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144. 雪原の変事

 第一軍と第二軍の戦闘は終結した。


 第一軍の〈反乱部隊〉に属し、ボスティックの命によって動いていた兵以外の兵はあらかたすべて拘束されるか、殺害されてしまった。


 拘束された兵の数、およそ三千人。彼らは自主的に武器を置いて、投降した。


 拘束と言っても、実際に手足を縛ったりしたわけではない。そんな時間的余裕も、拘束具も、第二軍は持ち合わせていなかった。ただ、武器を取り上げた後、一所に纏めて雪原に座らせて、鉄砲兵で取り囲んだだけだ。


 しかし、このままにしておくのは問題だった。雪原に何時間もただ座らせていれば、凍傷、悪くすると、低体温症で命の危険すらある。 


「殿下、まだシャイファー殿下の所在が分かりません」


 ナス大隊長がベラスケスの元に来て跪いて、そう報告した。


「ライナス、メルカド、悪いがここより西方面の索敵を頼む。脱出した第一軍の部隊がいないか、見てきてくれ」


「「はっ」」


 メルカドは形式上、ジンに付き従う形にはしたが、ここにいたってそのような線引きなど意味がない。メルカドも帝国兵であることに変わりはない。ベラスカスはなんらジンに慮ることなく、メルカドにもそう命じた。


 二騎の竜騎士が西に飛び発った。



 ◇



「ひっ」

「うわ」

「なんなんだ、これは!」


 マルティナが超広範囲電撃魔法を用いた現場で、生き残った第一軍兵士を捕らえに来た第二軍の兵士たちは口々にそんな言葉を発した。


 彼らが見つけた物。


 それは、このイスタニアにあって、誰一人として見たことのないような代物だった。


 そして、それらは、電撃魔法で気絶した兵士の口から飛び出ていた。


「おい、動いているぞ!」


 兵士の一人が、それに驚いて飛びのいた。


 その長さは人間の男性の上腕部ほどで、太さは握ろうと思えば握れる程度の太さだが、ムカデやヤスデのように無数の脚、いや脚と言うには関節もないので、触手と言った方がいいのだろうか、そんなものが体の両側から無数に生えている物だ。いや、動いているので、生物、と言った方が良いのだろうか。


 ぬめぬめと気持ち悪く生白い(からだ)を雪面でうねらせていたが、やがて動かなくなった。


「おい、見ろ!」


 兵の一人がそう叫ぶと、周りにいた兵も気が付いた。


 そのぬめぬめとした気持ち悪い生き物は倒れている第一軍の兵士たちの口から次々と這い出してきた。


「いったいこれはなんだ!?」


 兵たちは見たこともない光景にしばし茫然としていたが、職務を思い出した。


「おい、生きている者はいないか!?」


 雪原に横たわる無数の兵たちの中から、声が聞こえた。


「生きています」


 その声は、瀕死の者から発せられたにしては明瞭で、無感情で、しかし、弱弱しかった。


 兵たちはすぐさまその声の主を探して、周囲を見渡した。すると、一人の第一軍兵士が立ち上がった。


「無事だったか! 陛下の兵同士で戦闘になってしまったが、生きていてくれてよかった。……ただ、悪いが拘束せよとの命を受けている。大人しく従ってほしい」


 この現場に派遣された第二軍所属の兵たちを纏める小隊長らしき現場指揮官がそう言いながら、立ち上がった第一軍の兵士に歩み寄って行った。


「まさかとは思うが、抵抗なんかするなよ。……まったく、奇妙なことばかり起きるぜ。なぁお前、あの虫みたいなの、なんだかわかるか?」


 その第一軍の兵士はそう問われても、ただ直立して、小隊長が近付いて来るのを無表情で待っている。そして、小隊長が彼の手に届く距離に近づくや否や、がばっと両腕を上げて小隊長の両肩を掴んだ。


「お、おい! 何をする!」


 特に武器も持っていない、その第一軍の兵士から、小隊長もさほどの脅威を感じなかったが、異様な行動にただ驚いた。


 すると、第一軍の兵士はまるで強引にキスをするかのように、顔を小隊長の顔に近づけたのだ。


「おい! いい加減にしろ!」


 そう言いながら、小隊長はその圧迫から逃れようと、自分の肩を掴む第一軍の兵士の両手を跳ねのけようとしたが、予想もしない強い力で掴まれていることに気が付いた。


 少し離れてその様子を見ている周りの兵には状況が理解できず、ただ、助けられた第一軍の兵士がふざけてキスを迫っているようにしか見えなかった。それにしても、小隊長にキスなんて、趣味が悪すぎる、とか、そんなバカバカしいことを考えて、その状況を囃し立て始めた。


「「よっ、ご両人!」」

「「ラブラブじゃんかーー!」」


 小隊長はしゃがみ込んで逃れようとしながら「やめろっ!」と叫んだそのとき、第一軍の兵士の口から、生白い物体が飛び出た、というよりも、伸びた、と言う方がしっくりくる。それは、伸びて、叫ぶ現場指揮官の口に飛び込んだ。


「「「「小隊長!!」」」」


 囃し立てていた、周りの兵もさすがに事態の深刻さに気が付いき、抜剣して、口から気持ち悪い物体を伸ばす第一軍の兵士に躍りかかった。


 しかし、剣を突き立てるまでもなく、それより前に第一軍の兵士はへなへなと雪原に崩れ落ちた。


 兵たちは自分たちの小隊長の急激な変化を目の当たりにしたのはその直後だった。


 口から侵入したそれは、全身をすでに小隊長の体内に潜り込ませていた。兵たちは苦痛に顔をゆがめる小隊長を案じて、声の限り呼びかけた。


「「「「小隊長ーー!!」」」」


 小隊長の顔の血管が浮かびあがり、額から極寒の中だというのに汗が噴き出している。更には両目を見開いて、眼球をぐりぐりとあらぬ方向に動かした。


「おい! 小隊長をすぐに陣に運び込むぞ!」


 兵の一人がそう言って、雪原に横たわる小隊長を抱き起そうとしたとき、小隊長は体を激しく痙攣させたかと思うと、バタバタと陸に打ちあがった魚のように体を激しく雪原の上でのたうった。


 兵たちは、もう、ただ見ているしかなかった。あまりに強い力で痙攣し、のたうち回る大の男を抑え込むことなどできない。


 しばらく続いた痙攣が収まり、小隊長は静かに雪原に横たわっている状態になった。


「小隊長?」


 兵の一人がそう話しかけた。すると小隊長は何事もなかったかのように立ち上がった。

 小隊長は心配する兵たちを無表情に見渡した後、言った。


「……どうした、みんな? 陣に戻るぞ」



 ◇



 日の短い季節にあって、北国の昼間は短い。


 状況が把握できていないこと、まだシャイファーが見つかっていないこと、それに捕らえた第一軍の兵士たち三千人余りの処遇や安全を図るために、ベラスケスは移動することをあきらめ、この第一軍と戦闘になった雪原上に陣立てすることに決めた。


 兵たちは天幕を張り始めた。第一軍の輜重隊から第一軍の生き残り三千人のための天幕も取り出して、張らなければならず、第二軍の兵たちは大忙しだった。


 そんな中、一人の兵がどうしても内々にベラスケスに奏上したいことがあると言っている、とローデスがベラスケスに伝えに来た。


「通常の方式で小隊長から中隊長、そして大隊長と報告を回してはおられないということか?」


「ええ、私が聞いても殿下にしか話せないの一点張りでして」


「分かった。聞こう」


「護衛はいかがしましょう」


「なら、ローデス、爺や、それに……ジン、お前にも頼んでよいか」


「拙者は構いませんが、殿下の優秀な士官たちが嫉妬されるかと」


「この間ずっとお前とは一緒にいたからな。お間の行動は見てきている。余は、今しがた、余が最も信頼する兄上と戦ったのだぞ。しばらく余が見ていなかった者を護衛には使えない」


 ベラスケスの考えにジンは驚いたが、しかし、もっともなことだと思った。


「では、承ってございます」


「うむ。ローデス、その兵を通せ」


「はっ」



 ◇



 兵の名はロンと言うらしい。第二軍第六歩兵大隊所属で、例のマルティナが超広域電撃魔法をぶっ放した現場の後始末に行った兵だった。


「殿下、殿下に直接に、などと礼儀をわきまえない所業をお許しください」


「ロン、だったな? そういう前置きはいらぬ。まず、なぜ余に直接、などと思ったのだ?」


「はい。それは、誰が敵かわからない状況になったと思ったからです」


 この所見はベラスケスにもあった。なにしろ、彼は今しがたまで最も信頼する実の兄の軍と交戦したのだ。


「分かった。ロン、いいか、『失礼があってはいけない』などと考えて、自分の見た物を曲げて余に伝えようとするな。見たままを余に伝えよ。いいな?」


 ベラスケスの念頭には自分の兄があった。兵の報告にそれが含まれるかもと、それを期待したのだ。その場合、シャイファーの話を一兵卒が行うことになる。恐れ多くも第一王子殿下のことを悪しざまには言えない、などと彼が考えて、報告内容を曲げでもすれば真実は自分に伝わらないと思ったのだ。


「はい」


 ロンはそう応えると、ベラスケスの期待に反して、彼はつい先刻の謎の生物と小隊長に起こった変事を説明した。


「その生物かなにかの残骸というか死骸をここに持ってこなかったのか?」


「……私はその死骸の一つでも陣に持ち帰ろうと小隊長に進言したのですが、ただ、必要ない、と言われてしまってそれがかないませんでした」


「小隊長の名は? そしては今どこにいる?」


「小隊長はサグバードさん、と言います。今は、寒いのでもちろん天幕の中にいるとは思います」


「ローデス! すぐにそのサグバードという小隊長を拘束せよ!」


「はっ」


 ローデスは急いで天幕を飛び出した。


「そして、ジン、悪いがマルティナが電撃魔法を使った現場に誰かを連れて行って来てはくれまいか。その奇妙な生き物の死骸があれば持ってきてほしい」


「はい。分かりました」


「一人で行くなよ?」


「ええ、大丈夫です。ツツを連れて行きますので」



 ◇



 ジンはまず、自分たちのために用意された天幕に入った。ツツを連れて行くためだ。


「ジン、どうだった?」


 天幕の入り口が開いて、ジンが入って来るのを認めるとノーラがすぐにそう訊いた。


「どうって、どう説明したらいいか分からん。とにかく、マルティナが電撃魔法を使った現場に今からツツを連れて行くことになった」


「何をしに?」


「謎の生物が出たらしい」


「ガーゴイルか!?」


「いや、なんかそう言うのではないらしい。白い細長い蛇のようなものらしい。よく分からんがその死骸を一つ殿下に持っていく必要があるらしい」


「……殿下も殿下だ。我々は殿下の旗下の兵ではない!」


「ノーラ、まあ、そう言うな。しばらくは第二軍に帯同するのだ。今のところ、殿下と我々の目的は同じだ。出来るだけ協力しようじゃないか」


「わかった。なら私も行こう」


「お嬢様! 戦が起きた直後、まだどんな輩がいるか分かりませぬ! ダメです!」


「ナッシュマン、何を言っておる。だから、ジンだけに行かせるわけにいかないのではないか」


「ノーラ、俺だけで行くのではない。だからツツも連れて行くのだ」


「私が魔法を使った現場に行くんだから、私も行く!」


 マルティナまでそんなことを言い始めた。


「……なら、マルティナ、ナッシュマンも来い。リア、エノク! ニケやチャゴの非戦闘員を頼んだぞ」


「「うん、わかった」」


 ノーラがそう言うと、リアとエノクは手元にあった鉄砲を引き寄せた。リアとエノクは最近鉄砲の腕をめきめき上げていた。


 ジン、ノーラ、マルティナ、ナッシュマン、それにツツが現場に向かうことになった。



 ◇



 騎馬とツツの速度なら、現場まで時間はいかほどもかからない。


 もうすでに真っ暗になっており、ジンは懐中魔灯を周囲に照らしながら辺りを愛馬マイルを進めた。


 すると、二〇〇ミノルほど先で、松明の炎が見えたので、ジンたちはすぐに駆け付けた。


 兵の遺体がそこら中に横たわっている。


 マルティナは自らの口を押さえて、絶句しているようだった。


(なんで!? 私、殺す様な魔法は使ってない!)


 マルティナは心の中で叫んだが、現実として、ここには千体ほどの兵の遺体が転がっており、すでにその上に降り積もる雪がそれらを覆い隠そうとしていた。


 そんな中、五人の男が松明と木桶を持って何かをしている様子だった。


「何をしておる?」


 ジンが訊いた。ツツはジンの後ろ、マルティナやノーラたちと共に控えて、小さく警戒の唸り声を上げている。


「第六歩兵大隊長、モラレス隊長の命により、遺体の処置をしております」


「そうは見えんが。その桶の中身はなんだ?」


「油にございます」


(油! そんな高価なものを遺体を燃やすのに使うのか? だいたい遺体をまず集めてから焼くのが一般的だ。なぜ一体ずつ焼くのだ……それどころか、燃えかけの遺体などどこにもないではないか……)


「拙者が見る限り、燃えている遺体はどこにも見えない。もう一度聞く。何をしておる?」


 その時、遠くから騎馬の音と共に誰かが向かってきているのが分かった。


「ジン殿ーーーー!」


 ローデスの声だった。


「ローデス殿! いかがされた!?」


「そやつらに注意を!」


 ジンがローデスにそう言われて、五人の兵たちに注意を向けなおした瞬間、ジンの顔の前にはぶちまけられた油が迫ってきていた。


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