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125. 鹿肉とワインとカーラの宿

 ミルザ伯爵の背後から姿を見せたのはヤダフとモレノだった。


「ヤダフ! モレノ! いつ着いた!?」


 ジンは大いに喜んだ。


「二、三日前さ。俺なんかはすでにオーサークに戻りたくなっているがな」


 と、ヤダフ。


「こいつはさ、ファルハナに行けば酒がないのが不満なんだ」


 モレノが補足してくれたが、せっかく出迎えてくれたミルザ伯爵を放っておいてはいけない。


「伯爵、申し訳ありません。お出迎え、ありがとうございます」


「いや、構わないさ。なかなか派手な凱旋だったじゃないか」


「あれを凱旋と呼ばれますか、伯爵」


 ジンは逃げ込むように門をくぐったことを『凱旋』と呼ばれて、そう言った。


「それでも、死傷者無しでファルハナに行って帰ってこれた、これだけでも画期的だ。大方のことはメルカド殿から聞いている。良かったな、ジン殿」


 ここで、横にいたマイルズが茶々を入れた。


「伯爵、ジンは困ったやつさ。ラオ男爵を救出できたとたん、呆けちゃってさ。愛のなせる(わざ)、ってところさ」


 苦笑するジンにミルザ伯爵は大人びた微笑を浮かべた。


「ジン殿、本当に良かったな。ファルハナに行く前に、ヤダフ殿とモレノ殿に存分に酒をふるまっておく。ジン殿も天守閣に来てくれ。簡単な宴を催すことにした。戦場の街だがな、そればっかりでは人は持たん」


 この歳にして人心掌握術とでも言える物の片鱗を覗かせるミルザ伯爵だった。

 ジンたちは、ここ、ウォデルで二泊して輜重隊とファルハナに向けて出発する予定になっていた。



 ◇



 輜重隊の準備が整った。ジン、二日酔いのモレノ、モレノ以上に飲んだにもかかわらず早朝から元気なヤダフが揃った。


 ヤダフやモレノのファルハナ出身の弟子たちもいる。ドワーフの弟子は元気で、人間の弟子は二日酔いだ。


 早朝になって、トロルが一体、ウォデル大橋の近くで発見された。エディスの獲物だ。西側の城壁と一体化している天守閣の上から、エディスがそれを葬るのが作戦開始の合図だ。


 そのトロルが斃られたら、弓兵隊が城壁から橋の上にいる魔物を掃討する。そして、マイルズ率いる銃騎兵隊が城門から出て、橋の近くの対岸にいる魔物たちを掃討していく。これが、マイルズのジンの副官としての最後の仕事になる。


 比較的、橋の近くにいる魔物たちの掃討が終えたら、輜重隊を進める。輜重隊の護衛に、ミルザ伯爵は一〇〇人の歩兵を付けてくれることになった。


 輜重隊と共に、五ノル程度西に向かうが、魔物の密集地帯を抜けたら、すぐにウォデルに戻ることになっている。一緒にファルハナに着いて来たなら、それはそれでファルハナで必要な食料の量がさらに増すことになって本末転倒なのだ。


 計画は綿密、とまでは行かなくとも、それなりに考えて作られていた。後は実行するだけだ。


「ジン殿、ウォデルに戻って来るより、ファルハナに向かう方が大変だ。今回は輜重隊が付いて行く。馬で駆けていくのとはわけが違う。どうか、道を切り開いてほしい。ジン殿が作る、この道を通って食料の安定供給が出来る様になれば、ファルハナの復興はなされるだろう。頼んだぞ」


「はい、ミルザ伯爵。ファルハナに着けば、この道を行くための最低限必要な護衛の編成も分かってくるはずです。メルカド殿に頼んで、それを報告します。……それで、その、マイルズをよろしく御頼み申す」


「ジン殿、マイルズをお主から取り上げるような形になってしまって、済まぬ。だが、この恩は、このガラルド、一生忘れぬ。何かの時に、必ずお主の役に立って見せようぞ」


「有り難き言葉にございます。では、伯爵。マイルズ、行くぞ!」



 ◇



 計画通りに輜重隊はウォデル大橋を安全にわたり、魔物ひしめく地帯を抜けた。マイルズは気障(きざ)に、馬上からジンに敬礼を送って、ジンの隊から離れてウォデルに戻って行った。なんともあっさりとした別れの挨拶だ。マイルズらしいと言えばマイルズらしい。


 計算外だったのが、意外に多くの魔物がウォデル大橋から離れて、輜重隊に追い(すが)ったことだった。銃騎兵は補充が容易ではないことを考え、使わなくても突破できることを証明しなくてはならなかった。それで、銃騎兵はあくまでも本当に危険が迫った時の控えにして、通常の騎馬隊に追い縋る敵を抑えさせた。騎馬隊は何度も何度も後方に突撃を繰り返して、魔物の追撃を退けた。


 ファルハナから騎馬で二日間でウォデルまで移動できたが、戻るときは輜重隊が一緒だ。同じようなわけにはいかない。六日かけて、ファルハナに到着した。兵に死者は無し。重傷を負ったものがいたが、それは魔物によるものではなく、落馬によるもので、ニケのポーションで事なきを得た。


 二交代制の野営を六日繰り返して、ジンたちは目的を果たした。


 銃騎兵を使わず、一人の死者も出さずに大量の食料をファルハナに持ち込んだのだ。ミルザ伯爵にその戦術と魔物との交戦記録はすぐに報告書としてメルカドによってもたらされた。これで、ミルザ伯爵は独力で食料をファルハナに持っていけるはずだ。もちろんその際にはトロルと出くわした場合に対応できる鉄砲が最低一丁は必要だが。



 ◇



「ニケ、ただいま!」

「ニケ、元気にしてた?」


 ジンとマルティナは〈レディカーラの瀟洒な宿〉に着いた。


「おかえりーーー!」


 あまりうれしい感情を表に出さない(たち)のニケだが、さすがに二週間近くのジンたちの不在は寂しかったのだろう。特にツツのいない毎日は寂しさが二乗した。


 ツツとの出会い、アジィスの苛政、そして魔物の襲来を経て、カーラはずいぶんとこの獣人と狼、それに侍への接し方は変わってきていた。


「おやおや、みんな、おかえり。……ツツや、かわいそうに、こき使われていたんじゃないかい?」


 カーラはそう言うとツツの太い首に両腕を回した。


「カーラ、心配しなくても大丈夫だ。ツツは野に出れば無敵の狼だ。魔物も倒すし、お腹がすけば自分で獲物を狩って来る。元気そのものさ」


「だったらいいけどね。儂もツツと一緒に時間を過ごせると思うと、死にたくなくなってきてね。この子のおかげだよ」


 ジンはツツがそれほどまでにこの老女の生きる活力になっているとは知らなかった。ゆえに、ジンは自分の計画を言いづらくなってしまった。


「ジン!」


 カーラの宿の入り口が勢い良く開いた。


「ノーラ!」

「ノーラさん!」


「お帰り、ジン。食料を無事に届けてくれて、礼を言う。父上とも話したのだが、功労者にこれくらいは良いだろう、と」


 ノーラは鹿肉の塊と瓶詰のワインを四本持ってきてくれていた。


「男爵、いいのかい、儂らだけにそんな御馳走を持ってきて」


 カーラはそう言いながらも、ストッカーを見て、どうにかうまくこの鹿肉を料理に出来ないか考え始めた。


「ああ、この鹿肉とワインはミルザ伯爵からだ。『荷物になるだろうが、楽しんでほしい』とカードが付けられてあった。なかなか気の利く少年ではないか」


「じゃ、儂も久しぶりに料理らしい料理をしてみるか」


 カーラはそう言って、厨房に入って行った。


 すると、また宿のドアが開いた。


「ジン! お前ってやつは、俺らは行くあてもないんだぞ!」


 そう言いながら、ヤダフが入って来た。続いて、モレノも入りながら、


「お前は詰めが甘い。技術者を召喚しておいて、自分だけ家に帰るなど……ラ! ラオ男爵! ご無事で、このモレノ……」


「まあ、そう言ってやるな。ジンもニケやカーラにすぐに顔を見せたかったのだろう。なんで、私にもそう思わなかったのか、と言う疑問は残るがな」


「ノーラ……この後すぐ行く予定だったんだ」


「まあ、そう言うことにしておこう」


 そういうノーラの血色はずいぶんと良くなった。牢から救出されて、もう二カ月近くになるのだ。


「ヤダフ、二本までだぞ!」


 モレノがすかさず突っ込んだ。四本あるワインのことだ。大人が五人もそろったのだ。ヤダフにだけにがぶがぶ飲まれても困る。それでも、四本中二本をヤダフに割り当てるモレノもなかなかわきまえていると言えよう。



 ◇



 マイルズがいないのは寂しいが、久しぶりに揃った懐かしい面々。食事は鹿肉ばかりだが、カーラが残っていた調味料やハーブで何とか色んな料理に仕立て上げてくれた。


「おかみ、急に押しかけてすまないな」


 ノーラがカーラに礼を言った。


「なに、あんたがこれまでこの街でやってきてくれたことへのお礼、それに牢に入れられても儂らなんも出来んかった。そのお詫び。そう考えてくれれば、こんなもの、なんのことはない」


「……それでも、ありがたい」


 仕事以外の話題があまりないモレノはこんな場でも、どんな文脈の会話がなされていようと、それは変わらない。まったく別の話をし始めた。


「ジン、大鉄砲、ほぼ完成だ。スコーピオンはもともとそれまでの間持たせだ。こっちが真打(しんうち)だ。それに魔道具師との協業の道も開いた」


「ん? 何の話だ」


 ジンは突然逸れた話に理解が追い付かない。


「ああ。炸薬弾だ。大鉄砲の問題は発射するために火薬を使うことだ。その衝撃で、弾丸に火薬を仕込むと、衝撃で爆発してしまう。魔道具師はその爆発を遅らせるシェル……弾丸の覆う素材のことだがな、それを開発した。着弾後、中に入った火薬が大爆発を起こす。魔物の集団などぐちゃぐちゃだ」


「それはすごいな。だが、お前はさっき『ほぼ』と言ったぞ。なんでだ?」


 ジンはモレノのセリフの中のたった一言を見逃さなかった。


「ああ。それだがな。一〇〇ミノルしか飛ばない。それ以上の距離だと、ブロンズの砲身が裂けてしまうんだ」


(まだ日本の戦国時代の技術にもその辺りは及ばないか……それでも一〇〇ミノルも飛べば十分じゃないか。敵は弓矢や鉄砲を持たない魔物軍だ)


 ジンの頭の中でそんな考えが巡ったが、このタイミングで自分の決心を示すべきだと思った。それはモレノの話が本当なら、そして、今回、ウォデルからの食料供給を可能にしたことで、ファルハナが小規模ではあるが、鉱山街として復活する道筋が出来たからだ。


「十分じゃないか。このファルハナは対魔物戦の要塞になる。キノ山内部の魔物は今頃はもう掃討されているか?」


「ああ。ドゥアルテたちがかなり早いうちに対処した」


 ノーラが答えた。


「なら錫や銅もとれる豊富な鉱山だ。モレノ、お前の腕があれば、それをここでも作れる。……ノーラ、ニケ、俺は決めた。アスカに行く。この魔物の襲来、それに俺自身の問題もある。アスカに真実がある」


書いてあったのですが、投稿を完全に失念していました!

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