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13. 防衛設備と訓練

 そうして、訓練の日々が始まった。


 訓練、と言いつつも、最初に始めたのは、村の要塞化だ。


 五人の若者……若者と言っても中年にほど近い二人が混じっていて、残り三人も三十代の男女だ。


 クオンと彼の妻シア。襲撃で亡くなったオールトの妻、今や未亡人となってしまったアシュレイ。この三人の男女が三十代。


 そして、四十代前半の屈強な男の農夫、サミー。


 最後の一人は四十代後半の男、村長であるラガバン。そう、村長その人もこの防衛隊訓練に加わることになったのだ。


 村長も戦力に数えなければいけないほど、この村にはもう働き盛りの人は少なくなっていた。


 まずは、老人たちすらも動員して、街道にある村の入り口に柵を構築した。

 馬が簡単に入ってこれないようにするだけでいい。

 ただ、この村は農村なだけあって、二十二戸の家々は固まって建っているのではなく広い範囲に点在している。


 ジンはまずそこから手を付けた。


 幸いにして、二十二戸の内、十二戸の家々は比較的近い範囲に固まっていたので、皆をその十二戸に引越しさせることにした。


 剣術訓練を受ける五人の中に村長が入っていたので、比較的スムーズにこの辺りの話ができた。

 実際問題、二十二戸の家々には十五家族しか残っておらず、十五家族の内、七家族はもう老人の独り身という悲惨な状態になっていた。


 だから、独居老人たちを若者――と言っても三十代から四十代だが――と同居させ、独居老人たちに働き盛りの五人の身の回りの世話をさせる。独居老人たちは住み慣れた家を離れることになってしまったが、もうすでに家族も財産も失っていて、茫然自失状態になっている者たちだったので、際立った反対は出なかった。


 要するにジンは村長と相談して、村の人口に見合ったダウンサイズを行ったのだ。


 こうして、比較的固まっている十二戸の家々に村民みんなが移り住み、その十二戸だけを取り囲む形で柵を設置していった。


〈馬防柵〉というものをジンは知っていた。

 その昔、信長公が武田の騎馬軍団の突撃を防ぎ、柵の内側から鉄砲を射かけるためにしつらえた、簡易的な防衛設備……と言わないまでも、木の柵である。


 木材を格子状に縄で結わえていくだけの非常に簡単なものだ。簡単だけに設置も早く出来、その防衛力も騎馬に対してはかなり有効だった、と藩校で習ったことがあった。


 これを設置していった。


 加えて、見張り台の(やぐら)も設置した。ほんの二十尺、いや六ミノルほどの簡易な櫓を組み、そこからある程度遠くまで見渡せるようにしたのだ。

 野盗は騎馬が中心だった。二十人を超える集団で襲ってきたなら、こんなもので防げないかもしれないが、こんな寒村を襲うしか能のない野盗がそんな大集団であるとは考えづらかった。


 村人には〈剣術訓練〉と最初伝えたが、実際の訓練では槍を教えた。


 独居老人たちが退去する家々を解体し、長い木材を確保すると、その先に硬い魔物の骨などで作った穂先を取り付けた。

 野盗が持つ槍より一・五倍ほど長い槍にした。戦国時代、馬防柵と長槍を有効に併せ使った戦術をジンは知っていたからだった。


 老人たちを動員して、弓も作った。矢は大量に作らせた。


 槍を構え、突き出す。長槍は長い分、先が重く、最初両手で構えるだけ普段農作業で使わない筋肉を使う必要があるためか、穂先はプルプルと震えていたが、やはり農作業で鍛えた体幹と忍耐力は伊達ではなく、十日も経った頃には幾分か様になってきたのだった。


 そんな大人たちの訓練の様子を畑の間にあるあぜ道に座って、じっと見ているクオンの娘、リアがいた。



 ◇



「父さん、リアも戦う」


 突然のリアの言葉に彼女の父親であるクオンもクオンの妻、シアも驚いた。


「リア、戦うっていうのは野盗であっても人を殺すことだよ。分かって言っているのかい?」


「あいつらは人じゃない。オールトさんは殺さないでってお願いしていたのに。笑いながらお腹を差した。あんなのは人じゃない」


 リアの目には涙が浮んだ。傍で聞いていたジンが会話に割り込んだ。


「親子の会話に水を差すのは普通なら憚られるが、言わせてもらっていいか?」


「え、ええ。もちろん」


 クオンはまだリアの言葉に驚きを隠せない様子だ。


「リア、リアは十五歳くらいか? なら、弓は引けるだろう。俺がもともといたところでは十五になれば大人として扱われた。それに、野盗がまた来て、親が死ねば、リアは野盗にさらわれてひどい目にあうだろう。親はリアを守るが、守り切れる保証はない。出来るだけ自分の力で自分を守らねばなるまい」


 ジンはリアに話しながら、クオンやシアにも聞かせていた。これが、この村の現実なのだ。


「クオン、ほかの家にも十歳以上の子がいれば、出来るだけ戦力化した方がいい。残酷だが、如何せん残酷な状況の中にお前たち皆はいるのだ」


 村長もサミーもアシュレイもいつの間にかジンの話を聞いていた。


「うちのバカ息子が十三歳になる。あいつには何が何でも生き残らせたい。ジン、あいつにも訓練をつけてくれないか?」


 サミーもこの会話に入ってきた。


「うちの子はまだ十歳だけど、オールトが殺されて、お父さんの仇を討つんだっていつも家で棒切れを振り回しているよ。今度あいつらが来たら向かって行っちまいそうで……」


 アシュレイはまだ小さい息子が無謀にも野盗に立ち向かっていかないか不安だった。訓練を受けさせることで、それが無謀なことだとわからせるだけでも意味があることだと感じていた。


 少し間があって、ジンはおもむろに切り出した。


「アシュレイの子はまだ無理だろう。だから、俺がちょっと剣術をつけてやる。

 そうして大人の男の怖さを、それに向かっていく無謀さを教えてやろう。

 実際に戦力になるのは弓が引ける年齢の子たちだ。リア、それにサミーの子、この辺りになるだろう。俺が弓矢を教えてやろう。

 馬防柵がそろそろ完成する。その内側から、あるいは櫓の上から矢を射かけて、馬に当てる。これだけでかなりの戦力なるはずだ」


 こんな訓練を横目に、ニケはただひたすら薬草や素材を集めていた。

 ニケは争いごとが苦手だ。だからと言って、役に立てないわけではない。


 自分ができること、それは薬草や素材を集め、ポーションを作る。けが人を救えば、野盗どもを撃退できる確率が上がるのだ。


 ツツは、と言えばなぜかクオンの五歳になる長男、トマといつの間にか仲良くなり、馬防柵に囲まれて狭くなった村の中をトマを背に載せうろうろしている。


 ツツたちが村に来たばかりの時、トマはこの大きな狼が怖くて仕方なかったが、クオンの家の軒先でいつもくるんと丸くなって寝ているツツにトマは徐々に近づいて行った。


 ツツはトマがちょっとずつ近づいてきているのを知っていたが気が付かないふりをしていた。

 そうするうちに、大した時間もかけずに、トマはツツの横に来て、ツツのふわふわの毛を触りだした。

 ジンやニケもいろいろと忙しく、ひたすら寝そべるしかすることのなかったツツだったが、大人たちは何かと手のかかるトマの面倒をツツが見てくれるのはありがたかった。


 ゴブリンが三体ほどが馬防柵の格子をくぐって村に侵入してきたことがあった。森のほとりに位置するグプタ村ではさほど珍しいことではないが、脅威であることには違いなかった。


 馬防柵の格子が大きすぎて、ゴブリンなどの小さい魔物を防ぐことはできなかったのだが、ツツがそれらをあっさり葬ってくれたことで、ツツは村の守り神的に扱われるようになってきていた。


(ツツはジンがこの村を去るときには一緒に去るんだがなぁ。そんなんで守り神にされてもなぁ)


 ジンはそう思いながらもツツが村人たちに頼りにされているのは嬉しいことだった。


 サミーの子、十三歳になるエノクはサミーに似ず、おとなしい男の子だったが、まじめによくジンの弓の指導についてきてくれた。

 リアと一緒に櫓から見下ろす馬防柵の格子に番号を振って、どの格子に弓を通すかというゲームに興じたりして、どんどん弓の腕を上げていった。


 そんななか、問題が発生した。


 アシュレイの十歳になる息子ベイロンにジンが稽古をつけると、ベイロンは怖がるどころかむしろ剣術に大いに興味を持ってしまったのだ。

 退去した独居老人の家の廃材から作った木刀で稽古をつけてあげたのだが、十歳の子にしては鋭い動きをするものだから、ジンは思わず動きをうまく合わせて、何合も打ち合えるようにしてしまったのだ。


 これがベイロンにとって、とてつもなく気持ちがいいものだったようだ。


 大人の訓練中でも、馬防柵の設置中でもお構いなくジンに付きまとい、稽古をつけろ稽古をつけろとうるさくてかなわない。

 打ち合う前に「いざ、尋常に」などとジンが日本語で言ったものだから、それを発音通りに覚えてしまい、「イザジンジョーニー!イザジンジョーニー!」と叫びながらジンに付きまとうわけだ。


 アシュレイは思惑は全く反対方向に外れてしまった。彼女はジンの稽古を受けながらもジンに非難の目線を向けるのだった。


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