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132. 新街道案

「ブリスコーン殿、フエンテス将軍、よくぞ参られた」


 昼後二つ、十数人の護衛を連れて、イルマスの宰相と将軍がパディーヤの領主館にやって来た。


 対するリヨン伯爵側はペイズリー、ジン、ノーラの四人だ。


「リヨン伯爵、昨日の話の続きがしたい。まず一つ承知しておいてほしいことがある。陛下は利に敏い。だが、かと言って、何を犠牲にしても己が利を優先するお人ではない、ということを」


「うむ。……続けられよ」


「古今東西、民の安寧を抜きにして王朝が生き永らえた例はない。ノオルズ公爵などはその典型だと私は考えている」


「つまり、民の支持を得て、その上で新しい国をこの中原に作る、ということか」


「そうだ。我々は抑圧者ではない、と言っている」


「なら、なぜ二万もの兵を、魔物戦に苦しむ我らに差し向けた。不信感の始まりはそれだ」


 リヨン伯爵は正直に思ったままを言っている。これがまさに不信感の始まりだった。


「それは、私の不徳の致すところだ。忌憚なく申せば、要するにそうした方が早い、と考えたのだ。実際、芋の道をパディーヤに至るまで、全ての街道沿いの小都市が恭順の意を示した。王権と力は無縁ではないのはリヨン伯爵にも理解できるはずだ」


「そこだ。私が指摘したいのは、まさにその点だ。パディーヤ以東の小都市など、魔物の襲来に何の危機感も抱いておらぬ。だから、むしろ、イルマスの、貴公の軍が入ってきたとき〈寄り親〉が出来て都合が良いとすら思ったはずだ。だが、パディーヤは一万の兵をウォデルに預けて、魔物を防いでいる。我々が防いでいるからこそ、パディーヤ以東の小都市群の領主たちは安心して寝られる。そのことを連中は理解していない。付け加えるなら、ウェストファル侯爵もそうだ。オーサークや帝国、それにウォデルで、多大な犠牲を払いながら魔物たちを抑えておる。それを理解していない王権になど、人々がなびくはずもない。そのあたりをお主は理解しておるのか?」


 リヨン伯爵はこの宰相は決して愚かでも傲慢でもない、むしろ話の通じる相手だと感じたからこそ、忌憚なくパディーヤ側の状況や感情を説明した。言葉を多少荒くしても、むしろその方が伝わる思ったのだ。


「きつい言葉だな。……しかし、分かる。いや、昨日の話で理解できた。それで、今日は提案を持ってきた」


「うむ。聞こう」


「まずは陛下に恭順の意を示してほしい」


「それが先になるのか? パディーヤの民も兵も納得しない。戦になるぞ!」


「待て、最後まで聞け。千人の駐留部隊をこのパディーヤに置いて行く。パディーヤの内政には口を出さない。陛下や殿下が納得する既成事実を作らせてほしい」


 駐留部隊、と言ったが、要するに占領部隊だ。それを置かせろ、置きさえできれば、ウェストファル侯爵が納得する、とブリスコーンは言っているのだ。


「その既成事実とやらを貴公らに作らせて、我が方のメリットはなんだ?」


「残り一万九千の兵をウォデルに送る。対魔物戦に投入する。新しく出来た国を守る陛下の意思をパディーヤやウォデル、いや北部穀倉地帯の農民に見せる」


「良い考えだ。だが、それらは単に貴公の考えだろう。ウェストファル侯爵の承認を得たわけではあるまい」


「リヨン伯爵、私を信頼してほしい。陛下も魔物に蹂躙された後の北部穀倉地帯など、見たくもなければ、ましてや、領土に組み込むなど考えもしないことなのだ」


「……少し、時間が欲しい。昼後五つから、夕食も兼ねての会談と言うわけには行くまいか?」


「承知した」



 ◇



「ジン、ジンの言っていた通りになって来た」


 ノーラは悪戯っぽくジンの顔を横から覗き見た。


「ノーラ、揶揄っているのか、褒めているのか?」


「もちろん褒めているのだ。お主はやはり私の見込んだ男だ」


「おほん!」


 そんなやり取りがあって、いつまで続くのか不安になったリヨン伯爵が空咳払いをした。


 二人とも少し照れながら、リヨン伯爵を見た。昼後五つまで少し時間がある。その間、リヨン伯爵、ジン、ノーラ、それにペイズリーは作戦会議をしていた。


「ご両人、その辺りで。……で、だ。ジン、もし、あのブリスコーンとかいう宰相の言葉に嘘がなければ、新アンダロス王国軍、あえて、そう呼ぼう、彼らは初めて魔物と対峙することになる。ジン、お主が考えていた通りになる」


「ポルターダ様に提案があります」


「なんだ、私の褒め言葉には何の反応もなく、もう新しい提案か?」


「はい。拙者を褒めてもイスタニアに何の得もありませんので。あくまで、もしの話ですが」


「良い。聞こう」


「では。もし、ウェストファル侯爵の軍が、ブリスコーン宰相の言葉通り、ウォデルに着任したなら、ポルターダ様はご自身の軍をここパディーヤに戻してほしいのです」


「そのような不義理が出来るはずもない!」


「いえ、戻した兵には別の仕事があるのです。このイスタニアを守るための」


「……それは、なんだ?」


「芋の道と国境街道を結びます。領主連合領を通る形で、北部大森林を貫く新たな街道を敷設するのです」


 ジンはここまで、イスタニアの街道の在り方に疑問を持っていた。平行に走る国境街道と芋の道。しかしその二つの大動脈を結ぶ街道は西の最果て辺境のサワント街道か、イルマスとパーネルを結ぶ、東の最果て、南海岸道しかない。


 その間で結ばれる道が一つもないのだ。もちろんそれは広大な北部大森林があるからと言うのも承知しているが、どこか中間地点で、この大動脈を結ぶ街道があっていいはずなのだ。日本の東海道と中山道の関係だ。平行に走りつつも、途中、これら二つの街道を結ぶ道はいくらでもある。


 それが、イスタニアのこの二つの街道の間には両端を結ぶ街道はあるが、途中を結ぶ道は一つもない。ジンはイスタニア湾経由の海路輸送に頼りすぎていると思っていた。そして、それがイルマスの地位を必要以上にあげているのだと考えたのだ。


「馬鹿な! そんなことをすれば、国境街道に満ちている魔物がそれを通って北部穀倉地帯に入って来るではないか!」


「だから一万の兵でその工事を行うのです。魔物を退けつつ、森を切り開いて、物資がイルマスを通らずともスカリオン公国に届けられる状況を作るのです。そうすれば、対イルマス……ウェストファル侯爵に対して、何の遠慮もなく国政に口出しできる状況を作れます」


「確かに……ただ、そんなことが可能なのか?」


「はい。一万の兵と百人の鉄砲隊がいれば。要はトロルです。あ奴らさえ押さえられれば、人間の兵はオーガや、いわんやゴブリンなどに引けは取りません。それには鉄砲隊が要ります。すでに百人の鉄砲隊をオーサークからウォデルに持ってくる案が動いているはずです。なので、ここ、パディーヤはこれ以上オーサークからは引き出せません。だからファルハナなのです」


「おいおい、ちょっと待て、ジン、話が東の領主連合領に行ったり、西の辺境のファルハナ行ったり、訳が分からないぞ」


「確かに……順序だててお話しします。まずはファルハナにまで、一万の兵の内、千人ほど押し出します。魔物を排除しつつ、物資をファルハナに届けます。この千人はファルハナに移住してもらうぐらいでいいかと思います。ファルハナの復興の先兵です。ファルハナではすでにアジィスの兵たちが工夫になって鉄鉱石や火焔石の採掘が始まって、ずいぶん日が経ちます。すでに鉄砲の製造が始まっていてもおかしくありません。千人の兵はファルハナ防衛、そして、復興の工事に当たります。よろしいですか?」


「うむ。続けよ」


「残り九千。彼らを芋の道と国境街道を抜ける街道の整備に当てます。これが拓ければ、物資はイルマスを通らずとも直接オーサークやパーネルに陸路で届けられるようになります。逆にオーサークで余剰生産された鉄砲や弾薬をこちらに持ってくることも出来るようになります」


「だから、それだ。今は北部大森林のおかげで、魔物は国境街道から南に下りて来ていない。それをそんな街道を開けば、大挙して押し寄せるではないか!?」


「ポルターダ様はあんな穏やかな森が魔物に対する防壁になると本気でお思いですか? 拙者やニケ、それに兵たちはあの森を通りながら、まるでピクニックの様だ、と言っていたほどです。今、魔物が下りてきていないのは、国境街道の先、つまりオーサークやパーネルに人間がたくさんいる、と魔物たちが知っているからです。そして、魔物たちはオーサークを落とせずにいます。奴らもこんな状況に陥ってから、ずいぶんと経ちます。そして今や、魔物の動きは何らかの知的な存在に影響を受けています。森を抜けて、ここ、北部穀倉地帯に大挙して押し寄せても何ら不思議はありません。現時点でそうなっていないのは、単なる偶然、あるいは幸運、いや、もう、こんな話をしている間にも魔物の南進は始まっていてもおかしくありません」


「先んじて手を打つ、ということか……」


「はい。むしろ、街道を接続したポイントに強固な砦を築くくらいの計画が必要です。私の同僚のドゥアルテ殿がアクグールで魔物と戦いましたが、あんなのでは防ぎようがなかったと申しておりました。国境街道と芋の道を結ぶ新街道。そして、国境街道と新街道が交わるところに新しい砦を築く。ここまでが私の提案です」


「魔物と交戦しながら、街道を切り拓き、砦を建てる、か。しかし、そんなことが出来るのか?」


「ポルターダ様は忘れています。国境街道と新街道が交わるポイントはスカリオン公国内です。これは彼らに大変なメリットをもたらします。鉄砲隊も銃騎兵もふんだんに出してくれるはずです」


「少し、考えたい。ジン、悪いがもう二、三日パディーヤに滞在してほしい」


「急ぐ旅ではありませんので、それは構いません」


「我が家と思って、この領主館でくつろいでくれ。私も家臣と相談したい」


「分かりました」


 実際、ジンは急いでもメドゥリンの港は来年の夏までは凍ったままだ。それまでアスカには渡れない。ここで数日過ごしても大した問題にはならなかった。


「……話は変わるが、ジン、お主は誰のために働いておる?」


「誰のために……」


 ジンはそう言われて考え込んでしまった。


「思いつきません。強いて言うなら自分の為でしょうか」


「自分のため、のう……お主の話の中で、お主の得になるようなことはついぞ見つけられなかったが」


「ポルターダ様、自分の為とは、自分がこうあれば、幸せだろう、という意味です」


「ふむ。なかなか興味深い。では、お主が幸せ、とはどういう状況のことだ?」


「……たぶん、拙者が幸せなのは、故国に帰れた時……いや、違うかもしれません。……一度、活気のある街でニケとぶらぶら出歩いて、買い食いなどをしたときがありました。元々拙者のいた国では歩きながら食べるなど許されぬことでして。イスタニアで初めてそれをしたとき……」


「ああ、もう、良い。つまり、あれだ。お前は民が、周りが、幸せなのがお前の幸せなのだな」


「そう言われれば、確かにそうです。拙者はただ、また、あんなゆっくりとした心持ちで、ニケと街を歩いてみたい、そのためには、人間の世界を、戦のない世界を取り戻したいと思っていただけでした」


「ははは。まあ、分かった。私に仕えぬか、と誘おうと思っておったが、この流れでは私の完敗だ。ジン、お前はまだ若い。もし、考えが変われば、私の元に来てほしい」


 リヨン伯爵は最初は本気だった。ジンを家臣に加えたい。ただ、それが無理なのは、話すうちになんとなく感じ始めていた。この若い異国の男が放つ並々ならぬ空気。リヨン伯爵にはそれが何なのかは分からなかったが、なんとなくこの男を中心にイスタニアが回って行く気がした。



 ◇



「ブリスコーン殿、いや、宰相。貴殿の提案を受諾しようと思う。ディーパック殿下にそうお伝え願いたい。リヨン伯爵として、私は陛下に恭順を誓う」


 会談が再開するや否や、開口一番にリヨン伯爵はそうブリスコーンに伝えた。


「ありがとう、リヨン伯爵。こちらも約定を守る。いや、守らざるを得ない。魔物をこの穀倉地帯に入れるわけには行かないからな」


 ブリスコーンは安堵の表情でそう言った。


「ついては宰相閣下。ミルザ伯爵に預けてある我が一万の兵を北に向けたい」


「ん? 何の話だ?」


「今までなかった動きだ。北の国境街道から、北部大森林を通り抜けて、魔物が芋の道に向かってきているという情報を得た」


「誠か!?」


「ジン殿が帝国から借りている竜騎士メルカド殿が先ほど偵察から戻ってきてくれた。上空から見たところ、魔物はオーサーク攻略を一時的かどうかは分からないが、諦めて、こちらに向かってきている。これを押しとどめるのがパディーヤ兵の仕事だ」


 もちろんウソだ。メルカドはこの間、領主館にいて、ずっと飲んだり食ったり、愛竜に猪肉をたらふく食べさしたりしているだけだ。ちなみにジンは先日メルカドのワイバーンの名を知った。ナディアと言うらしい。なんでも雌だそうだ。


「なら、その役目を我が軍二万で行った方が良いのではないか? 距離的にも我が軍の方が近い」


「森の中で魔物たちと戦闘ですか。それはありがたいですが、ウォデルの衆目の中で、魔物を蹴散らす方がよっぽど新しく出来た王国のアピールになるとは思いますが」


「それは! ……確かに、そうだな。であれば、リヨン伯爵に頼めるか。なんとしても穀倉地帯を守らなければ」


 この切れ者っぽい宰相をジンの理屈が突破出来たことに、リヨン伯爵はジンを召し抱えられなかったことを悔やんだ。


「宰相閣下。メルカド殿に再度、北部大森林の偵察とウォデルへの伝達を依頼します。早急に動かなければ、魔物が森を抜けてきます」


「ああ、分かった、殿下には説明しておく。なんにしても、リヨン伯爵、恭順を示してくれてありがとう。無用な戦は何としても避けたかった私にとってはこれ以上嬉しいことはない」


「それは私も同じ気持ちです。どうか、北部アンダロスの、いやイスタニアの民を、宰相閣下の手で守ってください」



 ◇



「ジン殿、嘘が誠になった!」


 会談の夜の翌朝早々、ワイバーン、ナディアと偵察に出たメルカドが五ティック後の昼後過ぎ、帰ってきて、開口一番、ジンにそう告げた。


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