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146. 選別

「殿下! シャイファー殿下の足取り、見失ってしまいました。申し訳ございません!」


 ベラスケスがジンを自分の天幕に戻らせて一ティックも経たないうちに、竜騎士メルカドとライナスがシャイファー捜索から戻って来た。


「そうか。……詳しく報告せよ」


 無念の感情が現れないように気を付けながら、ベラスケスはそう命じた。


「はい。空中から数百人から千人程度の兵の足跡をたどって西に飛んでおりましたが、おり悪く雪が厳しくなってまいりまして、足跡は途絶えてしまいました。地上に降りてそこから五ノル程西に進んだのですが、もうその時点では足跡などの痕跡は雪でまったく分からなくなってしまいました。メルカドは北西に、私は南西に別れて再度空中から探りを入れたところに、敵ワイバーン、それに例の珍しい空の魔物まで西の空から襲ってきました。二騎ではどうすることも出来ずに、こうして一度帰参いたしました」


「分かった。これ以上の捜索は無理、という理解でよいか?」


「……はい。ここから二十ノルも西に進めば、大量の空の魔物がいます。我々竜騎士だけではどうにもなりません」


「いずれにしてもマグノ砦は奪還しなければならないのだ。西には行く。その方たち、ご苦労だった。下がれ」


「「はっ」」


 天幕の出入り口を守る護衛の兵二名と自分だけになった部屋で、ベラスケスは天を仰いだ。


(兄上はもはや兄上ではなくなってしまったのか……)


 夜も更けてきた。明日にはローデスが手配した〈選別〉を行う予定だった。

 多くの自軍の将兵に電撃魔法を浴びせるのだ。ベラスケスは最低の気分だった。



 ◇



 日が明けた。


 幸いにして風もなく、雪も夜の間に止んだようだった。


 降り積もる新雪に足を取られそうになりながら、第一軍の兵たちが整列し始めた。


 ベラスケスの声が響きわたった。


「第一軍の諸君。朗報だ! 諸君らが言う、『人が変わった』人たちを選別する方法が判明した」


 整列させられた第一軍の兵士、それにほんの一部の第二軍の兵もいる。


 ここに呼ばれた第二軍の兵たちは、直接接近戦をして、第一軍と戦った歩兵の一部だ。ベラスケス曰く「乗り移られている可能性のある兵すべて」は、すべからくここに集められた。


 ベラスケスの声に兵たちがざわめき始めた。


「静粛に! 殿下のお話の途中である。 静粛に!」


 ローデスが大声を張り上げると、兵たちは静かになった。


(今ざわついた連中は間違いなく問題のない兵たちだな)


 ベラスケスは内心そう思った。今から行うことを告げた時、逃げ出そうとする者、これらがすでに〈操り人形〉と化した兵に違いない。すでに鉄砲兵でこの集団を取り囲んで、逃げる者があれば、射殺せよ、と命じてある。


「微弱な電撃魔法。魂を乗っ取られた人間はこれが弱点になる。皆に順番に……」


 ベラスケスがそこまで言った時、集められた集団の中で異変が起こった。ここには四千人ほどが集められていたが、その中に散在する百数十人ほどが同時に同じ方向――ベラスケスや魔導士がいる反対側の方向――にむかって走り始めたのだ。


 まるで、お互い意志が通じ合っているかのように、全く示しあってもいないのに、同じ方向に向かって同時に走り始めた彼らが、すでに操り人形と化しているのは一目瞭然だった。


 第一軍の兵たちの一部は、その逃げようとする兵を取り押さえようとし始めたとき、ベラスケスの声が響いた。


「彼らに触るな!!」


 自分たちの疑いもまだ晴れていない中、逃げ出そうとする兵を捕まえることで、自分たちは正常だとの証しを立てようとした勇敢な兵たちだったが、ベラスケスの一喝に、その動きを止めた。


 ベラスケスや魔導士から見て、兵の集団を挟んで反対側にジンたちがいた。すべてベラスケスは計算していた。今起こっている事態は予想の範囲内だった。ただ、操り人形と化した兵の数までは分かっていなかった。


(ちょっとこれは多すぎるか……)


 魔導士を自分の隣に立たせることで、逆方向に走らせ、そこにジンを置く。そうすることで、ジンがどう動くのか、ベラスケスはそれが見たかったのだ。それにしては予想以上の数の兵が操り人形として紛れ込んでいた。そして、ジンの対応を見るどころか、ジンの安全が慮られる状況になってしまった。


 それでも、この集団を止めようとする兵たちに彼らと接触させたなら、更なる混乱が予想された。ベラスケスはこの百数十人をジンが何とかする、と期待する他なくなってしまった。まさか、『正気』の兵が大勢いる中を走る連中に向けて鉄砲を発砲させるわけにもいかないのだ。


「おい! ジン、なんかおかしいぞ!」


 最初はジン殿、ジン殿、と呼んでいたファウラーだったが、最近はジン呼ばわりだ。ジンは相変わらず『ファウラー殿』と呼んでいる。


「ん、どうした、ファウラー殿?」


 ツツも唸り声を立て始めた。


「ツツ?」


 ジンたちの眼前で、集められた第一軍の兵士の集団がまるで海が割れるように二つに割れた。


 そして、その割れ目から、百人以上の兵たちがまるで無表情に、何の武器も持たずに、ジンたちに向かって突っ込んできた。


 ジンは判断を迫られた。


「マルティナ! 頼む!」


「い、いや。いやに決まってるじゃない!!!」


 マルティナの悲鳴のような拒絶がジンに突き刺さった。


(くそっ! 殺すしかないのか!?)


 彼らは武器を持っていない。やり過ごそうと思えばやり過ごせる。しかし、そうすれば、敵の手先として、彼らは無辜の人々を殺めるのかもしれない。


 ジンは決断を迫られた。


 そして、会津兼定を抜いた


「南無阿弥陀仏……」


 そう呟くと横殴りに一閃した。


 ジンの魔剣攻撃が一度に十人以上の腹を横一文字に切り裂いた。斬られた兵たちの腹からあふれ出る内臓と血は赤く、彼らが人間であることを証明していた。


 唯一、普通の人間と異なる点、それは、彼らが放つ断末魔の声だった。まるでそれは魔物の声の様であり、かつ、人間の感情のようなものは一切感じられなかったのがジンにとっては辛うじての救いと言えば救いだった。


 それでも彼らはまるで無感情に後ろから後ろからジンに向かって走って来る。


「ジン、俺も!」

「ジン、儂に任せろ」


 ファウラーとナッシュマンがそう言ったが、ジンの返事は彼らを驚かせた。


「下がってろ!! 邪魔になる!」


 ジンはまた魔剣を振るう。一度に十数人の命が散る。


「……ジン」


 ノーラはそんなジンを、ただ心配そうに、見つめるしかなかった。


「ああああああああああ!!!!!」


 突然、マルティナの悲鳴、慟哭のような声が響き割った。


 天に無数の雷が交差し、網の目を構成した。そこから、無数の、しかし、細い、電撃が広範囲に渡って放たれた。



 ◇



 リアとエノクに守られていたニケが、彼らを振り払って、マルティナの元に走った。膝をついて泣いているマルティナの頭を抱いて、ニケも涙を流した。


「ニケーーーー! 私、人殺しになっちゃったーー」


「そんなことない」


「ううん、私、今回は死ぬのが分かって撃ったんだ!」


「分かってる。でも、仕方がなかった。マルティナが人殺しなら、ジンだって、私だって人殺しだよ。……鉄砲なんてものを作ったんだから」


 リアもマルティナに走り寄って来た。


「マルティナ、ごめん、私も撃てなかった。全部、ジンやマルティナに任せてしまった。ごめん」


 エノクはただ、慰めることもできない自分が情けなかった。ただ、三人を眺めていた。


 すると、第一軍の兵の一人がマルティナに歩み寄って来た。


 ツツが警戒して、マルティナを守るように立ちはだかった。


「お嬢ちゃん、すまない。でも、ありがとう。お嬢ちゃんの雷、痛かったけど嬉しかったぞ。自分もおかしくなっているんじゃないかと心配してたんだ。でも、俺はお嬢ちゃんの雷でも死ななかった。ありがとう」


「ああ、俺も感謝するぜ!」

「俺もだ!」


 超広範囲に炸裂したマルティナの微弱電撃魔法は、ほとんどの兵士がそれを浴びたようだった。そして、彼らが『人が変わった』者どもになっていないことを証明してくれた。



 ◇



「手っ取り早くて助かったな」


 ジンたちと、集められた兵の集団を挟んで反対側にいたベラスケスがそう呟いた。


「ええ、殿下、やはりあの子は強力な魔導士ですな。微弱電撃とはいえ、この広範囲に、数千人に及ばすことが出来るなど、私は未だかつてこんなに強力な魔導士を見たことがありません」


「余の陣営に欲しいな」


「ジン殿が許しますまい」


「まあな、余もジンの機嫌はあまり損ねたくない。まあ、しばらくは頼りに出来る力だ。それに、余の元を離れても、あ奴らは余の国造りの助けになるだろう」


「……殿下、殿下は時々そうやって先々を見据えたことをおっしゃられる。何か見えておるのですか?」


「見えておる? ローデス、なにかお前は神がかり的なことを期待しておるのか?」


「ええ、まあ」


「馬鹿者。そんなものは余にはない。ただ、奴らが運命の果たす先、それが余に大きな利益をもたらす『はずだ』という予測をしているにすぎん。買いかぶるな」


「はっ」



 ◇



 第一軍の兵士三千人を加えて一万三千に膨れ上がった第二軍は、魔物軍を倒しつつ進んだ。〈選別〉の日のおよそ三週間後、ついにマグノ砦が第二軍に見えてきた。


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