表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/177

130. ウォデルの城下街にて

「メルカド殿、頼みがある」


「なんでしょう? ジン殿」


「一度、帝都に戻って、帝国の状況を聞いてきてもらえぬか? メルカド殿としても、ベラスケス王子殿下に、いや、皇帝陛下に報告すべきことが出来たように思うのだが」


「はい。それは私自身も考えておりました。オーサークに行って、そこからライナスに行ってもらうことも考えましたが、やはり自分自身が行った方が良いように思えます」


 ジンは帝国の状況が気になっていた。もし、同じような組織立った魔物軍による攻撃が帝国でも起こってるのなら、それに対して、帝国はどう抗っているのか。あるいは、帝国ではこのような戦術立てた攻撃は起こっていないのかもしれない。この辺りの情報が欲しかったのだ。


「途中、オーサークに寄って、ライナス殿が捕まれば、ファルハナの様子も聞いておいてほしい。その間、我々はパディーヤに向かう。パディーヤで落ち合うとしよう」


「分かりました。パディーヤで。二、三日後になるでしょう」


「では、パディーヤについたら、領主館のリヨン伯爵を訪ねてほしい。伯爵には我々の居場所を伝えておく」


「了解です」



 ◇



 ジンたちも、ミルザ伯爵も、実際のところ、今回の戦いを経て、これからどう行動すべきか分からなくなってきていた。


 ミルザ伯爵はファルハナへの物資の安全な輸送に自信がなくなってきていた。しかし、ファルハナで鉄砲の生産を復活させなければ、ウォデルも対魔物戦でじり貧に陥るだろう。


 ジンは帝国の状況如何(いかん)で、帝国最北の港、メドゥリンまでの道を無事踏破できるのか不安になっていた。魔物の襲来はこれまで、獣害に近い、自然災害的なものと捉えられてきた。しかし、明確な敵の意思が見えたことで、これは自然災害などではなく、侵略戦争なのだと皆が理解した。


 そう理解したところで、対策などすぐには思いつかない。しかもその敵がいったい何者か、何の目的か、すらも分からないのだ。


「ジン、どうした?」


 物思いにふけるジンにノーラが声をかけた。


「いや、いろいろと考えていた。ノーラも状況は分かっている前提で言うが、このまま進んでもいいのか?」


「うん。確かに私もそれを考えないわけではない。……敵の意思が見えた戦いだった。しかし、それがいったい誰なのかが分からない。アスカに行けばその敵と対峙できるのか、と言えば、それも分からない。分からないことが多すぎるからな。だが、ジン、行けばおのずと見えてくるものもあるだろう。いや、じっとして考えていても答えは出ない」


「ああ、その通りだ。……それにメルカド殿にはパディーヤで待つと言ってしまったしな。何はともあれ、まずはパディーヤに向けて出発だな」


 魔物戦の一日はあわただしく過ぎた。朝方、出発をしようと東門にいたジンたちは急遽呼び戻され、昼後すぐに戦いは終わった。終わって、善後策などを話し合っているうちにもう夕刻だった。


「しかし、出発はもう明日だな」


「今朝、出た宿にもう一泊頼みに行くしかなさそうだな。では、みんな、俺はミルザ伯爵にそう伝えてくる」


 すると、マイルズがジンたちのいた天守閣の部屋に入って来た。


「おい、ジン、宿なんかいらねえぞ。ミルザ伯爵に言われて来てみたら、やっぱりな」


「マイルズ」


「ちょうどこの部屋に入ろうと思ったら、お前の声が聞こえた。ミルザ伯爵が無理にお前たちを止めて防衛戦に駆り出したんだ。部屋の用意ぐらい伯爵家としてしないわけにはいかないだろう」


 ジンは皆の意思を確認しようと、それぞれを見渡すと、ノーラが応えた。


「ジン、お言葉に甘えることにしようじゃないか。路銀も節約できるしな」


「では、マイルズ、頼めるか?」


「ああ、ジン、夕食の時間になったら呼びに来る」



 ◇ 



 ミルザ伯爵は夕食に七人を招待した。正確にはメルカドを含めて八人を招待したのだったが、伯爵はここで初めてメルカドがすでに帝国に飛び発ったこと知った。


「そうか、メルカド殿は帝国の状況をまた知らせに戻ってくるのだな」


「はい、伯爵。パディーヤで落ち合うことになっています」


「なるほど竜騎士と言うのはすごいな」


「ええ、一ティックに一〇〇ノルほども飛びますので、朝の間にここからならファルハナに行って帰ってこれます。伯爵、それはそうとして、魔物の動きです。どう見ておられますか?」


 ジンはこの話をするために、夕食に招かれたことを理解していた。


「ジン殿、あれはまるで人間の軍隊だったな。あくまで私の推測だが、あれは人間に操られている。操られていなくとも、その意志で動いている。でないと、あのマイルズやジン殿の突撃をあのような形で躱せるわけがない」


「それは拙者も感じておりました。なにより、あの突撃を交わしつつ、突撃縦隊に陣形を変形させ、先頭のトロルを門にまで届かせたあの戦術、あれは間違いなく、かなりの戦術眼を持った者が裏で動いているはずです。実際、もし、伯爵がマルティナを呼んでいなければ、あの門は押し上げられて、今頃、大量のオーガが街の中に入っていたことでしょう。マルティナを飛び戻した伯爵の慧眼には驚かされました」


「ジン殿、しかし、明朝にはそのマルティナ殿を伴って、この街を出るのだろう」


 自分の名前が出たことで、遠慮せずにマルティナが口を開いた。


「伯爵! この街が中原のみんなにとって大切だって言うことは分かってるよ。でも、ジンと行くこの旅は、イスタニア全体にとって大切なんだよ。私はこの街には残れない!」


「分かっておる。マルティナ殿。今回の戦いで、魔導士の用い方が理解できた。そなたほど強力ではないが、この街にもそれなりの魔導士たちがいる。彼らに効果的に魔法を使わせる術を私なり考えた。エディス殿を借り受けて、その上、マルティナ殿まで、とは私も言えない」


「伯爵、一つ、拙者にできるかもしれないことがあります。鉄砲隊、一〇〇人をオーサークからここに持ってくることです。どうでしょう? 私が書をしたためて、帝国から戻って来たメルカド殿に託せば、そう時間をかけずともここに鉄砲隊が到着する可能性もあります」


 コモン語の字の読み書きができないジンはもちろん誰かに代筆させる気だ。


「そんなことが可能なのか?」


「それは今の時点ではわかりません。ただ、オーサークが持ちこたえているのは敵の狙いが、イスタニア中原、つまり、ここより東、北部穀倉地帯です。敵がオーサークにさほど戦力を回していないことから、それは明らかです。敵は中原を蹂躙すれば、イスタニア全土の人が飢えることを理解しているはずです。だからこそ、ここウォデルにこんな戦いを挑んできた。オーサークでの防衛戦も簡単ではなかったですが、ここほどではありませんでした。オーサークに……インゴ殿にこの話をすれば、ウォデルを守ることこそイスタニア全土を守ることだと理解していただけるはずです」


「森越えになる。馬車は使えないぞ」


「ええ。オーサーク駐屯兵は屈強です。自分たちで鉄砲と弾薬を抱えて森を超えることなど造作もない事かと」



 ◇



 天守閣の一室を借りて、インゴに宛てた手紙を書くことになった。部屋にはジンとノーラ、二人っきりだ。


 ノーラは念入りに推敲しながら、スカリオン公国第一王子マウリース・スカリオンに宛てた手紙を書く。ジンにはあらかたの考え方を聞いただけだ。まるでジンが書いたという状況ではない。貴族社会に長くいた彼女の方がこういったことに優れているのは当たり前だ。ジンはただミルザ伯爵に説明した内容を繰り返しただけだ。


「……っと。これでいいか」


 そう言って書き終わったノーラはジンに筆を渡した。


「ん、なんだ?」


「署名に決まっておろうが」


「だから、俺はコモンが書けないって言っているだろう」


「署名はコモンもジンの故郷の文字も関係ない。お主が書いた、という証拠に過ぎん。だから」


「……では。……萱野甚兵衛時敬、っと」


 横書きの文章に対して、ジンは縦には書けない。しかも、文章は左から右に書かれている。書きなれない方式で、ジンは漢字で署名した。


「ほう、これがジンの国の文字か」


「ああ、ニホンゴ、だ」


「何と書いてある?」


「もちろん、俺の名だ。署名なんだろう?」


「ジン、と、そんな短い文字数には見えない。何と書いてある?」


「カヤノジンベエトキタカ」


「ああ、いつか聞いたことがあったな。カヤノが家の名、トキタカがお主の名前。そして、ジンベエがお主の字名だったな」


 そう言いながら、カッコ書きでジンの署名の上に『ジン』とコモン語で記した。いくら署名が何の言語でもいいとはいえ、誰が誰に宛てた手紙かわからなくては意味がない。


「ノーラ、覚えていてくれたのか?」


「当たり前だ」


「ノーラ……」


 何かの雰囲気が生まれそうになったその瞬間、部屋の扉が開いた。


「ジン殿、出来たか?」


 ミルザ伯爵だった。


「ん? 私の入室のタイミングがなにかの(さわ)りになったか?」


 妙な空気に感づいて、伯爵はそう申し訳なさそうにした。


「伯爵、変な勘繰りはやめていただきたい」


 ノーラが即座に否定した。


「それならよいが。で、これをどうすればよい?」


 そう訊くミルザ伯爵に、ジンが照れもあってか、早口で説明をし始めた。


「これをまず御一読いただきたい。そのうえで、伯爵の手紙もつけてほしいのです。伯爵の手紙には現状を、魔物の異変、敵の意思、防御の手段のひっ迫、などを説明し、中原――北部穀倉地帯の重要性を説くのです。それが出来れば、拙者らがそれをもってパディーヤに行きます。そこでメルカド殿に渡してオーサークに飛んでもらいます」


「うむ。分かった。一日、時間をもらえるか? ジン殿たちにはもう一泊、ここウォデル天守閣で過ごしてもらうことになるが……」


「構いませぬ。急いでも、来年の夏になるまでメドゥリンから船は出ませんので」


「助かる」



 ◇



 一日の余裕が出来た。


 昼間はそれぞれが補給物資を買い出しに行ったりした。


 夕刻が迫ると、すこし息抜きが必要だと感じたジンは、ニケとマイルズを誘って街の飯屋で夕食を共にすることにした。


 ミルザ伯爵に夕食の断りを入れるときに、マルティナにそれがばれた。


「ジン、ひどい!」


「マルティナ、そうじゃないんだ。ニケとマイルズと昔の話がしたかった。マルティナがそれを聞いても退屈するだろう? だからなんだ」


「退屈なんかしない!」


「なら、俺も遠慮せずにお前も誘えばよかった。うん。マルティナ、飯を食いに下に下りるが、来るか?」


「行く!」


 横でニケが苦笑している。さもありなん、という印象だ。

 最近、まるで、ニケの方がマルティナよりお姉さんに見えてきた。

 獣人の成長の速さは体だけではなく精神も同様だ。知識だけは学んだ物ごとの多さに比例するので、お姉さんになったから賢くなったわけではないが、見た感じは賢さでもニケに軍配が上がる印象だ。



 ◇



「はっはっはっはっは! そうなんだ。あの時、ニケはお前に一目ぼれさ」


「ジン、やめてよ!」


 照れたニケがジンを黙らせようとした。


「いや、ニケちゃん、俺は嬉しいぜ」


「もう、マイルズも!」


 ジンは初めてニケにマイルズを紹介した時の話をしていた。


「ニケはマイルズみたいなのが趣味?」


 マルティナが即座にそれに突っ込んだ。


「別にそう言うことじゃないよ。マイルズは、最初っから獣人の私に全く分け隔てなく接してくれたんだよ」


 ニケが説明する。


「そうなの、マイルズ?」


 マルティナがマイルズを見た。


「ああ、まあ、イスタニアでは獣人は珍しいからな。俺も最初は驚いたけど、ニケちゃんはこの通り可愛いし、賢いし、一緒にいて楽しい子だからな」


「あのファルハナで過ごした数カ月は俺にとっては貴重な数カ月だった。イスタニアの人々を知る、という意味でも……イスタニアも日本も変わらない。良い奴もいれば悪い奴もいる。そんな当たり前のことすら、ニケと森で過ごした二年で知ることはなかった。それにな……」


「ジン、お前の話はいつも長すぎる!」


 マイルズがジンの話がまだまだ続きそうなのを察知して遮った。


「いや、マイルズ、話させろ。俺はな、お前がミルザ伯爵に仕えると聞いてショックだった。俺はお前とこの世界の謎を解き明かす気でいた」


 弱いのに、ジンはかなりエールを煽っていた。


「そんなことは、俺がここにいたって、運命がそうなるなら、俺はそれに関わることになるさ。だからジン、ニケちゃん、それにマルティナ、俺はここにいたってお前たちと運命を共にする存在だって思っていてほしいんだ」


 マイルズもかなり酒が回っている。妙な雰囲気に酒を飲まないニケ、それに少しは飲むが影響のないマルティナが困り顔で男二人を眺めている。


「まあ、ニケ、異世界人も、イスタニア人も男はこうだってことかな」


「アスカの男もおんなじだよ。いや、もっとひどいかも」


「あは、この人たち、アスカに行けば人気者になるんじゃない?」


「かもね」


 まだブツブツ酔っぱらいながら言い合っている二人の男を尻目に、少女たちはそう頷きあった。



 ◇



 この三人とは別に、残りの五人もミルザ伯爵とお忍びで街に降りていた。


 ミルザ伯爵はマイルズがジンたちと街で食事をとるという話を聞いて、自分も街の雰囲気を感じ取りたくなった。しかし、今晩はノーラやナッシュマンと言う貴族社会に近い人たちがいる。諦めかけていた時、ノーラがミルザ伯爵に言った。


「伯爵は街に出たことはおありですか?」


「ラオ男爵、当然じゃないか」


「伯爵、私に男爵位はもうありません。ノーラとお呼びください。それより、伯爵。街に出るとは、ただ街を通ることではありません。街の人がどういう生活をしているかを肌で感じることです。ラオ家は男爵位でしたから、このあたりの垣根は低く、身分を明かしたうえで領民たちと交わることは少なくありませんでした。伯爵家ともなればその辺りは違うのでしょうか?」


「確かにな。私がミルザ伯爵として街の食堂に行こうものなら、その食堂のお客がいなくなるだろう。それは領民に対する迷惑と言うものではないか?」


「なら、お忍びで行かれれば?」


「お忍び?」


「ええ。平民や騎士、あるいは兵の格好をしていくのです。誰も気づきません。騎士あたりがいいかと思います。伯爵や私の話し方はどうしても貴族臭がありますからな」


「貴族臭、か。はは、こればかりは抜けない臭いだからな。分かった。今宵、それを試してみようぞ」


 そんなわけで、ミルザ伯爵、ノーラ、リア、エノク、ナッシュマンの五人は街の大通りを東に向かって歩いている。


 リア、エノクは伯爵と肩を並べて歩くことに恐縮しきりだ。


「リア殿、エノク殿、緊張するな。私はただのガラルドだ。いいな」


 ミルザ伯爵はリアとエノクにそう言い含めた。


「「はいぃ!」」


「……だから、それをよせ、と」


「まあ、はく……ガラルド殿、そうもいきませんて」


 ナッシュマンがリアとエノクを庇った。


「人の目も気になるが、それ以上に、私はただこういう場では身分よりも私と言う個人を見てほしいと思うのだ。贅沢か?」


「わかるぞ、ガラルド殿。私なぞ、大したことのない爵位でもそれ抜きで人は私を見てくれないという経験を多くしてきた」


「ラ……ノーラ殿なら分かっていただけると思っていた」


 ミルザ伯爵はまだリアやエノクとそう大層変わりのない年齢の若者、いやまだ少年なのだ。こんな年で爵位を継いでしまったため、交友関係も大きく変わってしまった。仲良く歩くリアとエノクがうらやましくなったのだ。


 リアはそんなガラルド少年を、ミルザ伯爵というフィルターを外して見てみようと努力をした。その結果、出てきた言葉はこれだった。


「ガラルド様はお友達はおられるのですか?」


「こら、リア、失礼だぞ!?」


 すぐにエノクがそれを制しようとした。


「エノク殿、構わない。リア殿、お主たちがそうなってくれると私は嬉しい。お主たちは私の家臣ではない。家臣は友人にはなれない。ほんの一部を除いてな。友人と言うのは私のような立場の人間には貴重な存在なのだ」


「うん。ガラルド様がそう言ってくださるのなら、リアは嬉しい」


 リアは面食いだった。いや、それ以上にこの少年の優しそうな面影に、そしてそんな面影に透けて見える重圧を背負って苦悩している様子に、なんとしても助けてあげたいという女の子らしい感情が湧き出ていた。しかし、それは隣にいるエノクには苦々しい状況だ。


「リア殿、今宵は楽しく皆で飲もうではないか!」


 こうしている間にも、ミルザ伯爵の意図を言い含められた祐筆(ゆうひつ)が必死にマウリース・スカリオン、スカリオン公国第一王子に宛てた文面を考えていたのは言うまでもない。


【祐筆:貴族に仕える書記、あるいは代筆】


 店に入ると、多くの人々が大声で笑ったり語り合ったりしているのがミルザ伯爵の目に映った。


(なんと平和な。この者たちは城壁を隔てた向こうで起こっている事態を知らないわけでもあるまい)


 しかし、そうなのだ。チョプラ川と城壁が魔物の東進を防いでいるおかげで、このウォデルには北部穀倉地帯で作られた豊富な食料が間断なく入ってきている。しかも、諸領地から兵たちも集まっているせいで、戦地景気ともいえる状況になっている。


(もし、今日、マルティナ殿がいなければ、この笑顔はここにはなかった)


 若いガラルド少年に、その運命の分かれ目が握られている。酒場の喧騒の中、彼はその思いを強くした。


「どうした、ガラルド殿?」


 そう言われても何も答えないミルザ伯爵。


 ノーラにはその顔の意味がすぐに分かった。同じ思いをずっとしてきた人間として、彼の思いは手に取るようにわかる。


「『この者たちの、この笑顔を守るのは私しかいない』と、そんなところか」


 ノーラは何も言わないミルザ伯爵の図星を突いた。


「ノーラ殿、ノーラ殿には分かりませぬ」


「いや、わかるさ」

「いいえ、お嬢様には分かります」


 ノーラとナッシュマンが同時に言った。


「ここを破られれば、数百万の命が失われるのだぞ。それはお主たちには経験がないはずだ」


「ガラルド殿、数百万を預かったことはもちろんない。しかし、その責任の重さは分かる。数百万、数万、この違いは小さいとは言わないが、立場は同じだと思う」


「……その通りだな。申し訳ない事を言った」


「そんなことはないぞ。気持ちは分かる、と私は言った」


「うん。私は若くして爵位を継いだ。父上のおかげで忠臣には恵まれている。その上、マイルズという稀有の騎士を得た。それでも、同じ思いをする同志はこれまでいなかった。それがこうして貴公らに巡り合えた。贅沢なんだ、私は」


「同じアンダロスの貴族として、ガラルド殿のその思い、嬉しく思います。いや誇りに思います」


「ん? なぜノーラ殿が?」


「質問を質問で返して申し訳ないが、ガラルド殿はなぜ悩む?」


「それはさっきも言っただろう。ここが落ちれば、イスタニアが落ちる。私にその責任がかぶさっているからだ!」


「心配しているのは民の命、人々の生活、と言うわけだ」


「当たり前ではないか! それなしで貴族などこの世に存在価値はない!」


「私は縁なくして、先代のミルザ伯爵と面識がなかったが……お父様の人柄に感じ入らざるを得んな」


「ん? 何の話だ?」


「ははは、ミ……ガラルド殿、気にせずに。ほら、ワインのグラスが空ですぞ」


 すかさずナッシュマンが空いたグラスを指摘した。ノーラはなぜ自分ではなく、この年若い伯爵にマイルズが仕えることにしたかわかるような気がしていた。


年末、さすがに大忙しになってまいりました。

明日の更新は不安定な感じです。

明後日は必ず更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ