156. オロの町
曇天の空。小さな氷塊がいまだに漂う海原を木造ガレー船が進んで行く。
幸いにしてこの船の船員はほとんどがアスカ人、つまり獣人だった。人間の船員は船の買収が終わった時点でメドゥリンで船を降りた。船の買収で得られたお金の幾ばくかの配当を後日受けるのだろう。彼らは船を降りることについて、決して不承不承という感じではなかった。むしろ、嬉々としている船員もいた。
船に残った獣人の船員たち。彼らもアスカに帰るだけだ。船主が変わってもすることは変わらない。
「船長! 前方、約四〇〇ミノル、大きめの流氷です!」
マストの上の見張り台に上がっている獣人の船員が大声でそう叫んだ。
「取舵、一ティックだ!」
船長と呼ばれたカルデナスはまんざらでもない。多少浮かれているようでも、船の進路に関わる指示に抜かりはない。風を計算して、ここは面舵ではなく取舵だ、と的確に指示を出している。
魔物たちが襲ってくる恐れはほとんどない。海にも魔物はいるが、船を襲うことはまれだ。もし、白線虫に取り付かれていればその限りではないが、海の魔物や動物が白線虫に乗っ取られた例は今のところ聞いたことがなかった。
「ジン、雪!」
甲板に立って水面を見ていたニケが空から舞い落ちる白い結晶に気づいた。
「ああ、もう夏は近いというのにな」
「オロの港、凍っていたりしないかな?」
「凍ってたら、この船はメドゥリンに来れなかったはずだ。心配するな」
やはり極北の地は寒い。本当の夏にならないことには、暖かくならないのだろう。
「ジンさん、あれ!」
甲板で特にすることもなく、ニケと一緒にいたチャゴが遠くを指さした。
「ん?」
「ほら、あれ! あの流氷の上!」
「ああ、なんかいるな」
ジンにもそれが見えた。ついさっき避けた大きな流氷の上に、遠くから見ると、黒いシミのような何かが動いているのが見えた。
「あれはねー! アターだよ!」
マストの上の見張り台にいたチャゴと同じ狐の獣人の船員が、ジンとチャゴの会話を聞いていた。
「アター?」
「脚のない変な海の獣だよ。大丈夫。なんにも悪さはしない。するとしてもこれだけ離れていれば、何もできないよ!」
マストの上から話す獣人の船員は大声で話さないとジンに聞こえない。
「脚がないとは確かに変な獣だな」
大声での会話を続ける気分になれなかったジンは、船員には返事を返さずに、隣にいるニケにそう言った。
「海の獣って面白いね」
「ああ、ニケは俺と同じ内陸育ちだからなぁ、ああいうのは珍しく見えるな。俺の世界にも海の獣はいるらしいぞ。聞いたことがある」
すでに南風が吹く季節だ。一週間もあればオロに到着する。
一行を乗せる船は南風に乗って、何事もなくオロに向かっていた。
結局、カルデナスがいなくとも、ベラスケスの書面さえあれば、船員を確保できて、オロに来れたんじゃないか、とジンは内心思ったがもちろん口にはしなかった。
◇
メドゥリンを出港して七日目。
「オロが見えて来たぞー」
マストの上の見張り台から、獣人の船員が叫ぶ声が聞こえて、ずっと狭い船室に閉じ込められているマイルたち馬の世話をしていたジンたちは、甲板の上に上がった。
「いや、良く見えないな」
ジンの目には陸は見えない。
「上に上がれば見える、と言うわけか」
ノーラがそう呟いた。
「ああ、地球が丸いのはこの世界も同じってわけか」
江戸末期の高等教育を受けていたジンにもその知識はあった。だが、内陸部の会津にあって、実感したことはなかった。
「丸い?」
ノーラが訊きなおした。
「ああ。夜空の星は丸いだろう。あれと同じだ。この大地も、球体の上に張り付いているってわけさ」
「アハハ! 馬鹿なことを言うな」
「なら、ノーラ、なぜ甲板にいる俺たちには陸が見えずにマストの上にいるあの船員には見えるんだ?」
「よくわからんが、丸いなどと言うことはないはずだ。ならば裏側にいる人はどうなる?」
「まあ、そのへんは俺もよく知らん。だが、丸いのは確かだと思うぞ。ほら、今、俺たちにも陸が見え始めた!」
「あれがアスカ……」
「ノーラ、ついに来たぞ!」
ジンは自然にノーラの肩を抱いた。
「ああ、ジン。ここまで来れた」
チャゴとエノクも甲板の離れたところにいて、そんなジンとノーラを見ていた。
「エノク」
「ああ」
何の内容もない会話だが、以心伝心、お互い言わんとすることは分かるようだった。ジンとノーラの親密さは、若い男の子の目には毒だ。
◇
今や皆の視界にオロの港が入って来た。
全くと言って、人間の文化とは異なる獣人たちの建造物が見え始めた。
「ノーラ、俺は今、ナバロ殿の言っていたことの信ぴょう性をひしひしと感じている」
「ん? 何の話だ?」
「あの建物を見ろ。俺はよくよく考えたら、異世界に来たというのに、これまで大して衝撃を受けていなかった。なぜだかわかるか?」
「いや、わからん。というより、お主が何の話をしておるのかもわからん」
「ハハ、確かに急な話だしな。ノーラ、俺は初めてイスタニアの街を見た時、単に俺の世界にある異国としか感じていなかった。欧州の家並にそっくりなんだ。俺自身は欧州などに行ったこともないが、様子を書いた文書や長崎の出島の様子を示す絵などを見る機会があったからな。イスタニアの印象はそれと大層に変わらなかった」
「お主の言うことの半分も分からなかったが、要するに今見えるアスカの街並みが異質だと言っておるのか?」
「ああ、異質だ。俺は今初めて異世界に来たことを実感しているよ」
すべての建物が半球状だった。
船はカルデナスの指示を仰ぐまでもなく、手慣れた獣人の船員たちによって、桟橋に着けられた。
◇
『オロに着くころにはちょうどいい季節になっているはずさ』
そんなことを何度か聞いていたが、やはりまだまだ寒い。
「何がいい季節だ。くそ寒みーじゃねぇか」
ファウラーはそう独り言ちた。
流氷がようやく港を閉ざさなくなった。なにしろ、ここオロにメドゥリンから着いた最初の船がこの船なのだ。厳密には、この船が初めてオロを出港して、ここに帰って来た船だった。
一番船。オロのみんなはそう呼んでいた。夏の到来をオロの皆に知らしめる役目があるそうだ。多くの人が港に待ち構えていた。
桟橋から、無数の縄のついたフックが投げられて、十数人がかりで船が桟橋に引き寄せられた。
そんな様子を多くのオロの町の人々が見守っている。
「なんで俺たちは歓迎されているんだ?」
ジンは船から桟橋に下りながら、船員の一人に聞いた。
「そりゃ、これが一番船だからですよ。これからオロのみんなは短い夏を楽しむモードに入るってわけです」
船員の表情にも、ウキウキとした表情が見て取れた。
ジンたち全員が桟橋に降り立つと、大勢の獣人たちに囲まれた。
いや、獣人たちだけではない。これが港町の特徴なのかもしれないが、人間の姿も数人見える。しかし、彼らも獣人たち同様に笑顔を浮かべて、ジンたちを大歓迎してくれているようだった。
◇
〈円形文化〉
一言でアスカ人の文化を示すなら、この言葉になるだろう。
すべてが丸い。建物や窓も丸ければ、テーブルも丸い。
そんな丸テーブルが、港前の広場に無数に用意されつつあった。
きっと、この船が沖合に見え始めてから、用意をし始めたのだろう。
猫に狼、熊に兎、馬に牛、ありとあらゆる獣の顔をした人たちが、てきぱきと動きながら、祭の用意を進めている。
(ナバロ殿の言うことが間違っていなければ、この人たちがこの世界の原初の人々、というわけか)
感慨深くジンは獣人たちの顔を見渡した。
(あー、しまった。挨拶ぐらい、アスカの言葉をニケから習っておくべきだった)
ニケがジンや他のイスタニア人には全く理解不能なアスカの言葉で出迎えの人々に何かを言った。
すると、皆の顔が一様に真顔に変わった。
「ニケ、何を言ったんだ!?」
ジンはたまらず、ニケにそう訊ねた。
「え、挨拶して、魔物たちの問題を正しに来ました、て言っただけ」
「じゃ、なんでこんな雰囲気になるんだ?」
すると、コモン語を解する馬の獣人の男が進み出た。
「誤解を与えてしまったみたいですね。魔物たちの問題はアスカでも大問題です。その解決、と言えば願ってもない事ですが……これは、とてもではありませんが、皆さんの人数の人々でどうこうできるものではない、という皆の反応なのです」
「ああ、それは分かる。こんな人数の人間たちにそうやすやすと成し遂げられることではないのは分かっている」
ジンはそう答えた後、『分かっているが、そのために来たのは本当だ』と続けようとしたが、思いとどまった。この人数の前でそれを言えば、要らぬ混乱や誤解、反発を招いたり、あるいは望んでもいない協力が申し出られる可能性があった。
「皆さん、今日は魔物のことは忘れてください! 一番船がオロに無事に到着したのです。今日はお祭りです!」
馬の男はジンにそう言いつつ、同胞たちにもそれが伝わるように声を張った。
極北の地の昼間は短い。港前の広場で、御馳走やお酒の用意が整うころ、日が沈み始めた。
◇
「ジン、魚以外の食べ物はここにはないのか?」
ナッシュマンは小さな声でジンにだけ聞こえる声で言った。
内陸部、辺境育ちのナッシュマンにとってアスカの御馳走は少し魚に寄り過ぎていたようだった。
「ナッシュマン殿。好き嫌いはダメですよ、とお母さまに教育されませんでしたか?」
ジンは自分の歳より倍以上年上の初老の騎士に、わざと生意気な口をきいた。いつも気合いだ気合いだ、気合で何とかしろ、とジンに言うこの騎士への意趣返しだった。
「ふんっ。底意地の悪い男だ、お前は」
ナッシュマンはそう言い捨てると、頭が付いたままの大きな魚をフォークでぶっ指して、それを口に運んだ。
「ナッシュマン殿、魚には骨があります!」
ジンの忠告は遅かった。口の中で無数の骨が浮きささり、ナッシュマンは目を白黒させている。
「大人げないな、ナッシュマン」
ノーラはそう冷たく呟くと、きれいに魚の身をフォークでとりわけて、上品に口に運んだ。
「うまいな」
「ああ、うまい」
ジンとノーラは微笑みあった。
まだまだ寒い港前の広場だったが、そこに篝火がいくつも用意され、丸いテーブルの上に次々に料理と酒が運ばれる。
アスカの人々が、獣人、人間、関わりなく、奇妙な見たこともない踊りを、聞いたことのない調べに合わせて踊り始めた。
「はいはいはいいいいい。所かまわず変なオーラを放出しないように願いますよ、お二人さん」
カルデナスがジンとノーラの間に割って入った。
「いやー、俺たちはそうとうラッキーではないですか? こんな素敵なもふもふな人々に歓迎されて、海の幸を頂いて。その上この奇妙な踊り!」
「もふもふ?」
ジンは思わず聞き返した。
「アハハ、そう、もふもふだよ。獣人たちは本当に美しい。ジン、あのお嬢さんを見てくれ」
カルデナスは指は差さずに目線だけでジンに、かがり火の前で配膳担当の人々に指示を送る、若い狐の獣人の女性を差した。
「うむ。美しい女性だな」
「『うむ。美しい女性だな』って、ジン、硬すぎるってんだ! ちょっと俺を見てろよ」
ジンの口調を真似しつつ、カルデナスは何かを始めようとしていた。
「おい、カルデナス、お前、もう酔ってるのか?」
「この程度の酒で酔うかよ。まあ、見てな」
カルデナスは席を立つと十ミノルほど先にいるその女性に向かって歩き始めた。まだ、足元はしっかりしている。
「ノーラ、カルデナスがあの女性を気に入ったようだ」
「ふーん。まあ、お手並み拝見と行こうではないか」
ジンとノーラが見つめる中、十ミノルほど先でカルデナスが酒の入った木製の器を片手に、女性に話しかけているのが、篝火に照らされて見える。
狐の女性は笑顔のままで何やらカルデナスに言っているが、内容は全く聞こえてこない。聞こえないのは距離もあるが、それより、ここには多くの人々が、楽しそうに大きな声を上げながら、宴会を楽しんでいるし、踊りの音楽も演奏されている。十ミノルも離れれば、会話など聞こえはしない。
狐の女性は一度だって笑顔を変えなかったが、カルデナスは無念の表情のまま、女性を離れた。こちらに戻って来るかとジンはカルデナスを目で追ったが、戻ってこずにファウラー、ロッティ、スィニードたちのテーブルに向かって行った。
「失敗報告はない、というわけだな」
ノーラは皮肉っぽい笑顔を浮かべてそう言った。
「まあ、そう言ってやるな」
同じ男性として、ジンはカルデナスを擁護した。
ジンとノーラの会話に間が空いた。ジンはふとニケを目で探した。
「ジン、心配するな。ここは安全だ」
ジンの動きを察したノーラがそう言った。
「あ、ああ。どうもな、癖という奴だ。ここはニケの国だというのに、どうしても保護者癖が抜けん」
「気持ちは分かるぞ、ジン。だが、獣人の成長は早い。ニケはもう少女から一人の女性になりつつある。少し距離を取って見守ってやれ」
「……だとよ、ツツ。もう俺は保護者卒業なのかな?」
ジンはノーラのそんな言葉に素直に答えられずに、そばに大人しく座っているツツにそう言った。
ツツは首をかしげて、ジンの目を美しい青い目で見た。
「すまん、ツツ、気にするな」
ジンはそう言うと、ノーラに向きなおした。
「なあ、ノーラ、この平和な状況はアスカのどこまで続いているんだろうか。イスタニアがあんな状態で、アスカだけ無事なわけはないだろう」
「ああ、さっき、馬の人が言っていたではないか。魔物の問題はここでも大きい、と。まだここは安全なだけだろう」
「ナバロ殿が言っていたこと、アスカの人々はどこまでわかっているんだろうか」
「さあな。まあ、今宵のこのどんちゃん騒ぎが終われば、すぐにでもそんな情報は入ってくるようになるだろうさ」
◇
十三人と一匹は、かなり大きな宿に案内された。メドゥリンとは違い、ここは多くの船員が滞在することの多い港だったため、大小さまざまな宿屋があったが、ツツとワイバーンのナディアも泊まれる手ごろなサイズの厩舎がある、この宿に決めた。
さすがにアスカまではラスター帝国の威光は響かない。ちゃんと宿賃を払ってある。
日が明けて、二日酔いの男どもを尻目に、マルティナ、リア、ニケは朝早くから朝食を摂っていた。
「ジン殿はおらぬか?」
昨夜見た馬の獣人が宿屋に訪れて、アスカ語でニケに訊いてきた。
「おはようございます。ジンはまだ寝てると思います」
「そうか、また出直すとしよう」
そう言い残して去ろうとする馬の獣人を、ニケは呼び止めた。
「あ、すみません、お名前を」
「失礼した。町長のキビズと言う。ジン殿に私が来たと伝えてくれるか?」
「町長さんだったんですね。ちょっと待ってください。ジンを起こしてきます」
「いや、それは申し訳ない。長旅でお疲れのところだろう」
「ただの二日酔いです。ちょっと待ってて……朝食はまだ下げないでね!」
ニケはそう言い残すとジンの部屋に向かった。
一連の会話はアスカ語だったので、一緒に朝食を食べていたリアもマルティナにも全く分からない。二人がきょとんとしていると、町長キビズがコモン語で話しかけた。
「お食事中、すまないね。ちょっとジン殿に用があってな」
「ああ、そうゆうことね。ジンは二日酔いだから、難しい話は無理かもよ」
マルティナがそう言った時、ジンが部屋から出てきた。
「余計なことを言うな、マルティナ。俺は大丈夫だ」
「ジン殿、町長のキビズです。お休みのところ、申し訳ない」
「いいえ、キビズ殿、拙者からこの町の代表にお伺いしようと思っていたところです。如何せん、アスカに関する情報が少なすぎまして」
「では、ちょうどよかった、と言うところですかな?」
「ええ。で、町長は拙者に何用がおありでしたか?」
「昨晩の話です。ジン殿は途中でごまかしておりましたが、実のところ、この魔物禍を正すというのは本気なんでしょう?」
「町長にはお見通しでしたか」
「ええ。そんな匂いがしました」
「匂い?」
「ええ。でも、それは置いときましょう。ジン殿、それが目的として、なぜアスカに来たのですか? イスタニアでもやれることはあったはずです」
「まずは〈お婆々〉と呼ばれる時空士に会いに来ました」
「時空士ですか。なかなかアスカのことに詳しそうですね」
「いや、実際のところ、あまりよく分かっておりません。ただ、このニケが巫女でしたからお婆々との接点があったというだけです」
「なんと、巫女でしたか! 時空の巫女に異世界の剣士、それにすさまじい魔力を持つ魔導士……。 確かに何かが出来そうではありますな」
キビズはリアには言及しなかったが、リアはこういうことは慣れっこだ。別に嫉妬もしない。そんなすごい人たちと冒険しながら、アスカまで来た自分をむしろ褒めてやりたいほどだ。
「リアだって弓の名手だし」
マルティナが口を挟んだ。
「マルティナ、ありがと。でも、大丈夫。私は私のできることをするだけだから」
「ああ、すまないね、リアさん。お三方を持ち上げて、リアさんだけ放っておくのは紳士的ではなかった」
キビズは人間式に頭を下げた。
「町長さん、気にしないでください。話の続きを」
リアの最近の成長は著しい。目立たず、泣き言を言わず、きっちり求められたことをこなしている。
「ええ。ジン殿、端的に言えば、私がここに来たのは、その旅に連れて行ってほしい者がいるのです」
「なぜですか?」
「その者、ですが……彼は白線虫に侵されています。ですが、それでも、人として行動しているのです」
ジンは絶句した。そんなことがありうるのか?
「彼はここよりずいぶん南、魔の森のほとりの森で白線虫に蝕まれました。多くの者が彼が白線虫を飲み込むところを見たのです。しかし、彼はそれを制御して、人として行動し続けています。正直なところ、完全に信用できるかと言えば、私も分かりません。ただ、彼は、白線虫に侵される前と変わらず、正義感の強いの騎士であり続けています」
「騎士? アスカにも騎士はいるのですか?」
「ああ、彼はアスカ人……あなた方が言うところの獣人ではありません。人間です」
「町長、あの白線虫、一度体内に入った白線虫を取り出すことはアスカの人でもできないのですか?」
「それは出来ます。電撃魔法を加えれば一発です。しかし、切り離された人は死にます。外科的に切り離すには頭の中を切る必要があり、これも無理です。アスカでは白線虫が人の精神を乗っ取る過程で、人の脳と強固に結びついて、同化して、脳の一部になっていると考えています。そんなものを取り除けば、死んでしまうのは当然です」
「そこまで強固に結びつくのなら、彼はなぜ、人として生きていられるのだ?」
「分かりません。ですが、そこにこの魔物禍を終わらせる鍵がある、と多くのアスカ人が考えています」
「キビズ殿。帝国のシャイファー王子殿下が白線虫に乗っ取られた。弟君であられるベラスケス殿下は乗っ取られた後のシャイファー殿下と話されたそうだ。口調から何から、乗っ取られる前のシャイファー殿下と何ら変わりはなかったそうだ。つまり、乗っ取られた後も人間のふりが出来るらしい。キビズ殿には申し訳ないが、俺にはその男が完全に信頼できそうもない」
ジンは正直に胸の内を明かした。
「ジン殿。あなたの疑心は分かります。とにかく一度お会いください」