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127. ウォデル大橋の突破

 鉄砲隊のほんの一部に配備された珍しい鉄砲がある。


 元込め式で銃身の長い鉄砲だ。いわゆる初期ロットというだ。元込め式はすぐに銃騎兵隊に配備されることが決まったので、突撃銃という銃身の短いものに改められた。しかし、ここにあるのは、銃身の長い元込め式の鉄砲だ。


 ジンたちはそれを一丁と弾丸を五〇発だけファルハナから持ってきていた。トロル対策だ。


 マルティナは一撃でトロルを倒すことの出来る魔導士だ。しかし魔力にも限界はある。チョプラ川を渡るまで、ウォデルに着くまでは彼らはたった七人で魔物の勢力圏内を旅するのだ。マルティナにだけ頼るわけにはいかなかった。


 鉄砲を撃つのはノーラだ。別に彼女が特別うまいわけではなかったが、ジンは魔剣使い、ニケは非戦闘員、リアとエノクは弓使い、マルティナは魔導士、ナッシュマンは剣を使う騎士だ。ノーラも役回りが欲しかったのだろう。それに彼女は鉄砲の操作をそれが試作段階から知っていた。


 そんなノーラが一〇〇ミノルほど先のトロルを狙っている。


「ノーラ、外しても大丈夫だ。マルティナがいる。いざとなれば俺が会津兼定の魔剣攻撃であいつのそっ首を叩き斬ってやる」


「ジン、黙っててくれ」


 ジンはノーラが緊張してはいけない、と思って安心材料を与えたつもりだったが、狙いを定めるノーラには余計だったようだ。


 バン!


 一発目は頭頂部に当たった。なかなかの射撃の腕だ。しかし、頭頂部では跳弾して、ただ、トロルの頭皮を削ったに過ぎない。その上、トロルを怒らせてしまったようだ。


 猛然とこっちに走って向かってきた。


 マルティナが詠唱を始め、ジンは会津兼定を構えた。


 ノーラはすぐに右に突き出た雷管部分を、引き金にあった右手を一度放してから、叩きこんだ。ガシャ、と音がして、二発目の装填が完了した。


 このタイプの優れたところは二発まではすぐに連射できることだ。

 しかし、ノーラはすぐには撃たない。時間をかけて、狙いをつける。


 トロルはすでに五、六〇ミノルにまで迫っている。


 いよいよマルティナが魔法を発動しようとしたとき、ノーラの鉄砲が再度、火を噴いた。


 トロルの眉間に鉛玉がめり込んだ。トロルがこちらに向かって走っていたせいで、前のめりに倒れた。土煙が上がった。


「これで、のこり四十八発だ」


 ノーラが呟いた。


「お見事だ。ノーラ。二発で一匹。最初にしては上出来じゃないか。まあ、ウォデルに着くまでに二十四匹以上のトロルに出くわさないように祈るとしようじゃないか」


「なんだ、ジン、気に喰わない言い回しだな。私がずっと一匹に二発を要するということか?」


「ノーラ、決してそんな意味ではないぞ、単なるものの例えじゃないか」


 ジンは焦って否定した。


「あーあ、また始まった」


 トロルの周りにいた小物たちを広域魔法で瞬殺したマルティナがジンとノーラの会話を聞いていて、リアに話しかけるように言った。


「リクリエーションってやつじゃないの?」


 リアも最近こういうのが多いな、とは思っているが、決して二人の仲が悪いようには見えない。初めて二人そろって旅をする中でお互いの距離感が掴めないようにも見える。


「ジンは要らぬことをすぐに口する。お嬢様は立派だ。覚えたての鉄砲で、確たる戦果ではないか。お嬢様、立派ですぞ」


 ナッシュマンが口を挟んだ。


「ナッシュマン、大げさにするではない……」


 自分の鉄砲の腕を皆が話題に取り上げていろいろと言う(さま)にいい加減うんざりしたノーラが小さくそう呟いた。


 やはり、このあたりの魔物の数は少ない。皆、余裕がある。ファルハナを出てから、まだ接近戦をしたことがない。近づく前に倒してしまえているのが現状だ。ただし、これもウォデルが近付くとそうもいかなくなるのだろう。



 ◇



 魔物の勢力圏で皆が同時に寝るというわけにはいかない。二交代制で進むため、全員騎馬ではあるものの、どうしても比較的近いウォデルに行くのにも時間がかかる。


 その夜はジン、ノーラ、エノク、それにツツが寝ずの番をすることになっていた。マルティナ、リア、ナッシュマンは天幕で寝ている。


 エノクは手近にあった木の上から遠くを見張っている。ジンとノーラはその木にほど近い草原に座っている。


 秋も深まってきていて、夜は幾分冷えるようになってきていた。天には会津で見る月と全く違わぬ月があって、薄い雲がたなびいている。


「なあ、ジン。正直に教えてほしい。アスカには何があると思っておるのだ?」


「正直に、か。うん。正直、よくわからない。だけど、ニケたち獣人は俺やツツが別世界から来ることを知っていた。ノーラ、それは不思議なことだと思わないか?」


「確かにな。『なぜ知っていた?』となるのが当然だ」


「だろう。ノーラ、ノーラたちイスタニアの人々は魔の森のことをどこまで知っている?」


「イスタニアの人々の間で言われているのは、あそこは瘴気が漂う別世界だ、と。あと、入ったものが魔物になるとも言われているな」


「ああ、俺もそんなことを聞いた。俺もイスタニアに来て、もう三年半になる。けど、その魔物化した人や動物を見たことがない。ノーラはそんなのを見たことがあるか?」


「無いな」


「ああ、みんな無いんだ。ただ、そんな話だけがある。変じゃないか? あそこには別の何かがあるような気がするんだ。それで、アスカの人々は何があるかを知っているんじゃないか。……まあ、あくまで推測だが」


「ニケはアスカの人じゃないか。ジンは彼女に聞いてみたのか?」


「ああ、もちろん。何度も聞いた。だけど、ニケの知識は俺たちのとそう変わらない。ノーラ、ニケが()()()って言っていたのを覚えているか?」


「ああ、巫女がどうだか、みたいな話の中だったな」


「うん。そのあたりの知識階級というか、祭祀というか、そういう人々が何かを知っているような気がするんだ」


「ジンはそういう人たちに会いたいんだな。当面の目標が目に見えるものでよかったよ。なんだかわからないけどアスカに行く、じゃあ私も皆も何をしていいかわからないからな。ジンはもっとみんなを信頼していろいろ相談した方がいい」


「ノーラの言うとおりだ。ただ、信頼すべき人たちに隠してたわけじゃないぞ。言い方を間違えれば与太話に取られるのを恐れてたんだ」


「確かにな。急に『なあ、俺は異世界人なんだよ』じゃあ、誰も本気に聞かないわな……ククク」


 ノーラは笑いをかみ殺した。


「だろ?」


「だな。……なあ、ジン、ジンのふるさとの話をしてくれないか?」


「ふるさと、か。……ああ、いいとも。俺のふるさとはアイズっていう場所だ。妹がいてな。チズって名のこまっしゃくれた、可愛い妹だ。俺はドウジョウのシハンダイ……いかんいかん、アイズの話をすると、どうも地の言葉が出てきて困るな」


「気にするな。私は聞いているぞ」


「うん。まあ、剣術の師匠、ってところか。そう、おれは剣術の師匠だった。稽古が始まる時間には稽古場に行くんだが、わざわざ俺がそれに遅れないように起こしに来るような妹だった」


「可愛い妹ではないか。私は一人っ子でな。そんな妹が欲しかったぞ」


「ああ。チズは可愛い妹さ。でも戦争が起こった」


「どことだ?」


「内戦だ。この鉄砲ってのがその時大量に使われた。俺は、自慢じゃないが、剣術は誰にも負けないほどの腕前だった。でも鉄砲にはどうしようもなくてな」


「遠くから撃たれれば、それはどうしようないだろう」


「ああ。追い込まれた俺は、敵の陣地に逃げ込んだんだ。変な話だが、そこしか逃げるところがなかった。そうそう、鉄砲はまだましな方さ。タイホウ……いや、モレノが大鉄砲って呼んでたな。この大鉄砲はとんでもなかった。そこらじゅうで味方の兵がなすすべもなく斃れて行った」


「モレノが完成させた、って言ってたあれか」


「うん。だが、あんなものではないぞ。飛距離がまず違う。アメリカが持ち込んだアームストロング砲などは三ノル先に打ち込める」


「ははは、嘘を言え」


「いや、嘘じゃない。それが俺のふるさとの戦争だった……」


 実際、ジンが経験した敵や味方の大砲は四斤山砲で射程は一キロ、おおよそ一ノルだが、ジンはアームストロング砲のことを聞き及んでいた。


「では、ジンはそこで死んでここに来たのか?」


「いや、そうじゃない。変な話だが、聞いてくれるか? さっき、敵の大鉄砲の攻撃から逃れるために、敵陣に逃げ込んだ話をしたけど、逃げ込んだ先で、その、まるでイスタニアのフルプレートアーマーの騎士のような敵が現れたんだ。そいつと、一合、二合と打ち合うと、打ち合う瞬間に景色がパッと変わるんだ」


「どういうことだ?」


「いや、俺もよくわからない。そのフルアーマーの剣士の剣と俺の会津兼定が当たった瞬間だけ、周りの景色が変わる、という怪現象としか言いようのない不思議なことが起きた」


「うん。いや、よく分からんが、分かったことにしておく。それでどうなった?」


 ノーラはジンが遭遇した状況をよく理解はできないが、続きの方が気になった。


「で、俺は相手の懐に飛び込んで、プレートのないところを攻撃しようと思ったんだ。でも、失敗して、敵に……たぶん俺が死ななかったことを考えると、素手だったんだと思う。素手でぶちのめされて、気が付いたらツツとイスタニアにいた、ってところなんだ」


「なんだ、全然よくわからない話じゃないか。実は死んでた、ってことはないのか」


「……ノーラ、なんでそんなに俺を殺したがる」


「ははは、お主が死後の世界にいて、それがイスタニアなら、私はずっとお前と一緒にいれるんじゃないかと思ってな!」


 木の上にいて、全ての会話が一言漏らさず聞こえていたエノクはなんだか二人がうらやましくなってきた。脳裏に今はぐっすり眠っているはずのリアの笑顔が浮かんだ。


(大人っていいよなぁ)



 ◇



 騎馬なら二日で行ける距離を二交代制で来たため、結局四日もかかったが、七人に巨大な天守閣と城壁を持つウォデルの西門が見えてきた。ついでに大量の魔物たちもだ。


「たった七人であれは突破できそうもないな……メルカド殿がいれば、飛んで行ってウォデルに支援を頼めるのだがな」


 ジンが呟く。


「ジン、いないものを当てにしても仕方がない。何か手を考えるしかなさそうだ」


 さすがにノーラもこの数の魔物を突破できる気がしなかった。


「チョプラ川沿いに少し北に行けば、渡河作戦で使った渡し船がまだ岸に残っているかもしれん。それを使って、川を渡ればなんとかなるか」


 ジンがそんなことを言った時だった。上空から巨大な影が迫ってきて、ジンたちの目の前で空中で急制動を掛けると、降下してきた。メルカドだった。


「ジン殿!」


「メルカド殿!」



 ◇



 メルカドはファルハナの状況をウォデルに伝えに来たところだった。ジンたちがそろそろウォデルに到着するということも、ファルハナでガネッシュから聞いた内容から推測していたので、ジンたちの到着を西門で待っていたのだった。


「ミルザ伯爵に救援を頼んでまいります!」


 メルカドはそう言い残すと、またワイバーンを駆って、上空に舞い上がって行った。


「これで何とかなるかもな」


「なんだ、ジン、他力本願とはまさにこのことだな。お前なりの計画はなかったのか?」


 ナッシュマンは突っ込まざるを得ない。


「ナッシュマン殿、だから最悪、渡し船のことは頭にあったんですよ」


「に、しては、今思いついた、という感じがしなくもなかったがのう」


 ジンとナッシュマンがそんな会話をしていると、城壁で動きがあった。

 弓兵隊が、ウォデル大橋の上にいる魔物を排除し始めたのだ。


「始まったな……よし、橋を突破する。マルティナ、城壁の弓兵隊が撃ち漏らした敵を広域魔法でぶっ飛ばせるか?」


「うん。任せて」


「リア、エノク、橋の入り口側面から迫る敵を出来るだけ倒せ」


「「了解!」」


「ナッシュマン殿は俺の後ろに。前に出られると俺が魔剣を振るえない」


「ああ、了解した」


「ノーラはもしトロルが出た場合に備えつつ、橋の入り口側面の敵を」


「問題ない」


「ツツ、前に出るなよ。いいな、誰かがヤバくなったら助けに行ってくれ。絶対に前に出るなよ!」


 ツツは返事はしないがジンの言っていることを理解しようとしているようで、ジンの方を見ている。


「よし、では、行くぞ!」


 七騎と一匹が速力を上げ始めた。


 橋の入り口側面、チョプラ川に取り付いていた魔物たちがジンたちに気づいて集まって来た。


「やばい! トロルだ!」


 チョプラ川の北の方から、一体のトロルが襲ってきた。

 トロル以外の魔物の数、およそ千体もいるだろうか。とにかく、もの凄い数だ。しかし、ジンたちはこれら全部と対峙する必要はない。橋を駆け抜ければいいのだ。橋の上の敵は城壁から弓兵隊が半数程度既に葬ってくれている。川の西側、橋の入り口両翼から集まって来る敵だけをやり過ごせば、ウォデルに入れるのだ。


「走れ!」


 ジンが皆を叱咤する。

 しかし、一番速力が遅いのはジンの愛馬マイルだ。獣人のニケの成長は早い。既に人間にして大人の体格になってきている。ただ、ニケは幸いにして細身で、まだジンとタンデムでの騎乗が可能だ。それにしても、二人乗せて走る馬の身になれば、この状況はつらい。


 ジンの攻撃の邪魔にならないように、ニケはマイルの首に縋りついて伏せている状態だ。ジンが魔剣・会津兼定を振るうと、横から出てきたオーガの首が飛んだ。


 橋の入り口に、川の上と下から襲ってくる敵が橋を抜けようと全速力のジンたちを挟み撃ちにするような形になりつつあった。


(まずいな。手間取っていると、俺たちが橋を抜ける前に、あのトロルまでもここにたどり着いてしまう)


 ジンたちはまだ、橋の手前だ。ここで、マルティナの魔法がさく裂した。

 川の北側から迫る敵の先頭集団、百体ほどを一撃で先頭不能にした。


「ジン! これで南からの敵に集中できるでしょ!」


「ああ、マルティナ、助かった!」


 マルティナもこの状況で魔力切れを起こして、前みたいに気絶することは絶対に避けたかった。


「私、もう一発撃つにはちょっと辛い」


「ナッシュマン殿! ニケを頼めるか!?」


「ああ、小僧、ニケを寄こせ!」


 鈍足のジンの後ろに焦れながらもジンの指示にしっかり従っていたナッシュマンが、馬から降りたニケを抱え上げた。


「猫の嬢ちゃんは軽いなぁ」


 ナッシュマンはずっとニケにはやさしい。ニケがノオルズ公爵らがファルハナに来る前に領主館の迎賓館で寝泊まりしていたころ、いつもナッシュマンは迎賓館に来てニケの様子を伺ってくれていた。そのころから、「猫の嬢ちゃん」の呼び名が定着している。


「ナッシュマンさん。私もちょっとは重くなったんだよ」


「ははは、そうかそうか」


「ナッシュマン殿、ニケと一緒に門まで駆けてほしい。俺はここで殿(しんがり)をやる! みんな! 門に向かえ!」


 その時だった。西門が開くとランサー隊(槍の騎馬隊)が出撃してきた。


 先頭の馬を駆るのはマイルズだ。


「ジン! お早いお帰りじゃないか!」


 マイルズがそう言いながら、橋の上にいてジンたちを襲おうとしていたオーガの後頭部を槍の一突きで貫いた。


「マイルズ! 助かる!」


 ジンはそう言いながら、橋の入り口で殿を務めている。会津兼定を一閃すると、また三体のゴブリンの胴を一撃で薙ぎ払った。魔剣ならではの攻撃だ。


 マイルズとランサー隊が橋を渡り切ってジンに合流すると、いよいよ脅威はすでに橋の入り口まで三〇ミノルほどにまで近づいていた件のトロル一体となった。


「ジン、このまま後退して、門を抜けるぞ。騎馬ではまともにあいつとやりあえない」


「ああ」


 ジンとマイルズ、それにマイルズの部下らしいランサー隊が馬の鼻を門に向けた時、唐突にトロルが倒れた。


「エディスだな」

「エディスしかいないな」


 エディスだった。城壁から一撃で橋の入り口近くまで来ていたトロルを葬った。


 こうして、ジンたち七人と一匹は無事にウォデルに、人間の支配圏にたどり着いたのだった。


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