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129. 意志

「街の中での馬の使用は?」


「気にするな! 伝令が乗って来たのを見てただろう!?」


「わかった。みんな、西門に行くぞ」


 七人が馬に乗るなか、メルカドはワイバーンに跨った。


「自分は少し先に行って、西門の向こうの魔物の状況を見てまいります!」


「ああ! メルカド殿、頼んだ」


 ノーラがジンに馬を並べてきた。


「ジン! ジン! お主の役目はここにはない! アスカに行くのだろう!?」


「ああ、そうだ。だが、それでもウォデルを見捨てる理由にはならない!」


 西に西に馬を駆りながら、二人は大声で会話をしている。ここでジンが死んだならば、何のためのこのアスカ行だというのだ。ただ、何の利益も求めることなく、ただファルハナを守って来たノーラにはジンの気持ちも分かる。


「……絶対に無茶はするなよ」


「ああ、分かってる」


 西門、巨大な天守閣が見えてきた。あの向こうに魔物の大群が押し寄せているのだろう。ジンの気持ちがざわついた。


(何かがおかしい)


 おかしいと言えば、銃撃音が聞こえてこない。もうこの距離にまで近づけば、防戦しているエディスの銃撃音が聞こえてよさそうなものだ。


 それにミルザ伯爵が『マルティナを借りたい』と指名してきたことも気になる。


「こちらです!」


 伝令の兵士が天守閣と城壁が一体化した西門の防衛設備の通用口に、皆を大きく腕を縦に振って、招いている。


「馬はこちらで面倒を見ます。皆様はすぐに天守閣に上がってください」


 伝令の兵士がそう言うと、マイルズがそれに頷いて、ジンたちの方を向いた。


「よし、出発の間際に悪いがちょっと手伝ってくれ。こっちだ」



 ◇



「すまぬ。ジン殿、それに皆も」


 開口一番、ミルザ伯爵はまずジンたちに詫びた。


「いいえ、伯爵、大丈夫です。それより、いったい?」


「ああ、それだがな。……まあ、見てもらう方が早いだろう」


 伯爵はそう言いながら、立ち上がって、西門の向こう――チョプラ川の向こう――が見渡せる天守閣の物見デッキのほうに歩き始めた。ジン一行もそれについて行った。


 上空には竜騎士メルカドが円を描いて旋回しながら、地上の魔物の軍団を観察している。


「あれだ」


 ミルザ伯爵が魔物の集団を指さした。


 異常な魔物の軍団、という意味はすぐに分かった。


 魔物たちはこれまでのように西門に思いつきで、突撃を掛けたり、群がったりしていない。それどころか、ただの一匹も現時点では戦闘を仕掛けてきていない。


 彼らはウォデル大橋の入り口からおよそ四〇〇ノルほど離れたところで、整列していた。


 まるで、人間の軍隊のように。


「あれは統率された軍隊の行動だ。それに先頭に立っているトロルを見ろ」


 ジンは四〇〇ミノル先に目を凝らした。


「あれは!」


 ジンはトロルの頭部に、朝日を受けてぎらつく金属製の何かが見えた。


「ああ、驚いたことに鉄兜をしている」


 ミルザ伯爵はジンにもそれが見えたことを確認すると、補足した。


「あんな武装をしたトロルなどこれまで一度も見たことがありません」


「もちろん、私もなかった。だが、今、ジン殿たちと見ているものは幻でもなんでもないだろう。現実だ」


「では、エディスではあれは倒せない、と?」


「眉間を貫いては、倒せないだろう。エディス殿もそう言っておる」


「それで、伯爵はマルティナを」


「ああ、そうだ。ここにも魔導士はいるが、マルティナ殿ほど強力な魔導士は残念ながらいない」


 マルティナも四〇〇ミノル先のトロルをその目に捕らえた。


「電撃魔法のドでかいので焼き殺すしかないね」


「マルティナ、それは何発打てる?」


「一発、かな。威力を弱めたら、数回は撃てるけど、それで倒せなかった方がやっかいでしょ?」


 確かにその通りだ。魔力をせこって、半分の魔力で撃って、それで倒せなかったなら、残ったもう半分の魔力でも倒せないことになる。ここは最大限の魔力で一撃必殺を期すしかい。


「また、あのぶっ倒れるやつか?」


「まあ、そうだね。魔力をうまく調整して、少し残すようにすれば倒れることはないけど、そうして倒せなかったらもっと危ないでしょ?」


「確かにな。伯爵、それに今、気が付いたのですが、他の魔物、オーガも前衛にいる連中は甲冑をしていますね」


「ああ、全員が全員しているわけではなさそうだが……そうだな、敵、三〇〇〇体の内、三分の一くらいは武装しているみたいだ。それら武装させた魔物を前衛にしている。これまでのように簡単に弓で倒せなくなっているかもしれないな」


 ウォデル軍の主力は依然弓兵隊だ。その対抗する力も弱くなっている可能性が高い。


「伯爵、しかし、なぜ? まさか魔物が自分たちで甲冑や武器を作れるわけがありません」


 武器や甲冑を作るためには産業が必要だ。鉄を採掘する鉱業、それを鋳型に流す鋳造所や、鉄を打つ鍛冶屋。まさか魔物がそんなことをしているとは到底考えられない。


「ジン殿、私もそれを考えないではないが、今はこれをどう防ぐか、そこに考えを絞りたい。マイルズ、何か献策はあるか?」


「そうだな、やはり騎馬突撃を一回当てておきたいな。敵の出方を見たい。何もせずに、奴らがウォデル大橋や西門まで来た時にはもう勝負がついてしまう。いい方でも悪い方でも、それで結果が出る。悪い方の場合のリスクがデカすぎる。それまでになにか材料が欲しい」


「ただ、騎馬だとあのトロルがやっかいだぞ」


「ああ、だから騎馬隊を二隊に分けて、両翼に別れて突撃、そのまま西門に戻る。追い縋る敵がいればむしろ好都合だ。城壁から矢の雨を降らせればいい。まあ、絶対に追いかけてこないと思うが」


「敵の出方を見るという意味ではそれしかなさそうだな。マイルズ、お前が騎馬隊を率いよ」


「右翼側は俺が行く。左翼側は伯爵、誰かいますか?」


 マイルズがそう伯爵に聞いたタイミングで、メルカドが偵察を終えて物見デッキまで上がって来た。


「メルカド殿、どうだった?」


 すぐにそれに気が付いたミルザ伯爵は、マイルズの質問に答えるより先に、メルカドに注目した。


「伯爵、敵の数およそ三二〇〇、内、四体に一体ぐらいが甲冑を付けています。不味いことに三二〇〇の内、半数以上がオーガです。かなり強い構成です」


 メルカドはトロルのことには触れなかった。それは、一番先頭に立っているので、ここからでも見えるからだ。不必要なことは報告しない。上空からのみ分かる情報に絞って、説明した。


「武装はどうだ?」


「そこまでははっきりとは上空からは見えませんでしたが、甲冑をしている魔物たちの武装は剣がほとんどと思われます。あんなもの、一体どこから……」


「メルカド殿、それを言うなら甲冑の方だ。明らかに人間サイズじゃない。剣は、奴らはこれまでいくつもの街を飲み込んできたんだ、いくらでも鹵獲できただろう。……で、伯爵、どうする?」


 マイルズもそれが一番の謎と考えているようだったが、まずはこれからの行動だ。


「ひとまず、マイルズの作戦で行くしかなかろう。一当(ひとあ)たりしないと、敵の強さも意図も分からんしな」


「ミルザ伯爵、左翼側、拙者に率いさせていただけませんか?」


 ジンが突然申し出た。


「ジン殿、我が家の騎士にも人はいるが、この魔物たちは異常だ。ジン殿の目で見てもらいたいと思っていたところだ。頼まれてくれるか?」


 ミルザ伯爵もジンに頼みたいと思っていたところに、ジンが申し出た形だ。


「ジン、気を付けるだぞ。私は城壁から鉄砲で支援する」

「ジン、ポーション持っていって」

「ジン、私たちは弓兵隊の手伝いに行ってくる」

「小僧、無茶をしてお嬢様を泣かせるんじゃないぞ」


「ああ、ありがとう。無茶はしない。本当に一回ぶち当てるだけだ。それで敵の特徴も見えるかもしれない」



 ◇



 西門のポートカリスを兵二人掛かりで引き上げていく。


【ポートカリス:城や砦の門に鎖でつり下げられ、上下に開閉する鉄の格子戸。鎖はウィンチで巻き取る】


 鉄の格子状の戸が引き上がると、先頭に騎乗のマイルズとジン、その後ろに騎馬隊がひしめいている。


「ジン、俺の号令で出るぞ」


「ああ、任せた」


「左翼隊はジンに、右翼隊は俺に続け。いいか、突撃と言っても、敵陣をぶち破るんじゃないぞ。当たりながら、左翼隊は左に、右翼隊は右に弧を描くように離脱、ここに戻ってくるんだ。決して敵陣を破ろうとするな! 神速のみが味方だ。決して敵と打ち合うなよ。一撃離脱! 行くぞ!」


「「「「「おおおおおおおおおお」」」」」


 騎馬兵たちが槍を掲げて、鬨の声を上げると、ジンとマイルズは頷きあって、それぞれ、愛馬マイルとノーラに気合を入れた。


 ジンとマイルズが城門を飛び出すと、後続の騎馬隊二千騎が続く。

 ウォデル大橋を抜けて一〇〇ミノルほど進出したポイントで、マイルズがジンを見て、右手で敬礼した。


気障(きざ)なやつだ)


 騎乗のジンはそう思いながら、頷くと、左に逸れ始める。同時にマイルズも右に逸れ始めた。二人の指揮官の距離が離れて行くにしたがって、後続の部隊も同じように左右に離れて行く。


 魔物の部隊の両翼にジンとマイルズがそれぞれ迫ると、驚いたことに、魔物軍は見事な統制で、全部隊を、騎馬隊の攻撃を逸らすように、「く」の字に折れるような形に変えていく。中央のトロルが一番前、両翼が下がった形だ。


「なんだ、こいつら」


 ジンは驚いた。攻める人間側に対して、魔物が戦術的に後退するなんてことがこれまであったろうか?


(やばい!)


 ジンに悪寒が走った。


(こいつら、俺たちの意図を理解したうえで、やり過ごして、空いた中央を突破して、俺たちが橋に戻るより先に、門に突入する気だ!)


 ジンの勘は当たっていた。


「ヴおおおおおおおおあああああああぁぁ」


 中央のトロルが雄たけびを上げると、ジンやマイルズの部隊を無視して、橋に向かって走り始めた。一度、くの時の折れた魔物たちはそのまま折れ続けて、中央のトロルを先頭とする一直線の陣形に変化し、トロルに続いて、橋に向かって走り始めた。


 ジンたちは左回り、マイルズは右回りで、円を描くように橋に戻る予定だったため、馬の速度であっても、どうしても直線で橋に向かう魔物軍より先に門に戻れない形勢となった。


(しまった!)


 マイルズは魔物軍の意図を理解した。理解したが、魔物軍に先んじて橋に戻るのはもうできない。


 すでに城壁から矢の射撃が始まった。エディスとノーラも鉄砲を撃ち始めた。少しでも敵勢力を削ぐためだ。


 魔物軍は甲冑をした魔物を門側に、無防備な魔物を後方に配置している。矢に対する防御をちゃんと考えている証だった。


 ウォデルの西門から見れば、ウォデル大橋、魔物軍、その向こうにジンとマイルズの部隊がいる、という状況だった。


「ジン、柔らかい後方の魔物を皆殺しにするか!?」


 円を描き切って、右翼軍と左翼軍が合流した時には、すでにウォデル大橋上に魔物たちはいた。もちろん城壁にいた弓兵隊が矢の雨を降らしているが、鎧を装備しているオーガには、あまりその効果が見られない。


「ああ、西門側に防御の高い魔物たちを寄せやがって。奴らは俺たちより弓兵隊の方が怖いみたいだ。後方から突撃を掛けるか?」


「ジン、やるなら今だ」


「指示はお前に任せたぞ」


「ああ。全隊、聞け! 右翼隊、左翼隊は解消だ。これより、一隊となって魔物後方に攻撃を掛ける。ただ、深く入るな。橋を抜けようとするな。そうすれば、弓兵隊の攻撃の邪魔になる。奴らの後方、つまり俺たち前面の装甲のない連中を削り取る。だから突撃、と思うな、圧迫だ。では、ゆっくり前に進むぞ!」


 さすがにこの号令で『おおおおお』とはならない。戦とはそう言うものだ。勢いのいる時、勢いは殺したいとき。その両面があって、この攻撃は後者だ。


 騎馬隊は常歩(なみあし)でウォデル大橋の上と、西門から見てその後ろに展開する魔物軍に対して、ゆるりと迫って行った。



 ◇



 城壁の上では、弓兵隊が必死の射撃を行っていたが、前面に押し出してくる敵は甲冑をしていて、倒せないこともないが、甲冑をしていない魔物に比べれば、数倍も倒しにくい。


 エディスは、すでに十発以上、先頭のトロルに対して射撃を繰り返していたが、致命弾が撃てないでいた。やはり、あの眉間や頭部を守る鉄製の兜がやっかいだ。


 ノーラはエディスほど腕がない事をわきまえて、周りの甲冑オーガを倒して行っている。矢は跳ね返せる甲冑であっても、鉄砲の弾はそれを貫けるようだ。それを考えると、あのトロルの兜だけは特別製なのかもしれない。


 そしてついにトロルが西門のポートカリスに取り付いた。


 それを押し上げて、オーガたちを街の中に侵入させようとしている。


「私の出番でいいんだよね」


 ポートカリスを挟んで反対側、門を守る歩兵隊に混じって立つマルティナが確認した。

 トロルからマルティナたちが立つ距離はほんの一〇ミノルほどしかない。


「ああ、マルティナ殿、頼む」


 ミルザ伯爵が直々にマルティナに頼んだのだから、彼はこの状況で、ポートカリスの前にマルティナや兵たちと一緒に立つことを選んでいた。


「じゃ、もし私が倒れたら、頼んだよ」


「心配するな。私の命にかけてもそなたを守る」


 若い、というよりは少し幼いマルティナは、美男子から発せられたそんな言葉にも無頓着だ。特別、彼女の心にその言葉は刺さったりはしなかったが、単純に、言葉通り、思いっきり魔力を投入しても後のことは心配しなくていい、と理解した。


 そうしているうちに、大人の腕ほどもある太さの鉄の角棒によって構成された、とんでもなく重たいポートカリスが。トロルの膂力によって、持ち上がり始めた。それが半ミノルでも持ち上がれば這いつくばってでも街の中に侵入しようというオーガたちが体勢を低くし始めている。


「時間はそうないぞ、マルティナ殿」


 ミルザ伯爵のそんな言葉にもマルティナは返事はしなかった。すでにブツブツと呟くように詠唱を始めていたからだった。


 マルティナは最上級の電撃魔法の発動を示す言葉を最後に口にした。その言葉はミルザ伯爵には聞き取れなかったが、結果は目の前に現れた。


 いや、目の前に現れる前にすでに、空気中の酸素や窒素、二酸化炭素、あるいはメタンガス、いや、周りにいた歩兵たちの身体を構成する炭素、水素、酸素、あらゆる原子という原子が帯電し、それがマルティナの魔法発動の言葉と共に光と同じ速度で、トロルが掴むポートカリスの太い鉄の格子に移った。


 急激な電圧と電流に溢れた、鉄格子から逃げ場所を探す電子が、トロルの、ポートカリスの太い鉄格子を持つ手を伝って、更に腕を駆けのぼり、最後に行き場を失って、一気にエネルギーを暴発させた。


 トロルの目の玉が飛び出たかと思えば、凄まじい発熱で、トロルの身体が一瞬で発火した。トロルの身体を構成する炭素と水分はその結合を失い、重いポートカリスを持つ手だけ真っ黒こげになったままポートカリスを掴んで、それら手を支える腕から離された。腕そのものが炭化して、重いポートカリスを持つ手を支持できなかったのだ。


 すでにポートカリスをくぐろうとしていたオーガたちも悲惨な運命をたどった。落ちてきたポートカリスに串刺しにされた魔物、感電して黒焦げになった魔物が無残な死体を晒した。


 ふうっと魂が抜けたようにマルティナが崩れ落ちそうになったところを、ミルザ伯爵が支えた。


 伯爵は意識のないマルティナに律儀に礼を言った。


「マルティナ殿、ありがとう。そなたのおかげだ」



 ◇



 だが、戦いはまだ終わっていない。既にジンたちはゆっくりと魔物の後方、装甲のないオーガや少数ではあるがこの軍団に加わっているゴブリンに攻撃を開始した。


 ジンはひたすら魔剣を振るう。接近戦など、こんな魔物相手にしたくもない。会津兼定が魔物の血で汚されるのをジンは嫌った。


 マイルズは槍で突きまくっている。マイルズは本物の槍使いだ。こういう多数対多数の戦いでは槍を深く突かない。深く突けば、抜くのが大変になるからだ。的確に敵の急所を狙って、浅く、突いて、敵を葬って行く。


 弱い装甲のない敵を大方葬ると、城壁からの矢や鉄砲の攻撃にも耐えてきた装甲持ちの魔物が相手になって来た。


 ポートカリスの鉄格子越しにジンとマイルズ、それにマルティナの戦いを見ていた老騎士、ナッシュマンは悔しさに歯噛みしていた。そもそもこの戦いでは誰も彼を頼ってはこなかった。


「ウォデルの歩兵諸氏! 諸氏は撃って出ないのか? 今撃って出れば、ジンたちの部隊と魔物を挟撃できるではないか!?」


 この状況において、ナッシュマンは正しい。矢は装甲持ちの魔物には決定打を与えられなかったが、今、歩兵隊がポートカリスを開けて打って出たなら、敵を殲滅できるだろう。


「ナッシュマン殿、確かにそうだ。よし、撃って出る」


 そばにいたミルザ伯爵がそう言うと、号令をかけた。


「開門! 歩兵隊は私に続け! ……ナッシュマン殿も、お願いします」



 ◇



 ナッシュマンは怒涛だった。


 ウィンチがまかれて、ゆっくりと門が引き上げられるのを焦れて、まだ十分に開き切っていないポートカリスをくぐって、一人、魔物ひしめく橋の上に飛び出した。


「ナッシュマン殿、(はや)るでない!」


 ミルザ伯爵は叫んだが、もう始まってしまったものは仕方がない。


「歩兵隊、急げ!」


 歩兵たちはいい迷惑だ。体勢を低くして、ポートカリスの下をくぐって、橋の上に出た。魔物たちはすでに十体以上がナッシュマンに葬られていた。


(((((マジか!?)))))


 多くの兵の感想がそれだっただろう。それほどまで、老騎士は強い。まるで衰えを感じさせない剣捌きと速さ、次々に魔物を葬って行っている。


「おい、(じじい)にだけやらせるな!」


 兵の一人が不覚にも心の声をそのまま口出してしまった。しかも大声で。


「誰が、じじい、っだ!」


 怒りながらも、また一匹、オーガの首を刎ねた。



 ◇



 ジンたちは西門が開いて、歩兵隊が出てきたことで、この戦いは勝ったと確信した。魔物たちの、いや、この魔物たちを戦術的に操る何者かの誤算があったとするなら、強力な魔導士、マルティナの存在だろう。


 鉄砲のことを知っていたとしか思えない。それを封じるための特製の兜をトロルにかぶせて、この作戦を決行した。トロルがポートカリスに取り付いたことで、この作戦はある意味、その謎の魔物軍指揮官の勝利だっただろう。あのまま押し開けられていたら、魔物たちはウォデルの街に侵入出来ていたのだから。くりかえしになるが、だから、マルティナがいたことが誤算だったはずだ。


 西門が破られて、ウォデルがファルハナのように蹂躙されたなら、時間の問題で北部穀倉地帯は壊滅するだろう。そうなればイスタニアは終わりだ。ここに絞って魔物の大軍を動員し、その上、鉄砲対策までしてきた。もう間違いない。相手は知的な存在だ。


 ジンは確信した。この魔物の〈洪水〉は何者かが意図をもって、進めている。もちろんそのきっかけには、天災である津波による〈ドーザ倒し〉的な要素はあっただろう。しかし、それに乗じて、何者か、いや、人間であるか魔物であるかもわからない、何かの意思が働いていることにジンは確信を得た。


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