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154. ナバロの仮説―1

「私は当初、魔物たちは生存権の確保、言い方を変えれば、食い扶持を失って人間界に出てきたのだと考えていました。いや、多分、津波の時点では実際にそうだったはずです」


「ナバロ殿、それは俺も同じ考えだ。だが、その後、人間の軍隊のような組織的な行動をとり始めた。俺はあの時点で何らかの意思が働き始めた、と見ていた」


「ええ。その通りです。ただ、私の仮説は厳密には違います。魔物の動きはそれのずいぶん前から変わっていたのだと思います。もう少しいえば、生存権を失った魔物が、彼らにとって、余計に生存を危うくさせる、もっと危険な人間界に大挙して出てくるとは思えません。私のこれまでの研究によると、魔物は人間ほど知的ではありませんが、動物程本能だけで動いているわけではありません。人間界に出れば、殺される、と言うことぐらいは彼らが分かっていたからこそ、これまで魔の森を出なかったのです」


 知らぬうちに狩りから戻ってきていたノーラがナバロの話を聞いていた。話に熱中しすぎていたジンは全く気付かなかった。


「ノーラ、ツツ、いつの間に……」


「いや、ずいぶん前から聞いているぞ。で、この御仁は誰だ?」


「あ、もしかしてラオ男爵ですよね?」


「ああ、いや、もう、ラオ男爵ではない。ノーラだ」


「やっぱり! 私はナバロと申します」


「ノーラさん、そう、大賢者ナバロ。大賢者に見えないところは突っ込まないであげてね」


 マルティナが要らぬ突っ込みを入れた。


「マルティナ、失礼なことを言うのではない。ナバロ殿、良しなに。で、続きを」


 ノーラもマルティナが言ったことと全く同じことを考えていたが、それを口にしたマルティナを(たしな)めた。


「え、ええ。そう。そして、魔物たちはそうであるにもかかわらず、危険な人間界に出てきたのです。これは不自然です」


「しかしな、ナバロ殿。俺なんかは津波の前から、魔の森の外で結構魔物と戦ってきたぞ?」


 冒険者であるファウラーはずっと黙って話を聞いていたが合点(がてん)の行かないところについて、確認した。


「ええと?」


「ファウラーだ」


「ファウラー殿。しかし、それは魔の森のほとりの森や、その森のすぐ傍ではなかったですか? 決して完全に人間界である都市や街周辺ではなかったはずです」


「まあ、そうだ」


「ファウラー、まずは最後まで話を聞いてみようではないか。その上で合点の行かないところなどを訊くとしようではないか」


 ナッシュマンがそう言うと、ファウラーは黙って頷いた。


「いや、何でも訊いてください。私が今からする話はあくまでも仮説にすぎません。むしろその仮説を裏付ける話を皆さんから聞きたいと思って、この距離をひたすら北に向かってやってきたのですから」


 ナバロがそう言うと、皆が頷いた。


「つまり、津波の直後、何かがあった。それは私自身が目撃したことと合致するのです。私は津波から逃れて、命からがらリーチェまで逃れました。ご存じの通り、リーチェは魔の森のほとりの森に相当近い街です。そこで、途轍(とてつ)もなく広範囲に広がる黒い魔力を見たのです」


「ま、待て! 黒い魔力だと!?」


 ジンは洞穴の集落の長老の話を、当然覚えていた。


「ええ、私はこう見えて魔導士なのです。いや、魔導士であることと魔力が見えることは別のことですが、ええ、私は魔力が見えます。今もマルティナの七色の魔力とジン殿の真っ白な眩しい魔力が見えております。いや、話がそれました。その黒い魔力がリーチェの近く、魔の森のほとりの森の中で発生したのを私ははっきりと見たのです」


 皆は相槌も打てないほどに、ただナバロの話に引き込まれていた。


「リーチェが陥落したのはその直後です。魔の森から溢れた魔物たちが集団でリーチェを襲いました。リーチェも辺境の都市ですから、もちろん、防衛体制はそこそこありましたが、相手は無数の魔物、しかも、弓の射程圏内に入らない上に、入るときはトロルを前面に押し立てて、矢避けにするなど、組織立った行動が見られたのです」


 ジンが何度も体験してきた魔物たちの組織立った行動だった。ジンたちはただ頷いた。


「リーチェを逃れてファルハナに向かいましたが、ファルハナもすでに陥落していて、街の中に入れる状況ではありませんでした」


 ノーラはそれを聞いて、少し俯いた。ナバロがファルハナに来たタイミング。それはまさしくノーラのトラウマになっているあの地下牢で過ごした時だったからだった。


「ただ、ファルハナ周辺でファルハナから逃れてくる人たちに会えました。みんな口々に言うのです。『鉄砲があれば』と」


 ノーラにとっては聞くに辛い話だった。鉄砲を開発したファルハナを鉄砲で守れなかったのはひとえにノーラの判断によることだったからだ。ノーラが技術と技術者をオーサークに逃したからだ。


 ジンはたまらず、口を開いた。ノーラを弁護するかのように話し始めた。


「それは、あの時、ノオルズ公爵やアジィスに鉄砲とその技術を……」


「ジン、よい。ナバロ殿の話を聞こうではないか」


 ノーラはそれを遮った。ジンの気持ちはもちろんありがたかったが、反面、またあの判断の正否を考えなければならないと思うと憂鬱になるのだ。


(もう、終わったことだ)


 ノーラはそのことについてこれ以上考えたくなかったのだ。


「え、ええ。それで私は鉄砲の存在を知ったのです。そして、確信しました。『こんなものがイスタニアで開発されるわけがない』と」


「どうしてそう思った?」


 ジンはナバロがそう思った理由に興味を持った。


「ジン殿、それを私は説明したくてたまりません。でも、それは、また今度にしましょう。それ以上に大切な私の仮説の根本部分を、私はまだ話しておりません」


「ああ、すまぬ、ナバロ殿、続けてくれ」


「鉄砲、そして黒い魔力。これらの謎を抱えたまま、魔物から逃れるように東に東に逃げました。ウォデルです。ウォデルではまだ今のように対魔物の最前線になっていませんでした」


「いや、ウォデルは今も、というか、すでに最前線ではない。もう魔物にやられてしまった」


「そ、そうなのですか!? であれば、もう猶予はそんなにないのかもしれません。ウォデルから私はパディーヤ、そして、北部大森林を北に抜けてオーサークに着きました。ここで、初めて鉄砲を実際にこの手にしたのです。まあ、それを詳しく話すとまた長くなるので、おいておきますが、それがあってジン殿のことを知りました。ジン殿を知り、私の仮説の一つが出来ました。その後、いろいろとあって、マグノ砦前に陣を張るベラスケス殿下とお会い出来ました。そこで白線虫の存在を知りました。それで、もう一つの仮説が出来ました。これら二つの仮説は繋がっています」


「いや、俺とあの気持ちの悪い白い虫が繋がっているとは思いたくないのだがな」


「出どころが繋がっているだけで、別にジン殿と白い虫が繋がっているわけではありません」


「出どころ? 俺のいた会津にも日本にもあんなものはいなかった」


「ええ、分かっています。少し説明させてください。まず鉄砲です。あれの設計思想に魔法的要素が皆無なのが私には不思議でした。ジン殿は魔弓というのをご存じでしょうか?」


「ああ。聞いたことがある。魔道具化した弓だな。飛距離や殺傷能力が高かったりする」


「ええ。それがこのイスタニアの人々の考え方です。鉄砲は思いつきません」


「なるほどな。分かった。続けてくれ」


「ええ、それでこれは大天才によって作られたか、何か異質な文化圏から来たはずだと、頭の中では結論付けていました。そして、ベラスケス殿下と話すとその人物は大天才どころか……失礼な物言いになっていたら申し訳ありません……ただの剣士と言うではないですか。しかも見た目が異国風で、持つ剣も異国風。イスタニアでそんな剣が目撃された例は、スカリオン公国の建国神話の中にしかありません。スカリオン公国の建国神話。まあ、端的に言えば、異世界からやって来た女生(にょしょう)が国を救う、というお話ですが、ここで異世界というキーワードに初めて出会いました。鉄砲の異質さ、ジン殿ご自身の異質さ、スカリオン公国の建国神話、異世界。私の頭の中でこれらが結びついたのです」


「なるほど。その点については俺ももう否定はしない。帰り方が分からないという点において、俺の祖国は異世界なんだろう」


「で、もう一つの異世界からの侵入者。こちらの方が古くから侵入していた可能性がありますが、それが魔物です」


 皆が驚いて絶句していると、ニケがとことこと階段から降りてきた。ポーションづくりもひと段落したのだろうか。居間に入ると、皆が見知らぬ男を取り囲んでいる。


「ん? なに? だれ?」


「ニケ、お前も来い。この人はナバロ。大賢者だそうだ」


 ジンはナバロの続きが早く聞きたかったので、ナバロの紹介は非常に雑な形で終わった。


「大賢者? まあ、わかった。ナバロさん、こんにちは、ニケです」


 ニケはなんだかよくわからないが、言われた通りに皆に加わった。


「ニケさん。ニケさんの話もいろんなところで訊きましたが、こんなに幼いお嬢さんだったとは……」


「ナバロ殿、続きを」


 ジンは続きを急かした。


「ええ、魔物は昔から魔の森から時々出てきます。彼らが森から溢れた記録や神話もあります。かなり昔からここにいたのでしょう。ここからが、私の仮説の肝になるのですが、魔物たちよりずっと前に異世界からやって来た存在がいます」


「白線虫か!?」


 ジンはようやく核心に迫ってもらえると思って、身を乗り出した。


「いいえ、違います。人間です。正しくは、我々のような人間。ニケさんのような獣人たちではない、人間です」


長いダイアローグだけの一話になってしまいましたが、まだこんな調子が続きます。

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