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133. 森からの襲撃

 メルカドがジンに北部大森林の偵察の結果を報告しに来た数ティック前に話は遡る。彼は愛竜ナディアと共に厩にいた。馬が落ち着かないので、小さめの厩舎をナディア専用にしてあったので、彼と彼女しかここにはいない。朝早くから大喰らいのナディアに猪肉の塊を持ってきて与えていたのだ。


 そこにジンとツツが突然入って来た。


「メルカド殿!」


「ああ、ジン殿、どうしました?」


「ナディアとメルカド殿には悪いが、急ぎ、空に上がってもらいたいのだ」


「それは構いませんが、また何か魔物に異常が? って痛いってツツ!」


 ツツはメルカドが全く自分の存在に触れなかったことが不満だったので、メルカドの太ももあたりを片前足でガリガリと掻いた。


「ははは、ツツは無視されるのが一番嫌いだからな」


「ああ、すまんすまん。ツツも元気そうだな」


 メルカドはそう言ってツツの頭を撫でた。竜をいつも相手にしている彼に巨大な狼に対する恐れは全くない。


「ツツ、ちょっと大切な話があるから、そこでナディアと遊んでいてくれ。……メルカド殿。実はブリスコーン殿に北部大森林に魔物が侵入しているかもしれない、いや、もう来ている、などと便宜上のウソをついた。メルカド殿が実際に見に行ったという既成事実が欲しいのだ。だから、まあ、北に飛んで行ってくれれば、別に実際見る必要もないのだが」


 ツツはナディアの傍に行って、ナディアの顔を舐めたりお尻を付けて座ったりしている。それなりの期間、一緒に旅をしてきたことで、この狼と竜は穏やかに互いと接するようになっていた。


「ははは、ジン殿も無茶をしますね。いや、それは私も多少心配なところはあります。魔物が森を超えない、というのをなぜかみんな当たり前に思っているようですが、何の根拠もないですからね」


「まあ、そんなわけだ。頼まれてくれるか」


「ええ、というより、そう言われると実際心配になってきました。二〇〇ノル程度は東に飛んで、森林地帯をちゃんと見て来ますよ」


「そうしてもらえると助かる」



 ◇



 メルカドは軽い鹿の皮の全身を包むライダースーツのような軽い防寒具を纏っている。上空に上がれば、冬はまだ来ていないが、こんな防寒具もなければ、風と寒さが体温をすぐに奪って行ってしまう。竜騎士は重い鎧などは身に着けない。ワイバーンに出来るだけ負担をかけないためだ。軽い槍に鹿の皮で出来た防寒具。これが武装と言えば武装だ。


 遠くを見渡すため、メルカドは最初、高度を取った。すると、森の中に森の木々とほぼ同じ高さか、あるいは頭だけ飛び出すようなトロルらしき巨体の主が目に入った。


(まさか!)


 メルカドの反応はそれだった。高度を下げ、確認作業に入った。


 北部大森林の北側、国境街道からまばらに、東西一〇〇ノル程度には散らばって、森に入って行く魔物たちが確認できた。トロルも一か所に集まってはいないが、確認できただけでも十体はいる。


「まさかな、ジン殿のウソがこんな形になるとはな……」


 ナディアの背に跨りながら、今度は声にして呟いたメルカドだった。



 ◇



 パディーヤの領主館に駆け込んだメルカドの第一声がそんなわけでこれになった。


「ジン殿、嘘が誠になった!」


「メルカド殿、何の話だ?」


「だから、本当に魔物が北部穀倉地帯に向かっているんだって!」


「ま、誠か!?」


「何を言っているんですか、ジン殿、ジン殿が言い出したことですよ。ええ、来てます。まだ森に入ったばかりの辺りなので、穀倉地帯に抜けてくるには数日かかるはずですが、すぐに森を封鎖しないとこの穀倉地帯に入ってきます」


「計画が台無しだな。これでは、時間的にイルマスの軍に森の封鎖を依頼するしかなくなったな。パディーヤの軍をウォデルから呼び戻すには時間がかかりすぎる……」


「ジン殿、もっと悪いニュースがあります。聞きますか?」


「聞かないわけには行くまい」


「トロルも十体ほどいます。森の出口で押さえるとなると鉄砲が必要です。しかし、鉄砲は……」


「ノーラが持っている一丁くらいか。あとはマルティナがいるが、彼女にも限界がある」


「ジン殿もいるじゃないですか」


「お、俺か!? 確かにな。まだ魔剣攻撃をトロルには試したことがなかったな」


 ジンはひそかに遠くの魔物を会津兼定で断ち切ることを「飛漸カマイタチ」と心の中で呼んでいたが、実際に口にすることはなかった。恥ずかしすぎたのだ。


「まずはリヨン伯爵とブリスコーン殿に報告するしかないのでは?」


「だな。メルカド殿も来てほしい」


「もちろんです」



 ◇



「距離的に最速であと四日もすれば、森を抜けてきます」


「ジンのはったりが本当になったか」


 メルカドの報告を受けて、リヨン伯爵は呟いた。


「ポルターダ様の軍を、ウォデルから呼び戻して、四日間で広大な穀倉地帯と森林の境目に展開することは可能ですか?」


 ジンは無理だとわかってはいたが、一応確認した。


「無理だな。パディーヤのすぐ北には間に合うだろう。だが、それより東の範囲は無理だ。フィッツバーン男爵領の辺りには絶対に間に合わない」


「拙者も無理だとは思っておりましたが……となると、ここパディーヤに展開するイルマスの軍を頼るしかありません」


「ジン、もうその呼び方はよせ。ちゃんと新アンダロス王国軍、と呼べ。一応パディーヤは恭順を示したのだ……まあ、それは良いとして、たしかにジンの言うとおりだ。ただ、これについては先方は断りはせぬだろう。何しろ、穀倉地帯の命運がかかっておる。新しく出来た国の唯一無二の穀倉地帯だ。全力でも守りに行くはずだ。ただ、そうなるとジンが言っていた、新街道は難しくなるな」


「はい。ですが、ウォデルから一万、アンダロス王国軍が二万、何とかなるのではないですか?」


「それだと、当初言っていた、俺の軍を一万、ウォデルから抜いて、アンダロス王国軍の九千をウォデルに入れる、というのが出来なくなるな」


 リヨン伯爵はジンに対する言葉遣いが、まるで市井の中年のようになってきていた。こちらが彼の地なのだろう。


「ポルターダ様、ウォデルにはウォデルの防衛隊一万が最初からいます。彼らでそれで耐えてもらうしかありません。今窮地に陥っているのは北部穀倉地帯なのですから、ミルザ伯爵も否やはあるはずもございません。……ただ、問題はそれだけではありません」


「なんだ、まだあるのか!?」


「トロルです。トロルが確認されただけでも十体ほど混じっています」


「驚かすな。魔物の集団と言えば、そんなもの織り込み済みだ」


「しかし、鉄砲が、ここパディーヤにはありません」


「お前が言ったように、二万、いや三万の兵がいるのだ。間に合いさえすれば、何とかなるであろう。何はともあれ、ブリスコーン宰相に面会するぞ」


「はい。時間もそうありません」



 ◇



「宰相閣下!」


 すでに恭順を受けて、パディーヤの領主館の一室をあてがわれていたブリスコーンの元にジンとリヨン伯爵は駆け込んできた。


「な、なんだ!?」


「間に合いそうもありません」


「何の話だ?」


「王国軍をウォデルに入れて、私の軍を北部穀倉地帯の守りに就かせる、という話です。今朝がたメルカド殿が大森林の偵察に向かったところ、魔物の進行速度は予想以上です。あと四日もすれば、森を抜けて北部穀倉地帯に侵攻してきます」


「……何かおかしいと思っておったのだ。その方、嘘をついておったな」


「と、いうと?」


 リヨン伯爵はしらばっくれて見せた。


「ウォデルから自分の軍を呼び戻す。すでに魔物が森に入った。昨晩は貴公はそう申した。どうも計算が合わない、と思っていた。ウォデルから軍を呼び戻すには最低でも六日かかる。北部大森林にすでに魔物が入っているとしたら、四日か五日で穀倉地帯に抜けてくる。距離の問題だ。それで、ああ、私はまんまと騙されたと今思っていたところだった」


「……宰相閣下の御慧眼、恐れ入ります。これ以上、私が申しあげた御託に重ねて嘘をついても宰相閣下の信頼を失うだけでしょう。なので、ここは直截に申し上げます。はい、あの時は嘘をついておりました。ただ、今は真実を申し上げています。魔物は森を抜けつつあります」


「誠だろうな?」


「残念ながら、はい、本当です」


「……ここから我が軍は間に合うか?」


「今すぐ出撃すればフィッツバーン男爵領にまで展開できるはずです。それより更に東については、もう間に合いません。一度穀倉地帯に入ってきた魔物を各個撃破していくしか……」


「ウォデルにいる貴公の軍はどうする?」


「もうすでに呼び戻しに行っています。メルカド殿に頼んで、私の命令書を届けさせました」


「そうか。なら私も動こう」


「陛下の許可は?」


「そんなもの、時間がない。穀倉地帯がなくなれば、新アンダロス王国はお終いなのだからな。陛下には事後承諾を取る」



 ◇



 二万の新アンダロス王国軍はすぐに動き始めた。

 リヨン伯爵の客将としてジンにも中隊百人が預けられた。すべて騎兵だ。パディーヤから一番遠いフィッツバーン男爵領を目指している。歩兵隊を持つ隊より、およそ倍の速さだ。


 ジンの部隊は野営を二晩繰り返し、領主連合の最南端、ボルケ子爵領の領主館にやって来た。


「ジンと申す。ボルケ子爵にお目通り願いたい」


「ジン殿ではないですか!」


 領主館の衛兵をしていた者がすぐにジンに気が付いた。


「御屋形様はすぐそこにおられますので、呼んでまいります!」


 衛兵はそう言うとすぐに走ってボルケ子爵を呼びに行ってくれた。


 ボルケ子爵は庭で彼の息子に剣の稽古をつけていたようだった。すでに随分と気温が下がって来た晩秋だというのに、額に汗しながら、ジンのところまでやってきてくれた。


「おお、ジン殿、お久しぶりです。しかし物騒な感じではないですか?」


 ボルケ子爵がジンが引き連れている騎馬中隊を見てそう言った。


「子爵閣下、あまり時間がございません。手短に説明しますが、ついに魔物たちが森を抜けて、ここ、穀倉地帯に入ってこようとしとります。閣下の領地は芋の道に近い南の方ですから、すぐには魔物たちはこないでしょう。ですが、警戒は怠らないでください。まずはフィッツバーン男爵の領が危ないので、拙者たちはすぐに向かいます。それだけをお伝えに参りました」


「なんと、そんなことに。して、ジン殿が率いるこの軍は?」


「国王陛下から預かっている騎馬中隊です」


「なるほど、我々は先日、新しいアンダロス王国、王家に恭順を示したところでした。新しい王国として、国土を守る戦いに動いてくれたのですね」


「ええ、拙者はリヨン伯爵の客将として、今回この中隊を預かることになりました。ここに魔物が入ってこれないように最善を尽くします。それでも、警戒の方だけ、よろしくお願い申し上げます」


「了解しました。わざわざそのために急ぎの行軍の中、立ち寄ってくれて、ありがとう。ジン殿」


「いえ、では、我々は北に向かいます」


「御武運を!」



 ◇



 フィッツバーン男爵領に入った。男爵は領主館にいないが、ニケを領主館に預かってもらうことになった。非戦闘員のニケをさすがにこの戦いには連れて行けない。


 ニケは別れ際にジンに絶対無茶はするなと言って、ポーションを三本渡してきた。ジンはニケが時間と環境さえあれば、いつもこのポーションを作っているのを知っていた。ひとえにそれはジンの安全を祈ってのことだろう。


 フィッツバーン男爵領の森の際が近付いている。魔物と遭遇するとしたら、この辺りになる。


 マルティナがジンの真横に馬を並べてきた。


「ジン、どうする? 私の役どころとして、多数をやるか、トロルに絞るか」


「そうだな。やはり多数は騎馬隊に任せてほしい。マルティナはトロルが現れたときのために魔力を温存していてほしい」


「わかった」


「騎馬隊! 魔導士はトロルが出現した場合に備えて、魔法を小物たちには使用しない。騎馬隊は思う存分その力を発揮してほしい!」


「「「りょーかい!」」」


 百名ほどの隊なので、大声で話すジンの言葉は全員に伝わった。


 いよいよ森が切れるところ、木々が見えてきた。思えば、ここから森を出て、南に下り、ファルハナに向かった。ほんの四カ月ほど前のことなのに、大昔のことにジンには思えた。ジンたちはその道のりを今逆行している。


 魔物たちの姿はなかった。


「騎馬隊! 森に入るな! ここで散開して、およそ幅一ノルの防衛ラインを作る。横の仲間への距離に気を付けろ。およそ十ミノルだ。そして、森から出てくる魔物がいれば、すぐに大声でそう叫べ!」


 隣の騎兵と十ミノル、百人いるので、千ミノル、つまり一ノルの警戒線の完成だ。魔物の密度によっては臨機応変に対応しなければいけないが、とりあえずジンの中隊としてはこの範囲の警戒に当たることになっていた。


 各小隊の隊長がジンに報告にやって来た。


「隊長、展開完了です」

「オグノ小隊、完了です」


 ジンの目の前まで来て報告する小隊長がほとんどだったが、かなり横着に百ミノルほど先から、大声で叫ぶ奴もいた。


「たいちょーーー! かんりょーーーでーーす!」


 ジンはため息をついたが、展開が完了したなら、それでいい。そう納得した時だった。


 報告に来ていた小隊長の一人が、いきなり叫んだ。


「キバイノシシ!」


 ジンはすぐにその方向を見た。すると、キバイノシシに三つ目鹿などの動物型の魔物が大挙して、森から出てきて、こちらに向かって走って来た。騎馬兵たちは薄く広く展開している状態だ。とてもではないが対応できる数ではなかった。


「マルティナ、作戦変更だ! 広域魔法を頼む! もし、トロルが出てきたら、俺がやる!」


 ノーラは別の中隊に志願して鉄砲手として就いていた。ノーラの鉄砲には頼れない。リアとエノクはジンの部隊にいるが、弓で倒せるのはオーガまでだ。トロルをやれるのは屈強な剣士か魔導士しかいない。


「わかった……」


 マルティナはそう答えると魔法発動の準備である詠唱を始めた。そうしているうちに津波のように無数の動物型の魔物が兵たちに近づいている。


「くそっ! 撤収! 撤収だ! みんな後退しろ!」


 仮に広域魔法が放たれたとしても、いくら何でも一ノルの幅でこっちに向かってきている動物型の魔物を殲滅できるわけではない。マルティナが倒せるのはジンやマルティナがいる前方、せいぜい二〇〇ノルの幅の敵だけだ。では両翼に薄く長く広がった兵たちはこんな数の魔物に対応できるかと言えば、否だ。答えは後退、いや、逃げるしかなかった。


 その時、ジンの髪の毛が帯電して逆立った。いや、ジンだけではない、周りの兵たちも同じだ。


「シュトラウム」


 ジンにはマルティナが詠唱の最後にそう言ったように聞こえた。


 すると稲妻がジンたちの横に長く薄い隊列の前方上空に地面と平行に走った。その長さ、およそ一ノル、ジンの中隊が展開する横幅をすべてカバーする長さだった。そして、それはジンが初めて見るマルティナの魔法だった。


 稲妻から枝割れするようにさらに無数の稲妻が走り、向かってくる動物型魔物を直撃して、焼き尽くしていく。


「なんだ、これは!?」


 マルティナはさすがにこの状況で自分が倒れてしまうような魔力を打ち出しはしなかった。倒れた後の自分の身を心配したからだ。それでも地面に片膝をついて、かなり疲弊している様子が見て取れた。


「マルティナ!! 大丈夫か!?」


 ジンはすぐにマルティナに駆け寄った。


「……これはね、横に長い陣を守るための、戦争用の電撃魔法だよ。その最上級のやつ。言ったと思うけど、私、王宮魔導士だったからね。こういうのはさんざんおぼえた。ジン、でも、これで私は打ち止めだよ……あとは、頼んだからね」


「ああ、マルティナ、ひとまず、助かった。……みんな、後退の命令は変わらない。隊列を崩さないように後ろに下がりつつ、森を警戒だ」


 ジンはそう命令を下しながら、考えていた。


(キバイノシシや三つ目鹿などこの森にはいなかった。いたのは普通の動物たちだった。それに国境街道をオーサークに攻めてきた魔物にもこんな動物型の魔物はいなかった……だとすると、答えは一つ。ここにいた動物が魔物になったんだ……しかし、いったいどうして!? そうだ、瘴気、とか言ってたな。それで魔力の少ない存在は魔物化するって……)


 ジンはニケに昔訊いたことのある話を思い出していた。ニケに確認しようにも非戦闘員のニケはフィッツバーン男爵の領主館でこの戦いが終わるのを待っている状態だ。


(いや、そんなことは後から考えればいい。今はこの状況をなんとかしなければ穀倉地帯がなくなってしまう!)


 黒焦げになった動物型の魔物の向こう、森の切れるところに、オーガやゴブリンの影が現れた。


「来やがれ、糞ども。そのそっ首、俺が全部撥ねてやる!」


 ジンは会津兼定を抜いた。


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