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136. 黒と白の魔力

 ツツを背負いながら、逃げ込むように洞穴の中に入って行った。

 一刻も早く森を抜けなければならないが、巨大な狼を背負って歩くジンの歩みは遅い。


 それに、一度野営をしなければ、瘴気の心配をする前に体力が持たない。


 そうして、洞穴の集落に着いた。集落の村長(むらおさ)と集落の民たちは全員無事だった。ジンは事情を話すと、(めし)いの村長の返事は予想外のものだった。


「瘴気? そんなものがあるはずもなかろう」


 魔の森にある瘴気、それが何らかの原因でこの森にも発生した、ジンはそう考えていたが、村長は一言目にそれを否定した。


「しかし、ご老体、現にツツはこうして……」


「お主、ジンとか言ったかのう」


 ジンがまだ話し終わらないうちに長老はそれを遮ってジンの名前を確認したものだから、ジンの応えは少し意表を突かれたものになった。


「え? あ、はい」


「ジン、瘴気などと言うものこの森にはない。これは儂の勘じゃが、魔の森にもないと思う。今ここにあるのは薄れつつある黒い魔力の残滓(ざんし)じゃ」


「ご老体にはその黒い魔力というのが見えるのですか?」


「ああ、はっきりとな。狼のことは心配せずともよい。ジン、お主が背負ってきたのだろう。お主の魔力がこの子を包んで守ったようじゃ。それに、もう黒い魔力はこの森から消えつつある」


「ツツは、魔物に変わったりはしないのですか?」


 村長はツツを触りながら、ツツの発する弱い魔力を確認した。


「どれ……うむ、大丈夫だ。洞穴で休ませるとよい。しばらくすれば、元気になるじゃろうて」



  ◇



「よかった! よかったね、ツツ!」


 マルティナがツツの太い首に顔をうずめて泣きながら喜んでいる。

 ニケもそんなマルティナとツツの傍にいて、ただ、ツツとマルティナの頭を撫でていた。


「しかし、ご老体、その黒い魔力というのは、いつ、どうやってこの森に現れたのですか?」


 ツツに心配の必要がない事が分かると、ジンはいよいよその〈黒い魔力〉に興味が惹かれた。


「そうじゃのう……知っての通り、儂は目が見えん。魔力だけが見える。だからこの魔力を誰が発したとか、どうやって出現したとかということは分からんのじゃよ。ただ……」


「ただ?」


「ただのう、見たこともないような強力な魔力がここより少し南を中心にして発生したのは分かった。それが瞬く間に森中に広がって行った。儂が分かるのはそれだけだ」


「集落の人々に影響は?」


「すぐにこの洞穴に避難させたので大丈夫じゃ。この岩山が含む鉱石に緑岩石が含まれておってのう、それが魔力を弱めるんじゃ」


 ジンは緑岩石にそんな効力があることを知らなかったが、そんなことよりも、いったい誰が何の目的でそんな魔力をこの森で発生させたのか、それを突き止めたかった。


「ご老体の目が見えないことは分かっています。でも、ご老体、その魔力は自然に発生するようなものでしょうか? それとも人為的なものなのか? 勘でもいいのです。教えてください?」


「どうだろうか。儂にわかるのはとっても小さく、まるで豆粒にまで圧縮された強烈な魔力が突然発生して、儂は目がくらんだ。と言っても、儂の目は見えないのだがな……そして、その魔力が爆発的に広がって行った。黒い暗い、魔力だった」


 村長の話は自分の疑問に答えてくれるものではなかったが、それでも何かしらの情報には違いない。


「そうですか……ご老体、なんにしても助かりました。お礼申し上げます」


「いや、儂はなんもしておらんよ。それより、ジン、そこの狼と一緒にいるお嬢さんの魔力は美しいのう」


「ん? 今、ツツの傍には二人いますが」


「魔力の大きい方じゃよ」


「ああ、それはマルティナですね。その、美しいとは?」


「それはもう言葉では表しきれんなぁ。キリキリ、いやチリチリかのう、そんな音を立てて、色を七色に変えながら、優しい光を周りに振りまいておる。お主に比べると光の強さは劣るが、何と言っても優しいのじゃ」


「……そ、そうなのですか?」


「ああ、ジン、お主のと違って、あれは美しい」


「ご老体、それはつまり私のは美しくないということでしょうか?」


「うむ。美しさのかけらもない。ただ真っ白で強烈な光を放っているだけだ。まるでこの森で発生した黒い魔力と対極をなすかのような、ただの白だ。普通、人の魔力は色を持つのじゃが、お主のは色がない」


「はあ、そうですか」


 ジンは当然自分の魔力の色など見られるわけもなく、ただ間の抜けた反応をするしかなかった。



 ◇



 翌朝にはツツの体調が回復した。


 ジンは村長やトゥーイたち集落の民に別れを告げて、北に向かって進み始めた。


 集落はこれから厳しい冬を迎えるのだろう。豊かだった森に動物たちの影はない。多くが魔物と化して、それはジンたちと新アンダロス王国軍に(ほふ)られてしまった。ジンは少しでも動物たちがこの森で生き残ってくれていることを願いながら、不気味な静寂が支配する森をひたすら北に向かって歩いた。


 ツツは体調は回復したが、元気がない。やはり、以前ここを通った時と違って、狩りが出来ないことが残念なのかもしれない。


 不気味な静寂をたたえながらも美しい森であることは間違いない。リアやエノクも弓矢を使う機会がない。美しい森を進みながらも皆の気分は晴れなかった。


「ジン、思ったのだがな、聞いてくれるか?」


「どうした、ノーラ」


「今回のその〈黒い魔力〉のこと、いや、その前の魔物の軍の戦術ともいえる動き、いよいよ、背後に誰かがいると見て間違いないのではないか?」


「だな。もうそれは間違いない。しかし、ノーラ、それが何か、誰か、少しでも分かるか?」


「いや、まったく捉えどころがない」


「うん。それは俺も同じだ。だから、まずはオーサークだ。……オーサークは今やノーラのおかげで出来た人間の拠点だ。それを見てもらいたいんだ」


「ジン、私は何もしていないぞ?」


「いや、ノーラが移民団なんてことを言いださなければ、すでに帝国もスカリオン公国も魔物の手に落ちていただろう。ノーラのおかげさ」


「なんだかこそばゆいな。まあ、いい。役に立てたなら、素直に喜ぶことにする」


「ああ、ノーラはそれを誇ってほしいんだ」


「……ジン、もう、よせ。本当にこそばゆくなってきた」


「ははは。ノーラは俺の誇りだ!」


 ジンとノーラが馬を並走させる後ろに続くリアとエノクは(あ、また始まった)と思わざるを得なかった。どんなに厳しい状況にあっても、この二人が揃うとなにか別の空気が漂い始める。


「こっちまで恥ずかしくなってくる」


 エノクが小さく呟いた言葉にリアは黙って俯いた。



 ◇



 そんな一行の前に森の向こうの景色が見え始めた。いよいよ森を超えて、国境街道に差し掛かる。ジンはオーサークに残してきた面々を思い出して、呟いた。


「クオンたちは元気にやっているかな」


「母さんも父さんもトマも元気に決まってるよ」


 ジンの呟きを聞いていたリアが言った。


「ああ、そうだな」


 森を出てしばらく北に進むと国境街道に入った。


あけましておめでとうございます。

大変な新年のスタートになりましたね。

一刻も早く被災地に支援の手が伸びるのを願ってやみません。


更新を本日よりまた(ほぼ)毎日、やっていきます。

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