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162. 城塞都市オカリト―2

 門の衛兵がアスカ語の大きな声でがなり立てていた。


 ジンはなにか不味かったのか不安になってニケを見た。


「急げ、って言ってる。今日はもう門を閉めるそうだよ。ちんたらしてないで!って言ってる」


「ああ、なんだ、そう言うことか…‥みんな、急ごう」


 ぞろぞろと門をくぐって中に入ると、さらに内門が見えた。


 門の付近の城壁はかなりの厚さがある。この部分は壁と言うよりも建造物だ。外側に外門、街の内部との接続になる内側は内門になっている。


 その内門の両脇には、厳めしい巨体の熊の獣人の衛兵が、長い槍を持って立っている。


「ニケ、内側の門は締まっているぞ? 通れるのか?」


「訊いてみる」


 そう言って、ニケはスタスタと近づいて行こうとすると、二人の衛兵が槍を交差させてニケを制した。


【これじゃ通れないじゃない!?】


【まずはテストをさせてもらう】


【テスト?】


【ああ、電撃魔法で白線虫の支配下にないか、調べさせてもらう】


【そんなことされたら怪我をするじゃない】


【いや、怪我をするほどの強さではない。心配するな】


【ちょっとみんなに確認してくる】


 ニケは衛兵にそう言い残して、一度皆の元に戻った。


「どうしよう。これじゃ、ナウブさんが殺されちゃうよ」


「ニケ、どういうことだ?」


「電撃魔法だよ。この町では入街管理に弱い電撃魔法を使ってるんだ」


 一行は沈黙してしまった。


 衛兵たちがまたアスカ語で何か言い始めた。ニケに翻訳を頼むまでもない。さっさとしろ、と言っているに違いない。


「ジン殿、悩む必要はない。電撃魔法を使えば儂は死ぬ。これだけはたぶん間違いない。いや、実際にはまだ試したことがないので、死なぬかもしれんが、儂は儂でいられる間は試す気にはなれん。だから、この門は通らない」


 ナウブは断言した。当然の判断だ。


「ジン、俺はナウブ殿について行くぞ」


 ファウラーも突然の宣言だ。


「ファウラー?」


「ジン、よく考えろ。今、ナウブ殿だけここを離れれば、衛兵の連中に怪しまれる。それに、街に入らなくとも南に向かう手段がないか探すことだって必要なはずだ。この街は壁の街だ。この街から壁の向こうには行けないんだ。別の選択肢がないか、探ってみたい」


「「なら私らもそっちに行くよ」」


 ロッティとスィニードも声を上げた。


 衛兵の声が大きくなった。


「ジン、衛兵はさっさとしろ、とうるさい。私らが今日の最後みたいで早く終わりたいみたい」


 言葉が分かるニケが状況を伝えた。ジンは判断を迫られて、しばし沈黙する。


「ジン、こういう時は何が正しいかなど考えても仕方がない。出来ることをやるんじゃなかったのか?」


 ノーラは優しい口調でジンにだけ聞こえるようにささやいた。

 ジンは黙って頷いた。


「みんな、一度チームを二つに割る。ナウブ殿、ファウラー、ロッティ、スィニードの四人の馬に積めるだけの物資を積んでくれ」


「俺もそっちに行く」


 エノクが突然宣言した。


「エノク?」


 リアがエノクの正気を疑うかのように訊きなおした。


「ああ、俺もナウブ殿と一緒に行くんだ。四人より五人の方が強い。俺だって多少の戦力にはなる」


「エノクや、別に外に残るからと言って戦闘があるわけじゃないぞ?」


 ナウブは若いエノクに優しく指摘した。


「分かってる。でも、やっぱり何があるか分からない。そっちに行く」


「うむ、分かった。なら、一緒に来い」


「……ツツ。お前、みんなについて行ってやれるか?」


 街に入ればツツは無力だが、外にいれば食料の確保、外敵の察知、戦闘、役に立つことは多い。


 驚いたことにツツは完全に理解していた。ツツはさっとファウラーの後ろに行くとお座りをした。


「ツツ、一緒に来てくれるのか。愛してるぜ」


 ファウラーは大喜びだ。


「なら、私も……」


 マルティナがそう言いだしたが、ジンが即座に却下した。


「マルティナはダメだ。魔力を少しでも感知できる存在がこっちにも必要だ。ファウラーたちにはナウブ殿がいる」


「んんん……もーーー!」


 マルティナはツツと離れるのが辛い。しかし、最後に『もー』と言ったので不承不承ながら受け入れたという事だ。


 いよいよ衛兵がかんしゃくを起こし始めた。さっきからチャゴが一生懸命なだめている。


「ツツ、みんなを頼む。守ってやってくれ。お前も無茶はするなよ!」


 ジンがそう言うとツツは小さくワオーンと応えた。



 ◇



 衛兵の影にいた小柄な鹿の獣人に誰も気が付いていなかった。貧相な、と言えば失礼に過ぎるかもしれないが、何のオーラも感じないその小柄な男が電撃魔法使いだった。


 ピリピリ


 微弱な電流をジンたちに流していく。


 当然誰も劇的な反応は示さない。


「痛て」

「んんん」

「あは!」

「痺れる~」


 それぞれ、そんな反応を示しながら、入街テストをクリアしていった。


 結局、街に入ったのは、ジン、ニケ、ノーラ、マルティナ、ナッシュマン、カルデナス、チャゴ、リアの八人。街の外で、南をめざす算段を調査するチームが、ナウブ、ファウラー、ロッティ、スィニード、エノク、それにツツの五人と一匹となった。



 ◇



 街に入ったジンたち八人はまずはその光景に驚いた。


 高い城壁に囲まれた街の中には所狭しと建物がひしめくが、その建物もこれまで見たアスカの建造物とは全く異なっていた。イスタニアの建造物だ。だが、厳密にはそれとも違う。大昔からあったようなイスタニア風の建物に何度も何度も増改築が施されている。増改築部分は円形を旨とするアスカ風建築物だ。角ばった元の建物に丸い増築部分が重なり、トゥエカやシキで見るようなアスカ風建築物ともイスタニア各地で見るヨーロッパ風建築物とも全く異なる雰囲気を醸し出している。しかもそれらが所狭しと連なっているのだ。


 もともと広い街道だったはずの場所は、増改築された建物が張り出して、かなり狭くなっている。街道から横に伸びる道も、元はそれなりの広さがあったのだろうが、これも増改築によって張り出した建物により、狭い路地と化していた。


 そんな路地を歩く一行が真上を見上げると、張り出した扇状の増築部分にある窓から下を見下ろす、かわいらしい猫の獣人の小さな男の子と目が合った。男の子はこの珍しい人間の集団に興味津々のようだ。


「ニケ、政庁に行きたい。ここはまだワイ・トゥカ国だよな?」


「うん。ワイ・トゥカ国だよ」


「だとすると、総長とか呼ぶんだったっけ? 会うことはできるんだろうか?」


「私もこの国の人ではないから、総長とかって、雲の上の人なのか、それとも、もうちょっと庶民に近い人なのかが良くわからないんだよね」


「でも、ニケ、ひとまずはどうやって会うかの情報収集を頼めるか?」


「うん!」


 ニケの快諾を聞いていたチャゴも手を挙げてくれた。


「あ、それなら俺もやるよ」


「チャゴも動いてくれるなら助かる。なにしろ、俺たちはここでは役立たずだ。言葉が出来ないというのはどうにもならんな」


 ジンはイスタニアに来たばかりの日々を思い出していた。


「ジン、そうとも言えんぞ。キビズ殿が言っていたではないか。十人に二人程度はコモンが出来ると」


「ああ、そうだったな。見た感じ、街の中は安全そうだ。それぞれ分かれて、総長殿との面会の方法を模索しよう」


「ああ、だが、もういい加減夜も近い。宿だけ見つけてから、皆で動くようにしようではないか」


「そうだな」



 ◇



 八人に減ったこともあり、宿は比較的簡単に見つかった。馬たちには申し訳ないことではあったが、この狭い城塞都市にあっては大きな厩舎は望むべくもなかった。すし詰め、とまでは行かないほどのスペースしかない厩舎に馬たちは押し込まれた。今になってジンはツツを外の世界に行かせて良かったと思った。


 城塞都市というのは過渡期には必ずこういう状況に陥る。塀の中に街を作るのだ。人口が増えれば増えるほど、一人あたりが使えるスペースは限られてくる。これが限界に達すると城壁自体を外側に建築し、町全体を拡張することになるのだが、それには莫大なお金がかかる。


 オカリトは正にその過渡期にあった。そして、対魔物戦の最前線となっていることから、もちろん壁の拡張工事などできるわけもない上に、さらに外部から人が流れ込んでくるという状況だった。厩舎が狭くなるのは致し方なかった。


「ジン、そろそろ出かけるか?」


 ノーラがジンの部屋にやって来た。既に日は落ちて、夜になっていた。


「ああ、そうだな。情報収集と言えば……」


「酒場だ」


「だな」


 実のところ、二人はこれを少し楽しみにしていた。ナッシュマンがニケの護衛についてくれたし、チャゴはカルデナスと行くらしい。


 マルティナとリアの少女二人だけでは酒場には行けない。宿屋の一階に併設してある飯屋で情報集めをすることになっている。と言うより、二人ともかなり疲れているようだったので、食べてすぐ寝たい雰囲気だったのだ。


 ジンとノーラはこれ幸いと情報収集にかこつけた。いや、決してかこつけているだけではないが、いずれにしても二人きりのデートの時間になった。


 ノーラのテンションが高い。


「ジン、あれを見ろ! 何だあの形は。よくあれで倒れないな」


「おお、確かに!」


 いびつな形の建物を見つけて、目を輝かせてジンに共感を求めるノーラ。


「ジン、あそこはどうだ。いいにおいがするぞ」


「あれは酒場っていうより、飯屋っぽくないか? 情報収集をするには(せわ)しないだろう」


「うむ、確かに……お! ならあそこは?」


 ノーラの指さす先。華やかな魔道具の照明に彩られた、完全にイスタニア風の大きなタバーンがあった。増改築もされていない。


「ああ、行ってみよう」


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