152. マグノ砦の攻防
「前方、五〇〇ミノル、十数体のトロル率いる地上軍です。上空には敵ワイバーンの支援あり!」
観測兵がそう告げると、ローデスは魔道騎士団を率いる団長と鉄砲隊の大隊長に命じた。
「三〇〇まで引きつけて、鉄砲隊は攻撃開始。二〇〇ミノルラインを破られたら、電撃魔法使いが一〇〇ミノル突出して、電撃魔法を放て」
「はっ!」
命じられた魔道騎士団長はすぐに魔道騎士団に戻って行く。魔道騎士団の魔道騎士たちは乗馬、騎馬戦はもちろんマルティナに比べて優秀だが、魔法の到達距離は、マルティナが二〇〇ミノルほどのところ、彼らは頑張って一五〇ミノル程、絶対射程と言えば一〇〇ミノルだ。なので、多少、本陣より突出しなければ、鉄砲隊が撃ち漏らした魔物を打撃できないのだ。
マグノ砦に立てこもる第一軍と魔物たちは、時々こうして突出してくる。
しかし、たいていの場合、鉄砲の射程に入る前に砦に撤退していくのが常だった。だが、こう言った威嚇が長い期間、マグノ砦に相対している第二軍の精神的体力を削っていた。
明らかに魔物兵力を減らさないように、第二軍のミスを狙っている動きだった。
◇
「くそっ! またこけおどしか!」
ローデスは毒づいた。
「司令、こけおどしでよかったじゃないですか」
大隊長の一人がそうローデスを慰めた。
「いい事なんてあるものか。もう何カ月だ? こうしてずっと対峙するうちに兵はどんどん疲弊してきている」
「あと一週間もすれば三分の一の兵がゲトバールに帰れます。もう三分の一は南部農村の守りに就きます。もう少しの我慢です」
兵員の交代がある。そんなことはローデスはもちろん承知していた。疲れているのは兵ではなく、彼だった。
「一万三千もの兵力だ。いっそ決着を付けたくなる」
「それは殿下の指示とは異なります。司令」
「分かっておる! ただな、敵はなぜ地竜を出してこない。出てこれば葬りようもあるというものだ。あれさえ葬れば、砦を奪還できるというのに!」
◇
第二軍がここマグノ砦まで来て、すでに二ケ月がたった。時々突出してくる魔物たちを撃退すべく、陣から出撃しては、陣に戻るという行動を繰り返していた。
そのかいもあって、兵は一人として欠けていないが、相手の魔物たちにも何ら打撃を加えられていない。ただいたずらに兵糧を消費しているだけだった。
二週間に一度、ゲトバールから輜重隊が到着する。最初は弾薬の補給が多かったが、ここのところ、弾薬ではなく専ら食料が届く。弾薬は全くと言って消費していないのだ。
そんな第二軍、総大将であるベラスケスの元にゲトバールに駐屯している竜騎士の一人から報がもたらされた。
〈ウォデル陥落〉
その一報を受けたベラスケスは考えた。
(これは魔物たちにしてやられたのか? 地竜を見せびらかして、我が軍が怖気づいている間に、ワイバーンなどの空の戦力をウォデルに回したのかもしれない……)
ベラスケスはそう考えた後、ローデスに告げた。
「あと数日後には敵からやってくるはずだ。地竜とワイバーンを前面に押し出してくるだろう」
「殿下、今日も連中はいつもの攻撃を仕掛けてくるだけでした。なぜ、そうお思いになるのですか?」
「やつらはここで我々が手をこまねいている間に、小賢しくもこっそりとワイバーンを南に回しておったのだ。そうとしか思えん。それでウォデルが落ちた。今しがた、その報を持って竜騎士がここに来た。ワイバーンたちがすでにマグノ砦に戻っていても不思議はないだろう。だとすると、敵は出てくるはずだ」
「ウォデルが落ちた……地竜、ワイバーン、それに地上戦力ですか……」
「パディーヤが落ちれば次はオーサークが戦場になるだろう。そうなれば、帝国の継戦能力が危うい。我々はさっさとマグノ砦を落として、敵をここに釘付けにしなければ、もうアンダロス北部穀倉地帯は魔物にやられるだろうな」
「しかし、殿下、地竜です。そんなものを倒した経験はここにいる誰にもありません」
「なに、地竜も同じ思いだ。あ奴も未だかつて鉄砲を相手にしたことはなかろう」
◇
ベラスケスの予想は当たっていた。
「敵襲! てきしゅーーー!」
櫓の上で遠くを監視する観測手の叫びに、ローデスはまた敵の見せかけの攻撃が始まったと思ったが、軍司令である彼は的確に指示を出した。
「鉄砲兵、前に! 魔導士は後方待機、戦況によりいつでも前に出られるように用意!」
何度も何度も繰り返してきた動きだ。兵たちも手慣れたもので、即座に陣形が完成した。
「じ、地竜です!」
観測手の言葉にローデスの頭にベラスケスの言葉がよみがえって来た。
「ちっ、本当に来やがったか!」
そう小さく呟いた後、指示を出した。
「鉄砲手! ワイバーンは無視せよ! 銃騎兵隊は全員下乗! 鉄砲隊に加われ!」
この作戦は何度も何度も話し合われてきた。もし、地竜が出てきた場合、全鉄砲を地竜に集中する、と。鉄砲の優位点はその射程の長さだ。地竜が吐く火焔は届いてせいぜい二〇〇ミノル。鉄砲は四〇〇は届いて、射程は三〇〇ほどもある。地竜が二〇〇ミノルにまで迫るまで、一〇〇から二〇〇ミノル、地竜が進む間、向こうは攻撃できずにこちらだけ攻撃できる時間帯がある。この間に地竜を殺る。おおまかに言って、決定した作戦はそれだった。ローデスはそれに従って命令を各隊大隊長に下していく。
実際問題として、全鉄砲の標的が地竜に集中すれば、フリーになったワイバーンたちは鉄砲手たちを手あたり次第に襲うだろう。急降下して、一撃で十数名の鉄砲手がなぎ倒されるかもしれない。
しかし、その空からの圧力に負けて、地竜への攻撃をそっちのけにして、ワイバーンを鉄砲手たちが撃ち始めれば、この計画は台無しになってしまう。作戦の肝は鉄砲手の覚悟だった。自分たちが倒されても地竜だけは絶対に倒す。でなければ、どっちにしても地竜に二〇〇ミノルの近さまで接近を許せば、鉄砲隊は火焔で消し炭に変えられるのだから。
「いいか、復唱しろ、『地竜が倒れるまで、全弾討ち尽くすまで』だ」
「「「「「「地竜が倒れるまで! 全弾討ち尽くすまで!」」」」」」
◇
マグノ砦の方向、残雪の荒野に広がる魔物の群れが、櫓の上からでなくとも見えるようになってきた。
ベラスケスは少し前に天幕を出て、ローデスの隣に立っていた。
「ローデス、ついに来やがったな」
「ええ、殿下。手っ取り早くて助かります」
「はは、手っ取り早い、か。確かにいい加減、睨み合いには飽き飽きしておったからな」
「殿下、四〇〇ミノルのポイントで発砲号令をお願いいたします」
「ああ、承知した」
敵の軍団がどんどん近づいて来る。地竜を前面中央に、同化された第一軍の兵士たちが鉄砲を携えて、その両翼に二千人ほどが展開している。こちらが発砲するとほぼ同じタイミングで向こうも発砲し始めるだろう。
地竜の火焔を除けば、火力は圧倒的に第二軍に軍配が上がる。しかし、距離が二〇〇ミノルを切れば、その火力差は逆転するだろう。
「でかいな」
ベラスケスが呟いた。距離はまだ五〇〇ミノル程もあるのに、地竜の巨体ははっきりと見える。
「ええ、デカいですな」
ローデスも視線を敵軍団から逸らすことなくそう応えた。
「殿下、そろそろにございます」
「ああ、分かっておる」
地面で敵が発砲した弾が跳弾した音が聞こえ始めた。向こうの方が先に発砲し始めたようだ。
「短気は損気って言葉を教えてやろう……鉄砲手! 構え!」
ベラスケスがあらん限りの声量でそう指示をした。
「撃ーーーーーーー!」
全六千丁の鉄砲が火を噴いた。狙いは地竜。
四〇〇ミノルも離れているとはいえ、相手はデカい地竜である。多くの銃弾が命中した。
しかし、その大半は地竜の硬い鱗を破れず、跳弾していく。ただ、正面角から命中した弾丸は鱗を破り、地竜の体内に入り込んでいるのだろう。地竜が暴れ始めた。
「よし! 撃ち続けよ!」
敵鉄砲隊も本格的に発砲し始めた。第二軍の五十人ほどの鉄砲手が被弾して倒れたが、ベラスケスの命令に変更はない。敵の鉄砲は旧式だ。次弾が来るのにはまだ時間がある。
「敵、鉄砲手を無視せよ! 地竜を撃て!」
◇
地竜は全長にして二十ミノルにもなる巨体をのたうち回りながらも前に進んでいた。何千もの銃弾が容赦なく、硬い鱗を粉砕して、体内にめり込んできているのだ。すさまじい量の出血を強いられながらも、内なる声に従って、ただ、ただ、前に進んでいた。
「で、殿下、一度下がりましょう!」
「馬鹿を言うな、ローデス。下がればあ奴に銃弾を叩きこめないではないか。ここが正念場だ。気弱なことを言うな」
「し、しかし!」
ベラスケスはそれに返答する代わりに、兵たちを叱咤した。
「ビビるな! 余もここにいる! 撃て! 撃て! 撃つんだ!」
鱗が無数の銃弾により、粉砕されたり剝がされたりし始めた地竜は、真っ赤な地肌を晒し始めた。そこに容赦なく銃弾が叩きこまれる。
全ての銃弾が地竜に向かうことで、全くのフリーとなっているワイバーン十数頭が第二軍の鉄砲手たちを容赦なくなぎ倒し、同化された第一軍の鉄砲兵たちも装弾が完了して次弾を発砲した。
ベラスケスの指示に、ひたすら発砲を続ける鉄砲手たちもすでに千人ほどが犠牲になっていた。
地竜までの距離はおよそ二〇〇ミノル。すでに地竜の火焔の射程距離になっていた。
血まみれの身体を引き起こして、地竜が天を仰ぎ見るようにして、上を見た。
その口には火焔が含まれているのが、それに向かって撃ち続ける鉄砲兵たちにも、ベラスケスたちにも見えた。
「……ローデス、すまん。間に合わんかった」
「殿下、お供します」
ローデスがそう言った瞬間、地竜の口から猛烈な火焔が空に向かって放たれた。地竜はそれを目標であるベラスケスたちに向けようと頭を下げた時、無数の弾丸を開かれた口内に受けた。
「ぎぎぎぎあああああああああ」
耳をつんざくばかりの咆哮を上げた地竜は、口から炎を溢れさせたまま、どうっと地面に倒れ込んだ。
「今だ! 調子に乗っている敵鉄砲手とワイバーンを叩き潰せ!」
ベラスケスが叫んだ。
鉄砲手たちは目標を地竜から同化された第一軍の兵やワイバーンに切り替えて発砲し始めると、魔物軍は突然劣勢に立たされた。
後ろに控えていたトロルたちを残して、同化された兵たちは後退を始めた。
「トロルを殿にして、砦に戻るつもりなのだろうが、そうはさせぬ」
ベラスケスは低くそう呟いて、全軍に号令をかけた。
「銃騎兵は乗馬! 突撃を敢行する!」
「「「「「「ううううううらああああああああ」」」」」」
帝国式の歓呼が木霊した。下乗して銃歩兵に並んでひたすら発砲していた銃騎兵たちだったが、それは彼ら本来の働きではない。馬に乗って機動性を生かしつつ、敵に銃撃を加える。機動力と打撃力を兼ね備える部隊が銃騎兵だ。その活躍の場が来たことに、銃騎兵たちが沸き立った。
「突撃ーーーーーーー!」
ベラスケスの指示に銃騎兵隊が突撃を開始した。
細かい説明はなくとも、銃騎兵の最初の目標はトロルたちだ。彼らがいれば、突撃が困難なものになる。馬に乗りながら、眉間に命中させるのは至難の業だが、これだけ数がいれば、誰かが当てる。迫るトロルやオーガたちが次々に倒れていく。
銃騎兵隊たちが殿を食い尽くしたころ、ベラスケスは新たな命令を発した。
「銃歩兵隊、前進! ワイバーンを駆逐せよ!」
銃騎兵隊の第一目標がトロルなのをいいことに、上空から好き放題に銃騎兵を襲うワイバーンたちにも容赦なく後方から鉄砲が撃ちかけられ始めた。
「魔道騎士! 敵死骸を焼きながら、銃歩兵の後ろに着け」
次々にベラスケスは命令を放っていく。ベラスケスの頭にはあの白い生物があった。あれが死骸から湧きだして、第二軍の兵に乗り移れば、味方の中に敵を生むことになる。魔道騎士に命じた仕事は重要なものだった。
砦に撤退しつつあった同化された第一軍の銃歩兵隊が急に撤退の歩みを止めて、追いかける第二軍銃騎兵隊の方を向いた。
そして、整然と一列横隊になって、片膝をついて銃を構えた。
「いかん、敵斉射、来るぞ!」
ローデスの声はすでにかなり前方に突出している銃騎兵たちには聞こえるわけもなかったが、彼がそう叫んだ。
「なに、敵は逃げることをあきらめたのだ。多少の被害は出るだろうが、これで敵はお終いだ。おちつけ、ローデス」
ベラスケスの言うとおりになった。敵斉射によって、銃騎兵隊十数名が倒されたが、装填の遅い旧式銃だ。一斉射の後無力になった第一軍の兵たちは次々に銃騎兵隊に打ち取られ、屍を荒野にさらした。
第二軍の人的被害はおよそ三千人。しかし、一万の兵力を維持したままベラスケスはマグノ砦の奪還に成功したのだった。
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