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149. 凶報

 ジンたちが第二軍を離れてすでに二ケ月、帝都ゲトバールを発って五日ほど、春の陽気、とまでは行かないが、季節は春に変わりつつあった。


 ラスター帝国北部。

 美しい雪解けの景色が広がっていた。

 点在する小さな森と、草原。草原の草花はまだ芽吹いたばかりで青々とはなっていない。


 ジンは十数日前、まだゲトバールに滞在していたころに、メルカドに頼んで、未だにマグノ砦に魔物軍を封じ込めている第二軍のベラスケス、そこから真南に下りて、新アンダロス王国とスカリオン公国を結ぶ新街道及び国境街道上の新砦建設の進捗状況、そこからオーサークに飛んで、インゴたちへの報告とオーサークの状況視察を依頼した。


 いかに竜騎士とはいえ、この距離を数日で飛んで戻ってくるわけには行かないが、そろそろ戻ってくる時期が近付いていた。


 ジンたちはゲトバールからメドゥリン向かう中央街道をひたすら北に向かっていた。街道上にいる限り、メルカドがジンたちを見失うことはないはずだ。


 中央街道は魔物の勢力圏ではない。冬が終わり、帝国でも南北間での物資の動きが再開され、ジンたちは幾十もの商隊とすれ違った。街道の脇には除雪された土交じりの雪がうず高く積まれている。街道の石畳の上にはもう雪は残っていなかった。


「なあ、ジン、ここを行く限り、帝国はまだ大丈夫に思えるな」


 ノーラは帝国の南部農村地帯やマグノ砦までの道をずっと魔物と戦いながら移動した。それに比べ、この中央街道の状況があまりにも平和であることに言及している。


「ノーラ、それは第二軍がマグノ砦に魔物たちを封じ込めているからだろう。ウォデルのミルザ伯爵、オーサークのインゴさん、それにベラスケス殿下。彼らたちがイスタニアを守っている」


「ファルハナが気にかかるな、ジン」


「ああ、だが、メルカド殿にファルハナまで行ってもらうことはできなかった。さすがに遠すぎる」


 ジンが言うことには一理ある。ウォデルやファルハナは遠すぎるのだ。それを頼めばメルカドは行ってくれるに違いない。しかし、時間がかかりすぎてしまう。ゲトバールとオーサーク、それにマグノ砦に滞陣するベラスケスとコンタクトを取るのが精いっぱいの状況だった。それ以上、脚を、いや羽を伸ばすように頼めば、入ってくる情報は古いものになってしまって、ジンたちの行動指針の決定に資する情報にはならないのだ。


「しかし、遠くまで来たものだな、ジン」


「ああ。イスタニアの北の果て。もっと北、というか北東にも帝国は広がっているが、もはやその辺りはほぼ無人だ。メドゥリンが事実上のイスタニア最北端になるだろう」


 ジンもファルハナのことを考えていた。ファルハナを出たのはもう半年前にもなる。ウォデルから物資の搬入はうまく行っている、とは聞いたが、それ以降の情報については皆無だ。ジンはヤダフやモレノの顔を思い浮かべていた。


「ファルハナに多くの人々は住んでいない。西地区の使われなくなった住居の解体と開墾がうまく行けば、この夏か秋からはウォデルからの食料への依存度がかなり減る計画だった。それが今どうなっているのか、やはり私は気になるな」


「ああ、ノーラ、それは俺だって気になっている。だけど俺たちはもうファルハナから遠く離れすぎてしまった。今は前に進むことだけ考えよう」


「ふふ。そのセリフはいつか私がジンに言ったことだ。それをジンから聞けて、私は嬉しいよ」


 思えばジンは本当に遠くまで来てしまった。会津を出て伏見に。伏見から魔の森のほとりの森に、そして、グプタ村からファルハナへ。そのファルハナですら、もう半年ほども移動しなければ戻れない距離にまでジンたちは来てしまっていた。


 メドゥリンにはあと十日も進めば到着するところまで来ていた。


 帝都を出発する際、ベラスケスが待たせてくれた書面は恐ろしいまでの効力を発揮した。


 すぐに荷馬車が整えられ、大量の食料と弾薬がそれに積み込まれた。御者(ぎょしゃ)まで用意されていたが、それは断った。非戦闘員が増えれば、それだけ守るべき人が増えて、ジンたちの負担が増えるからだった。馬に乗れないチャゴやニケ、それにカルデナスが御者を交代しながら務めていた。


 ここに来るまで、中央街道沿いの小都市で補給も出来た。しかもそれら補給にお金が一切かからない、というおまけつきだった。帝国政府がその代金を払うという約定がベラスケスの書面には書かれていたのだ。


 このペースで行けば、夏になる前にメドゥリンに到着できる。心配なことは多いが、すくなくとも夏に間に合ったことに一行は安堵した。



 ◇



 メルカドが戻ってこない。


 ジンはだんだんと不安を募らせていた。一行は街道上を北進しているだけなので、メルカドがジンたちを見つけられないということはあり得ない。なのに予定の日程をすでに七日も過ぎていたが彼は戻ってこなかった。


 もうメドゥリンまで四日も進めば到着するところにまでジンたちは到達していた。


 突然、ジンたち一行が大きな影に覆われた。


 ナディア。メルカドの愛騎だった。


 ジンたちの真上、かなり低空で両の翼を広げて急制動をかけ、ジンやノーラたちの真ん前に降り立った。


「ジン殿!」


「メルカド殿!」


「大変です! ウォデルが、ウォデルが落ちました!」


 ジンは返答すらできずに絶句して後、ただ一言小さく呟いた。


「マイルズ……」


「ジン! マイルズのことは今は考えるな!」


 ノーラももちろんマイルズのことは心配だったが、それ以上に、この事態はイスタニア全土に関わる問題だった。


 ウォデルの陥落。それ、すなわち、北部穀倉地帯を失うことと同意義だったのだ。


「メルカド殿、穀倉地帯は?」


 絶句しているジンに変わって、ノーラがメルカドに問うた。


「持ちこたえています。今、戦線はパディーヤにまで後退していますが、まだ穀倉地帯の大部分は無事です」


「戦況は?」


「芳しくありません。パディーヤはウォデルほど守りやすい都市ではありません。それに魔物側からすれば、パディーヤを落とさずとも北部穀倉地帯を蹂躙することはできます。つまり、籠城戦が利かないのです。籠城すれば、魔物たちはパディーヤを放っておいて、穀倉地帯を荒らせばよい、という状況なので、不利な野戦になっています」


「なんという!」


「しかし、朗報もあります。オーサーク軍がすでに一万の鉄砲兵を建設中の新砦から進発し、南下を開始。今は領主連合の領地をパディーヤに向けて進軍中です」


「ウォデルはどうなった?」


「私も正直細かいことは分かりません。生き残りの兵に聞いたところによると、ポートカリスが内側から開いて、トロル数体とオーガたちがなだれ込んだ、とのこと。やはり、例のエルロッドの民がすでにウォデルに潜入していたとしか考えられません」


 ノーラはそれ以上の質問をメルカドにすることを止めて、ジンに対して怒鳴った。


「ジン! いい加減にしろ! しゃんとするんだ!」


「……すまない、ノーラ、それにメルカド殿……。あ! ということは、すぐにインゴ殿に電撃魔法での選別方法を伝えなければ!」


「それはすでに私の方でインゴ殿に伝えてあります。オーサークにエルロッドの民が入れば、インゴ殿がすぐに対処するはずです」


「なら、よかった」


 安易な返事をするジンにノーラが追い打ちをかけた。


「『ならよかった』ではない! ジン、ファルハナのことはもうお前の心の中にないのか!?」


「ファルハナ……」


 ジンは思い出したようにファルハナの街の名を呟いて、また思考停止になっている。マイルズのことが頭にこびりついて離れないようだ。


「ラオ男爵。オーサークでこの情報を得て、ウォデルに行ったのですから、ファルハナにも当然行きました。ナディアには無理をさせましたが、イスタニア全体としての状況がかなり分かりました」


「で、ファルハナの状況は!?」


「それが、幸いなことにファルハナは強固です。人数が少ない、ということもむしろ功を奏したようで、ウォデルからの食料で食いつなぎつつ、西地区の農園からの収穫がすでに上がり始め、辺境にあって、対魔物の強固な要塞になりつつあります。まるで、人類が魔物の領域に残した喉に刺さる魚の骨のような存在になりつつあります。ヤダフさんとモレノさんをこうなる前にファルハナに入れたのが正解でした。次々に強力な武器を生み出し、魔物を撃退しています」


「ヤダフ……モレノ……」


 ジンはメルカドの説明を聞きながら、そう呟き、必死に考えているようだった。


「ジン、大丈夫か!?」


 ノーラはジンがマイルズのことでショックを受けすぎて何も考えられないようになっていると思った。


「いや、ノーラ、大丈夫だ。メルカド殿、ナディアに乗って、俺がパディーヤに行くことなど、出来るはずはないよな?」


「ええ、ジン殿、それは無理です」


「ならば、もはや俺に出来ることはない。それにファルハナが持ちこたえていることは朗報だ。だな、ノーラ?」


「ああ、さすがは父上だ」


「ああ、ガネッシュ様なら、必要とあらば、ファルハナを人類最後の砦にすら作り替えるだろう。俺たちは前に進む。そうだな?」


 まるで自分に言い聞かせるように、ジンはノーラにそう問いかけた。


「ああ。ジン、アスカに行こう。メドゥリンはもう目と鼻の先だ」


 ジンはノーラの言葉にただ頷いた。頷きつつ、マイルズのあの笑顔が頭に浮かぶ。


(マイルズ、頼む、無事であってくれ)



 ◇



 まだ残雪交じりの小高い丘を進む一行の眼下に、海が見えてきた。


 北海だ。


 ついに、ジンたちは最果ての地までやって来たのだった。

 その海岸沿いに小さな漁村が見えた。メドゥリンだ。


 このイスタニア縦断に等しい旅の終着点にしては、いささかみすぼらしいと言わざるを得なかった。


「ジン、あれがメドゥリン?」


 馬車の荷台に座るニケがその真横を愛馬マイルで進むジンにそう訊ねた。


「ああ、あれがメドゥリンでなければ大問題だ。どこかで道を間違えたということだからな」


「ジン、道なんて間違えようがなかったから、あれがメドゥリンなんだね」


「そういうことだ」


「船、見えないよ?」


「ああ、俺もそれに今気が付いた。俺たちはどうやってアスカに行くんだろうな」


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