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161. 城塞都市オカリトー1 【簡易マップあり】

「ええ、馬車だと六日ぐらい進んだ先にあるのがオカリトの街、というか城塞都市です。そこから先、更に南にはもう進めないと思った方がいいと思います」


 シキを出発して七日後、到着したシキよりも小さな宿場町トゥエカで出会った隊商の(あるじ)、ネズミの中年獣人は流暢なコモン語でそう言った。彼はオカリトの街に食料を売りに行って、今戻って来たところらしかった。


「あるじ、ということはオカリトという街が今最前線という事か?」


「はい。魔物たちだけならよかったのですが、敵の中に獣人や人間まで混ざり始めて、現場はかなり混乱しているようです。まあ、オカリトはかなり強固な城塞ですからそう簡単にそれを破って北に上がってくることはないはず……ですが、旅の皆さんはこれ以上は南に行かないことをお勧めします」


「そうか、いろいろと話をしてくれてありがとう」


「いえいえ、いろいろ買っていただいたので、むしろ助かりました」


 隊商が自分たち用に荷に残した食料をすべてジンたちは買い込んだのだ。隊商にとってはもう地元に帰ってきたわけだから、必要のなくなった余剰の食料が現金化できて好都合だったわけだ。



 ◇



「ジン、いよいよだな。アスカでの敵の勢力圏に近づくことになる」


 もちろん分かっていたことだが、ノーラは改めて気を引き締めた。


「ああ。だが、そのオカリトという街がゴールではない。さらにその先、ウィドナに行かなければならないとすると、どうやって敵の軍団を逃れてさらに南に行くか、が問題だな」


 ジンがそう返すと、ファウラーがファウラーらしい答えをかぶせた。


「そんなもん、ぶち破って行くしかないだろ」


『どうやってこの少人数で!?』喉まで出かけた言葉をジンは飲み込んだ。


(ファウラーだってそんなことはわかっていて、わざと荒っぽく言うことで、皆を振い立たせようとしているだけのはずだ)


「ああ、そうだな。頼りにしてるよ、ファウラー!」


「おお、任せておけ!」


 ファウラーはそう返しながら、予想していた言葉がジンから聞かれなかったことを意外に思った。ファウラーはジンが当然『どうやって!?』とか『この人数では無理だ』とか当たり前の言葉が帰って来るものと思っていたのだ。



 ◇



 トゥエカを出て、オカリトが近付くにつれて、すれ違う隊商の数が増えてきた。


(まるでウォデルだな。戦時景気ってやつか)


 ジンは誰に言うともなく、内心そう思った。ウォデルも陥落前、各地から物資が運び込まれ、傭兵が集まり、援軍がやってきて、消費が増大し、それを支える人員が増え、更に消費が増大する、といった戦時景気が街を賑わせていた。


 だが、一度魔物に侵入を許したが最後、その賑わいは悲惨な末路をたどる。


(オカリトはウォデルと同じ末路をたどらせてはならない)


 一人、そんなことを考えていると、マルティナがジンの隣に馬を寄せてきた。


「どうした、マルティナ?」


「ジン、白線虫に乗っ取られた人たちって、生きてるの?」


「ん? どういうことだ?」


「だから、生きてるのか、って訊いてる」


「マルティナ、正直、俺にはわからん。ナウブ殿のように自分の意志が残っている人は俺たちと変わりがないだろう。でも、シャイファー殿下のように言っていることは王子殿下その人のようでも、まるで別人になってしまった人々は、生きているのか、もう実際は死んでいて、ただ操られている木偶の坊になっているのかしれん。俺もよくわからん」


「そう……」


「マルティナは奴らの命を奪うことに罪の意識を感じているのだろう。そんな優しいマルティナはやっぱりいい子だと思うが……」


「ば、馬鹿にしないで!」


「いや、馬鹿にしているわけじゃない。マルティナは優しい。だがな、優しい世の中じゃないんだ。俺のいた故郷もそうだった。優しい世の中じゃなかった。あいつらは殺さなければ、俺たちを同化するか殺しに来る。俺はマルティナのその優しい気持ちは、全てのカタが着くまで、胸の奥に封じ込めておけばいいと思っている。……まあ、人の気持ちはそんな簡単なもんじゃないだろうけど」


 マルティナは何の返事もせずに、ただ、ジンの隣に馬を進めている。


「マルティナ?」


「ジン、私ね、ニケの両親のことを考えたんだよ」


 マルティナがそう言ったところで、幌馬車からニケも顔を外に覗かせた。


「ニケも聞いて。ニケの両親を私は助けたい。でも、本当にニケの両親を見つけた時、どうなる?」


「マルティナに電撃魔法の弱いヤツを撃ってもらう」


 ニケはそう言い切った。


「……でしょ。思った通り。もし、だよ? あくまでも、もし、の話」


「いいよ、マルティナ、ちゃんと言って」


「もしも、両親が白線虫に乗っ取られてたなら、弱い電撃魔法でも死んじゃうんだよ?」


「マルティナ、もし、マルティナがジンにふざけて放つ電撃魔法程度で死んじゃうなら、それはもう人じゃないよ。もう、私のお母さんやお父さんじゃない」


「ニケ! でも、お母さんやお父さんの記憶は残っているんだよ!?」


「……それでも」


 間が出来た。ジンは苦渋の思いで二人の話を聞いていた。


「マルティナ、死を見るのはつらい。俺だってつらい。だがな、死をもたらしたのは、あの連中だ。マルティナじゃない。いいか、マルティナは魔物相手だと脳天に穴が開くほどの強烈な雷をお見舞いするじゃないか。相手は人の姿をしているだけだ。もう人間じゃない」


 ジンも本当のことを言えば、そこまで確信を持っているわけではなかったが、敢えて、言い切った。ジンの迷いはマルティナを苦しめる。言い切らなければ、マルティナの中にある〈人殺し〉の罪は消え去らない。


「ジンみたいに割り切れれば良いんだけどね……」


 最後に、マルティナは消え入るようにそう呟いて、馬を元の隊列に戻すようにジンから離れて行った。



 ◇



 トゥエカを出て七日後、城塞都市オカリトが見え始めた。


「声が聞こえ始めた……」


「ナウブ殿?」


「声だ。マルティナ殿、儂の変化をよく見ておいてくれ。もし、変な行動をとり始めたら、その時は頼む」


「……分かった」


 マルティナは不承不承ながら、受け入れた。これは既に申し合わせてきたことだ。


「ナウブ殿、声は何と言っている?」


 内容こそが肝心だ。ノーラはナウブに訊いた。


「いや、まだはっきりとは分からない。もう少し進めば内容も分かり始めるだろう。多分まだこの辺の瘴気……いや魔力は薄いのだろう」


 街道には隊商が行き交い、決して戦場の雰囲気にはない。城塞都市が近付いてくるとその理由が分かった。


 南西方向に進むジンたちの目から見て、都市を中心にして両翼に長大な壁を持っていた。この壁が魔物の侵入を阻んでいるようだった。


 壁の高さは十ミノルほどもあり、トロルですら超えるのは困難だろう。


 壁の上部はイスタニア風の鋸壁(きょへき)になっていて、兵たちが壁の上を移動したり、矢を射かけたりできるようだった。


 都市自体もこれまで見たアスカ風の円形建造物ではなく、完全にイスタニアの城塞都市だった。


「あれは、なんというか、アスカの街ではないな」


 ジンはそう呟いた。


「確かにな。どこからどう見てもイスタニアの物に見えるな」


 ノーラもそう返しながら、なぜ、魔の森を挟んだ反対側、アスカにこんな巨大建造物があるのかは分からなかった。


 ジンたち一行は街の検問に差し掛かった。


挿絵(By みてみん)

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