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158. 声

「間違いない。奴らだ!」


「ナウブ殿、どうすれば?」


「いや、まだ距離はある。今すぐ襲ってくることはないはずだ。ジン殿、皆を起こせ。そして、儂の手足を縛るのだ」


「手足を縛れば、敵が来た時にナウブ殿が抵抗できません!」


「十三人もいて、しかも強力な魔導士もいる。……ああ、奴らの声が聞こえる。うん。奴らはジン殿たちが怖いのだ。儂がここにいて、情報が漏れるのも恐れておる。うん。いや、もう縛らんでいいし、皆も起こさんでいい。大丈夫だ。声は遠ざかっている」


「今は?」


「……もう、ほとんど声が聞こえない。大丈夫だ」


 焚火を挟んで話す二人は、馬車で寝ていた誰かが起きて動き始めたことに気づいた。


「すまん、起こしてしまったか」


 ジンは、馬車の幌の中で動く人物が誰だか分かっていなかったが、先にそう言った。


「ううん、大丈夫。悪いけど、結構前から話を聞いていたよ」


 ニケだった。


「ニケ、すまん。だが、近くまで奴らが来ているのかもしれん」


「いや、ジン殿、来ているのは魔物ではない。魔物を操る瘴気を使う者だ。いや、瘴気ではなかったな。魔力、か」


「それが近くまで来たの?」


 ニケは不安そうだ。


「近くと言っても声が届く範囲は広い。百ノル先であっても儂は驚かんよ」


「ナウブ殿、ということは、シキはもう……」


 一行は北のオロから南のシキに向かって進んでいる。ここより北でそんな声が聞こえるなんてことはなかったのだから、声は南の方から聞こえてきていると推測するしかない。そして南にある町はシキだ。ジンはシキがすでに魔物の支配下に落ちている可能性を危惧した。


「いや、それは分からん。だが用心には越したことはない」



 ◇



 ジンは夜を通して、焚火の前で座っていた。何度も寝落ちしそうになりながら、近くにいるかもしれない敵と、ナウブの異変を警戒していた。


 ナウブは寝具を焚火の前に持ってくると、全ての甲冑を外して寝てしまった。

 やはり敵の声が聞こえる状況で、皆が寝る天幕や、馬車に入るのは憚られたのだろう。


「老体には睡眠不足は大敵だからの」


 そう言い残して寝たナウブをジンは睡魔と戦いつつ、見張り続けた。


 朝になると、皆が起きて来た。


 眠い目をこすりながら、昨晩の異常をジンは皆に話した。


「ジン、ここら辺が潮時なのではないか?」


 ノーラが切り出した。


「潮時?」


「ああ、メルカド殿に一度帝都に戻ってもらう、というタイミングの話だ」


 メルカドはまだ黙って二人の話を聞いている。一度帝都に戻れば、次、ジンたちと合流できるかどうかも分からないし、合流できたとしても、かなり後のことになるだろう。つまり、このカードはそう何度も切れるカードではないのだ。


 しかし、帝都やオーサーク、それにパディーヤで戦う人々に可能な限りの情報を渡したい時期に来ていた。ただ、もう少し先に進んで、もっと核心に迫る情報を得てから、メルカドに飛んでもらうことも可能だが、そうすることで手遅れになる可能性もある。そのジレンマがジンやノーラにはあった。


「確かにな。ファルハナやオーサークに知らせたいことが山ほど出てきているな。メルカド殿、どう思う?」


「私はもう少し待って、敵の正体を突き止めてから、と思っておりましたが、敵がファルハナを占拠すれば、鉄砲工場が敵側に出来てしまうことにもなりかねません。敵がファルハナの重要性に気づく前に対応する必要は出てきましたね」


 皆がメルカドの言葉に頷いていると、ファウラーも話し始めた。


「それなら、もう一つ今できることがあるぞ。俺とナッシュマン殿、ナウブ殿、それにマルティナで突出して、敵を探る、ということだ」


「こちらから行く、ということか?」


「ああ、現状、離れているなら、こちらから近づいて行けばいい。ただ、馬車も一緒に、非戦闘員も一緒に、となるとこれは難しい。ナウブ殿が万が一乗っ取られたときのことも考えれば、少人数の方がいい」


「だが、メルカド殿が出発した後に、敵の正体を突き止めたとて、その情報はもう帝都やオーサークには伝えられないぞ」


 ジンは、ファウラーのこちらから敵に近づいて行く、という事自体には反対ではない。ただ、イスタニアで戦う人々に、敵に近づいて得られた情報は伝えられないことを指摘した。


「帝都やオーサークで必要なのは、現状の情報だ。敵の正体ではない。敵の正体を知るべきなのはむしろ俺たちじゃないか」


 ファウラーの言う事は一理ある。正体を知ってもイスタニアからではそれに対応しようもない。正体を知るべきなのは、今、敵に近い場所にいると思われるジンたちである。


「分かった。ナウブ殿、ナッシュマン殿、マルティナ、ファウラーがそう言っているが、それでよいか?」


「なんで、私なの?」


 騎士や剣士ばかりの中に魔導士である自分が入っていることに、マルティナは疑念を持った。いや、理由は分かっている。ナウブが乗っ取られたときの()()係だ。それははっきりと拒否したはずなのに、このチームに入っているということはそう言うことだ。マルティナの反応は、そのことに対する抗議だった。


「これはマルティナ殿にしかできぬ仕事だ」


 ナウブはマルティナの抗議にそう応えた。


「マルティナ、俺からも頼む」


 ジンも頭を下げた。ナウブは見るからに強い。これを剣技で抑えるとなると、ナッシュマンもファウラーもただでは済まないだろう。


「……わかったよ。でもナウブさん、絶対にそんなことにならないでね!」


「まあ、儂の意志に反して起こるかもしれぬことなのでな、何の約束も出来んが、以前の戦では声ははっきり聞こえたが、儂はそれに従わずに済んだ。気休めにはなるだろう?」


「マルティナが不安なら、私らも行くよ。馬車の護りはジン、ノーラ、リア、エノクがいれば十分! ツツもいるしさ」


 結局、ここでいったんチームは分かれることになった。


 ジン、ノーラ、ニケ、リア、エノク、カルデナス、チャゴ、ツツが馬車に残り、このままシキに向かう。


 ナウブ、ナッシュマン、ファウラー、マルティナ、ロッティ、スィニードがシキに向けて先行しつつ、敵を探す。


 そしてメルカドはノーラがベラスケス王子に向けた手紙が書き上がるのを待って、それを持ってマグノ砦に飛ぶ。マグノ砦からベラスケスの判断で帝都、あるいはオーサークやファルハナに飛ぶ。


 計画が固まり、それぞれが準備に動き始めた。嗣明不足のジンがいざとなった時に動けないのでは困る。皆が準備する間、馬車の幌の中で仮眠を取らせてもらうことにした。



 ◇



 ナウブやファウラーたちが最初に準備が整った。ジンは皆が馬を曳き始めた物音に目を醒まし、幌馬車の外に出た。


 ファウラーたちはすでに馬上の人になっていた。


「では、シキで会おう!」


 馬上のファウラーはそう言うと、手綱を回した。


「ジン、お嬢様を頼んだぞ」


 ナッシュマンも短く、そうとだけ言うと、馬を南に向けた。


「ご心配なく。ナッシュマン殿も、皆も、とにかく気を付けて」


 寝起きたてのジンだったが、一行にそう別れを告げた。


「任せろ」

「大丈夫だ」


 ジンの言葉に、ロッティとスィニードはそう応えたが、マルティナは不安そうな表情で、ただ頷いた。


「マルティナ、重荷を背負わせて済まない」


 ジンはマルティナのトラウマを知っていながら、彼女に頼らざるを得なかったことを申し訳なく思っていた。


「しょうがないよ。ジンたちも無事でいてね」


 南に向かって行く一行を見送るジンたちだったが、いつまでもそうしているわけには行かなかった。

 ノーラは騎馬のマルティナたちの背中を見えなくなるまで目で追おうとするジンに言った。


「ジン、いつまでも見送っているわけにもいかん。書きながらお主に内容を確認するから、一緒にいてくれ。見張りはリアとエノクに任せよう」


「あ、ああ。分かった。リア、エノク、頼めるか?」


「「うん」」


 イスタニアにあっては、ジンは字の読み書きができない。代筆という形を取ってもらうことも出来たが、ベラスケスはノーラのことをすでに知っているので、今回の手紙はノーラの名前で書いてもらうことにした。ただ内容についてはジンの認識と齟齬があってはならないので、二人で内容の確認をしつつ、書き上げることにした。


 この手紙はイスタニアの近い将来の行く末すらも左右するかもしれない重要なものだ。


 二人は二つある天幕の内の一つに入って行った。


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