右目、スィニードが左目だ。


 地鳴りのような声を上げて、視界を失ったトロルは暴れた。振り回されるトロルの両腕は壁までほんの数ミノルのところで空を切っている。


「エノク、とどめを!」


 エノクは狙いを絞るが、近距離がゆえに、暴れるトロルの眉間を捕らえるのは至難の業だ。


 脂汗がエノクの額に浮かんでいる。


 エノクの放った弾丸は、無情にもトロルの側頭部でトロルの頭皮をえぐりつつ、跳弾した。


「くそう!」


 エノクが罵った時、トロルの腕が鋸壁の凸部を二つ薙ぎ払った。上にいたファウラーとツツが壁の向こう、北側に飛ばされていった。


「ファウラーさん!」


 エノクが叫んだ。


「エノク、次弾装填!」


 ロッティはそんなエノクに次弾の装填を急がせた。今、ファウラーやツツを心配する以上に必要なことは、この目前で暴れるトロルを無力化することだ。


「ちきしょう! ちきしょう!」


 エノクはそう言いながら、いつ薙ぎ払われるかもわからない鋸壁の凸部の後ろに隠れて、必死に次弾を装填している。


「儂に任せろ」


 状況を見ていたナウブだったが、静かにそう言うと、壁の上からトロルの頭部に躍りかかった。


「ふん!」


 トロルの肩に乗ったナウブは、気合を入れて、トロルの耳に長剣を突き立てた。


 トロルは耳から噴出された大量の血がナウブの全身を真っ赤に染めた。


「くたばっておけ!」


 ナウブはトロルの脳を破壊すべく、突き立った剣をねじるようにぐりぐりと回した。


「ナウブ殿! 壁に戻って!」


 まだ立っているトロルの肩からならば、ナウブは壁の上部に戻れただろう。だが、取ろつはすでに倒れ始めていた。


「いや、儂はこのまま行く! 先で合流しようぞ!」


「ナウブ殿、無茶だ!」


 エノクが叫んだ。


「いや、無茶ではない! 儂なら、敵の意志が見える。敵を避けつつ、先に行ける。ウィドナで会おう!」


 ナウブはそう言い残すと、トロルが倒れる寸前に肩から飛び降り、森の中に消えて行った。


 エノクが心配するのはナウブだけではない。壁の下に落ちてしまったファウラーとツツはいったいどうなってしまったのだろうか。しかし、彼らを心配しつつも、手近に迫るトロルの最後の一匹を倒さないことには、手当にも行けないことを理解していた。今、鉄砲を使えるのは自分しかいないのだ。


「くそっ、くそっ!」


 罵りながら、エノクは必死に次弾装填を急いだ。最後の一匹はあと三十ミノル程は離れている。しかし、そんな距離、トロルの大股なら一瞬で迫ってくるはずだ。


 敵はトロルだけではない。壁守たちも、ロッティとスィニードたちも、必死にオーガたちに矢を放っている。


 トロルの強烈な膂力で、吹き飛ばされたファウラーとツツは、一〇ミノルの高さから地面に叩きつけられているのだ。刻々と彼らの死が近付いていることだろう。エノクは最後のトロルを放っておいて、今すぐにでも壁の下に下りて、二人を、いや一人と一匹を、ニケからもらったポーションで手当てしたい。だが、それはどう考えても叶わない。あのトロルがここに取り付けば、もっと多くの犠牲が出てしまうのだ。


 エノクはそんな思いを振り切って、装填の終わった鉄砲を最後のトロルの眉間に向けて構えた。


 その瞬間、エノクに、エノク自身も想像したことのない変化が起こった。


 ドクン。


 自分の心臓の音だけが聞こえる。鬼神のスピードで次々に矢を放つロッティとスィニードの唸る矢の音も、壁守たちのアスカ語の怒号も、ぱったりと聞こえなくなった。


 そして、エノクには狙うトロルの眉間がまるでたった一ミノル先にあるかのように大きく見えた。乱れていた呼吸がスーッと落ち着いた。


 バン


 エノクの放った弾丸は吸い込まれるようにトロルの眉間に突き刺さり、トロルは轟音を立てて、仰向けざまに倒れた。その瞬間、周りの怒号がエノクに聞こえるようになった。


「ファウラーさん! ツツ!」


 エノクはそう叫びながら、上がって来た梯子を降りて行った。


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