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121. ファルハナ奪還部隊、出陣

 ウォデルで渡し船の完成を待つこと三十日間、八人乗りの手漕ぎの木船がおよそ一〇〇艘完成した。


 この間、ジンも遊んでいたのではない。あまり鉄砲の弾は消費出来ない中、鉄砲兵は使わずに、マルティナ、それに銃騎兵五騎程度と一緒に西門から出撃して、魔物の掃討を繰り返していた。


 銃騎兵には危ないときだけ鉄砲を使えと申し渡して、ほとんどの敵をマルティナの魔法とジンの会津兼定で葬った。


 ジンの会津兼定を使った魔剣攻撃はかなりの精度になってきていた。五ミノルほど先の敵を切り裂くことが出来る。しかもジンの魔力量は相当多いみたいで、まるで疲れない。実際に兼定で切り裂くよりも、むしろ疲れないほどだ。


「ジン、うまくなったね!」


「ああ、師匠、これは楽でいい」


「師匠がいいと、弟子はどんどん力をつけてくるね!」


「ああ、そうだ……な!っと」


 また一閃すると、ゴブリン二体の首が宙に舞った。こうやって、師匠、と持ち上げておけばマルティナの機嫌がいいのだから、そうしない理由はなかった。



 ◇



 ニケもこの時間を有効に使いたかったので、ファルハナに持っていくポーションや少量だけども触媒液も作っておいた。


 それ以外の時間はリア、マルティナ、エノク、それにツツと戦地の街とは思えないほど長閑に時間を過ごした。



 ◇



 マイルズはなぜかミルザ伯爵に気に入られて、というより、慕われて、剣術の稽古に付き合わされていた。マイルズもただ待つよりはよっぽど良いと、積極的に付き合っていた。


 槍使いのマイルズが穂先を(なま)らにした練習用の槍で突きを入れると、ミルザ伯爵は剣でそれを見事に滑らせ、槍使いが苦手な近い間合いに入って来る。すると、マイルズは槍をくるっと一回転させつつ、石突を下から跳ね上げて、近い間合いに入ろうとするミルザ伯爵を阻んだ。


「マイルズ、少しは私に攻撃させてくれたらどうだ」


「伯爵、手加減したら、怒るでしょ?」


「ふん、では、これならどうだ!」


 ミルザ伯爵はすっとマイルズの短槍の間合いに入ってきた。狙いはマイルズの大きな動きだ。


 しかし、マイルズは穂先をほとんど動かさずに大きな隙を作らない。


「伯爵。基本的に剣で槍は倒せない。ジンほどの腕があれば別だけどね」


「なら、マイルズ、今の軍隊の剣中心の編成は間違っているというのか?」


「ああ、間違っているね。世界はどんどんアウトレンジ攻撃に移っている。剣から槍、槍から弓、弓から鉄砲だ。……って、まあ、これはジンの受け売りだけどね」


「では、マイルズがこのミルザ家の軍編成の変革をやれ。魔物にも帝国にも負けない軍を私のために作ってほしい」


「伯爵。本当にそれは嬉しい誘いだし、光栄にも思う。けど『私のために』って言葉は今はご法度だぜ。今はイスタニアのために、とか、世界のために、って言うんだよ。今や誰も覇権を唱えられない世の中さ。伯爵、でも俺は伯爵が好きだ。若いのに頑張っている。いつか、必ず伯爵の役に立って見せるから、今回のところは勘弁してほしい」


「……マイルズ、その言葉、忘れるなよ」


「ああ、有言実行の男だからな、俺は」


 実際、マイルズはこの少年伯爵をかなり気に入っていた。マイルズは別にラオ家の騎士でもなんでもない、ただの元冒険者だ。誰に新たに忠誠を誓ったとしてもそれを咎める人もいない。ただ、ラオ男爵を救わなければ、次に踏み出せない気がしていた。



 ◇



 そんな三十日が過ぎた。一〇〇艘、雑な造りの軽い、使い捨ての渡し船だ。むしろ頑丈に作られて、重くて渡河ポイントまで運ぶのに難渋するようだとそっちのほうが問題なので、むろん、文句はない。


 ジン別動隊、それに領主連合軍の加勢一〇〇人、さらにそこにウォデルから一〇〇人の加勢があって、総勢三四〇人の三個中隊規模の作戦単位をジンが預かることになった。


 ウォデルからの加勢はジンの希望もあって、弓兵にしてもらった。


 特に名称は作られなかったが、見送りに来たミルザ伯爵がこう言った。


「ファルハナ奪還部隊の皆、聞いてほしい。今や、お前たちの働きはウォデルのみならず、領主連合、はては帝国までもが注目している。それはなぜか? 皆も知っている通り、魔物たちは東に東に人里を襲いつつ勢力を伸ばしている。それを防ぐ力がファルハナにあるとわかったからだ。勇者たちよ。行け! 行って、魔物を蹴散らかし、このウォデルからファルハナへの道を切り開くのだ!」


 このスピーチのおかげで、ジンの率いる部隊はファルハナ奪還部隊、と名付けられた。



 ◇



 季節は真夏となって、街には白を基調とした服を着た薄着の人々が多くなった。ファルハナ奪還部隊の出発は、領主であるミルザ伯爵の意図もあって、ウォデルの市民にも大々的に宣伝された。


 そうして市民が見送る中、普段使うことのない北門をファルハナ奪還部隊三四〇人が出撃した。皆、八人乗りの船を、その倍数の十六人で担いでいる。騎兵たちは馬から降りて、馬はには自分の手荷物以外何も担がせず、歩兵や弓兵、鉄砲兵たちと一緒になって船を担いで、北門を出発していく。


 住民たちは歓呼の声を上げて、ファルハナ奪還部隊を送り出していた。


 歓呼に応えつつ、マイルズが口を開いた。


「なあ、ジン、聞いてくれるか?」


「ぅ、うん、ああ、なんだ?」


 重い渡し船を担ぎながら、ジンはマイルズに耳を傾けた。


「なんだかわからねぇが、俺はミルザ伯爵にえらく気に入られたようだ。あいつはまだ子供だが、なかなかの男だ。俺はこの仕事が終わったら、あの子に仕えたいと思っている」


「ほ、本気か?」


「ああ、なんだか俺にもよくわからない。けど、あの子を支えたいと思ったんだ」


「そうか、うん、まあ、わからんでもない……いや、わからん! ラオ様すら、冒険者だなんだって言いながら、忠誠を誓わなかったお前がか!?」


「ああ。でも、ジン、聞いてくれ。俺だってラオ様には恩義を感じているし、ファルハナに思いだってあるんだ。だから、それを達成するまでは、今の俺の話は忘れてほしい。ただ、お前に何も言わずに、全てが終わった時に、『じゃ、俺はウォデルに行く』ではお前も納得しないだろうと思ってな」


「マイルズ……いや、仮にお前がそう言ったって俺は納得しただろうさ。ニケやツツは寂しがるだろうがな」


 重い荷物を担ぐのは元からジンに所属している歩兵と鉄砲兵、それに領主連合軍と新たに加わったウォデルの兵たちで、銃騎兵隊は専らファルハナ奪還部隊を襲おうとする魔物たちを掃討するのが任務になっているが、あくまで念のため、チョプラ川の東側に出没すれば、の話だ。


「なあ、ジン、陸で船を担ぐというのは、きついな」


「っ、と、ああ、これはきついな」


 ジンたちはチョプラ川東岸沿いにひたすら北に上って行く。この速度だと、野営を挟んで、二日ぐらい行けばちょうどいい渡河ポイントになるはずだ。


 一泊野営をしたが、やはりチョプラ川の東側には魔物はいないようだ。何事もなく、兵たちは休息を取れた。


 明朝、出発したファルハナ奪還部隊は、昼前には渡河ポイントに到着した。


 案の定、チョプラ川を挟んだ、西側に魔物たちが集まり始めた。魔物たちは人が多く集まるところに、集まるようだ。


「マイルズ、渡河の前にやはり対岸のあいつらを出来るだけ掃討した方がいいと思うが、どうだ?」


「うん、向こうに着岸したとたんに襲われるのはゾッとしないな。ジン、川幅はせいぜい一五〇ミノルだ。ウォデルで合流した弓兵隊を使ったらどうだ?」


「確かにな。あの連中も自分たちが鉄砲隊のオマケのように思われているのは癪だろうしな。ここは大いに活躍してもらうか?」


「ああ。ウォデル部隊の隊長に伝えてくるよ」



 ◇



 鉄砲隊や銃騎兵たちが見守る中、一〇〇人のウォデル弓兵隊がチョプラ川の東岸にずらりと並んだ。


 魔物は西岸にどんどん集まってきていて、すでに四〇〇体はいそうだ。一部の魔物は川に入って来て、渡河しようとする連中もいるが、それが出来るのは浅瀬までだ。突然深くなるチョプラ川に流されていく魔物も見えた。


「だはっ! 魔物ってのはやっぱり馬鹿だよな」


 兵たちは笑っている。そんな兵たちを引き締めるように、ウォデル弓兵隊を任されたミルザ伯爵家の騎士ガズマンが野太い声で叫んだ。


「弓兵隊! 引け―!」


 弓兵隊の連度は高いようだ。皆同時に弓が引かれた。阿吽の呼吸で、狙いが同じ対象に重ならないように、全弓兵隊に対する自分の位置から予測している。


「撃てー!」


 弧を描いて、一〇〇本の矢が宙に放たれた。


 チョプラ川西岸に張り付いていた魔物が一斉に倒れたり負傷したりしている。


「弓兵隊、以降、任意射撃。好きなだけ撃ちまくれ。向こうはこっちに来られない。皆殺しにしてやれ!」


 ガズマンが剣を中で振るうと、矢がさらに飛んでいき、更に多くの魔物が斃れていく。


 そこで、マイルズの声が響いた。


「トロル二体、西岸に接近!」


 トロルの体高だと、無理をすれば川底を歩いてこちらに渡ってくる可能性があった。むろん、トロルも目指す対岸に獲物がいなければそんなことはしないだろうが、今、トロルから見れば川向うに三四〇人もの獲物がいるのだ。それは魅力的に映るはずだ。そして、トロルは弓兵では倒せない。いや、倒せないことはないのかもしれないが、至難の業だ。


「鉄砲兵、前に!」


 ジンが指令すると、四十人の鉄砲兵が弓兵に並んだ。弓兵は変わらず、矢を射かけているが、トロルは狙わない。皆、ウォデルでの戦いの経験が長いのだ。矢ではトロルを倒せないのを経験則で知っている。


「鉄砲兵、弾薬を無駄にはできない。右から順に一発ずつ撃っていけ。見事倒した者の名は、ウォデルに残ったエディスに伝えておく」


 こんな褒美は普通は要らないはずだが、鉄砲兵たちのテンションが一度に上がった。エディスに褒められることが鉄砲隊の諸氏にとってそれほどまでに大きなことなのをジンは知っていた。


「俺が仕留める……」


 チョプラ川の東岸に横並びに立って、鉄砲を構える鉄砲隊。一番右、つまり北に立つ兵がそう呟いて撃った。


 残念ながら、弾はトロルの側頭部に当たって、トロルの頭皮をえぐりながら、跳弾した。真正面から眉間を打ち抜かないと、分厚いトロルの頭蓋骨は撃ち抜けないのだ。天守閣から何体ものトロルの眉間を打ち抜いていたエディスの技術の高さがうかがい知れる。


「くそっ!」


 側頭部に突然の打撃を受けたトロルは怒り狂って、川にざぶざぶと入って来た。


「次は俺だな……」


 二人目が狙おうとするが、トロルの動きが激しくなったことで、今度は当たりもしなかった。


「おい! もたもたしていると、渡って来るぞ!」


 ジンはプレッシャーをかけた。しかし、実際のところ、この状況はさほど脅威ではない。最悪、全員に発砲命令を掛ければ誰かの弾は当たるだろうし、マルティナもいる。ジン自身、魔剣を使った攻撃を試してみたいとも思っていた。


 三人目がすでに川に入ってきていたトロルの眉間を見事に打ち抜いて、ジンは魔剣攻撃を試す機会を失った。


「アル! よくやった」


 ジンは長い付き合いになりつつあるオーサークの鉄砲兵の名はすでに全員おぼえていた。


「「「「「アルーーーー!!!!」」」」」


 同僚の鉄砲兵から歓呼の声が上がる。


「喜んでいる間はないぞ。もう一体いる。アルの次からだ」


 今度のトロルは悲惨だった。二十人ほどが致命弾を打てずに、トロルは顔や肩が血みどろになりながら、結局川の中ほどで息絶えて、流されていった。


(やっぱり弾丸を節約するために訓練を怠ってきたのが、ここにきて問題になって来たな……)


 ジンはそう思ったが、口にはしなかった。オーサークから遠く離れた今、弾薬を失ってしまえば鉄砲隊はまるで役立たずになってしまうのだから、これは仕方がない事だった。



 ◇



 対岸の魔物の多くを倒したのは弓兵隊だった。鉄砲隊はトロルを倒すだけにして、弾薬を節約した。魔物の数が五〇を割り込んだのを見て、ジンは号令をかけた。


「全軍、渡河を開始! 船を川べりに並べて、押せ、ある程度まで押したら、乗船だ」


 チョプラ川を渡ってしまえば、そこは魔物たちの勢力圏だ。遮蔽物もない中で、魔物の大群と対峙する可能性があった。それでも、ひとまず、渡った先にいる魔物を五十体程度にまで減らすことが出来た。


 五十体程度の魔物なら、マルティナ一人で倒せる。歩兵隊だって、トロルさえいなければ、オーガやゴブリンなら対処可能だ。それに時間を掛ければ掛けるほど、またどこかから魔物が集まって来るのだ。ジンは今が潮時だと判断した。



 ◇



 三四〇人の兵と、一〇〇頭の馬を船に乗せるだけでもかなりの時間がかかる。そうしている間にも対岸に魔物は集まってきていた。五〇まで減らしたのに、もう八十か九十にまで、いつの間にか増えている。


「弓兵隊! 乗船は最後だ。最後まで残って、敵を出来るだけ排除しろ!」


 ガズマンの野太い声が響いた。弓兵隊は乗船するつもりで、船を岸まで持ってきていたが、一度、岸に降ろして、また攻撃を始めた。


 そうしている間にも歩兵、鉄砲隊、銃騎兵隊、それに領主連合軍一〇〇人と馬六〇が乗船している。


「ジン! これでは、渡った後、弓兵隊が追い付くまで西岸を死守する時間が長くなる。多少無茶でも弓兵隊の渡河を開始しなきゃ!」


 既に船上のマイルズが大きな声でジンに言った。


「だな、マイルズ。 ……ガズマン殿! ガズマン殿!」


「ジン殿、なんだ!?」


 お互い距離が離れてきているので、怒鳴りあうしかない。


「乗船してくださーい! これでは弓兵隊が西岸に着くまで、西岸上陸ポイントを死守する時間が長くなりまーす!」


「わかったーーー! 弓兵、撃ち方やめい! 乗船開始!」


 ジンとマイルズ、それにマルティナと歩兵隊が一番先に西岸に上陸した。

 生き残っていた魔物たちが遮二無二襲い掛かって来た。総勢六〇体、半分がオーガ、半分がゴブリン、といった割合だ。幸いトロルは見当たらない。


 ジンは船が着岸するより先に、浅瀬になったのを見計らって、川に飛び込んだ。深さはせいぜい腰の辺りだ。川底を蹴って、岸に向かって歩くジンめがけて、三体のオーガが水に飛び込んできた。


 ジンはまだ距離が五、六ミノルほどあるというのに、完全に水につかってしまった鞘から会津兼定を抜くとすぐさま魔剣攻撃で一閃した。


 一撃で三体のオーガの首を跳ね飛ばしたのだ。これにはジン自身も驚いたが、下船準備をしていた歩兵隊はもっと驚いた。歩兵隊の多くはそれなりに長い期間ジンに付き従ってきたが、ジン隊長のこんな技は見たことがなかった。


「「「隊長ーーー!!」」」


 皆が嬉しそうにジンを呼んだ。


「なんだーーー?」


「「「すげーっす!!」」」


「ありがとよーー!」


 傍で見ていたマルティナはこれまでジンの魔剣使いを見てきていたが、今回ほど見事なのは初めて見た。


「ジン、礼は兵じゃなくって私にでしょ?」


 まだ船上にいるマルティナがジンに言った。


「おお、そうだった、師匠」


「じゃ、私も。ジンにばかりいいところ持っていかれちゃう」


 マルティナは船上にいながら、ブツブツと詠唱を始めた。


「お、おい、マルティナ、前みたいな強烈なのは要らないぞ。倒れられると後が困る!」


 詠唱が終わったマルティナが杖を空にかざした。

 すると上陸ポイントに群がっていた三十体ほどの魔物の頭上に突然放電現象が起きた。まるで小さな落雷のようだ。それが同時に三十体に向けて発生した。


 撃ち終えたマルティナは得意そうにジンを見た。


「私も馬鹿じゃないからね。今の状況でそんなデカいの要らないでしょ」


 ジンの船が岸に着くと、ツツが最初に船から飛び出した。


「ツツ! 無茶はするなよ! 小さいのだけにしておけ!」


 ジンはツツの身の安全を心配した。ゴブリンなら危険性はほどんどないが、いかに狼と言えども、オーガの一撃を喰らえばそれでおしまいだ。。


 しかし、ツツはお構いなしだ。というより、街暮らしが長くなった分、うっぷんを晴らすかのように次々にオーガばかり狙っていく。飛び上がって首をかみ砕いては、次のオーガに狙いを定めるといった具合だ。


(あいつめ、俺の言うことを分かってわざとやっているな!)


 ジンの心配と裏腹に、下船作業を進める騎馬兵たちは大喜びだ。


「ツツ―! 行けー!!」

「やっちまえー!」


 騎馬兵たちは歩兵より下船作業に時間がかかる。水を嫌がる馬を船から降ろすのは大変だ。


 マルティナとツツの活躍は銃騎兵も通常の騎兵たちにとってもありがたい。


 こうして、無事に、一兵も失うことなくジンのファルハナ奪還部隊は渡河に成功したのだった。



 ◇



「では、頼めるか?」


 西岸に全部隊を一人欠けることなく渡河させたジンは、竜騎士メルカドに先行して空からファルハナとその周りの様子を見てほしいと頼んでいた。


「はい、ジン殿。ただ、もし野生のワイバーンやルフがいたら、すぐに戻ってきます。一騎ではさすがに戦いになりませんので」


 メルカドも臆病には見られたくないので、逃げる場合の理由を説明しておいた。


「ああ、もちろんだ」


 メルカドはすぐに相棒に跨ると、離陸した。


 空に上がってみると、アンダロス北部辺境の様子がかなり分かった。隊を率いて向かえば、ファルハナは渡河ポイントから少なくとも四日はかかる距離だが、ワイバーンの速度ならほんの半ティックもかからない。


 メルカドの眼下には緑豊かな辺境の地が広がっている。そこにまばらに黒いシミのような魔物がちらほら点在していた。


 当初危惧されたほどの数の魔物はいない。密集しているのはウォデル大橋……ウォデルから見てチョプラ川の西岸だ。それにその大群に比べれば、少しまばらな感じにはなるがチョプラ川の西岸にちらほらと集団になっている魔物たちが見えた。


 結局、魔物たちはすでにチョプラ川より西の辺境をほぼ平らげて、東へ東へと進んでいるようだった。


 メルカドの目には、まるでその動きは軍隊のように見えた。単に人々を獲物として腹を満たすためと言うより、このイスタニア全体に勢力圏を伸ばそうとしているように見えた。



 ◇



 帰陣したメルカドの話を聞いたジンは二交代制で半分が昼に寝て、半分が夜に寝る、というやり方で、魔物に対して隙を作らずにファルハナを目指す計画を立てた。集団で固まってくれているならむしろそれを打撃してから、ファルハナに強行軍で向かう手も考えられたが、分散してくれているなら、各個撃破しつつ、しっかり休息をとるこのやり方が一番安全だ。


 ファルハナに着けば、敵は魔物だけではない。アジィスとかいう近衛隊長が率いる二千人の兵を相手にするのだ。兵は一人でも失いたくなかった。実際この時点でアジィスにはそんな数の兵は付き従ってはいないが、ジンにそれを知る由はない。


 四日も歩けば到着するファルハナの距離だが、この方式では六日もかかった。余計な日数がかかったが、当初の目論見通り、兵は一人として欠けることはなかった。


 六日目の昼過ぎ、ジンの目には懐かしいファルハナが見えてきた。


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