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128. ウォデルの一日

「なんだ、お前たち、こんな話になるんだったら、俺も早まるんじゃなかったぜ」


 マイルズが愚痴た。ほんの二週間前に別れた友が、まるで新しい目標に向かっているのを聞いて、マイルズは少しうらやましくなったのだ。


「なんだ、マイルズ、その言い草は。ミルザ伯爵が寂しがるぞ」


 ジンはそう言いながら、あるいはマイルズが自分たちに合流してくれるのでは、と淡い期待を抱いたがそうではなかった。


「そうじゃないんだ、ジン。ミルザ伯爵は仕えるには最高の主だよ。可愛いし、素直だし、かと思えば男気がある。あの子はいい指導者になる。……だがなぁ、アスカだぜ。俺の冒険者魂がうずくんだよ」


「冒険者とな。ついぞ、お前のその姿は見たことがなかったがな」


 ノーラが口を挟んだ。


「ラオ様~、俺は衛兵をしていても気持ちはずっと冒険者だったんだって」


「マイルズ、その『ラオ様』はもうよせ。私はノーラだ。別に家を捨てたわけでもないが、家を背負ってジンについてきたわけでもない」


「そういうことなら、ノーラ、でいいのか?」


「ああ、それでいい。いや、それがいい。もはや貴族たる価値も今のアンダロスにあるとも思えぬしな」


「いや、あんたにはその価値はあると思うよ。ずっと貴族としての責任を果たしてきた。それこそ名ばかりの貴族も俺は見てきたが、あんたはそいつらとは違う。これこそ真の貴族だ、ってずっと尊敬しているよ」


「マイルズ、褒めても、もうお給金も出ないぞ?」


「ははは、ラ……ノーラ、心配するなって。おれはもう別からもらってるからさ」


「ああ、そうだったな」


 ニケが話に割って入れずに、もじもじしていたが、気の回るマイルズがそれに気づいた。


「ニケちゃん、お前とこうやって飯を食うのもカーラの宿、いや、〈宵闇の鹿〉以来か?」


 ファルハナとは違って、食糧難にはなっていないこのウォデルでは街に出れば飯屋が普通に営業している。そんな飯屋の一軒でマイルズは七人と一匹――ツツは中に入れず、出入り口ドアのすぐそばで猪肉をもらっているのだが――と久しぶりの会合を楽しんでいた。


「うん。最後は宵闇の鹿だったね。なんか大昔に思えるよ」


「だな。……ビーティの親父さんは残念だった」


「……うん。私は彼のことあまり知らなかったけど、悲しいよ」


「ニケちゃん、ビーティの親父さんだけじゃない。本当に多くの人が死んだんだ。イスタニアは今はまるであの世に近づいているみたいにどんどん人々があっちにってしまう。……なあ、ジン、ノーラ、俺はもう協力できないが、これを止めてほしいんだ」


 津波災害に魔物の襲来。立て続けにこの地方に災難が襲っている。

 マイルズの言う、まるでこの世界があの世に近づいている、という印象はジンにはなかったが、言われてみればそんな感じもする。


「ああ、マイルズ。俺たちだけで世界をどうにかできるとは思えないが、こうなった理由が分かれば、皆で対応できるかもしれん。それを調べてくる」



 ◇



 その晩、ジンはうまく寝付けなかった。久しぶりに野営ではなく、まともな宿のベッドで寝られるというのに、やはり二交代制で夜起きて、昼間寝るということを数日繰り返しただけで、生活のリズムがくるってしまっていたのだろう。


 頭の中をいろんなことが巡って、余計に寝付けない。

 数日前の夜にノーラに伏見で起きたことを話したためか、その記憶がまざまざと蘇ってきた。最初見た時西洋騎士だと思った、あの巨体のフルアーマーはイスタニア、いや、この世界から日本に来ていたのではないか。ジンはそんな仮説を立て始めていた。


(あいつが俺をここに送ったのか? いや、にしては俺を殺そうとしていたのは間違いない。あの攻撃には殺気があった……であれば、誰かがあの剣士の攻撃から俺を守ろうとして、この世界に転移させたのか? いや、しかし、何の情報もない中で、推測だけ膨らませたところで、真実には近づけない)


 ジンはそこまで考えてから、これ以上考えるのを止めた。すでに朝が近付いていたが、ようやくジンに眠気来てくれた。一瞬、目をつぶった、と思った瞬間、ニケに起こされた。


「ジン、もう朝七つだよ。宿の朝食、みんな下で待ってるよ!」


「あ、ああ、もうそんな時間か」


 ジンは一瞬しか寝ていないと思っていたが、実際は二、三ティックは眠っていたようだった。


 ジンが宿のダイニングに行くと、なぜかメルカドもテーブルを囲んでいた。


「ジン殿、おはようございます!」


 メルカドがジンがテーブルに向かってくるのに一番最初に気づいたようだった。


「もう先に食っているぞ」

「おはよージン」

「「おはよう」」

「なんだ、寝坊か」


「メルカド殿、なぜここに?」


 ジンは驚いた。メルカドは単に帝国からスカリオン公国に出向して、両者の間の連絡員をしているに過ぎない。帝国の利益に関わることでしか、ジンたちを助けたりはしないはずだ。


「まだ帝都に言って報告する時間はありませんでしたので、ある意味独断ですが、ジン殿について行くことにしました。ジン殿はここから帝国に向かうのですよね?」


「ああ、それはそうだが……ではオーサークとウォデル、それにファルハナの間の情報伝達はどうなる?」


「それは心配ありません。ライナスが既にその任についております。ジン殿たちの動きは殿下にとっても重要なのです」


「というと?」


「ジン殿たちはこの魔物の溢れ方を異常だと感じていますよね。ベラスケス殿下も全く同じ考えです。その謎がアスカにある、という認識まで殿下はジン殿と同じです。ジン殿には全面協力しろ、と私に命ずるはずです」


「と言って、メルカド殿、まだその確認はしておらぬのだろう?」


「殿下のご意思は常に私は理解しようしてしておりますので、分かるのです。今、帝都に飛んで行って、許しを得てから戻って来たなら、ジン殿を見失うことになります。そんなことをしておれば、殿下に叱られます。いずれにしても、帝国は通るのですから、殿下には事後承諾で十分です」


「まあ、メルカド殿がそう言うのであれば、俺たちは助かる」


「では、そういうことで。今日はまずは朝食を共にと言うことで、よろしくお願いいたします!」


 これまで、メルカドとは面識があったが、今朝のように近しく話したことはなかった。それは、やはり、オーサークでの帝国との戦いがあったからだろう。まかり間違えば、メルカドに殺されていたかもしれないし、殺していたのかもしれないと思えば、今や協力関係にあると言ってもどうしても一線を引いていたジンだった。


「ジン、ニケの知り合いだ、としか私は聞いていないぞ。それが帝国やらベラスケス王子やらの話が出て来て驚いておる。ちゃんと私や皆に紹介せぬか」


 ノーラにそう言われたが、ジンは彼が朝食にダイニングに降りてきたときには皆同じテーブルにいたので、とっくにそう言うことは終わっていたと思っていたのだ。たが、そうではなかったようだ。


「ノーラ、彼はメルカド殿、という。若いが有能な竜騎士だ。帝国とスカリオン公国が和睦を結んだ際にベラスケス殿下が連絡係に我々に残して行ってくれたのだ」


「ノーラだ。良しなに」


 ノーラは紹介を要求した割には何とも簡単な自己紹介を終えた。


「ノーラ……ラオ男爵閣下で、あらせられますよね!?」


「いや、男爵位は父上に返上してきた。ここにいるのはただのノーラだ」


「やっぱりラオ男爵閣下ではないですか。我々は密偵を何度も放って、ファルハナで起こっている新兵器……つまり、そこにあるその鉄砲のことですが、その開発に探りを入れていたのです。それを率いているのが若き英雄、いや女傑、美しきノーラ・アンドレア・ラオ様だ、と聞いておりました」


「やはりな。そういう気配はしていた。てっきりノオルズだと思っていたが、帝国だったのか?」


 なにか物騒な話になって来た。ニケが襲われたあの事件のことだ。ナッシュマンなどは剣をすぐに抜けるように自分に引き寄せている。


「あ、え? いや、なんか変な話になってますが、我々は一度も実力行使はしていませんよ。情報集めをしていただけだ、というのが私の認識です」


「ま、いずれにしても済んだことだ。メルカド殿。よしなに」


 完全に納得したわけではないが、今は味方のメルカドを敵に回す必要など全くない。ノーラはひとまず矛を収めた。なんだか変な雰囲気になってしまったが、若いメルカドはあまり気にしていない。


「ええ、ラオ男爵閣下のおそばで仕事が出来るなど、このメルカド、光栄の極みです!」



 ◇



 一行は朝食を終えて、出発の準備が出来つつあった。一人、ジンが大あくびをしているが、ここから先は二交代制の野営などしなくてもいい。いずれ生活のリズムは整い始めるはずだ。


 ここから二泊、途中の宿場町で泊まればパディーヤだ。パディーヤを東に越えて、更にもう一泊か二泊、街道、〈芋の道〉の宿場町で過ごせば、ようやく芋の道を北に逸れる。領主連合の貴族たち領地だ。彼らの領地は農村だ。作物を芋の道まで運ぶための馬車道はあるが、そもそもそれ以外誰も通ることがないので、宿場町はない。野営になるだろう。


 ただ、領主連合はジンたちと目的を同じくする貴族たちだ。きっと、行けば食料に不自由するどころか、歓待を受けるかもしれない。


 七人と一匹、いや、メルカドが加わった今、八人と一匹にとって、ウォデルに入る際は大変だったが、ここから先は魔物のいない人間の領域と言っていい。南部を襲った津波災害後、北部でも野盗なども増えているので、ある程度の警戒はいるだろうが、野盗に後れを取る一行でもない。


 マイルズも皆が泊まっていた宿に到着した。見送りに来てくれたのだ。

 マイルズの衣装は昨晩とは全く異なっており、騎士マイルズ、といういで立ちだ。昨晩はなじみある面々との会食だったので、これまでと変わらないいつものマイルズだったが、今朝は既に勤務中の時間だ。


 宿からウォデルの東門にはまだまだ距離がある。八人は自分の馬やワイバーンを手に引きながら、マイルズと歩いた。ニケが笑顔でたくさんマイルズに話しかけている。リアやエノク、それにマルティナはマイルズにあまりなじみがないが、ニケは違う。ニケにとって、最後に彼と一緒に過ごせる貴重な時間だ。


 一行は東門に着いた。


「みんな、達者でな。しばらく会うこともないだろうが、ウォデルに来たら必ず声をかけてくれ。……ちくしょう! やっぱり俺も行きたかったな。ミルザ伯爵にはこれが終わってから仕えることにすればよかった」


「マイルズ、往生際が悪いぞ。じゃ、一、二年の旅になるだろう。しばしの別れだ。元気でな!」


 ジンも一番信頼できるこの男と行きたかったのはやまやまだったが、ここは潔く別れたかった。


 と、その時、西の方から、街中を走る馬蹄の音が近付いてきた。


「マイルズ様! ジン様! 魔物の大群が西門に押し寄せています。これまでとは規模も行動も異なっています。伯爵がマルティナ様の力を借りたいと、至急呼び戻せとの仰せです!」


急に寒くなりましたね。ご自愛ください。

明日、一日お休みいただきます。年末に入って少し忙しくなってまいりました。

21日から新規投稿を再開いたします。

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