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145. 操り人形

 液体を剣や刀で防ぐことはできない。


 ジンはただ後ろに跳び下がることしかできず、腰から下、下半身に盛大に油を浴びた。


「ジン殿! たぶんその男がサグバード、殿下が私に拘束せよと命じた男だ!」


 ローデスはジンたちの傍まで来ると、そう告げて、馬から降りた。

 ジンはローデスの言葉にただ無言で頷き、そのサグバードらしき、油をジンにかけてきた男から視線を離さない。


「何のつもりだ?」


 一度跳び下がったジンと男との距離は四ミノルほど。男は剣の代わりに松明をジンに向け、何の返答もしない。


 ツツはジンの前に躍り出ると、低いうなり声をあげた。


「ツツ、下がれ!」


 ジンは、ツツは今の状況においては足手まといになると判断して、そう命じると、ツツは警戒を解かないまま、ジンの後ろに下がった。


「ジン、お前に火をつけるつもりだったようだぞ」


 ノーラも鉄砲を構えつつ、ジンの背後にやってきて、ジンや仲間にだけ聞こえる声で小さく呟いた。


「ノーラ、あと、私の電撃魔法も封じられた……」


 マルティナの言葉にジンはハッとした。


(そうか、それが目的か! マルティナの電撃で、俺の袴にかけられた油が発火すれば俺は火だるまになる。だが、俺の魔剣は封じられていない。そう言う意味では拘束はできないが、斬ることはいつだってできる状況ということか)


「ローデス殿、拙者がこの連中を斬ってしまっても問題あるまいか?」


「構わぬ。ただ、殺さないでほしい。こやつらから聞かなければならないことが多いのだ」


 ローデスは小隊規模、十名ほどの兵を連れてきていた。


 謎の兵士五人は既に背中合わせに固まり、剣や松明を突き出して、防御の体制になっている。


「いや、ジン、ジンが下がって。そうしたら、私が魔法を使える。そっちの方がこの人たちに怪我をさせずにすむ」


 マルティナの言葉に、ジンも納得した。それはそうだ。別に連中を切り刻むことだけが能じゃない。マルティナを守る前衛としてはナッシュマンもいるし、ノーラも鉄砲を構えている。


「確かに。ナッシュマン殿、マルティナの前面防御をお願いします」


「ジン、言われなくとも。任せろ」


 ナッシュマンがマルティナの前に出て剣を構えなおし、ジンが後ずさりを始めた、その時、謎の兵士五人が何ら仲間と示し合わせることもなしに、突然マルティナとナッシュマンに向かって突撃をしてきた。


「ジン、ごめん!」


 マルティナはそう言うと、広域魔法、実際にはたった5人なので、広域とは言えないが、多対象に対する魔法を発動した。


 電撃のスパークが暗い夜に美しく糸を引いて向かってくる5人の兵に直撃した。しかし、放電現象はまだ十分に離れ切っていなかったジンの袴になじんだ油にも達して、発火した。


「うわっ!」


 ジンは叫びながら雪面に転がった。


 今回使った電撃魔法も殺す目的ではない。比較的弱い電圧、微弱な電流で、相手を気絶させるためのもので、その目的は十分に達せられた。謎の兵士五人は雪面に倒れた。


 ジンが雪面の上で転がりまくって、火を消そうと奮闘していると、ローデスの兵たちも集まってきて、雪を手に掴んではジンの袴にかけてくれて、鎮火に成功した。


「か、かたじけない」


 ジンはローデスの兵たちにそう礼を述べた。


「ジン、ポーション持っているよね?」


 マルティナはニケがいつもジンや仲間にポーションを数本ずつ持たせていることを知っている。


「ああ、だが、燃えたのは袴だけだ。俺の脚は無事だ……寒いがな」


 ジンの袴は無残に燃え落ちて、穴だらけになっており、熱で真っ赤になった素脚が所々覗いている。


「ローデス殿、それにしてもこの連中、何なのでしょうか?」


「ジン殿、多分この男がサグバードという名の人の好い小隊長だと思う。数名の兵が彼らがこっちに向かったのを見たというのを聞いて、ピンと来たのだ。目的はジン殿と同じ、この変な生き物の死骸なんじゃないか、と」


 ジンとローデスがそんな話をしていると、突然、ナッシュマンが叫んだ。


「おい、ジン! これを見ろ」


 ナッシュマンが剣を向けて指し示す先には、今話雪面に転がって気絶している、サグバードと一緒にいた兵の顔があった。


 ジンやローデス、それにノーラ、マルティナも気絶している兵の周りに集まって来た。その間、ツツは周りを警戒してくれている。


「見ろ!」


 ナッシュマンの言葉に、ローデスが対象に顔を少し近づけた。気絶しているはずの兵の口が開き、中から生白い何かが体の一部を覗かせた。


「これが、その白い変な生き物か?」


 ローデスは唸った。


 と、その時、白い生き物は顔を近づけるローデスに向けて勢いよく飛び出した。


「ふんっ!」


 ジンは居合抜きで会津兼定を下から上に振り上げて一閃し、空中でその謎の生物を両断した。


「気を付けろ! 顔を近づけすぎてはダメだ」


 ジンはそう仲間やローデスたちに告げた。



 ◇



 しかし、このままと言うわけには行かない。寒い雪原に気絶した兵たちを放置しておけば死んでしまうだろう。つい先ほど、ローデスに向けて、白い生き物を吐いた兵は既に亡くなってしまっていた。


「ジン殿、顔を布か何かで覆ってでも、誰かが彼らに近づかなければならぬ。天幕に連れ帰らなければ、このままでは死んでしまう」


 そうして、皆が対応の用意を始めたころ、気絶していた兵たちに異変が起き始めた。皆、そろって痙攣を始めたのだ。 


「そんな……」


 マルティナは小さく呟いた。マルティナが撃ったのは本当に弱い電撃魔法だったのだ。決して人や魔物を殺すようなものではなかったはずなのだ。


 そして、雪原に横たわるサグバードたちの口が開き、例の生白い生物が這い出してきた。


 それら謎の生物は雪原に全身を晒し、そこで動かなくなった。


 ジンは近づいて、剣先で生物を軽く突いてみたが、それはもう動かなかった。


「ノーラ、この奇妙な生き物はもう死んでおるのだろうか」


「たぶんな。ジン、お前はそれを殿下に持って帰らなければならないのだろう」


「ああ、なんとも気持ち悪い代物だが、しかたがない」


 ジンがノーラにそう答えた時、ローデスが呟いた。


「死んでおる」


 ローデスはさっきまで痙攣していた兵たちがすでに事切れていることに気が付いたのだ。


 マルティナはただ無言で佇んでいた。


「マルティナ、お前の考えていることは分かるが、これは断じてお前のせいじゃないぞ。いったい何なのかは分からないが、この白いヤツのしたことだ。お前だって見ただろう。こいつらが這い出してきた瞬間、皆、息絶えたのだから」


「……うん、ジン。そんなに単純には割り切れないけど、でも、そう思うようにする」



 ◇



「これが例の生き物の死骸か」


 ベラスケスは唸るように言った。


 ジンは手ごろな布か何かを用意しそこなって、羽織って来た防寒具にその気持ちの悪い生き物の死骸を包んで持って帰ることにした。袴は破れ、冷たい風が入って来るし、上は防寒性に乏しい幕軍の軍服だった。いかに会津育ちのジンにもこれは寒すぎた。


 唇を寒さに振るわせながらジンは答えた。


「はい、殿下」


「おお、ジン、すまぬ。この外套が必要だな。返そう」


 そう言われて渡されたジンの外套にはなんだかわからない粘液のようなものがべっとりついており、とてもではないがそれを羽織る気がしなかった。


「……いいえ、殿下、大丈夫です」


 そう応えるしかなかった。


「しかし、ジン、こんなものをお前は前の……国でも見たことがあったか?」


「いいえ、全く見たことも聞いたこともございません」


「そうか。ローデス、そして、これが兵たちの口から飛び出してきた、と」


「はい。殿下、それにやはり、兵の遺体の一人がサグバードでした。今、サグバードを知っている者たちに面通しして確認が取れました」


「すると、やはり、あのロンとかいう兵士の話通り、サグバードにこの生物は第一軍の兵士から乗り移った、という仮説が成り立つな」


「はい。あと、殿下、もう一つ大事な情報がございます。マルティナ殿が微弱な電撃魔法で気絶させようとしたのですが、それが原因で、皆、死んでしまいました」


「強力な魔導士だからな、あれは」


 ベラスケスの言葉に、即座にジンが否定した。


「殿下、そうではありません。マルティナは魔物を殺すのには全く躊躇しませんが、人は殺せない子です。そう言う意味では戦争では役立たずなのです。元王宮魔導士で非常に優れた彼女が、魔法の強度を間違えるとは思えません」


 ここにはマルティナはいなかった。この会話を聞いていたらマルティナはきっと今以上に凹んでしまったに違いなかった。


「では、微弱な電流でみんな死んでしまった、と?」


「はい。第一軍との戦闘が始まったばかりの時も同じでした。マルティナに殺す意思はなかったのです。ただ、気絶してくれれば、と使った魔法が多くの第一軍の兵士を殺してしまったようなのです」


 第一軍とは言え、大勢の帝国兵を殺してしまったマルティナをまるで弁護するように、ジンは説明した。


「ジン、ローデス、これは僥倖かもしれんぞ。微弱な電撃魔法では人は死なない。多少痺れたり、弱い奴だと気絶するかも知れんが、死にはしない。〈人が変わった者ども〉を『選別』して一網打尽に出来るぞ!」


「殿下、正気ですか! ご自分の軍の将兵たちですよ? 人間ですよ!? それにマルティナはもう絶対にそんなことをしません。今でもかなり傷ついているのです!」


 ジンはベラスケスの言葉が信じられなかった。


「ジン、お前は甘いな。あの白い生き物が中にいる者ども、あれはもう人ではない。操り人形だと考えろ。それにあの者たち……いや、この白い生き物、これが敵の正体なのかもしれんのだぞ? それに……」


「……それでもです。殿下! 助ける方法はないのですか!?」


 ベラスケスの言葉を遮って、ジンは言った。相手は皇族だ。不敬にもほどがあるが、ベラスケスはそれを咎めることはせずに、理路整然と説明した。


「助ける方法があれば、もちろんそうする。だが今、そんなものは分からないのだ。捕らえた第一軍の兵士三千人、かれらを今の境遇から救い出し、第二軍に吸収しようと思えば、この『選別』が必要になる。お前だってそれぐらいのことは分かるだろう?」


「……マルティナには、やらせません!」


「お前は魔道騎士団の突撃を見てなかったのか。我が軍にも電撃魔導士はいる。ローデス、すぐに手配を始めよ」


「はっ!」


 ローデスが天幕を出ていくと、そこにはジンとベラスケス、それに護衛の兵二人だけとなった。


「なぁ、ジン。お前はこの事態の深刻さが分かっているのか? 敵は魔物のみならず、人間まで操り始めたのだぞ!?」


「はい。……分かっております。拙者の考えは甘いのです。それは、元居た世界でも良く言われました」


「もうよい。そのままの格好でいれば、風邪をひく。さっさと自分の天幕に戻って、暖を取れ」


「はい」


 ジンは言われた通り、ベラスケスの天幕を退出するのだった。


 ベラスケスは黙考する。


(甘い奴だが、信頼できる。人の命に重きを置く男に悪い奴はいない。何とか奴を死なせないようにせねば。まだまだ働いてもらわねばならぬ……)


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